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着物を”敬遠させるもの”と”奥深さ” 「WORLD KIMONO SNAPS」 - TAIWAN -

着物を”敬遠させるもの”と”奥深さ”「WORLD KIMONO SNAPS」 – TAIWAN –

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この夏、とうとう袖を通さなかった着物があります。 たとう紙に包まれた着物に風を通したあと、「また、来年ね」とそっと声をかけ、クローゼットの扉を閉める。 さて、来年はどんな夏になるのでしょうか。

夏が終わらないうちに、と急いで仕立てて下さった帯と奥州小紋が手元に届きました。

作り手の方の真心が伝わる作品。
洋服では経験してこなかった特別感。

お誂えはもちろんリサイクルでも、作り手の温もり、その技術と美しさは、常に私を魅了するのです。

9月に着る単衣

台湾で楽しむ単衣と月下美人の帯

台湾には秋がありません。
8月より気温が下がる日もあるので、このまま涼しくなるのだと毎回期待するのですが、長くは続かず、また30度前後の暑い日が戻ってきます。

生まれ育った環境は身体や五感に染み込んでいて、過ごしやすい日が続けば、秋の気配を感じたいものです。
が、まだまだ夏は終わらず、秋の気配はなかなか訪れてはくれません。

11月の半ばくらいまでは、気温が上がったり下がったり、また上がったりを繰り返し、秋を飛び越えて冬がやってきます。

そんなわけで、9月10月は着物コーデも悩ましいです。
「ここは、台湾」と割り切っていても、着物のしきたりや衣替えの時期など慣習を思うと、9月に薄物、透けるものは正直着づらいです。

私は9月は「絽ちりめん」のように、絽目でありながら目がきつく盛夏には少し暑いものや、透け感のない薄手の生地の単衣着物を着るようにしています。

または、ようやくこの時期に、有松絞りや竺仙などのオトナ仕様のゆかたに衿をつけ、綿の単衣着物として着ます。

「単衣の時期には小物から季節を先取りしていくように」と、師匠に教わりました。
が、帯周りに関して、9月前半はまだ気温と体感温度も非常に高いため、それを厳密に守ることは出来ていません。

絽ちりめんに栗山吉三郎月下美人の帯をまとう

9月後半になると、全く感じられない秋の気配を感じたくて、秋色を意識的に使います。

帯や帯揚げ帯締めなど、小物を袷用のものに替えるのもこの時期です。
特別な式典などでない限り、10月も前半はこのスタイルです。

着物の衣替えの時期や内容については、知っていれば良い、ただし、それにがんじがらめになる必要はない、と思っています。

特に、ここは海外なのだから。

着物警察について

日本では6月と9月には単衣、10月からは袷と言われている衣替えの慣習ですが、昔と比べて、体感温度で衣替えをしようという意見や、単衣を着る時期が延びている印象はあります。

実は、私は海外に居ながらも、心の方隅で、日本の季節と衣替えの慣習を気にしています。
いえ、気にしているのは慣習そのものではなく、それを指摘するかもしれない人の目というのが本当のところです。
そのことに気づくたびに、バカバカしいと、自分で自分のその囚われかたに苦笑してはいるのですが。

歴史を感じる洋風な階段は着物によく合います

他人の着物の着こなし、種類、季節、素材などについて言及する着物警察。
その存在はネット上の都市伝説などではなく、実際に存在します。

今でこそ、ご意見をありがたく受け止めたり、反論をしたり、華麗に?受け流すスキルを身につけましたが、着物を着はじめたばかりの頃に無防備に遭遇したものですから、トラウマとなってしまったようです。

特に今はSNS上で見える世界が近いため、日本の四季や気温とのズレが生じた場合には毎回、その時期の日本でのお手本のような理想の着こなしと、今居る場所での現実にふさわしい着こなしとのはざまで心が揺れます。

ですので「正しい」とか「文化」とか「慣習」とか、「ルール」と言われている事柄についてはひととおり調べました。
その上で、その通りにしない、出来ない、したくない場合には、(聞かれることもないのに)理由を用意するようになりました。

着るものを楽しむのに、人目を気にするなんてナンセンス!という強い心も必要かと思いますが、着物に特別感を持つ方が多い事実と、伝統衣装という側面があることからも、独自路線を突き進むのに、言い訳を考えずに済むようになるにはまだもう少し時間がかかりそうです。

でも、私は早い機会に着物警察に出会えて良かった、とも思っています。
何か言われないように、という警戒の意識が生まれたからこそ、着物について調べたり、勉強したり、着付けについても試行錯誤が出来たからです。

着物警察のツッコミどころがわかったために、一瞬自ら着物警察になりかけたことも(笑)。

明るい光が差す窓辺は物語の1ページのよう

そして自らがそうなりかけて気づいたことは、「教わった事と違う」を主張したい思いや、文化としての側面を思う気持ちの強さが前面に出てしまうのが、その理由かと。

自ら数年間でたくさんの着物を着て、SNS上で多くの方の着物に関する意見や着姿を目にして、ようやく着物警察になる方の気持ちが少し理解出来るようになりました。理解してみると、親切心から口や手を出す人もひとくくりになって、そう呼ばれているようで、なかなか難しいところです。
ただし「着物を着て喜んでいる」「着物を着てうれしい・楽しい」という(普段の)姿に、わざわざ指摘すべき重要なことがあるのでしょうか?

ルールは、守らなければならない場所でのみ知っておくにこしたことはありませんが、だいたいのことは許せる範囲内ですし、所詮他人事。そもそも、他人の着るものにそこまで興味を持ってものを言う人には、海外ではあまり遭遇もしないものです。

タイ人も台湾人も、だいたい人の服装チェックはせず、自分に夢中な人が多いです。
良い意味で「自分中心」。
何か言う場合は、褒めどころを見つけて、こちらが恥ずかしくなるくらい褒めてくれます。

海外で着物を着るなか、1番気になるのは…悲しいかな、同胞日本人の目です。

南国ということも関係するのか、あからさまに「何で着物を着ているの?」という視線が刺さることがあります。
私がもし、直接聞かれたらなら、答えは「着たいから」です。
ただ、直接聞いてくる日本人の方もいらっしゃらないので、答えようがないです。

奇異なものを見るような同胞の視線は感じたくないために、比較的日本人の多いエリアなどでは、誰とも目をあわせないようにして歩く技を習得しました。
それでも、台湾でゆかた着付け講座をはじめてから、特に在台の長い日本人の方々が興味を持って下さっていることがわかってきました。

これは、思いがけずうれしいことでした。
実は着物が好きな方は多いのかもしれません。
今は着物姿が珍しくなってしまったので、ただ悪目立ちしたくないだけなのかもしれないですね。

着付け講座を通して、着物を日常の中で着る方を少しずつ増やしていこうと目論んでいます。その中で着物のルールやしきたりと呼ばれてきた事の内容や意味、必要となるシーン、また変わりつつある常識などにも触れていきたいと思います。

日本でも珍しくなってしまった着物姿。海外ならなおさら。
もしこの文章を読んだ後で着物姿の方を見かけた場合は、あたたかい目で微笑んでそっと視線を外していただけたら幸いです。

山荘にて有松絞りの着物と

リサイクル着物とお誂え着物

私のクローゼットには洋服よりも断然着物や着物周りのものの数が多く、もはや「着物クローゼット」と呼んでも過言ではない状態となっています。

海外暮らしの最初にバンコクに持ち込んだ着物といえば、ゆかた10枚弱と夏の明石縮1枚くらいだったと記憶していますから…かなり増えました。

クローゼットにある着物や和装小物の数々

一時帰国の際に、正絹の袷着物を日本から持ち込んだあたりから、引越しの時の最重要項目に「着物収納」が加わるようになりました。

南国住まいなのに袷着物?と思われるかもしれませんが、先述の着物警察のおかげで、南国でも日本の袷の時期には袷着物を着たいと思ったわけです(苦笑)。

幸運なことに、南国タイでは一年中冷房がキツく、乾季とよばれる短い涼しい季節(冬)でも室内はかなり冷やされていました。外を歩かない限りは、十分に袷着物が快適に楽しめました。
そして、ここ台湾に移ってからはバンコク時代よりも冬らしい季節が長く、さらに袷着物に出番が増えました(だいたい11月半ばから3月上旬くらい)。

着物をはじめて着物にハマると、たくさんの素材や種類・または色柄を試してみたくなるものです。
もちろん、最初から好みや似合うものがある程度固まっている方もいらっしゃるでしょうが、私の場合はアンティークや古典柄、クールでモダンな現代もの、個性的な作家ものまでと、好みが広範囲に渡ったものですから、もう大変。

自分の納得出来る金額で自分好みのものを、ほぼ新品で手に入れられる、さらにはサイズもぴったりという仕立て上がりのリサイクル着物との出会いは、夢のような着物生活を実現させてくれました。

着物に合わせてヘアスタイルやメイクを変えバラエティー豊かに

また自分だけのために、糸から、あるいは生地を染めてもらうところから「誂える」特別感は、たとう紙を開く時の何とも言えない高揚感とともに幸せな気分に浸れます。

どちらにしても、お気に入りの着物や帯や着物周りのものを手に入れる選択肢の振り幅も大きく、これも楽しめる部分でもあります。
自分の身の丈で楽しめるライフスタイルに沿った着物生活が出来るのも、現代ならではでしょう。

海外着物生活での収納とお手入れ

着物にハマりきった私にとっては「お手入れ」は「着ること」とセットになりましたが、着物を敬遠なさる方にとっては「収納」と「お手入れ」がネックになると思います。

私の場合、着物生活といっても、毎日着物で生活するわけではなく、好きな時に外出着として着物が選択肢の中にあるという形なので、

・自宅でお手入れ、つまり洗濯が出来る着物
・プロにお手入れを任せる正絹着物

とにわかれます。

「プロにお手入れを任せる正絹着物」は、シーズン中に数回袖を通します。
一度着たら、衣紋掛にかけ、湿気や軽い汚れを落とし、また畳んでたとう紙にしまいます。
そして、シーズンが終わると、次にその着物を着る季節が来るまでの間に、お手入れに出します。

夏着物はワンシーズンごと、袷着物は着た頻度や汚れ具合により2〜4年に一度くらいのペースを意識しています。
私は海外で着物を始めて4年目に、いよいよ着物のお手入れをどうしようか悩み始めました。

昔は実家に出入りする贔屓の呉服屋さんがいて、お誂えの注文からお手入れまでを一手に引き受けてくれていました。でも着物が日常から消え、嫁入り道具の着物もなくなり、リサイクルやネットで購入することが多い現代では、どこを窓口にしたら良いものか…
特に海外ではお手入れを依頼出来る場所もなく、それらが正絹の着物離れを助長させているともいえ、残念です。

そんな折、2018年の冬に、きものと宝飾社様(http://status-marketing.com)の企画で、株式会社パールトーン様(https://www.pearltone.com)とのご縁をいただきました。

そこからはずっと信頼して、お手入れはシーズン毎にお任せしています。
パールトーン取扱い店となっている呉服屋さんなら、リサイクルショップやネット通販で購入した着物でもお手入れの窓口となって下さるようです。

昨年まで、着物は一時帰国の際に手持ちで飛行機に乗せて運んでいましたが、今年は国際郵便にて行き来させることになりそうです。
そういった経費を考えると、やはり「着物は高価」「お手入れが面倒」と言われるのもよくわかります。
この夏、とうとう袖を通さなかった夏着物があるのもそういった理由ですから。

「また、来年ね」

たとう紙に包まれた出番のなかった夏着物に風をとおしながら、そっと声をかけ、クローゼットの扉を閉める。
さて、来年はどんな夏になるのでしょうか。
新型コロナウイルスの終息を心から願ってやみません。

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