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揺るがぬものは〜小説の中の着物〜杉本鉞子『武士の娘』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第六十一夜

揺るがぬものは〜小説の中の着物〜杉本鉞子『武士の娘』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第六十一夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、杉本鉞子著『武士の娘』。1873(明治6)年、越後長岡藩家老の家に生まれ、“武士の娘”として厳格な躾と教育を受けて育てられた著者。結婚を機に渡米し、その高い教養と深い知性に裏打ちされたフラットで冷静な視点、しなやかな感性と美意識で異国の地に生きる。当時のリアルな風俗や日常生活を知る上でも一級の資料でもある、英語で著述されアメリカにおいて日本人初のベストセラーとなった半生記は、まさに“事実は小説よりも奇なり”。

2026.09.08

コーディネート

それぞれの空に、それぞれの花火を〜小説の中の着物〜矢的竜『大江戸 女花火師伝』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第六十夜

今宵の一冊
『武士の娘』

杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

それからながの年月を経ました今日でも、いたいけな少女だった私が、縮れ毛の故に、痛ましい試煉の数々を受けなければならなかったことを思い出しますと、哀れをもよおして、身を刺される思いがいたします。

〜中略〜
 七つのお祝いの席で、私は大変恥しい思いをさせられましたが、思い出しては今も尚、胸の痛む思いでございます。その日、親類の女客を招き、新しい晴着を着飾った私が正座についておりました。髪も念入りに結いあげておりましたが、あいにくと雨の日でしたので、小さい巻き毛が襟あしのあたりに見えていたのかと思います。叔母の一人が「おエツさんに立派な着物を着せてみても、ほんとにむだなことですね、かえって縮れ毛が眼につくばかりですもの」という声が、ふと耳に入ったのでした。
大人は余り考えなくとも、子供の心にうける打撃は誠に深いものでございます。その時私は自慢の晴着の蔭に消え入りたいようでございましたが、でも真直に向うをみつめたまま、身動き一つせず耐えておりました。

〜中略〜
 その夜、私の着替えを手伝いに入ってまいりましたいしは、手拭いをかぶっておりました。こんなことは、礼儀正しいいしにしては珍しいことでありましたので私は驚きましたが、やがてそのわけが判りました。いしはお祝のご馳走が終るとすぐ、平生から信心しておりました神社へ参り、特に豊かな自分の髪を切ってお社に奉納し、私の縮れ毛ととりかえ給えと祈願したのでございました。何という親切な心根でございましょう!今もなお、いしの切ない犠牲の心に私は深い感謝を献げております。
 愛しんだ子に恥をかかせまいとして献げた純真な魂の、無智とはいいながら愛すべきこの心づくしを、天があわれみ給わないと誰がいうことができましょう。ともかく、いしの願いはきかれたのでございましょう。幾年か後、運命の手は、縮れ毛が恥でも悲しみでもないこの異国に私を導いたのでございました。

 杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

今宵の一冊は、杉本鉞子著『武士の娘』。

時は明治維新直後。

1873(明治6)年、越後長岡藩家老の家に生まれ、“武士の娘”として厳格に育てられた著者ー鉞子えつこーが、在米の貿易商である兄の親友と結婚することになり25歳で渡米、約30年を米国で過ごした後に英語で執筆した自伝的な作品です。

7ヶ国語に翻訳された後、大正時代に日本語に翻訳されベストセラーとなった本作は、厳密に言うと「小説」ではなくノンフィクションやエッセイに分類されるべきもの。そのため、本コラムではこれまでは取り上げなかったのですが、このテーマで書かせていただくのも残り2回となりましたので、ちょっとイレギュラーですが今回取り上げることにいたしました。

まさに“事実は小説より奇なり”を地で行くドラマティックな鉞子の半生(朝ドラか大河ドラマ並みの)が、淡々と美しい日本語で綴られます。

翻訳者が後年帰国した著者の協力のもと和訳したとあるので、当時実際に使っていたのであろう上品で美しい言葉遣いに忠実に訳されたのであろうけれど、果たして原書
『A Daughter of the Samurai』においては、このさまざまに複雑なニュアンスを含む日本語が、英語で表現し切れたのだろうか……?と、正直疑問が湧くくらいなのですが……。

本作において何よりも特筆すべきは、鉞子の高い知性と深い教養に裏打ちされた、しなやかな感性。冷静でフラットな視点。そして、とても素直。

誇り高く「“武士の娘”はこうあらねばならぬ」と受けた教育のままに自らを律し(寝姿でさえも!男の子は悠々と大の字で眠っても良いが、武士の娘は眠っている間、身も心も引き締めていなくてはならない、と……)ながら、決して頑迷ではなく、異なる文化もあるがままに受け止め、その違いを認識・理解しようと努めます。

 その日、私に興味深かったことは、お客さまがお帰りになってからのことでありました。着替えを手伝いながら、いしはつくづくと私の髪をみて「まあまあ!エツ坊さま、こんなからから燥いたお寒い日で、ほんとによろしゅうございました。おぐしが一寸も縮れておりません」と申しました。今日ばかりは、私の厄介な髪も家のものを辱しめずにすんだかと思えば、心も軽く、安心してその夜はゆっくりやすむことができました。
 こうして結納がすみますと、その日から私は妻としての躾をうけましたから、毎日の生活はまるで飯事ままごと遊びのようなことでございました。いままでも多少はお料理、お裁縫、家事、お作法などのたしなみもしこまれてはいましたが、この時からは夫の家に入った妻として、それを実行に移さなければなりませんでした。お花なども自分で選び、床の間の掛軸や置物もひとりでととのえ、家の中を習慣しきたり通りに整えるのでありました。
 その当時、私は全生活をあげて、主婦としての準備と躾とに日を過ごしておりました。目的を話されたわけではありませんが、結納がすめば、これが当り前のこととなっておりました。唯夫の紋所が剣酢漿けんかたばみ草でしたので、この草を粗末にしてはなりませぬよと聞かされたほかには、何の説明もありませんでした。

 杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

藩の家老職という格式ある家柄で、両親、祖母、兄姉、乳母のいしを筆頭とする忠実な使用人たちに囲まれて育った幼少期の、日常生活におけるさまざまな行事ごと、そして婚礼や儀式などにおける風習。

 衣裳のことは仲々重大な問題となり、親族会議を開いたりいたしました。兄の意見は旧弊な古老達には途方もないものに思われましたが、皆正直なかつ控え目な人ばかりで、あて推量で物をいうこともなく、また実際的な意見を述べる程の知識も持ち合わせていませんでした。それで、まとまらずにいましたところへ、いつも親類中で信望のあつい東京の叔父は、アメリカの服装を賞めて、兄の意見の肩を持ってしまいました。
「欧米人の間では、肌を出すのは大変な不作法とされているので、男でさえ、高いカラーや固いカフスをつけているのだから日本服のように衿元をついて、裾の狭いのは、あちらで着るのにはまずくはないかね」

 杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

結婚が決まり、アメリカへ渡るにあたって衣裳をどうするかと開かれた親族会議でのこの発言から、当時の日本人が東京在住の叔父でさえも、洋装についてはこの程度の認識だったことがわかります(アメリカ行きの船の中で、着物の衿の開き程度とは比較にならない、肌を露わにしたドレスの露出の激しさに眉を顰めることに……笑)。そして渡米後の、米国での社会通念と日本のそれとの大きなギャップなどに戸惑いながらも、しかしひとつひとつ誠実に向き合っていきます。

本作は、この時代に生きたひとりの聡明な“武士の娘”のリアルなエピソードに溢れていて、当時の風俗や日常生活を知る上での第一級の史料でもあります(米国生活でぶつかる疑問なども、鉞子が素直に不思議に思ったけれど明確で理論的な結論には至らぬまま、「ま、それはそれ」で終わっていたりすることも多く、それもまた自然で良いのです)。

今宵の一冊より
〜七五三・威〜

 年に一度の土用の虫干の日に、又、一つの疑問がわきました。一年中でも虫干の日は暢気な面白い日でありましたから、こんな疑問が起ったのが不思議な気さえいたします。この日には土蔵の中のものは、みな持出し、日当りに張りめぐらした綱には、家の紋のついた、破れかかった旗印や、ご先祖さまが出陣のおり使われた陣幕や、家の宝器や、いしが「昔、昔」といっては話してくれたお伽噺に出てくるような、奇妙な型の衣類などが打ちかけてありました。軒下には色褪せた絹紐など結えつけてある馬具が積重ねてあり、槍、鉞まさかり、弓矢、箙えびらなどは庭の隅に立てかけてありました。橋柱石燈籠にまで、鎧や兜をかけ、庭中のこるくまなく、道具がひろげてありました。
 この混雑が嬉しくて、私は虫干が好きでした。

 杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

本作の中で、特に印象的なのがこの“土用の虫干”が描かれたシーン。

夏の土用(7月下旬〜8月上旬/立秋前の約18日間)の乾燥した時期に行われる“土用干し”“風入れ”などとも呼ばれる行事ですが、著者にとっても思い入れの深い行事だったのでしょう。

当主である父が裃に身を正して蔵に入り、先祖伝来の家宝改めに臨む様子(女性は足を踏み入れることが許されない)など、興味深いしきたりがかなり詳細に描かれています。

さて、来たる11月15日は七五三。

現代では、必ずしもこのタイミングでしなければならないということはなく、春先など気候の良い季節や混まない時期を選んで行う方も多いようですが、もともとは旧暦11月15日に行われる豊作を神に感謝する行事と、子どもの成長を祝う『髪置かみおき(男女3歳)』『袴着はかまぎ(男児5歳)』『帯解おびとき(女児7歳)』の儀式が合わさって、現代のような形になったと言われます。

冴えた瑠璃紺の地に松竹梅とともに玩具が散りばめられた訪問着。災厄から身を護る鎧威段文の袋帯を合わせたら、子どもの健やかな成長を願う七五三の装いにぴったりな組み合わせに。

馬具ー鞍と鐙あぶみーが描かれた扇子を添えて。

秋らしい色合いのコーディネート

小物:スタイリスト私物

鮮やかな彩糸いろいと威が立体的に織り出された帯は、合わせる着物や季節によって際立つ色が変わって見えます。

紅葉の刺繍半襟とリンクして、引き立つのは錆朱や深紫など秋らしい色合い。

着物にこぼれた玩具尽くしから拾い上げたかのような、手鞠と独楽のアンティークの帯留を合わせて。高く弾む手鞠、自立の象徴でもある独楽にも、子どもたちの未来への願いを。

2025.07.18

ライフスタイル

イチゴイニシアチブの七五三

今宵の一冊より
〜七五三・矢羽〜

勢いよく弦から放たれた瞬間、真っ直ぐに飛び戻ることのない矢は、“破魔矢”として神事にも用いられるように、邪を退け魔を祓う力があるとされる吉祥文様。

長寿や健康への祈りを狢菊むじなぎくに託し、“武道”にも通じる葡萄文様の帯には豊かな実りと繁栄を。栗鼠と組み合わせて「葡萄栗鼠(武道を律する)」文様としても使われます。

七五三の儀式に臨む装いとしても、秋の日の観劇やお出かけの装いとしても楽しめそうな、江戸小紋のような感覚で装える、ちょっときちんとしたワンピースのような印象の組み合わせ。

また、帯揚げ帯締めを格のあるものに替えたら、お友だちの結婚式などにも似つかわしい着こなしになりそうです。

銀細工の帯留を添えて

小物:スタイリスト私物

文箱を模った銀細工の帯留を添えたら、願うは“文武両道”。

紅葉の地紋が浮かぶ、料紙のような扇面

小物:スタイリスト私物

紅葉の地紋が浮かぶ、料紙のような扇面。

本作中に、鉞子の兄が紅葉の一枝が浮き出た美しい細封筒で、アメリカに手紙を送る描写があります。兄は別段風情を求めたわけではなく、単に普段使っていた横長の封筒がなくなったため適当にそれを使っただけでしたが、優しい紅葉の葉がアメリカへ渡ってゆくことを思い、鉞子は乙女らしい喜びを味わうのです。

今宵の一冊より
〜松竹梅〜

 花嫁の駕籠が玄関に参りますと、一家のものは揃って仏間に集りました。嫁してこの家を離れ、他家の人となる姉は、ご先祖においとまごいを致しました。深く頭をたれた姉の傍に、にじりよった母は、美しい函迫はこせこをさしだしました。それは松竹梅の模様をちりばめた美しいもので、祖母の手になったものでした。
 それから母は、戦いに出でたつ武士のように雄々しく新しい生涯にたち向かうようにと、おきまりの門出の言葉をいいきかせ、次いで「毎日、この鏡をごらんなさい。もし心に我儘や勝気があれば、必ず顔に表れるものです。よっくごらんなさい。松のように強く、竹のようにもの柔らかに素直で、しかも雪に咲きほこる梅のように、女の操をお守りなさい」と申しました。

 杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

著者自身の婚礼よりも詳細に描写される、姉の婚礼の様子。

やはり客観的に見ていて、印象深く脳裏に刻まれていたのでしょう。

婚礼などは特に土地柄によって大きく違いがあるため、ここで描かれる一連の流れも、とても興味深いものがあります。

初冬を迎え、ようやく手を通す気になれそうな、とろりとした手触りの縮緬地。まさに黄葉した銀杏の葉みたいな、ほんの少し苦味のある金茶色に雪輪と紅葉がほわりと浮かびます。

胸元に柄のない裾模様なので、『訪問着…どこへ着ていけば……?』などと、それほど構えずとも普段遣いしやすい着物ではないでしょうか。

金彩で描かれた雪輪取りのラインに、愛らしい松竹梅が並んだ染めの名古屋帯を合わせ、柔らかな霞に流水文の単衣羽織を重ねたら、龍田川の名残りと冬の気配を感じるコーディネートに。

帯留には象牙の銀杏、そして扇子には白椿。

他を同系色で抑えた分、袖や裾に翻る紅葉が目を惹きます。

帯でさまざまな着こなしが楽しめるこの着物、先程の威段文の袋帯を合わせたら、季節的にも七五三の装いにぴったりな組み合わせに。

もちろんそれだけではなく、合戦・軍記物の歌舞伎観劇などにもとても似合うでしょうね。もしタイミング良く年末に上演があれば、ぜひこんな着こなしで観劇に行っていただきたいものです。

あ、そう言えば。

先程、狢菊の小紋に合わせた矢羽の刺繍半襟を合わせたら『盛綱陣屋』コーディネートになるんだな。

鎧櫃に矢文。そして飛んできた矢文が刺さるのは、舞台上の紅葉の木ですもんね……。

『盛綱陣屋』コーディネート

小物:スタイリスト私物

組紐は鎧には欠かせないアイテムなので、そんなイメージの丸組みの帯締めとの相性はとても良く、いっそう鎧感が強まります。控えめな白金の抑えた輝きが、白の帯揚げと相まって帯周りに程良くフォーマルな重厚感を。

半襟には柔らかい印象の、大らかな菊の刺繍。胸元が無地なので、たっぷりと見せる着こなしも顔周りが華やかになって素敵です。

2025.07.07

おでかけ

きものの景色に溶け込む秋のおしゃれ 「歌舞伎へGO!大久保信子先生に聞く着物スタイル」 vol.11

季節のコーディネート
〜秋色尽くし〜

柔らかな白茶地に、絵画のようなタッチで描かれた季節の花々が印象的な訪問着。

アンティークな気配も漂う趣味性の強い訪問着なので、軽やかな帯を合わせて普段のおしゃれ着として楽しみたいもの。そこで選んだのは、こっくりとした秋色のパレットみたいな間道柄の博多帯。

リズミカルな縞と呼応して、描かれた柄の濃度がぐっと深みを増します。

ボタニカルな総柄ワンピースのような感覚で、おしゃれな普段着として楽しめる訪問着です。

程良い引き算でモダンな印象を添えて

小物:スタイリスト私物

胸元には南天の刺繍半襟。着物に溶け合わせるような同系色の地色に共薄の一色のみで表された刺繍が、程良い引き算でモダンな印象を添えて。

濃緑の帯揚げ、二分紐で極細く効かせたカラシ色。そして、彫金に珊瑚で添えられた小さな実が、ピリッとしたアクセントに。

季節のコーディネート
〜残菊〜

艶やかな紬地に刺子刺繍で描き出されたのは、シャープで無駄のない美しさの大胆な糸菊。

風に揺れる菊の花びらに翻弄されるかのような、ひらりと風に舞う菊の葉が染められた紬の名古屋帯を合わせたら、それぞれのラインが呼応し合って面白い視覚効果を生み出します。

この着物は薄くて軽やかな素材感なので秋いっぱい楽しめそうですが、初冬に向かうこれからの着こなしならば、雪のモチーフを重ねて残菊のイメージの着こなしを。

年の瀬のパーティーシーズンにも

小物:スタイリスト私物

黒地に雪華文の刺繍半襟、雪の粒みたいなパールの帯留。

三十六歌仙のひとりである凡河内躬恒おおしこうちのみつねが、初霜に覆われた白菊の花を見て詠んだ
 
 
心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花
 
 
のイメージが浮かびます。

帯揚げに深い黒紅色を差し、ほんのりクリスマスムードを添えて。年の瀬のパーティーシーズンにも。

武士の躾をうけた人は、来るべきどのようなことにも処してゆけるものだ―――

渡米直前の鉞子が祖母との会話の中で改めて実感したこの1行に、すべてが集約されている気がします。

本稿中で抜粋した、姉の婚礼に際しての母の言葉や、結婚を前に鉞子に向けた祖母の言葉『住むところは何処であろうとも、女も男も、武士の生涯には何の変りもありますまい。御主に対する忠義と御主を守る勇気だけです。さすればお前はいつでも幸福になれましょうぞ』 

という言葉も、旧態然とした“武家の女”の役割を説いたまでと言って仕舞えば身も蓋もないのだけど……

その核となるものが、仕える主人や旦那さまとかではなく、“自分自身の中にある確固たる何か”と置き換えたなら、現代の私たちにとってもすっと腑に落ちるのではないかと思います。

本作の著者である杉本鉞子さんは、私のちょうど100歳年上。

もし現代にいらっしゃっても、仕事の出来る素敵な女性なんだろうなーと……いわゆる歴史上の人物というより、身近な先輩のように感じられる魅力的な女性です。

そして、もうひとつ。

これほどに詩的で、かつ端的に、その本質を語ることは難しいのではないかと思う、この部分。

この読書の魅力は、お月見の宴にもたとえられるかと思います。漂う浮雲は銀盆の光をさえぎるのですが、丘の高楼に月の出を視まもる人は心ときめかせながら、明るい光の輝き出る瞬間を今や遅しと待ちわびるのでございます。それにも似て心ははやりながら、捕えがたくて、半ばかくされた文章の意味を極めたいものと、息をもつがず読み耽るのでありました。

 杉本鉞子『武士の娘』/ちくま文庫

幼少より育まれた知性と感性、美意識の持つ力を思い知らされる、いろいろな観点において読み応えのある一冊です。

さて次回、第六十ニ夜は最終回。

さりげない所作や着こなしに、漂う小さな違和感。そこに映し出される心情。
そんな描写に定評のある、あの方の作品を改めて。

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