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「東京染色の秘密」岩下江美佳『粋凛香』 東京KITTE展示会2020イベントレポート vol.4

東京染小紋初の女性伝統工芸士・岩下江美佳さんが染める、女性のためのおしゃれ小紋ブランド『粋凛香』。現代的な色彩に上品で洗練されたセンスが特徴です。作品はすべてが一点もので「流通されない小紋」として密かに人気を誇ります。めったに人前に出ることのない岩下さんに、ものづくりに対する思いを伺いました。

毎年恒例、東京丸の内KITTEでのきもの展示会。
「お気に入りのきものブランドのどんな新作に出会えるのかしら」と楽しみにしていらっしゃる方も多いかと思います。

「女性が作り染める、女性のためのおしゃれ小紋ブランド・『粋凛香』(すいりんか)」も、そんなときめきとワクワクを与えてくれるブランドのひとつです。

岩下江美佳さん

着姿の美しさを追求し、生地の素材、地紋の選定、発注からこだわり、手間をかけて製作された『粋凛香』の作品は、型紙による染めの作品ですが、すべて一点もの。月に20反しか製作することができないため、「流通されていない東京染」として、きものファンの方の口コミなどにより噂が広がり、高リピーター率を誇るブランドだそうです。

そんな全国のファンの心をつかんではなさない『粋凛香』の女性作家・岩下江美佳さん。2007年に東京染小紋初の女性伝統工芸士に認定され翌年に独立、2008年に江戸小紋プロデュサーの三田村浩幸氏と『粋凛香』を発表しました。

2009年に三田村氏は(株)江紋屋を設立、現在『粋凛香』は、江紋屋オリジナルブランドの一つとなっています。

「めったに人前に出ないんです」という岩下さんの、実演を交えたトークショーの様子、および製作に対する思いをレポートさせていただきます。

レポータ- / 手弱女 安里(たおやめ あんり)

職人の手技に恋して十数年。
洋の東西を問わず、逸品との出会いを求めて、気の向くまま、心のままに、美術館、展示会、劇場、工房等を訪問させていただいております。
着物美人を目指して日々、奮闘中。

レポーター手弱女 安里(たおやめ あんり)

まずは、岩下さんの経歴をご紹介させていただきます。

お母様のご実家が京友禅をあつかう呉服屋さんで、幼少期から着物に慣れ親しみ、着せてもらう機会も多かった岩下さん。とにかく着物が好きで、高校生の頃には職人になりたいと心に決めていたとか。

ですが、ご両親の猛反対を受け進学することに。武蔵野美術短期大学で工芸デザインテキスタイル(染めと織り)を学びます。当時の岩下さんにとって「着物」といえば京友禅。京都で就職活動をしましたが、時はバブル崩壊後、就職活動は思ったようには順調にはいきませんでした。

そんな折、東京西早稲田にも染の工房があることを知り、押しかけ女房ならぬ、押しかけ就職、そこから見習いの日々がはじまりました。

見習い期間は、工房の掃除、糊をかきまぜる、桶を洗うなどの雑用の日々。
工房に入って2年が過ぎた頃、工房の職人さんが定年で入れ替わるタイミングで、「板場に入りたい」と申し出た岩下さん。そこからは、もう無我夢中で染の技術を習得したそうです。

右=ぼかしの反物 左=多彩染の反物

岩下さんの作品をご覧いただくと、江戸小紋の特徴として知られる一色染だけではなく、多彩染めや、ぼかしの技法も取り入れられていることがわかります。これらの技法は、岩下さんが就職した工房が、江戸小紋・東京染・江戸更紗など多様な作品を製作しており、文字通り、数えきれないくらいの様々な型紙を所有していたからこそ習得できた技術です。

修業時代のことをお伺いすると、「とにかく感謝しかない」と岩下さん。
修業時代に修得した多種多様な技巧が岩下さんの作品に幅を持たせているのですね。

東京染小紋の伝統工芸士の認定を受け、「自分らしい作品を作りたい」と2008年1月に独立した岩下さん。独立当初は、以降の具体的なことは何も決めていなかったそうで、「独立前から7メートルの板が入る作業スペースがあるところに住んでいたから」という理由にて自宅兼工房での創作活動が始まりました。

岩下さんがご自身の工房で使っているのは、明治時代から使われてる長さ7メートルのもみの木の一枚板。独立にあたり、修業をしていた工房からわけていただいた大切な板です。

もみの板

もみの木は節が少なく水分を早く吸収してくれるのが特徴。板に継ぎや節目が多いと、そこに段差ができ細かい柄がつぶれ、また、型紙が痛む原因にもなります。

着物1着分の反物は幅約38センチ、長さ13メートル。
無地の反物を7メートルのもみの木の一枚板に、表裏ぐるりと糊で貼り付けます。

表裏に貼り付けると、折り返しの部分である「剣先」にどうしても型紙のズレが生じることがあり、このズレこそが機械ではなく手染めの証でもあるのですが、市場では「難あり」と評価されてしまうことがあるよう。最近では、表裏に貼らずに反物の半分まで貼って製作することも多いそうです。

会場の実演は、工房とは板の大きさ・高さ・湿度・温度など環境が異なるなかで行われました。

まずは、生地に板を貼ります。この時、気を付けるのは、

「空気が入らないように貼り付けることと、生地が斜めになったり曲がったりしないようにまっすぐ貼りつけること」。

緯糸(よこいと)をよく見て、布目を整えながらぴったりと貼りつけます。
貼り付けの際には1ミリだったずれも13メートルの反物が出来上がった時には大きなずれとなり、染めあがった際に柄が崩れてしまいます。

この後、反物の両耳をマスキングテープで固定します。耳の部分は染まらず白い生地のまま残ります。

次にもっとも難しい作業だと言われる「型付け」(生地の上に型紙を置いて防染糊を置く作業)です。

江戸小紋で使われるのは伊勢型紙。楮三椏(こうぞみつまた)100%の和紙でできています。
防染糊は、もち米・米ぬか・塩・それに活性炭と水分で構成されているため、和紙の型紙はそれらを吸って伸びてしまいます。

伊勢型紙
湿らせた型紙

ゆえに型紙は、一日以上前から水に浸し十分湿らせた状態で使います。
使っている最中に伸縮があると柄が合わなくなってしまうからです。

なるほど、工房ではどんなに暑くても寒くても冷暖房は使わない、というのはこういう理由なのですね。

型紙は柄によっても異なりますが、長さ約20~30cm程度。江戸小紋の型紙は12cmのものも珍しくありません。一反13mに糊をおくためには80回程度の型紙送りを繰り返すことになります。この時、柄の継ぎ目をぴったり合わせることが必要ですが、それがとても難しい作業です。

型紙には柄の継ぎ目の端に「星」と呼ばれる小さな穴が2~4個あけられています。型紙を送る際に、前の型紙の「星」と次の型紙の「星」をぴったり合わせることができれば、柄がきれいにつながります。

実演会場で見させていただいた岩下さんの型付け作業は実にリズミカル。板の高さに合わせて腰を中心に、からだ全体を一定のリズムで動かし、厚さの差がでないように均等に糊を置いていきます。

型紙は一反の型付け方が終わると水できれいに糊を洗い流して乾燥させ保管します。
いくら強靭とはいっても和紙からできた型紙。どんなに大切に使っても10~15反染めたら壊れはじめるそう。模様が大きい型紙も細かい型紙も弱いそうで、目詰まりぎりぎりまで使ってから洗うと、細かい目の大きさが微妙に違ってしまうのだとか。

「着物は離れた部分の柄同士が隣り合うので、ごくわずかな差も許されないんです」

型付けした生地を乾燥させ、その上から染料の入った色糊をしごいて地を染めるのですが、江戸小紋にとって地色はとても大切。色の出方は季節や天気によって微妙に異なるそうで、そのため、色糊の調合は重要かつ難しい作業。

「染める前には必ず肌の上に乗せて色を検討します」と岩下さん。
反物を体に当てたとき顔が引き立つか、ここ着物を選ぶときのポイントですよね。

さらにこだわりを感じるのは、全ての反物に「裏しごき」があるということ。
見えない部分にこそさりげないお洒落、まさに江戸の「粋」です。

会場で私も、反物をあてさせていただきました。

「わ、ステキ」

鏡を見た瞬間に…気分がぐんとアップ!これぞ岩下マジックですね。

女性らしい感性と研ぎ澄まされたセンスに溢れた『粋凜香』の作品、リピータ一率が高いのも納得です。

江戸小紋・帯・羽織、すべて『粋凜香』の作品

『粋凛香』の作品を拝見すると、モダンでポップ、時に斬新で、一見しただけでは「江戸小紋」とは思えないような柄もあります。生地は繊細で手触りがよく、地紋は美しく、そしてすべての反物に裏しごきが施されているという、あまりに手間のかかった作品にまずは驚きます。

そう…『粋凛香』の作品は、こだわりによって生み出された究極のおしゃれ着物。

生地素材も、染め上がりの発色が良い「浜ちりめん」はもとより、純国産糸を使用した絹地などを発注、地紋を選定します。その後型紙を決め、色や柄の位置を話し合い、

「型紙から製作されているのにこの世に同じものは2反とない」
「流通されていない一点ものの東京染」

である『粋凛香』の作品が誕生するのです。

『粋凜香』の作品

なかでも、岩下さんが特に強くこだわられているのが「型紙選び」。

「型紙を見て、できあがりを想像し、着姿をイメージしている時が最も幸せ」
「ただひたすらに美しい」

型紙について目をキラキラさせながら語る岩下さん。岩下さんにとって、型紙は恋人であり、愛する我が子のような存在なのかもしれませんね。

型紙を愛してやまない岩下さんに「型紙を選ぶときのポイント」をお伺いしたところ…

「好きか嫌いか」
「おしゃれなもの」
「悪目立ちしないもの」
「着る方がきれいに見えるもの」
「自分が着たいと思うもの」

をいう回答をいただきました。

そしてなんと、驚くなかれ、岩下さんは時にご自身で型紙を製作することもあるのだそう!
こちらの帯が、岩下さんが彫った型紙から製作したもの。

ここまで徹底していらっしゃるとは…もうあっぱれ!の一言です。

岩下さんが彫った型紙から製作された帯の柄

着物に対して、
「ファッションのひとつとして、おしゃれのひとつとして肩肘を張らずに楽しんでほしい」
と思っていらっしゃる岩下さん。

ご自身のブランド『粋凛香』の作品については、
「トータルコーディネートでなくていい」
「今すでに持っているものにあわせられるもの」
として冷静に捉えていらっしゃいます。

幼少期から飽きっぽく、本当に好きなことしか続かない岩下さんにとって、「染め」は唯一続いている大好きなこと。

「数か月に一度は展示会場などでお客様の生の声を聞いて刺激を受け、これからも大好きな”染め”をワクワクしながら続けていきたい」

と語る岩下さん。
その佇まいからは、「東京染小紋初の女性伝統工芸士」や「伝統工芸品を背負っている」という感じはみじんもなく、どこまでも自然体です。

粋で、凛として、香りたつ―

おしゃれに、シックかつモダンな着こなしを目指す女性のために染められた『粋凛香』の作品は、きもの雑誌への掲載・SNS発信等は一切行っていないそう。

江戸小紋プロデューサーであり『粋凛香』の名付け親でいらっしゃる(株)江紋屋・三田村氏の手を介して全国の展示会で発表され、ファンのみなさまの元に届けられ、今日も多くの女性に、きものを着るときめきを与えていることでしょう…

次に『粋凜香』の新作に出会えるのは、どの展示会かしら。
考えるだけでワクワクしてきますね!

『粋凜香』コーディネート