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濃密かつ丁寧に描かれた、特殊な愛の物語『あちらにいる鬼』「きもの de シネマ」vol.20

濃密かつ丁寧に描かれた、特殊な愛の物語 『あちらにいる鬼』「きもの de シネマ」vol.20

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。今回は、実在の人物をモデルに描かれた問題作『あちらにいる鬼』の映画化に注目しました。

2022.10.21

よみもの

水墨画の世界が、青春芸術映画の新たな金字塔に!『線は、僕を描く』 「きもの de シネマ」vol.19

道ならぬ恋がもたらす友情にも似た何か

作者の父 井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。

この惹句を見たときの衝撃を、わたくしは一生忘れないでしょう。

ごきげんよう。椿屋です。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

上記の一文は、井上荒野著『あちらにいる鬼』の単行本(朝日新聞出版刊)が刊行された際、モデルとなった瀬戸内寂聴さんが寄せた帯コメントです。そしてそれは、次のように続きます。

五歳の娘が将来小説家になることを信じて疑わなかった亡き父の魂は、この小説の誕生を誰よりも深い喜びを持って迎えたことだろう。作者の母も父に劣らない文学的才能の持主だった。作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう。

自らの両親と、父の愛人。

当時はまだご存命だった瀬戸内寂聴を主人公に、男女3人の非凡な関係を書こうと思った作者も凄ければ、それを快諾した寂聴さんも凄い。その凄みは、書くことを生業とする作家の業なのかもしれません。

そんな話題作(問題作?)が、まさかの実写化。これまた凄い。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

奇妙な三つ巴。けれど、そこには確かな「愛」があり、「愛」だけに収まらない様々な感情が芽生え、渦巻きます。

講演旅行をきっかけにわりない仲になる長内みはる(寺島しのぶ)と白木篤郎(豊川悦司)。片や、家出をする原因となった年下の男と暮らし、男は妻子持ち。それでもふたりは互いにのめり込んでいくのです。

そして、奇妙な関係が7年続き、みはるは出家を決意します。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

物語の佳境は、彼女の得度式。実際に剃髪し、人生最大の転機を体現する寺島さんのお姿は、まさに寂聴さんそのもののようにお見受けしました。件のシーンはとても丁寧に描かれており、底知れない愛の怖さと美しさを同時に突きつけてきます。

余談ではありますが、剃髪は本職の理髪師さんを招いての一発勝負。本番前には、テストのために髪を肩まで伸ばしたラインプロデューサーが、文字通り頭を差し出し、バリカンを入れたとか。その心意気に、脱帽です。

しかし、今回の最大の見どころは、新境地を拓いた広末涼子さんではないでしょうか。

彼女と同年代のわたくしは、『マジで恋する5秒前』から数々の出演まで拝見してきましたが、今回演じる白木の妻・笙子は、これまでにない魅力を存分に伝えるキャラクター。芯の強さを静かに映し出す、物語の核たる存在です。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

夫の情事を知り尽くしながら、表情ひとつ変えない妻。化粧っけのない顔はどこにでもいる人妻の風貌にも関わらず、どこか目が離せない。穏やかな佇まいに隠れた激情が、ひたひたと揺蕩っているような、得も言われぬ迫力が滲み出ているのです。

笙子だからこそ、夫に愛され、運命共同体のような関係を保ちながら、夫が愛した女と同志然とした連帯感を生み出せたのだろう、と納得させられる。それこそが、女優・広末涼子の力だと痛感いたしました。

勝負服は和装で!男と女の仲にあるキモノ

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

そんな広末さん、一度だけお着物姿を披露されます。寂光となったみはるが白木家の新居に招かれ、篤郎ご自慢の“妻の手料理”が並ぶ食卓をみなで囲むシーンです。

かいがいしくもてなす笙子らしさがあらわれた一枚で、帯とのバランスも絶妙。ぜひ注目してご覧ください。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

作中前半、「きものと」読者のみなさまを満足させるだけの素晴らしいキモノたちが、続々と登場するのも見逃せないポイントです。

2022.10.12

よみもの

寂聴さんに見せたかった着物姿 feat. 瀬尾まなほ「きもの、着てみませんか?」 vol.4-1

こちらの記事からも分かるように、寂聴さんは手にした原稿料すべてを着物に費やすほどの”着道楽”だった方。彼女の作品には、着物にまつわる描写がたくさん出てくることでも知られています。

ご自身が好きでお召しになっていたのがよくよく伝わる表現の数々を裏付けるようなみはるの着こなしも、本作の魅力のひとつと言えます。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

篤郎との初めての逢瀬では明るくキュートな印象のコーディネートで、帯とバッグの持ち手の朱が差し色に。表情も晴れやかで、篤郎に逢える喜びに溢れています。

初対面で妻を引き合いに出しながら装いを褒めてきた男の前で、はじゃぎながらクルクルと回って見せるのも、愛らしいのです。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

かと思えば、突然訪ねてきた篤郎を迎えるため、わざわざ着替えたのは粋な雰囲気のまとめ方。ここぞというときは和服で。それってとても艶っぽくて恰好いいと思いませんか。

なかでも、わたくしが一番惹かれたのは鮮やかな朱赤の着物と帯。共色を組み合わせた装いは、熱情なのか、怒りなのか、哀しみなのか……全身から炎のように立ち昇るエネルギーを感じました。

キモノが繋ぐ、男と女の縁。

僧侶としての法衣はもちろん、人生の節目だけでなく何気ない岐路にも、活躍してくれるキモノの魅力を存分に感じることができる映画です。

奇しくも、公開日となった11月11日は、故・瀬戸内寂聴さんの一周忌。新型コロナウイルスのせいで、ご本人がご覧になることは叶いませんでしたが、きっと「傑作!!」とお悦びのことでしょう。

ちなみに、モデルとなった井上光晴氏と奥様のお墓は、岩手県の天台寺にあります。そこを提案された寂聴さんも同じ敷地内に眠っておられます。

そういう関係性について、豊川さんはこう仰っています。

「あなたたちは好き合って、この特殊な関係を全うしたんですね、と思う。それはもう誰も何も言えないくらい濃密で、丁寧に扱われる関係だ」

まさしく。

この映画は、3人の関係を濃密かつ丁寧に捉えた良作だと思います。

2022.10.28

インタビュー

寂聴さんとの出会いに導かれて 瀬尾まなほさん(インタビュー前編)「きもの、着てみませんか?」vol.4-2

2022.11.09

インタビュー

これからも寂聴さんに出会わせてくれるひと― 瀬尾まなほさん(インタビュー後編) 「きもの、着てみませんか?」vol.4-3

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