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孤独に寄り添い心静める能の力『ヴィレッジ』 「きもの de シネマ」vol.28

孤独に寄り添い心静める能の力『ヴィレッジ』 「きもの de シネマ」vol.28

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。4月2本目は、閉鎖的なムラ社会で絶望と希望が綯い交ぜになる衝撃作『ヴィレッジ』です。

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2023.04.07

よみもの

映画のまち・京都が生んだ“新”時代劇 『仕掛人・藤枝梅安2』 「きもの de シネマ」vol.27

見たことない横浜流星が眼前に!

今春の桜は大変早く、遅咲きの品種をわずかに残すばかりとなりました。

ごきげんよう、椿屋です。

今回注目する作品は、社会派サスペンス・エンターテイメント。横浜流星主演の『ヴィレッジ』です。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

いやはや、こんな荒んだ目をした無精髭の横浜流星さんを、初めて見ました。

冒頭から、もさっとした髪型の冴えない風貌で現れ、殴られ蹴られ、蔑まれる青年。かすかな希望によって変わろうと藻掻き苦しんだ後の闇落ちは、鳥肌が立つほどの変貌っぷりです。

美山のかやぶきの里をロケ地とした霞門村(かもんむら)を舞台に、同調圧力、格差社会、貧困といった現代日本が抱える社会問題を、きれいごとにせず抉り出していく——本作は、誰しものすぐ隣に横たわっている、見て見ぬふりをしているリアルが圧倒的な映像美で描かれています。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

長閑な里山に異物として存在する巨大なゴミ処理施設。横浜さん演じる片山優は、そこで僅かな日銭を稼ぐ生活を送っています。

連鎖する理不尽と不条理に抗う術も気力も持たず、ただやり過ごすだけの日々。いろんなものに蝕まれていく毎日のなか、ひとつまたひとつと諦めていく心を抱えて、そこに在るしかない……

そんなある日、幼馴染・中井美咲(黒木華)が東京から7年ぶりに帰郷します。

いくつもの柵(しがらみ)によって村を捨てられない優と、夢見た都会の生活に敗れた美咲が、合わせ鏡のごとくシンパシーによって惹かれ合うのは、まさしく必然。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

村は、社会の縮図。

そこに生きる人々は誰もが被害者で、鬱屈とした空間と時間に圧し潰されそうになりながら、他の誰かを傷つけ、なんとか生きているのです。スクリーンに紡がれる物語は、まるで写し鏡。作中、随所で鏡のアイテムがメタファーとして用いられている点も見逃せません。

実は、横浜さんと監督の藤井道人さんは旧知の仲。

藤井監督作品、長編初主演となる今作では、脚本の初期段階から横浜さんも参加され、一緒に京都ロケを行い、主人公の優というキャラクターには彼自身の要素が色濃く盛り込まれているといいます。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

全編を通して度々映し出される、泣いているような笑っているような、何とも言えない表情。

感情を表に出さず、内へ内へと留まらせてしまう優の生き方そのもののような顔つきは、「いままでに見たことのない横浜流星でないと意味がない」という監督の信念が撮らせたもので、監督自身が「ちょっと泣きそうになりました」と振り返るラストシーンは圧巻です。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

バイプレーヤー好きのわたくしとしましては、木野花さんの言葉なくして語るゾクリとする存在感に感服し、狭い村から出たことのない親の威を借る面倒くさい奴を体現する一ノ瀬ワタルさんの演技に脱帽でした。

とことんクズで嫌な男・大橋透こそ、この物語の不快感を担保するキーパーソンです。

闇の世界で閉ざされた心を映す能

2022年6月に本作の撮影を見届けて急逝された故・河村光庸エグゼクティブプロデューサーから藤井監督へ与えられたお題のひとつに、「お面をかぶった人々の行列」というものがありました。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

そこには、現代の日本社会に蔓延る同調圧力や事なかれ主義に「一石を投じたいという河村さんの想いがあったと思います」と監督。幽玄かつ異様なこの風景を眺めながら、「不自然でこの世の世界じゃないみたい」と美咲は言います。

この、この世とあの世……現と夢を繋ぐ重要な要素として、古くから村に伝わる土着の能が出てきます。これが、もうひとつの河村氏からのお題。

「コロナを経て、エンターテイメントは世の中に必要なのかという問いに対して、芸能は不屈であるという自分たちなりのアンサーを返そうとしたときに、河村さんは日本最古の芸能である『能』を用いてきた」

という監督の言葉が示すとおり、物語の核となる演目「邯鄲(かんたん)」が作品の世界観と見事にリンクしているのです。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

ここで、「邯鄲」のあらすじをご紹介しておきましょう。

唐の時代。人生に迷い仏道に悟りを求めて旅立った青年・盧生(ろせい)は、道中の宿で女主人に「邯鄲の枕」を勧められました。眠っていると、皇帝の勅使が迎えにきて、盧生を宮殿へと案内します。皇帝の位を譲り受けた彼は、この世の栄華を謳歌。あっという間に50年という月日が経ち、祝いの宴席で不老長寿の仙薬だという酒に酔いしれた盧生が目を覚ますと、宿の女主人が起こしにきて、すべては束の間の儚い夢だったと知るのです。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

演じるのは、同じ伝統芸能の世界に身を置く中村獅童さん。

過去のとある事件をきっかけに村を出た村長(古田新太 as 大橋修作)の弟で、能楽師としての顔を持つ光吉として、能舞台に立ちます。ちなみに、美咲と優に稽古をつけるシーンでお召しになっている着物は、獅童さんの私物だとか。

歌舞伎には「松羽目物(まつばめもの)」という能や狂言を模した作品が多くあるため、ジャンルは違ってもさすがの説得力です。

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

©2023「ヴィレッジ」製作委員会

光吉が舞う薪能のシーンは、シテ方喜多流能楽師・塩津圭介氏のお力あってこそ。劇中の演目選びから関わられ、所作指導、監修、出演まで全面的に尽力されています。

件のシーンでは、さらに圭介氏の父である哲生氏をはじめ、シテ方から囃子方まで現役の能楽師がずらりと出演。謡、囃子、足拍子が共鳴する一体感ある迫力は素晴らしく、録音技師のスタッフさんが「思ったよりロックでびっくりした」と驚いたといいます。

生の舞台に勝るとも劣らない画力を、劇場にて肌で感じてください。

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