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家族の希望となった宮沢賢治の生涯を描く『銀河鉄道の父』 「きもの de シネマ」vol.29

家族の希望となった宮沢賢治の生涯を描く『銀河鉄道の父』 「きもの de シネマ」vol.29

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。きものと的「G.W.最大注目作」は、ダメ息子・賢治への家族の愛を描いた『銀河鉄道の父』です。

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2023.04.21

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賢治を信じたチャーミングな父親の物語

輝ける黄金週間、真っ只中。最大9連休の長期休暇を、いかがお過ごしでしょうか。

ごきげんよう、椿屋です。

ご存じの方も少なくないと思いますが、「ゴールデンウィーク(G.W.)」という言葉は戦後の映画業界に由来ある和製英語です。昭和61年に発行された「昭和世相流行語辞典」には、昭和27(1952)年の流行語として記載されています。

当時は、邦画全盛期。昭和26(1951)年、同じ週に封切られた松竹と大映による競作『自由学校』が、正月や盆の集客を上回り、異例の興行成績を記録しました。そこから、この時期の連休における観客動員数増加を目的とする宣伝のための表現として当時の大映にて生み出された「ゴールデンウィーク」は、広く一般的に使われるようになります。いまでもNHKや一部の民放では、元が私企業の宣伝用語であることから(他にもいくつかの理由あり)「ゴールデンウィーク」を「(春の)大型連休」としています。

さて、閑話休題。

そんな映画業界における興行シーズンであるゴールデンウィークには、たくさんの新作が封切られますが、なかでも注目したいのは『銀河鉄道の父』です。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

その詩や童話が長く愛され続けている宮沢賢治を菅田将暉さん、彼の創作活動におけるミューズでもあった聡明かつ溌剌な妹・トシを森七菜さんが演じたことでも話題となっている本作ですが、その題名が示す通り、父・政次郎こそがこの物語の大黒柱。扮するのは、悪から善までを様々な濃淡でスクリーンに映し出す、名優・役所広司さん。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

本作では、質屋を営む地元の名士として厳格でありながらも、自らを「これからの時代を見据えた新しい父親」と公言し、息子や娘への愛ゆえに振り回されるユーモアにあふれた父親像を創り上げました。

近年では『三度目の殺人』(2017/監督:是枝裕和)、『孤狼の血』(2018/監督:白石和彌)、『すばらしき世界』(2021/監督:西川美和)、『ファミリア』(2022/監督:成島出)など、ダークサイドを体現する役が記憶に新しいですが、『Shall we ダンス?』(1996/監督:周防正行)を代表するようなハートフルな役柄もお手の物。

厳しさと愛らしさを兼ね備え、ユーモアをもっている——成島監督の政次郎像に合致するのは、役所さんしか考えられなかったというのも納得です。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

父が大黒柱なら、祖父は立派な梁の如し。

質屋稼業を立ち上げて成功させた祖父・喜助(田中泯)は、規律や序列を重んじる“明治の家長”そのものですが、愛をもって息子や孫たちを見守り、自身もまた家族に見守られながら最期を迎えます。

その生き様に厚みや凄みを感じるのは、やはり田中さんだから。成島監督作品の常連で、脚本開発の段階から監督があて書きしていたというだけのことはあります。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

とくに家族の「死」に対峙するとき、このお二方こそが作品世界に深みを与えてくれているのです。

宮沢家の人々の着物が映し出す時代の変遷

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

史実に基づいた物語の舞台は、岩手県花巻と東京。時代は、賢治誕生の明治29年から、大正を経て、昭和10年に至るまでの約40年間です。

賢治の生家である質屋はもちろん、執筆と畑仕事に勤しんだ桜の家を蘇らせただけでなく、『春の修羅』『注文の多い料理店』の初版本も忠実に再現されていて、その時代背景のリアルさに胸が躍ります。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

出かけるときは、羽織にパナマ帽、手には扇子。床についていても来客があればきちんと着替え、同じ和服でも寝間着と部屋着と外出着はきっちりと分けられています。

ジャージやスエットでちょっとそこまで出ていく現代とは違う価値観。それだけで、物語の世界へ引き込まれていきます。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

時代が新しくなるに従って照明は蝋燭からランプ、ランプから電灯へと移り変わり、いまでは稀少となった大正硝子の向こうに見える庭の景色が当時の暮らしを描き出します。

季節によって変化する衝立屏風や掛軸、東北地方ならではの箪笥などの家具、染め抜きの暖簾、彫り物の看板……柳行李から西洋風なトランクへと荷物を収納する道具も時代によって違っています。

とにかくもう、芸が細かい!

なかでも、名詩『永訣の朝』でトシがみぞれを取ってきてほしいと頼む際に使われる茶碗は、一からデザインして陶芸家に依頼されたもの。緊迫感に満ちたシーンで、そんな余裕はないかもしれませんが、どうかお見逃しなく。

調度品や小物だけでなく、明治・大正・昭和と三つの時代にわたる時代考証は当然、衣裳にだって活かされています。

宮沢家は質屋ですから、仕立て上がりの着物や反物が商売道具。当時としては裕福な家です。それゆえ、派手さや華やかさはありませんが、上質な着物を着ています。それが最もよく判るのが、賢治の母・イチ(坂井真紀)の衣装でしょう。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

日常的シーンが多いため、冬は紬、夏は麻と天然素材のものを身にまとっているのもリアルです。とくにイチが締めている帯はどれもとても素晴らしく、紬は結城、麻は小千谷といった最高級品も登場します。

リアリティを追求し、知人の着物作家の私物や衣装担当である宮本茉莉さんの実家にあったものなど、少し着込んだ感のある着物や帯を使い、生活感を出されたといいます。

前掛け、割烹着、襷、手拭い、おくるみ…それらの見せ方にも、まさに生活感が滲み出ていました。

また、菅田さんと森さんの兄妹が「イカしてる!」とお褒めになったというスタイリングは、着物×袴姿のトシの学生スタイルで、北上川の川原と宮沢家の座敷で朝食を食べ終えたシーンに登場する襦袢代わりの赤いチェックのシャツ!

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会
妹・トシ(森七菜)の衿元にご注目。赤いチェックのシャツを襦袢代わりに

当時赤いネルシャツが流行ったという資料から、袴で自転車を乗りこなすトシのコーディネートに採用されたのでした。

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

©2022「銀河鉄道の父」製作委員会

余談ではありますが、わたくしが心揺さぶられたのは、成島組が得意とする長回し撮影による野辺送りのシーンでした。幼い頃、伯父の葬儀にて本家が所有する山まで歩いていった思い出がまざまざと甦ったから(当時は土葬だったのです)。

緑が眩しい野道をゆく白装束の列の美しさ、黄昏から迫る夕闇に燃え上がる本物の炎は圧巻です。
細部までとことん突き詰めて撮られた成島組渾身の新たなる賢治像を、どうか隅々まで目を凝らしてご覧ください。

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