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重要なシーンを担う浴衣の存在感! 『市子』 「きもの de シネマ」vol.40

重要なシーンを担う浴衣の存在感! 『市子』 「きもの de シネマ」vol.40

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。先日公開の『市子』は、過酷な家庭環境で育ちながらも、生きることを諦めなかったひとりの女性を描いた衝撃作です。

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市子の半生を通して己の存在を確かめる物語

昨日に引き続き、またもや椿屋です。ごきげんよう。

今回ご紹介するのは、第28回釜山国際映画祭ジソク部門正式出品作品『市子』です。

実はわたくし、映画祭から遅れること10日ほどの10月下旬に船旅にて釜山まで行ってまいりました。丸24時間滞在中に名物を可能な限り食し、目当てのストリートで映画祭に心を馳せることしばし……

映画祭

提供:椿屋

今年の釜山国際映画祭の来場者は、なんと14万人超え!2022年に東京で開催された東京国際映画祭の観客数は約6万人だったことからも、いかに大規模な映画祭だったかが判ります。

14本の日本映画が公式招待され、『市子』で主演を務めた杉咲花さんも開会式のレッドカーペットに登場しました。

©2023 映画「市子」製作委員会

©2023 映画「市子」製作委員会

本作は、戸田彬弘監督が主宰する「劇団チーズ theater」の旗揚げ公演作品『川辺市子のために』を映画化したもの。どれほど痛ましい環境下であっても、自分自身の存在と向き合い、生き抜こうとする川辺市子という女性の来し方を描いた壮絶な物語です。

そんな市子を、凄まじい熱量で演じ切ったのは、杉咲花さん。

「捉えようの難しい脚本の中に居る『市子』が、杉咲さんの圧倒的な感性とエネルギーによって可視化され、顕在化されていきました」

監督の言葉が示すとおり、彼女が体現した市子の生き様が、声にならない魂の叫びが、観る者の心に鮮烈に刻まれることは間違いありません。

©2023 映画「市子」製作委員会

©2023 映画「市子」製作委員会

物語の始まりは、川辺市子(杉咲花)の失踪。3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日、彼女は忽然と姿を消します。

刑事・後藤(宇野祥平)とともに彼女の行方を追う長谷川は、捜索を続けるうちに市子の悲惨な過去を知ることになります。

©2023 映画「市子」製作委員会

©2023 映画「市子」製作委員会

社会の闇に囚われた市子についての数々の証言。浮かび上がってくるいくつもの断片。彼女の境遇や行動を通して見えてくる「市子」という人間像。そこにあるべき、尊厳……

逃げ続ける彼女の行き場のない感情の嵐に巻き込まれ、市子とは一体何者か?という疑問の先にある「己の得体とは何か」という問いが突き刺さります。それは観終わって数日経ってもまだ、刺さったままなのです。

藍染浴衣の「萩の葉」に込められた想いとは

原作となった舞台を書いたきっかけについて、監督は次のように語ります。

「ずっと映画でやってきましたが、実は大学の専攻は演劇。あるとき、俳優である友人から一緒に舞台をやらないかと誘われる機会があり、10年ぶりに演劇を創ることになりました。

当時、SNSが身近になり始めた頃で、若くして亡くなった映画仲間の誕生日になるとおめでとうメッセージが送られているのを見て、彼らの中ではまだ仲間は生きているんだという状態にモヤモヤしていたんです。

その感情をテーマに何か書けないか、と考えました。『川辺市子のために』は、社会的問題を取り扱う作品というより、市子というひとりの女の子の人生を見つめる物語にしたかった」

©2023 映画「市子」製作委員会

©2023 映画「市子」製作委員会

市子という人間の半生を描くにあたって、その宿命の重さや境遇の哀しさを観客に届けるため監督が意識したのは「映画というフィクションでありながら、我々の生活と地続きにつながっているという感覚」。

そのためロケ地をはじめ時代背景や小道具などにもリアリティを追求し、ハンディによる撮影で臨場感を演出するなど、「自分のすぐそばに市子がいたのでは?」と思わせる仕掛けが盛り込まれています。

細々としたアイテムの中で最も印象的かつキーとなっていたのは、プロポーズの際に長谷川が市子に贈る藍染の浴衣です。

©2023 映画「市子」製作委員会

©2023 映画「市子」製作委員会

原作となった舞台では小道具はショートケーキのみの登場で、浴衣は映画のオリジナル。ふたりの出会いが夏祭りで、市子が花火を好きなのも映画だけの設定です。

映像で見せるにあたり、部屋にぽつんと取り残される浴衣は、「虚無感というか、名残りの匂いがする」と監督は言います。

一度も袖を通すことなく置いていかれた浴衣が市子の抜け殻のように思えて、とてもシンボリックです。

©2023 映画「市子」製作委員会

©2023 映画「市子」製作委員会

浴衣について、監督が思い描いていたのは「群青色」という色だけ。市子はその生い立ちからいつも目立たぬように生きており、彼女が着る黒のワンピースも身をひそめる意味合いがあることから、浴衣もスタンダードな印象のもので考えていたそう。

「市子は暑さが苦手です。そんな彼女のために早く涼しくなったらという想いを込めて、長谷川が選ぶことを考えて、柄は萩にしました」

登場する浴衣は、竺仙さんの「萩の葉」という一枚。衣装担当の渡辺彩乃さん曰く、

「長谷川がお店の人から、萩の花言葉に”控えめだけどいろいろ考えている”みたいな意味があると聞いて市子に選んだ、という設定です」

物語の重要なシーンを担う浴衣の存在感を、ぜひ劇場で感じてください。

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最後に、監督から「きものと」読者へメッセージを頂戴しました。

「映画の構成としては市子の主観で進んでいく物語ではなくて、彼女に関わった人たちの、第三者から見た集合体として市子を描いています。

誰かの話を聞きながらひとりの女の子の人生を知っていく——でも、その女の子って自分のすぐ横にいたんじゃないかなとか、街ですれ違ってるんじゃないかなとか、そういう余韻を持って帰っていただける作品になっているのではないかと思っています。

市子という人間を知って彼女をどう受け取るのかは、お客さんに委ねるラストにしたつもりです。市子との向き合い方は、大切な方との向き合い方に通ずると思うので、それぞれの答えを見つけてもらえたらうれしいです」

戸田彬弘

©2023 映画「市子」製作委員会

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