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これからも寂聴さんに出会わせてくれるひと― 瀬尾まなほさん(インタビュー後編) 「きもの、着てみませんか?」vol.4-3

これからも寂聴さんに出会わせてくれるひと― 瀬尾まなほさん(インタビュー後編) 「きもの、着てみませんか?」vol.4-3

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瀬戸内寂聴さんの秘書を10年前よりつとめる瀬尾まなほさん。インタビュー前編では、寂聴さんとの出会いについて語ってくださいました。後編では、ご自身や寂聴さんの着物との関わり、そして寂聴さんとの別れについて伺いました。

2022.10.13

インタビュー

寂聴さんとの出会いに導かれて 瀬尾まなほさん(インタビュー前編)「きもの、着てみませんか?」vol.4-2

瀬戸内寂聴さんがひらいた寺院、寂庵にて、秘書の瀬尾まなほさんにご登場いただいている今回のインタビュー。

スタイリスト薬真寺さんは、こう語ります。

「瀬戸内寂聴さんの膨大なご著書のなかで特に好きなのが『奇縁まんだら』という作品。寂聴さんが、すでに故人となった作家、劇作家、詩人、俳優、画家、陶芸家、革命家などとの出会いや思い出について綴っておられるシリーズです。

にわかには信じられないような破天荒で型破りなエピソードの数々や、毎回唸るほどに迫力ある横尾忠則さんの挿画、そして出てくる人物の着物を寂聴さんが言いあらわす言葉がすばらしくて、分厚い全四巻におさめられた延べ136人の方々の姿が、ありありと浮かびます」

瀬戸内寂聴さん秘書・瀬尾まなほさん
嵯峨野の町で。瀬尾まなほさん。

寂聴さんは一巻目の前書きで、

『一人でも多くの人に、このすばらしい先達のことを思い出していただきたいからである。また、この人たちを未知の若い読者にも、この素晴らしい先達のことを覚えてほしいし、この人たちの造った日本の文化を、改めて誇りにしてほしい気持ちでいっぱいである。』

と綴っておられます。

寂聴さんが亡くなった現在も、寂聴さんの言葉や思いを広く伝えようとなさっているまなほさんの活動は、寂聴さんが『奇縁まんだら』で伝えたかったことに通じるものを感じます」

身体に馴染む、紬で洒落て

着物姿の瀬尾まなほさん。

薬真寺 香(以下、薬真寺):まなほさんは、着物はあまりお召しにならないとか。

瀬尾 まなほさん(以下、瀬尾さん):私は服もお菓子も洋のものが好きなんです(笑)

いつか、母の着物を着せてもらったのにクレープを食べてチョコレートつけてしまったことがあって。それ以来、着物を着て行動するのに自信がなくなりました。妹は好きでよく母に着付けてもらって出かけたりしてたんですが、私はまた汚したりしたら洗濯物が増えて母に迷惑がかかってしまう、なんて思いが先立ってしまい、なかなか着物を着る機会を持てませんでしたね。

最近着たのは、一人目の子どものお宮参りのとき。着物好きの母から一式借りて、着付けもしてもらいました。

薬真寺:お子さんが生まれると節目の写真撮影などで着物を着る機会が増えた、という方は多いです。

瀬尾さん:やはり、そうですよね。

七五三では子どもにも着物を着せてあげたいなと思っています。でも、七五三シーズンはレンタル料金も撮影料金も高くて……。ちょっと時期をずらしてお値打ちになるタイミングを狙うのもいいかな、なんて考えてるところです。

薬真寺:シーズンオフに撮影やお参りをする動きはかなり定着してきています。コロナ以降特に。繁忙期を避けるとレンタル衣装や撮影スタジオだけでなく神社も空いてるので行動しやすいと思います。

今日は久しぶりの着物、いかがでしたか?

瀬尾さん:自分ではきっと選ばない色や柄で新鮮でした。着せていただく前に見た時はちょっと落ち着いた雰囲気でどちらかというと地味めかなと思っていたんですが、着ると意外と華やかというか、顔色もパッと明るくなりました。

それと…肌触りがとても良い!身体にしっくり馴染む感じがします。

大の着物好きだった寂聴さん

薬真寺:寂聴さんは、出家される前はお仕事でもプライベートでもたくさん着物をお召しになっていたようですが、ご出家されてからは……

瀬尾さん:着物は出家したときに全て人に譲ったそうです。でもかつては、原稿料が入ったら全部つぎ込むくらい着物を買っていたようですよ。

薬真寺:寂聴さんの作品には着物がよく登場するんですが、着付けの具合でどんな人物像なのかをこちらに伝えてくれたり、季節や空気感も漂ってきたり。よほど着物がお好きで、あちこちで目を肥やし、ご自分でも散々お召しになってきたからこそ書けるのかなと感じていました。

瀬尾まなほさん。寂庵にて

瀬尾さん:今日締めてもらった帯の話など瀬戸内にしてみたいですが「まなほ紅型も知らなかったの?」なんて笑われちゃいそうです。

薬真寺:ご著書を拝読すると、出家される以前は、出版社主催の講演会のために地方にお出かけになった際などに、一緒になった作家さんとともに織元さんを訪ね買い物したりもなさっていたようですね。

”琉球紅型が好きなので講演が終わってから呉服屋へ行った”というくだりも出てきました。そんなエピソードも頭の片隅に浮かべつつコーディネートしていったのですが、着物通の寂聴さんの目を意識すると…正直なところ緊張しました。

瀬尾さん:瀬戸内のこと、私のこともこんなに考えてくれてコーディネートしてくださって……感激です。

薬真寺:そんな風に受け止めてくださってうれしいです。だけど今回のお二人の関係性をまるごと包んでスタイリングさせていただく、という試みは、刺激的で楽しかったです。学びになりました。

寂庵にて

そういえば、もうひとつ。

着物好きな方は裏干支(十二支をぐるりと円状に並べたとき自分の干支のちょうど真裏にくる)をお気に入りのモチーフとして、根付にしてぶら下げたり、刺繍を入れたり、襦袢の柄にするなど、縁起担ぎやお守りのような感覚で取り入れたりするのですが、まなほさんの干支は”辰”で、裏干支はなんと、寂聴さんの干支でもある”戌”なんです!

あらためてご加護を感じたというか……やはりご縁のあるお二人なんだなと。

それで今回、戌のモチーフをどこかで取り入れようかという構想もあったんですが、結果的には今のかたちに落ち着きました。

瀬戸内寂聴さん秘書・瀬尾まなほさん

瀬尾さん:もう、今すぐ瀬戸内の部屋に行って話したいです!「こんなに私たちのことを考えて選んでくれた着物なんだよ」って。

いつもとは違う自分の姿も見てほしいです。いつも、何かあったら真っ先に報告してたから、その相手がいなくなるというのはやっぱり寂しいことですね……。

大好きな寂聴さんとの別れ

薬真寺:11月9日は瀬戸内寂聴先生のご命日、間もなく1年が経ちますね。

瀬尾さん:この部屋から庭を眺めながら、もうすぐ梅が咲くね、つぎは牡丹の花が咲くね、なんて話を瀬戸内とするのが好きでした。私はもともと花の季節などほとんど知りませんでしたが、寂庵で働き始めて、瀬戸内とこの庭とに毎年教えていただきました。

今でも、瀬戸内の部屋に行くとやっぱり寂しい。もういないなんて、会えないなんて不思議な気持ちです。

薬真寺:まなほさんと寂聴さんの関係を家族や親しい人に照らし合わせて、同じような寂しさを乗り越える一助になさる方や、これから訪れる局面に備える方もいらっしゃるんじゃないかと思っています。

瀬戸内寂聴さんの思い出を語る瀬尾まなほさん
瀬戸内寂聴さん秘書・瀬尾まなほさん

瀬尾さん:瀬戸内の年齢を考えても、いつかは別れが来るということは分かっていた。自分が看取る、という覚悟はできているつもりだったんです。

だけど直前まで元気だったのに、あまりに急なことで……。亡くなった直後の日々は、心の整理もできないまま、慌ただしく過ぎていってしまいましたね。

瀬戸内が亡くなって間も無く次男を出産したこともあり、めまぐるしい毎日でした。次男を瀬戸内に見せられなかったのは本当に残念ですが、次男の誕生がなかったら、まだ泣いて泣いて何もできないまま現在になっていたかもしれないです。子供の成長は、希望の光だなと思います。

瀬戸内寂聴さん秘書・瀬尾まなほさん

瀬戸内と出会ってから、こんなに長い間離れた時期はなかったので、心細い気持ちです。でも、少しずつ瀬戸内のいない時間が積み重なっていって、悲しみも少しずつ落ち着いていくのかなと感じているところです。

私にとって救いなのは、瀬戸内が生前「したいことも、食べたいものも、いきたいところも、全てしたから、もういつ死んでもいいわ、生ききった」と言っていたことです。

さすがの瀬戸内も、やはり年齢とともに身体のつらい部分というのは出てきていたので。

原稿の締め切りが迫っているけど起き上がれないこともあり、横になっている時間が長くなっていって……しんどかったと思うんです。瀬戸内のことを思うと、先生やっと楽になったね、お疲れさま、という気持ちもあります。

『奇縁まんだら』の最後を託された

寂庵の庭を背にした瀬尾まなほさん。

薬真寺:寂聴さんが亡くなった後、画家の横尾忠則さんがまなほさんに電話で「悲しんでる場合ではない、いろんな場所で寂聴さんの話をどんどんしなさい。あなたが話すことが寂聴さんへの供養になる」と言葉をかけてくださった、というエピソードもありましたね。

瀬尾さん:最初は取材も受けられなかったのですが、誰かが寂庵としてコメントを出さなければいけない。もし瀬戸内だったら、「まなほ、泣いてないで。こんなに仕事あるんだからやりなさい」って言うだろうなと思って。

取材中に涙が出ることもあったんですが、いつまでもメソメソしていては怒られてしまうなと。それを望まれているわけではないので。瀬戸内のおもしろいところや可愛いところ、思い出を楽しく話したい、と今は思っています。

薬真寺:まなほさんは今、寂聴さんが『奇縁まんだら』で表現なさっていたことと、同じことをしてらっしゃるように思えます。人は亡くなってからも出会うことはできる、それもひとつの出会いの形だなと思うんです。

瀬尾さん:これからも、瀬戸内という人に私を通して出会ってくれる人がいるのだとしたら、それはとてもうれしいことです。

瀬戸内寂聴さん秘書・瀬尾まなほさん

薬真寺:あらためて、亡くなる直前まで連載を5本も抱え、手書きで原稿を書いていた現役作家だったとは……。すごい方ですよね。本当にエネルギッシュで、エンジン全開で生きておられて。

瀬尾さん:最期まで現役作家でいられたことは、本人にとっても幸せなことだったと思います。

薬真寺:まなほさんから見た、寂聴さんの作家としての魅力、寂聴作品の魅力ってどんなところですか?

瀬尾さん:私、瀬戸内の本読むと「先生こんな難しい言葉知ってるんだ!」ってびっくりしちゃうんですよね(笑)。普段一緒にいても何食べても「おいしい〜!」しか言わないのに!って(笑)。すみません、答えになっていなくて。

(一同爆笑)

薬真寺:いえいえ、最高です(笑)。予想の遥か上過ぎて、寂聴さんとまなほさん、お二人ともが爆発的にチャーミング過ぎて感動しました。今日は本当にありがとうございました!

瀬戸内寂聴さん秘書・瀬尾まなほさん

※半衿、帯揚げ、帯留めはスタイリスト私物

構成・文/青葉鈴 greenery_aoba
撮影/坂本陽 minami.camera
ディレクション・スタイリング・着付け・ヘアメイク/薬真寺 香 ___mameka_

取材協力

曼陀羅山 寂庵 
京都府京都市右京区嵯峨鳥居本仏餉田町7-1
定例行事の日以外は閉門
https://www.jakuan.jp/

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