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詩の調べにのせた戦慄の愛憎劇 『天上の花』 「きもの de シネマ」vol.22

詩の調べにのせた戦慄の愛憎劇 『天上の花』 「きもの de シネマ」vol.22

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。2022年最後のピックアップ作品は、詩人・三好達治の生き様を実写化した『天上の花』です。

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2022.12.08

よみもの

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ごきげんよう、椿屋です。

『ラーゲリより愛を込めて』に続き、今回は詩人たちの目を通して戦争にふれることのできる作品をご紹介いたします。

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

没後80年「萩原朔太郎大全2022」記念映画として製作された『天上の花』は、朔太郎の娘である作家・萩原葉子の同名小説「天上の花―三好達治抄―」を映画化した作品です。

主人公・三好達治を演じるのは、東出昌大さん。冒頭、彼のけだるげな表情が妙な色気を放ちながら、観る者を作品世界へと誘います。

昭和初期。朔太郎を師と仰ぐ達治が、朔太郎家に同居する美貌の末妹・慶子との運命的な出会いを果たすところから、物語は動き始めます。

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

印象的なのは、彼女を見初めた達治の恰好を「夏物の絣に裏地をつけて着ている」と、朔太郎の妻と慶子が揶揄する場面です。

どんなに素晴らしい詩を紡ごうとも貧乏暮らしはお断りだと笑う慶子は、達治にとって高嶺の花。盲目的に彼女にのめり込む達治に、師である朔太郎は、妹はさもしい心根だからやめておけ、と忠告しますが、達治は全く聞き入れません。

僕は、あなたを十六年四ヶ月、想い続けてきた……

という求愛の言葉。慶子を我が物にせんとする達治が吐露する思いの丈が、重い。とにかく重すぎるのです。胸のあたりに漬物石でも乗せられたような気分で、慶子への想いを貫こうとする達治の執着に、身震いしてしまいました。

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

戦争を賛美する詩で国民的詩人となった達治は、純粋な文学的志向と潔癖な人生観の持ち主でした。それゆえ、奔放な慶子に対する一途な愛が、いつしか憎悪となって彼の心を蝕んでいくのです。

達治役の東出昌大さんは、次のように仰っています。

「愛ゆえに男が女を殴る。そんな理屈は詭弁だと思っていた。しかし悪魔的な、本人にとっては純粋無垢な愛に翻弄された時、人は変わってしまうのかも知れない」

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

ところで、達治の詩といえば。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

というたった二行の短い作品「雪」が有名です。この詩から受け取る純朴な雰囲気と実像が、重なるようで、かけ離れているようで。芸術家とその作品をイコールで結びつけることは乱暴ではありますが、それらに共通点を見出したいのも人の性。達治の編んだ言葉と彼自身の生き様の狭間にあったのは、愛の不条理だったような気もいたします。

印象を決める、所作と装い

場面に華やかさをもたらすお着物姿を披露してらっしゃるのはもちろん、ヒロインを演じる入山法子さんですが、粋な着こなしで魅せてくださっているのは、なんといっても朔太郎役の吹越満さんです。

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

ゆったりとした襟元から立ち昇るなんとも言えぬ色気。ポスターにもあるように、ざっくりとした着姿が品を損なわず、粋さえ感じさせます。座し方ひとつとっても、とにかく説得力がある。病床のシーンでも、その存在感は薄れていないからさすがです。

彼よりも飄々とした魅力を漂わせていたのが、佐藤春夫に扮した浦沢直樹さん。言わずと知れた、有名漫画家です。

メディア露出も多く、ミュージシャンとしても活動されている浦沢さんの説得力たるや。こういった妙なるキャスティングは、映画を観るうえでの醍醐味のひとつでございますね。

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

配役の点からいえば、もうひとつ。朔太郎を祖父にもち、原作者である萩原葉子の息子でもある萩原朔美さんが、北原白秋の弟として出演されているのもお見逃しなく。

現在は多摩美術大学名誉教授で、前橋文学館の館長でもある萩原さんは、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷の立ち上げにも参加された方。その演技、スクリーンでとくとご覧ください。

©2022「天上の花」製作運動体

©2022「天上の花」製作運動体

ちなみに、タイトルにある「天上の花」は、本来であれば彼岸花(曼珠沙華)のことを指しますが、達治は自身の詩の中で辛夷の花にその名をつけています。

山なみ遠に春はきて
こぶしの花は天上に
雲はかなたにかへれども
かへるべしらに越うる路
「山なみとほに」(詩集「花筐」より)

また、個人的には『檸檬』で知られる梶井基次郎の死について話すシーンに反応してしまいました。

彼は、第三高等学校(京都)の上級生で、卒業後東京帝国大学に進学して創刊した同人雑誌『青空』でともに執筆しています。その後、島崎藤村の隣家堀口方に同宿し、しばしば喀血する梶井に伊豆への転地療養を勧め、見舞いがてら湯ヶ島に滞在する仲でした。

その頃、朔太郎や川端康成、宇野千代らと親交をもつことになるのですが……、文学好きにはたまらない名前がたくさん聞こえるのも、この作品の魅力だと思います。

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