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ワンシーン=ワンカットの緊張感&没入感『百花』 「きもの de シネマ」vol.18

ワンシーン=ワンカットの緊張感&没入感『百花』 「きもの de シネマ」vol.18

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。今回ご紹介する『百花』は、しみじみと感じ入る家族愛を描いた物語です。

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記憶の得体を探る「愛」の物語

ごきげんよう。椿屋です。
先日、KBSにて8月より新たに始まった「SUNNY TIME」という番組内で、のんべぇライターの肩書を背負って初中継に挑んでまいりました。

椿屋

鴨川納涼床から夏の終わりに訪れてほしいお店を3軒ご案内させていただき、今夏最後の浴衣を着る機会を頂戴できました。

重陽の節句である本日(2022年9月9日)公開される『百花』でも、とても重要なシーンに浴衣が登場いたします。

メインビジュアルからもお分かりのとおり、お召しになっているのは今期朝ドラにも出演中の原田美枝子さん。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

彼女が演じるのは、レコード会社勤務の葛西泉(菅田将暉)の母親で、ピアノ教室を営む百合子という女性。認知症を患い、ピアノも弾けなくなっていく彼女は、徐々に記憶を失っていきます。

母が記憶を失うたびに、僕は思い出を取り戻していく。

印象的な惹句です。
じわじわと認知症が進行する母に、出産を控えた息子夫婦が寄り添い、向き合っていく物語。

言葉にしてしまえばどこにでもあるようなストーリーですが、誰にとっても他人事ではないからからこその身につまされる要素が凝縮され、ぎゅっと詰め込んだゆえの美しさを閉じ込めた作品に仕上がっています。そう、不思議と美しいのです。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

思い出が薄れていく母の姿を間近にしながら、泉は過去のある「事件」と対峙せざるを得なくなります。すでに失われた母子の時間を取り戻すかのように、母を支える泉。記憶や感情こそが人間を形づくるのだとしたら、その記憶や感情を失えば「わたし」ではなくなるのか。「わたし」とは、何か。

苦しみながらも母に手を差し伸べ続ける息子の選択の数々に、心が震えます。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

本作の緊張感を生み出しているのは、ワンシーン=ワンカットの撮影によって描かれるリアルさにほかなりません。自身の体験から書き上げた小説を原作として、監督・脚本を手掛けられた名プロデューサー・川村元気氏は仰います。

「私達が生きる現実にはカットがかからないのと同様に、時間は割愛されずに進んでいく。我々は不完全かつ(実は)恣意的な記憶の断片に日々影響を受けて生きている」

そんな脳の働きを、撮影と編集と音響で表現した本作は、ワンシーンの中で現実と記憶が交錯していきます。唐突にも思える記憶の断片(インサート)は、ラストへ向かっての巧妙な伏線にもなっているのです。

百合子が見たいと乞う「半分の花火」とは? 果たして、記憶をなくした先に残るものとは――。
どうぞ劇場にて作品世界に没入してください。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

観客の感情を誘発する衣装の色

さて。「きものと」らしく、和装のお話をいたしましょう。

冒頭でもふれたように、本作では原田美枝子さんが素敵な浴衣姿で登場されます。舞台は、花火大会。クライマックスとなる重要なシーンです。
ワンカットに収められた躍動感に、慟哭と動揺と苛立ちが相まって、観る者を摑んで離さないような気迫に溢れた場面。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

実は、この映画の浴衣を手配されたのが、本サイトでコラムも執筆されている着物スタイリストの秋月洋子さん。

秋月洋子さん

photo by Natsuko Okada

秋月洋子さんコラムはこちら

まなぶ

徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー

百合子が着ている浴衣は堀井、帯は竺仙。湖に入水するシーンを撮影するため、なんと同じものを7枚もご用意されたとか!

柄を選び、染めてもらったという浴衣。秋月さん曰く、「浴衣は柄が大きい分、柄の位置が変わると見え方が変わってしまうので、全部ひとりの方にお願いして仕立ててもらいました」とのこと。

「昔ながらのクラシカルな白地だけど、寝巻着や温泉浴衣に見えないような柄に」「儚くもあり、しなやかに靭く(つよく)もあるような」という監督のイメージを見事に具現化されているのは、さすがでございますね。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

注目していただきたいのは、帯の色。

小説「百花」の表紙は、花々の写真を使って黄色く彩られています。映画でもそのイメージは踏襲されていて、黄色がキーカラーとなっているのです。百合子は過去でも現在でも、黄色を基調とした服装。浴衣でも同様に黄色が帯で使われています。

「よくある黄色だと子どもっぽくなってしまうし、濃い芥子色では暗くなるので、少し苦みのある綺麗なニュアンスのある色にしたくて、竺仙さんの麻の帯をご提案しました」と、秋月さん。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

キャラクターのテーマカラーは百合子だけではありません。
一人息子の泉は、パープル系の色を身にまとっています。青紫だったり、赤紫だったり。その時々の心情とリンクしているかのような色彩は、人物造形に深みをもたらします。

また、泉の妻・香織(長澤まさみ)は、アースカラーを着用。グレーやベージュの落ち着いた色味が大らかな彼女の人となりを的確に表現していて、キャラクターの輪郭をくっきりとさせるかのよう。

©2022「百花」製作委員会

©2022「百花」製作委員会

個人的な記憶の話になりますが、本作は神戸にてクランクインしました。

私の生まれ故郷でもある神戸を襲った阪神淡路大震災が、原作でも大きなモチーフとなっているのです。もちろん、私も実家にてあの激震を体験しました。そんなささやかな符号が、この物語を身近に感じさせてくれるのかもしれません。

映画との出合いとは往々にしてそういうものではないか、と思うのです。

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