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時代劇のリアリティを支える衣装デザイン『峠 最後のサムライ』 「きもの de シネマ」vol.15

時代劇のリアリティを支える衣装デザイン『峠 最後のサムライ』 「きもの de シネマ」vol.15

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。15本目となる作品は、坂本龍馬と並び称された幕末の風雲児・河井継之助の最後の一年を描いた『峠 最後のサムライ』です。

大河への道

銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。今回は、梅雨の気晴らしに最適な『大河への道』をご紹介!

「今」を生き抜くサムライ精神

「峠」のあとがきで、司馬遼太郎氏は次のように書き記しています。

私はこの「峠」において、侍とはなにかということを考えてみたかった。その典型を越後長岡藩の非門閥家老河井継之助にもとめたことは、書き終えてからもまちがっていなかったとひそかに自負している。

司馬遼太郎全集

ごきげんよう。全集を所有する程度には司馬遼太郎氏を敬愛している椿屋です。

今回は、vol.5 『燃えよ剣』以来の司馬遼太郎原作作品。
同じ幕末という時代の中で、戦のない世を願った“最後のサムライ”河井継之助が主役の物語を、小泉堯史監督が映画化されました。

小泉監督は、巨匠・黒澤明氏に師事し、28年間に亘って助手を務めました。
黒澤監督の死後、その遺作となったシナリオ『雨あがる』(2000年)で監督デビュー。その後も『阿弥陀だより』(2002年)、『博士の愛した数式』(2006年)といった名作を生み出し、2014年に公開された『蜩ノ記』では、今回の主役を務める役所広司さんとタッグを組んでいます。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

鳥羽・伏見の戦いを皮切りに勃発した戊辰戦争において、東軍・西軍のいずれにも属さず、「武装中立」を目指した河井継之助(役所広司)。
民のために戦を回避しようとした彼は、土佐藩出身の新政府軍軍監・岩村精一郎(吉岡秀隆)に和平を直談判するも、交渉は決裂してしまいます。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

徳川譜代大名としての義を貫き、西軍5万人にたった690人で挑む決断を下した継之助は、愛する家族や共に戦う藩士たちの想いを背負い、最後の戦いへと立ち向かっていくことになるのです。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

この河井継之助という男、「民は国の本、役人は民の雇い」という信条をもってして藩政改革に尽くした人物。藩内の兵学所にフランス式兵制を取り入れ、ミニエー銃だけでなくガトリング砲など国内有数の軍備を備えていたのも、中立を目的とした自衛の軍備だったといいます。劇中、その砲を掃射するシーンは見どころのひとつです。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

圧倒的劣勢の中で新政府軍に立ち向かった小藩・長岡藩藩士たちの剛健な気風こそ、この物語における魅力のひとつ。

成すべきことのため覚悟を持って突き進む――それはなにもサムライに限ったことではなく、幕末といった動乱の時代ならではのものでもなく、今の世にも通ずる“生き抜くための極意”ではないでしょうか。

世界観を支える細部へのこだわり

本作の舞台となっている戦場(いくさば)は、男社会。ですが、その銃後を支える女たちもまた、彼らと同じく日々戦っています。

継之助の母・お貞を演じた香川京子さんは、撮影を振り返って「登場する男性は皆サムライですけれども、女性もまたサムライの精神を持った、非常に強い人々だと思います。」と述べておられます。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

そのお言葉が示す通り、劇中に生きる女性たちは総じて強い信念を持ち、夫をはじめとする藩のために戦う男たちを支える凛々しい姿を見せます。時代性も相まって、それらは身にまとうキモノにも表れているかのようです。

お貞同様、継之助の妻・おすが(松たか子)も武家の嫁らしい質実とした装いで、控えめでありながら継之助にとって欠かせない存在であることを、その佇まいだけで表現しています。

それはとくに、夫に誘われてお座敷遊びに出かけていくシーンで如実です。松たか子さんのキモノの着こなしはもちろん、時代劇ならではの所作もお見事。

中でも、小泉監督が絶賛したのが「カンカン踊り」の手先の美しさだったといいます。芸者にも比肩するその美しさは、スクリーンでお確かめあれ。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

もうひとり、本作で武家の人間とは違った意志を抱く登場人物がいます。

それが、芳根京子さん扮するむつ。長岡城下の旅籠「桝屋」の娘です。継之助にも思ったことを衒いなく口にし、ときには食ってかかるほどの気概をもった女性で、その強い眼差しに濃紺の衣装がとてもよく似合っていました。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

今回のスタッフは、黒澤組ゆかりの小泉組常連の面々ばかり。カメラはもちろん、美術や殺陣など小泉組にはお馴染みの熟練メンバーです。

衣装デザインを担当したのは、黒澤和子氏。
父である明氏の作品で衣装アシスタントとして映画界へ入って以来、世界的に活躍されています。最近では大河ドラマ『麒麟がくる』のカラフルな衣装が話題となりました。時代考証や日本民族衣装ついて学び、「汚し」のテクニックには定評あり。

監督の要望に沿うことを大切にする職人気質でも知られます。史実を重んじながらもキャラクターの魅力をより引き立たせる彼女の衣装が、本作の世界観を支えているのは間違いありません。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

ちなみに、徳川慶喜(東出昌大)が大政奉還を諮問する二条城大広間のシーンは西本願寺の書院で撮られました。

また、新潟の朝日山古戦場では塹壕跡を掘り返しての撮影が行われ、当時の空気感が色濃く映し出されています(まあ、キモノ好きとしては、度々登場する「小千谷」という地名だけでちょっとうれしくなるのですが……)。

さらには、継之助の家紋「丸に片喰」が、『椿三十郎』『用心棒』など黒澤映画の主人公が身につけていた「丸に剣片喰」(黒澤家の家紋)になっている粋な計らいも、どうぞお見逃しなく。

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