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“ほんまもん”がつくり出す世界観とは?『燃えよ剣』「きもの de シネマ」vol.5

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。連載5回目は、司馬遼太郎原作の幕末を描いた物語『燃えよ剣』をご紹介します。

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。連載4回目は、松竹映画100周年記念作品として早くも話題を集める『キネマの神様』をご紹介します。

リアルを追求した、キャストとロケ地

ごきげんよう。

私事で恐縮ですが、先日宝塚歌劇団雪組公演『CITY HUNTER』を鑑賞してまいりました。何を隠そう、わたくしの人生初「推し」は冴羽獠。三次元では、映画『スタンド・バイ・ミー』でどハマりしたリバー・フェニックス。歴史上の偉人では、新選組の土方歳三(以下、愛をこめて「歳さん」と呼ばせてくださいませ)でした。

歳さんに一目惚れしたのは、中学時代の資料本。洋装の軍服で椅子に腰かけている、あの有名な一枚の絵姿でした。「新選組血風録」に出会い、司馬遼太郎作品の虜となり、あらゆる「新選組本」を貪り読み、函館の五稜郭はもちろんのこと、ついには東京日野市にある「土方歳三資料館」にまで赴く始末。

いやはや、あふれんばかりの歳三愛だけで記事を埋めるわけにはまいりませので、割愛して映画のお話に移りましょう。

燃えよ剣
ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会

「新選組」といえば、片岡千恵蔵や三船敏郎が主演を務めた作品から、大島渚監督の『御法度』、浅田次郎原作『壬生義士伝』、変わり種ではつかこうへいの『幕末純情伝―龍馬を斬った女―』の映画化、果ては三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ『新選組!』に至るまで、多くの映画・ドラマがつくられてきました。

さまざまな役者が演じ、いまでも土方歳三といえば栗塚旭!という声が根強いなか、個人的には大河での長塚京三(1977年『花神』)や『新選組血風録』(1988年)の村上弘明がイイ線いっておりました。その他、夏八木勲、古谷一行、ビートたけし、いかりや長介、中井貴一……などなど、土方歳三役は錚々たる面々なのですが、今回、どストライクの歳さんが爆誕してしまいました!

それが、原田眞人監督が自ら「絶妙なキャストを組めた」と評するうえで、「映画史上最高の土方歳三、時代劇史上最高の立ち役」と絶賛した岡田准一さん。

「超一流の武芸者が俳優のふりをしているような人」と監督に言わしめる彼は、主役のみならず歳さんが絡むすべての剣技における構築と指導をも担っています。

刀を構える立ち姿の美しさ、馬で戦場を駆けてゆく凛々しさ、決して巧くはない俳句を総司に揶揄われ(からかわれ)ムキになる少年ぽさ、柴咲コウさん扮するヒロイン・お雪に寄り添うときの純朴さ。すべてが土方歳三そのものであり、いつしか気がつけば、スクリーンで命の花を散らしながら生き抜こうとしているのは岡田准一ではなく、土方歳三その人にしか見えなくなってきます。

ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会
ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会

ところで、ここまでのお写真をご覧になって気がつかれた方もいらっしゃると思いますが、原田組の新選組では主要な人物たちが、あの有名な浅葱のだんだら羽織を着ていません。

新選組といえば――というくらいのトレードマークとしての隊服ですが、幹部クラスは一度も袖を通していないことが判っています。なぜか?

理由はシンプルで、安っぽかったからだそう。揃いのだんだらは一部の平隊士が着用しただけで、新選組は黒の集団だったという史実を忠実に再現しているのは、この作品に奥行きをもたらしている要因のひとつでしょう。

ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会
ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会

監督が目指した「芝居はナチュラル、剣技はリアル」のため、滋賀県彦根に宮大工らの手によって建てられた池田屋のオープンセットもまた、奥行きの担保となりました。

池田屋だけに留まらず、三条通、河原町通、御池通など町並みごとつくり上げられ、まるでタイムスリップしたかのような風景が描き出されたことにより、「時代の匂い」さえも甦らせた、ヒリヒリとした緊張感ある名シーンが生まれています。同セットでは鳥羽・伏見の戦いも撮影され、焼け残った風景も圧巻です。

ロケーションの豪華さで知られる原田組。今作で登場するロケ地は60か所にも及び、世界遺産や国宝、重文など貴重な建物が目白押しで、それらは「そこに立つだけで、エネルギーを感じる場所だった」と岡田准一さんに言わせたほど。ロケーションへの妥協のなさもまた、奥行きを感じさせる重要な要素なのです。

身にまとうものに、映し出される心

さて、ではキモノはというと。

もちろん、本作は幕末を舞台とした物語。登場する人物はキモノを着ているのが当たり前です。前述したとおり、黒の集団だった新選組は男所帯で、ほとんどが暗く、渋い色味の服ばかり。そんななか、歳さんの想い人となるお雪(柴咲コウ)の衣装の変化は見どころです。

ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会
ⓒ2021「燃えよ剣」製作委員会

登場したばかりの頃は落ち着いた色合いが多いのですが、徐々に、歳さんとの距離が近しくなっていくにつれて、少しずつ明るい風合いのキモノや帯を身にまとうようになります。
これは、監督曰く「デヴィッド・リーンの『旅情』をイメージしたもの」。

「あの作品は、白が理性の色、赤を情熱の色として使い分けていて、主人公が段々と恋をするに従って赤の割合を濃くしていくという手法が採用されていました。お雪さんも、恋心が芽生えてくると赤系統の衣装を多くしています」

また、作中ひと際華やかなシーンを支えていたのが、花街の女性たちであることも見逃せません。

舞台となった京都・嶋原*は、新選組をはじめ幕末の志士たちが宴会や会議を行った場所。角屋*での酒宴後、屯所(とんしょ)で芹沢鴨が暗殺されたのは有名すぎるエピソードですが、その宴の場面で登場していた芹沢お気に入りの太夫を、本物の葵太夫が演じているのは特筆すべき点です。

*嶋原(しまばら):日本最古の花街として、隆盛時には吉野太夫や夕霧太夫を輩出。1641年の移転後衰退の一途をたどり、現在は京都五花街から除かれている。

*角屋(すみや):当時の揚屋(料亭・饗宴施設)。建物は国の重要文化財に指定され、現在は「角屋もてなしの文化美術館」として内部を公開

ⓒ松村シナ

実は、葵太夫はわたくしの友人。

当初2020年5月公開予定だった本作は、コロナ禍の影響で一年以上の延期に。その封切り前、太夫からのお声がかりで、一足先に試写を拝見させていただいていました。
彼女から撮影秘話と共にあらかじめどこで出演しているか聞いていたため、心して臨んだ件のシーンでは、プロフェッショナルな彼女の仕事っぷりと、‟ほんまもん“がゆえの存在感を目の当たりにし、思わず唸ってしまいました。

劇中では舞を披露したり、琵琶を奏でたりはしていません。ただ、静かに、芹沢鴨の差し出す盃に酒を注ぐ。暴れる芹沢の隣に座して、驚きの声ひとつ上げるどころか、息を呑むこともなく、凛とした佇まいでそこに居るだけなのです。たったそれだけで、その場がほんまもんの宴の場と化しているから、さすが。

太夫監修としてお母様である司太夫が入っており、簪や衣装(十二単を簡略化したもの)はもちろん、太夫に付き添っていた禿*も本物です。彼女たちの普段の仕事着である衣装で現場入りし、他の役者さんやスタッフたちを驚かせていたとか。

*禿(かむろ):太夫の身の回りの世話をしながら、太夫になるためにの修行中をしているの少女のこと。

ちなみに、太夫の帯は前結び。「嶋原結び」という結び方で、その形が「心」という字を表しており、両手は必ずその帯の下にあります。これは、帯の上に手を置くと心を隠すことになるから。心から接するおもてなしの気持ちが込められているのだそう。

ⓒ松村シナ
ⓒ松村シナ
コロナ禍における自粛で嶋原も大きなダメージを受けました。微力ながら文化の継承に力添えができれば、と昨年秋にイベントを開催。お客様へのお目見えとなる「かしの式」にて、引舟(太夫道中の際の付き添い人)をさせていただきました(左後方が筆者)。貴重な経験となりました。

「鴨さんのお気に入りの太夫として、どうあるべきか。セリフはあらしまへんどしたけど、ああ、また鴨さんが機嫌損ねてはるわぁ、という気持ちで、動じずにいる演技をさせてもらいました」と、葵太夫。

そんな太夫に対して、芹沢の挙動にビックリして目を覆いながらも、怖いもの見たさでこっそり彼へと視線を寄せる禿ちゃんの渾身の演技に、どうぞご注目ください。
歳さん率いる(局長は近藤勇ですが、ここはやはり主役で!)新選組の生き様は、ぜひスクリーンにて。

髪結いから着付けまで、「太夫のお支度」については、ご本人が発信されているYouTubeをご覧あれ。

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