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明治を生き抜く人々の気概にふれる 『破戒』「きもの de シネマ」vol.16

明治を生き抜く人々の気概にふれる 『破戒』「きもの de シネマ」vol.16

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。今回ご紹介するのは、60年ぶりに映画化された不朽の名作『破戒』です。

©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。15本目となる作品は、坂本龍馬と並び称された幕末の風雲児・河井継之助の最後の一年を描いた『峠 最後のサムライ』です。

身を裂くような葛藤、獣の如し

京のまちが祇園祭に染まる7月。今年は3年ぶりに山鉾巡行も行われることが決まり、一層の熱を帯びているように感じられます。

ごきげんよう。2022年上半期で約100本の映画を消化したわたくし椿屋が、今回ピックアップした作品は島崎藤村の「破戒」を原作とする、文学の香り立ち昇る一本です。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

1948年に木下恵介監督、1962年には市川崑監督が、映画化したことでも知られる不朽の名作。

3度目60年ぶりの映像化となる本作は、間宮祥太朗さん、石井杏奈さん、矢本悠馬さんといった若手を、竹中直人さん、本田博太郎さん、田中要次さん、石橋蓮司さんら名バイプレーヤーが支えるいぶし銀のキャスティング。加えて、東映京都撮影所が制作を担当していることから、明治後期の時代感を高いクオリティで映し出しています。

原作をお読みの方もいらっしゃるでしょうが、まずは簡単にあらすじをおさらいしておきましょう。

亡き父から告げられた「誰にも心を許すな」という強い戒めを胸に生きてきた瀬川丑松(間宮祥太朗)は、被差別部落出身という生い立ちを隠しながら小学校教員として働いています。

下宿先で出会った士族出身の娘・志保(石井杏奈)への思慕を抱き、同僚教師・銀之助(矢本悠馬)の友情に支えられながらも、生徒たちに慕われる良い教師であろうと奉職する丑松。

ですが、出自を隠し続けることに悩み、差別の現状に苦しみ、同じく被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎(眞島秀和)に傾倒していきます。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

小学生の教え子にも男女問わず「〇〇さん」と呼びかけ、声を荒げることなく丁寧な言葉遣いで優しく諭す――丑松は、この時代にあって、寄り添いながら生徒を導く模範的教師です。丑松は言います。「正しいことをするにはどうすればいいか、考えられる人間になってほしい」と。

かれこれ15年、国語科講師として教壇に立つ身としては、そんな彼の対等かつ真摯な姿勢に唸らされることも多く、彼の熱情に「教育とはどうあるべきか」をいま一度考えさせられました。

余談ですが、丑松の口調は、撮影前に監督と間宮祥太朗さんが練り上げた教師像に沿ったもので、脚本とは異なっているのです。丑松のあたたかさを表すいい話し方になっています。

丑松演じる間宮祥太朗さんの、自らを偽り続けることの苦悩を抱えた憂いある佇まいは、見事と言う外ありません。彼の眼差しには、常に明治を生きている人間であるという説得力がありました。また、常に自身を律しようと努めながらも抗いきれない欲望をどう飼い馴らすかも、この物語の見せ場のひとつ。

「人は愚かではなく弱いから差別する」

という言葉が、静かに、深く沁み入ることでしょう。

こだわりの映像美に、命が宿る

嗜好を丸出しにして恐縮ですが、この時代の“キモノに襟なし白シャツをインする”着こなし(云わば、書生ルック)が、たまらなく好きです。

詰まった襟元がストイックさを醸し出しますし、和と洋の折衷具合に頬が弛んでしまいます。ですから、本作は間宮祥太朗さんの衣装を拝見しているだけでも、“わたくし得”な時間でした。

個人的には、グレーや青系のキモノより白がお似合いだと存じます。また、キモノに合わせて草履や下駄の鼻緒の色が変わるのも心躍るポイントです。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

そして、主人公以上にわたくしの目を惹きつけたのが、住職の妻・丸山千代役の小林綾子さんの衣装です。連続テレビ小説「おしん」で人気を博した彼女は、いまや時代劇には欠かせない女優さん。個人的には、ドラマ「剣客商売」での若妻がハマり役だと思っております。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

丑松を迎える際のキモノも素敵ですが、法要のときの桔梗色の装いが格別なのです。鮮やかな青色の帯とのバランスも絶妙で、彼女の慣れた所作によって美しさが引き立っていました。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

対して、石井杏奈さんが身にまとうのは若い娘さんらしい華やかな色味のキモノばかり。チェックの襷まで上手にコーディネートされていて、彼女が登場するだけで画面がふわっと明るくなるほど。

特に、桜が舞うシーンでの桜色のキモノ×薄紅の帯の組み合わせは、丑松への彼女の淡い想いまで滲み出ているかのようで、印象的です。

©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会
©全国水平社創立100周年記念映画製作委員会

風に舞う桜の花びら、通奏低音のように響く蝉の声、法要で振る舞われる瓜の瑞々しさ、宵に飛び交う蛍の光……季節の移ろいを感じさせる映像や音響がスクリーンの中で生きる人々の胸の内とリンクする演出もまた、本作の見どころ。ラストシーンの丑松と志保の出で立ちも、お見逃しなく。

また、本来は現像時に落とす銀の成分をあえてフィルムに残存させる「銀残し」という手法を採用していることで、暗部のコントラストが高まり、色の彩度が下がる効果が、随所に施されています。

冒頭での宿の部屋、丑松の表情、玄関の人だかりといったシーンに注目してご覧あれ。

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