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梅垣織物・梅垣慶太郎氏トークショーin京都店 伝統を再構築するものづくり

梅垣織物・梅垣慶太郎氏トークショーin京都店 伝統を再構築するものづくり

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新型コロナで生活環境がぐっと変化するなか、京都きもの市場・京都店では、少人数制のイベントとして特別に、京都・西陣に工房を構えて60年になる梅垣織物2代目社長・梅垣慶太郎氏のトークショーを開催いたしました。イベントの様子をレポートいたします。

2020年10月にリニューアルオープンいたしました、京都きもの市場・京都店。
今回のイベントはそれより前に開催されたもので、完全ご予約制、アットホームなサロン的雰囲気にて進行いたしました。

お話を伺いましたのは、2代目社長・梅垣慶太郎氏。
いわゆるプロデューサーとして多くの職人をまとめ、帯製作に携わっておられます。
こぢんまりとした会のなか、たくさんの資料をおみせいただきつつ、にこやかにお話くださいました。

京都、そして西陣のものづくりとは

京都におけるものづくりには、公家や武家また豪商に対する別注品として製作されたものが多くみられます。
民が民の生活のために作るのではなく、その地のお殿様やお姫様へ献上するための、精巧で高級感のある逸品を作りあげることを信条としていました。

1人の職人が複数の工程をこなすよりも、それぞれに専門の職人をおき、組織立って作り上げることで、より細やかで繊細な表現を可能にしてきました。

西陣織の工程は、約30にも細分化されています。

「西陣織は世界でも類を見ないほど、織り方が複雑なんです。だから各工程ごとに職人を置いた方が技術の安定が図れる。そうして西陣織は長年に渡る技術の継承を可能にしてきました」

とはいえ人の手が生み出すものですので、できばえが全く同じになることはありません。

例えばこの図案。
源氏物語絵巻のとある一場面を描いた帯の下絵です。
ご夫婦で帯の図案を作成されている職人さんにお願いしたところ、旦那様と奥様で少しずつニュアンスの異なる仕上がりだったそうです。

この時は、よりたおやかで奥行のある、手前の旦那様の図案を採用されたそう。
作品で表現したいものに応じて、依頼する職人さんを変えることもあるようです。
プロデューサーたる梅垣社長の力の見せどころでもあります。

源氏絵巻物語のある一場面を描いた帯の下絵の図案

製作の指針となる重要な図案・図案家のご夫婦で仕上がりが異なる

織で表現される伝統工芸の世界

=寛文小袖の着物を参考に柄を織りあげた西陣織の帯

梅垣織物で製作されている作品の代表的なものは、フォーマル用の袋帯。
その多くは古典柄や伝統工芸をモチーフにデザインされ、技巧とこだわりにあふれた作品に仕上げられています。

奥の白地のものが帯・手前の紺地のものが図案

こちらは、江戸時代の寛文小袖を参考に柄を織りあげたもの。
原本は刺繍や絞りであらわされていましたが、金色の刺繍に見える部分、疋田(鹿の子)部分ともに立体的な織り表現にてあらわされています。

アップはこちら。
帯の上から刺繍したものではなく、あくまでも織りあげる過程の糸の上げ下げや色味の変化などで表現されたものであることが分かります。

こちらの亀甲柄のものは、元となった蒔絵作品と同じように、薄く金粉が蒔かれているかのような微妙な濃淡を織りあげた作品。

先ほどの冴え冴えとした刺繍風の金糸使いと異なり、抑えた色味が重厚感を醸し出しています。

帯地は引き箔

引箔の帯地

金の表現の仕方は千差万別

こちらも同じく蒔絵作品をモチーフとしたもの。
漆のような濃紺の帯地に、金の漆箔にてくっきりと描き出された花々がキリリと引き締まった印象です。

ひとくちに「金」といえども、その表現は千差万別。
実現したいイメージに応じて、箔や金糸の色、また織組織を変えているのだそうです。

こちらは、正倉院に残されている、蝋纈(ろうけつ)で染められた柄を織りにて表現したもの。蝋によるぼんやりとした染めの境目が、染めではなく織りで繊細に表現されています。

正倉院に残されている蝋纈染の帯
疋田絞りを織りで表現した帯

さらにこちらは、疋田(鹿の子)絞りを織りで表現したもの。
手でくくられたように、鹿の子模様がひとつひとつ異なる形をしています。

こちらが、デザインの元となった江戸時代の着物柄。

こちらが、デザインの元となった江戸時代の着物柄。
上品で幅広い着物に合わせやすい帯

全体のカラーを白と金で統一し、柄をより細かくリデザインしたことで、上品で幅広い着物に合わせやすい帯に仕上がっています。

日本の伝統工芸として語り継がれてきた様々な技法を、今度は「織」で美しく表現する。
伝統工芸のあるがままを写しとるのではなく、配色を変えたり柄の足し引きして、現代のフォーマルシーンや、少しあらたまった場所でも着用できるように変えることも心がけておられます。

梅垣織物のポリシー

山口伊太郎氏の作品が梅垣社長に大きな影響を与えた

「着る人と、着物があっての帯。主張しすぎず、ただ後ろ姿で存在感を放つ帯を作りなさい」

30年ほど前、修行のため奉公に出ていた呉服屋さんで、女将さんに言われた言葉が、現在の帯づくりの根幹にある。
そう語る梅垣社長。

今の梅垣社長のものづくりの姿勢に大きな影響を与えたのは、山口伊太郎(やまぐちいたろう)氏の源氏物語錦織絵巻。
源氏物語錦織絵巻は、西陣織の技法を用いて、源氏物語絵巻を再現したもの。
しかし単なる再現ではなく、元となった源氏物語絵巻より欄干にかかる着物の透け感が、よりリアルに表現されていたのだとか。

再構築により、表現を高みに持っていくことができる―
その地力が古典柄や伝統にはあると感服し、古典柄をベースに新しい作品を作られるようになったそうです。

「伝統があるということはそれだけ淘汰され残ってきた良いものという証。古典落語やクラシック音楽のアレンジのようにね。現代も、これから先も、いつの時代も着られるものを作りたいと思って織っています。」

伝統があるという事は淘汰され残ってきた良いものという証

新しい挑戦「Karaori Nouveau」

カジュアルを意識した新しいラインの「Karaori Noubeau」

フォーマルな袋帯を得意とされている梅垣織物ですが、よりカジュアルを意識した新しいラインの作品製作にも着手されています。
そちらがこの「Karaori Noubeau」シリーズです。

10年ほど前、梅垣社長の奥様からもれた「フォーマルな帯ってどこに着ていけばいいのかしら?もっと気軽に使える帯があればよいのに。」というひとことが製作開始のきっかけだったとのこと。

西陣織の技法のひとつ、唐織は、ふっくらとした立体感のある美しさと高級感が特色です。
ただし重厚すぎるがゆえ着用場所が限られてしまい、また糸が引っ掛かりやすく、扱いにかなり慎重にならなければいけない側面もあります。
そこで織り方を工夫し、糸を出さずとも唐織らしい厚みのある織を表現できるようにし、また色数を抑え、淡色をメインの色合いにすることで、スーツの感覚で着物に合わせやすい帯を製作されました。

ヨーロッパの美術工芸をモチーフにした「Karaori Noubeau」

この「Karaori Nouveau」、織りあげる柄は主にヨーロッパの美術工芸をモチーフにされているのだそうです。

(アップで見ると、思ったより糸は浮き上がっていない。織り方や使う糸の色合いに工夫が凝らされているため、離れて見たときの立体感を出すことに成功している。)

現代シーンに合わせてデザインをアレンジしている
変遷と発展がとても面白く、配色や配置が変わり受け継がれていく

アルフォンス・ミュシャやエミール・ガレ、ルネ・ラリックアールに代表されるアールヌーヴォーの香水瓶や花瓶、ブローチ、タペストリー。
ウィリアム・モリスのテキスタイルデザイン。
美術館の手帳や目録などで目にする美しい柄を写し取り、現代シーンにあわせてデザインをアレンジされているとのこと。

「アールヌーヴォーの美術工芸品の中には、日本の古典柄を参考にしたものが多くあります。江戸時代の武士の裃(かみしも)の小紋柄がヨーロッパに輸入され、欧州風にアレンジされた。そして時を経てまた日本に戻り、配色や配置が変わり受け継がれていく…この変遷と発展がとても面白いんですよね。」と梅垣社長

欧州風にアレンジされたものが、時を経て日本に戻ってくる
梅垣社長自身がアレンジされた帯

最後に梅垣社長がアレンジされたもの。

柄自体は変わっていませんが、配色や柄の向きを変えることでぐっとモダンさが強まっています。

江戸時代のものと欧米に輸入された後の、杜若のモチーフ

一例として、杜若(かきつばた)をモチーフとした柄を見てみましょう。
発祥となった江戸時代の日本のものでは、垂直に伸びた花がびっしりと並んでいます。(写真中ほどの黒地の柄)
しかし、欧米に輸入されると花が小さくなり、茎の整列による幾何学模様感が強調されます。(写真上部の深緑色の柄)

これからの「伝統」

年々着物や帯にかかわる職人は減少の一途をたどっており、それは京都・西陣でも変わりありません。
工程ごとに職人がいるため、職人がいなくなってしまうと表現方法が減り、製作が立ち行かなくなります。

先にお見せした引箔も、漆が塗られた和紙に金箔を貼り付け、0.3ミリごとに細かく切り、帯を織る際に細い金糸を一緒に折り込む工程を経て作られます。
今その引き箔を制作されている方も70歳を超えておられ、後継者がいない状態とのこと。
もしその方が引退してしまわれると、金糸の在庫は2年ほどしかなく、それ以降は代替品を用いた表現方法になる見通しとのことです。

梅垣社長はしきりにおっしゃいます。

「自分は芸術家でも作家でもない。先人の積み重ねてきたエッセンスを取り込むことで、僕個人の知識だけではなく、何百年と続いてきた良いところの蓄積の上に新しいものを作り出すことができる。伝統の中にも新しいものを生み出すことができる。西陣織で新しい表現ができるのは、いままでの連綿と引き継がれてきた伝統があってこそと思っています」

500年以上の歴史を持つ西陣織。
伝統に根ざし、更に伝統を再構築することで、いつになっても締めることのできる帯を作り続けていただきたいと願わずにやみません。

梅垣社長、貴重なお話をありがとうございました!

500年以上の歴史を持つ西陣織

聞き手・取材 / 世古友紀奈

京都きもの市場 社員。
2012年新卒入社後、総務を中心に一貫して社内後方業務に携わる。
趣味は食べることとボードゲーム。
目下の目標は、社販でつい買ってしまったかわいい帯留を生かすコーディネートをつくること。

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