着物・和・京都に関する情報ならきものと

衿元に秋実る! ~神無月(かんなづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.6

衿元に秋実る! ~神無月(かんなづき)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.6

記事を共有する

10月におすすめのモチーフは、「柘榴」「柿」「栗」「葡萄」「烏瓜(からすうり)」「落花生」「団栗(どんぐり)」などの成り物、「鶉(うずら)」「栗鼠(りす)」など実りとともに顔を出す小動物、そして「稲穂」のあとの「落穂」など。あたたかい色合い、実りの秋・豊穣の季節を感じさせるモチーフで秋の着物姿を楽しんでみませんか?

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

さとうめぐみの半衿箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月10月は、旧暦名で「神奈月」(かんなづき)。

その意味・由来・語源には諸説あります。
神無月は一般的に出雲大社に各地の神様が出向くので神様が不在の月と言われており、逆に神様が集う出雲大社がある島根県では10月は「神在月(かみありづき)」と呼ばれています。

この伝説から出雲地方以外の地域には、神様がいないということになった、と考えられているそうです。

※実際に神様が出雲に出向くのは、旧暦の10月、新暦では11月頃になります。出雲大社では旧暦に合わせ11月末頃に祭事が行われています。

もうひとつ有力な説と言われているのが、神無月の「無」は無いと言うではなく「の」という意味。
由来は諸説ありますが、「神の月」つまりは神様を祭る月だから神無月と呼ぶ説があります。

そんな秋に向かう月に訪れる「二十四節気」は、

「寒露(かんろ」(2021年は10月8日)
「霜降(そうこう」(2021年は10月23日)

です。

寒露:草木に降りる露が冷たく感じられる袷の季節

秋といえば実りのシーズン。収穫を迎える「稲穂」、イガイガもつやつやコロンとした形も可愛らしい「栗」、赤い実の中にぎっしりと果肉が並ぶ吉祥文様「柘榴(ざくろ)」、ユーモラスな形の「落花生」、秋らしさいっぱいの「柿」、そして小さな卵でおなじみの「鶉(うずら)」がまるまると肥える季節です。

霜降:霜が降りはじめ、秋が終わりを告げる季節!

「秋の日は釣瓶(つるべ)落とし」日暮れが早い秋は、他の季節に比べて帰路を急ぎたくなる気がします。一方で、袷の着物にちょうどいい気温で雨も少ない気候ですから、紅葉の季節までの間、羽織なしで「帯つき」の着物姿を楽しめる時期でもあります。

「露」に「霜」…文字を見るだけでも、秋が深まっていくことを感じますね。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦の上では…」のもとになっているものです。

さて、十八番目の節気・霜降(そうこう)は、

「霜が降り始め、秋が終わりを告げる頃」

という意味です。

「秋の日は釣瓶(つるべ)落とし」という言葉がありますが、これは井戸から水を汲み上げる釣瓶(桶)が、暗い井戸のなかに落ちる速さを日が落ちる速さになぞらえたものです。
日暮れが早い秋は、他の季節に比べて帰路を急ぎたくなる気がします。

たまには仕事モードを離れて腕時計をはずし、感じるままの時間を過ごしてみるのも自然とつながる良い方法です。

ちょうど霜降は旧暦の「秋」最後の節気。
冬を迎えるための養生を意識しはじめると、身体が整います。

実はこの「15日ごとの季節」=「二十四節気」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せどころ。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

着物の暦では、10月から4月までが「袷」の季節です。
夏着物・単衣の着物の軽さを思い出しながら、しっとりとした重さを感じる袷の着物に袖を通す10月のはじまりは、毎年ちょっと特別な気持ちになりますね。

神奈月の半襟1『縮緬地 雲取りに菊籬文様 染め 刺繍半襟』

『縮緬地 雲取りに菊籬文様 染め 刺繍半襟』
赤味がかった縮緬地に薄紫色で雲取り文様の刺繍半襟

神奈月にご紹介する一枚目の半襟は…

『縮緬地 雲取りに菊籬文様 染め 刺繍半襟』

赤味がかった深い紫色の縮緬地に青紫色で雲取り文様を置き、そのなかに小菊や紅葉文様を散らした刺繍半襟です。

雲と花という柔らかい形を引き立てているのが、直線で描かれた竹垣と新橋色(金春色・こんぱるいろ)の濃淡を組みわせた市松文様です。

新橋色(しんばしいろ)とは、明るい緑がかった浅鮮やかな青色のことで、洋色名はターコイズ・ブルー。明治中期に輸入され、ハイカラな色として大正時代にかけて大流行しました。

この色名の「新橋」は、東京の新橋のことで、当時は実業界や政治家が訪れる振興の花柳界であり、その新橋の芸者衆に愛好された色ということでこう呼ばれるようになりました。

また、芸者の置屋が金春新道にあったことから「金春色」とも呼ばれ、鏑木清方(かぶらききよかた)や上村松園(うえむらしょうえん)などの美人画に用いられた色としても知られています。

古典的な雲取り文様と秋の菊・紅葉に、ハッとするような鮮やかな新橋色の市松文様が入るだけで、一気に大正ロマンのモダンな雰囲気になるデザインのおもしろさです。

大正ロマンのモダンな雰囲気になるデザイン

神奈月の半襟2『縮緬地 乱菊文様 刺繍半襟』

『縮緬地 乱菊文様 刺繍半襟』
二輪の乱菊を刺繍した大胆なデザインの半襟

二枚目にご紹介する半襟は…

『縮緬地 乱菊文様 刺繍半襟』

明るい青紫色の縮緬地に、二輪の乱菊を刺繍した大胆なデザインの半襟です。

紫色と朱鷺色(ときいろ・ピンク)の花芯から、白へと移り変わる微妙なグラデーションの美しさ。

地色の濃い半襟は、白一色の半襟と違い、顔うつりの良しあしが生じてしまうものですが、この半襟は白い刺繍が顔を明るく見せてくれる実用性を兼ね備えています。

乱菊文様は、菊模様のひとつです。
菊の花弁を長く大きく、乱れ咲いたように表現した模様がとても華やかに映えます。

大正~昭和にかけて大流行したのが、花柳界の芸妓・舞妓を写したプロマイドや写真ハガキ。そこには、いっけん地味な縦縞の着物に、こうした半襟を掛けている姿をよく見かけます。

髪は現在のような「芸妓島田髷(まげ)」や「割れしのぶ」ではなく「丸髷(まるまげ)」か「束髪(そくはつ)」にしていることが多いことからも、良家の子女・妻女ふうのこしらえが当時の流行だったとうかがえます。

「大正ロマン」というと今はすぐに柄オン柄のコーディネートを連想しますが、「縞の着物に刺繍半襟」という抑えたなかに半襟の贅を競う楽しむ通好みの装いもまた、「大正ロマン」が作り出した新しいお洒落でした。

半襟の贅を競う楽しむ通好みの装いも新しいお洒落

神奈月の半襟3『縮緬地 柘榴に鳥文様 刺繍半襟』

『縮緬地 柘榴に鳥文様 刺繍半襟』
偽紫色に小鳥と柘榴を描いた絵本のような半襟

三枚目にご紹介するのは…

『縮緬地 柘榴に鳥文様 刺繍半襟』

です。

偽紫色(にせむらさきいろ)と呼ばれる、鉄味を感じる濃い紫色に、黄色い小鳥とたわわな実を結ぶ柘榴(ざくろ)、鮮やかな黄緑色と群青色でその羽を描いた、絵本の一頁のような印象的な一枚です。

柘榴は鬼子母神伝説とともに平安時代に渡来し、子孫繫栄や安産の象徴として女性の幸せを守護する植物となりました。

9月から10月にかけて実をつける柘榴は、秋の実りを実感させてくれるモチーフです。

柘榴は秋の実りを実感させてくれるモチーフです。

神奈月の半襟4『三越縮緬地 兎文様 絞り染め半襟』

『三越縮緬地 兎文様 絞り染め半襟』
曙色に兎を表現した染めの半襟

さて四枚目の半襟は…

『三越縮緬地 兎文様 絞り染め半襟』

曙色(あけぼのいろ)に、絞りで軽快に飛び跳ねる兎を表現した染めの半襟です。

曙色は日本古来の伝統色ではなく、明治期に生み出された華やかな色の流行色のひとつで、曙の空を思わせる、朝焼けのような淡い黄赤色で「東雲色(しののめいろ)」ともいいます。サーモンピンクに近い色味で、英語色名ではオーロラといいます。

一般に夜明けの色を指しますが、真っ白な兎を見るとなるほど、今昇ってきたばかりの赤味を帯びた月の色に見えてきます。

10月と兎といえば、「十三夜」。

旧暦八月の「十五夜の月見」に対して、九月十三夜(旧暦九月十三日から十四日の夜・2021年は10月18日~19日)の月は「後の月」と呼ばれています。ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を「豆名月」または「栗名月」と呼ぶこともあります。

「十三夜に曇り無し」という言葉があるように、雨が降ることの少ないこの日はまさに着物日和。

収穫に感謝し、月の中の兎を愛でる気持ちを半襟に込めて…

収穫に感謝し、月の中の兎を愛でる気持ちを半襟に…

10月のモチーフ

実りの秋・豊穣の季節のモチーフで秋の着物姿を楽しんでみませんか?

10月におすすめのモチーフは…
「柘榴」「柿」「栗」「葡萄」「烏瓜(からすうり)」「落花生」「団栗(どんぐり)」などの成り物(田畑からの収穫物)、「鶉(うずら)」「栗鼠(りす)」など実りとともに顔を出す小動物、そして「稲穂」のあとの「落穂」など、秋を思わせるモチーフが季節にぴったりとマッチします。

あたたかい色合い、実りの秋・豊穣の季節を感じさせるモチーフで秋の着物姿を楽しんでみませんか?

神奈月のとっておき

神奈月のとっておき

今月のとっておきのコレクションは、白地の半襟(袷用)です!

袷の季節とともに、襟元も衣替え(ころもがえ)です。
絽の半襟から透け感のない絹地に衣替えをするわけですが、白半襟にも織りの種類とそれぞれにふさわしい時期があることをご紹介したいと思います。

現代では、袷の半襟というと和装小物売り場に行っても「塩瀬(しおぜ)」一辺倒ですが、本来ならば塩瀬地の半襟は、まさにこの10月のはじめと袷の終わりの時期4月頃向きの生地とされていたことを知っておいて損はありません。

「塩瀬」は「塩瀬羽二重(しおぜはぶたえ)」の略

「塩瀬」は「塩瀬羽二重(しおぜはぶたえ)」の略で、経緯(たてよこ)ともに生糸を使用した重めの羽二重のことです。

控えめに六つの瓢箪が刺繍されたその意味は六瓢箪(むびょうたん)にかけて「無病息災」。

着物をまとう人、着物を着てお目にかかる人みんなが元気で過ごせるようにと、洒落た半襟で厄払いを。

六瓢箪(むびょうたん)にかけて「無病息災」。
「楊柳縮緬(りょうりゅうちりめん)」

塩瀬羽二重の次に並べたのは「楊柳縮緬(ようりゅうちりめん)」です。

布の表面に縦皺(たてしぼ・たてしわ)をあらわした縮(ちぢみ)のことで、しぼの形が柳の枝が下がっているように見えるところからその名前が付けられました。

織り上げ後、縦筋線状の凹凸を彫刻したロール2本の間を強圧して通し、湯通しをしてしぼを出すか、緯糸(よこいと)に強撚糸の右撚りか左撚りの一方のみを織り込んで平織にし、精練や湯通しをして幅を縮め縦しぼを出す方法で作られています。

楊柳縮(ようりゅうちぢみ)・縦しぼ縮緬・縦しぼ・片縮・片しぼ・滝しぼ…などと多様な呼び名があることからも、かつてはたくさん用いられていた素材だったことがわかります。

こちらは、単衣に合わせる素材の半襟ですが、現代なら紬の単衣なら10月上旬くらいまで許容されているので、ちょうど今頃まで使える絹織物といって良いでしょう。

ちょうど今頃まで使える絹織物といって良いでしょう。
「一越縮緬(ひとこしちりめん)」の無地半襟です。

三枚めの白半襟は「一越縮緬(ひとこしちりめん)」の無地半襟です。

「一越縮緬」は、縮緬の一種。
薄手でしぼが小さく、しっかりした地風でありながら表面が比較的なめらかなのが特徴で、縮緬のなかでも高級品として明治以降に開発されました。

緯糸にS撚り(より)・Z撚りの強撚(きょうねん)生糸を交互に織り込み、緯糸の段数(越数) が一段=一越(ひとこし)であるところからこの名がつけられました。
産地としては、京都の丹後、滋賀の長浜などが有名です。

書いて字のごとく、縮緬らしい柔らかな”しぼ”は、塩瀬羽二重のしゃっきりした質感とは逆のあたたかみを襟元に加えてくれる素材です。

縮緬らしい柔らかなしぼは、あたたかみを襟元に加えてくれる素材です。
「鶉縮緬(うずらちりめん)」の半襟。

とっておきの白半襟、最後は「鶉縮緬(うずらちりめん)」の半襟です。
明治末期から大正初期に流行した縮緬の一種で、普通の縮緬に比べて、しぼ立ちが粗いのが特徴です。

左撚り、右撚りの強撚糸を緯糸にそれぞれ4本ずつ(=4本うずら)、または6本ずつ(=6本うずら)交互に打ち込んだもので、これにより大きく粗いしぼがでます。

主な生産地は京都府丹後で、風呂敷や袱紗(ふくさ))、化粧座布団、縮緬幕(ちりめんまく)などに用いられています。烏帽子縮緬(えぼしちりめん・長浜縮緬の一種)・鬼縮緬とも呼ばれますね。

着物の袷の語源である二枚袷(中着と長着、着物を二枚重ねてきて防寒にする着方)が当たり前だったころは、こうしたしぼの高い縮緬を半襟に用いることで、着物と襟もとのボリュームのバランスをとっていたのでしょう。

スッキリとした着物姿がポピュラーになることで、こうした半襟はあまり見かけなくなりましたが、冬・極寒といった寒い時期には鶉縮緬の半襟を掛ける、という古き良き装いもまた一興かと思います。

しぼの高い縮緬を半襟に用いて、バランスをとる。

さて、今ではすっかり目にすることのなくなった様々な絹地の白半襟をとっておきとしてご紹介しましたが、いかがでしたか?

ひと月に一度、半襟箱という名のタイムカプセルを開けるドキドキをみなさまともに…
以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

次号は「霜月(しもつき)」の巻、11月8日二十四節気「立冬」の前日の配信をお楽しみに!

半襟撮影協力/正尚堂

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
 
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する