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ただ佳(よ)き物を〜小説の中の着物〜玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十五夜

ただ佳(よ)き物を〜小説の中の着物〜玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十五夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、玉岡かおる著『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』。京の呉服商の跡取り娘みやびは、本来であれば商売は優秀な婿養子に任せ「奥できれいに身ごしらえして優雅な」“御寮人ごりょんさん”でいれば良かったはずだったけれど―――?その店の名こそが“銘めい”であると言い切り、佳よき物だけを作らせ取り扱う“百貨店”ー生きていくのに、必要なものがすべて揃っているーその形態を作り、現代まで続く繁栄の礎を築いた“女傑”と呼ばれた女性の物語。

2025.12.24

コーディネート

徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー

今宵の一冊
『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』

玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

「御寮人ごりょんさん、御寮人さん、大変どす、えらいお客はんが入ってきました」
血相をかえて、みやびを呼びに来たのは手代の三太だ。

〜中略〜
「しょうがないなあ。お大名であろうが天皇さんであろうが、誰が来たかて、ゆとりを持って対応するのが大店おおだなでっせ」
みやびは、そろばんを置いて、みずから応対に出ねばならなかった。
だが、暖簾の向こうを見た瞬間、さすがのみやびものけぞりそうになった。
店の中に立っていたのは、金髪を束ね髪にし、羽の付いた小さな帽子をちょこんと載せた、青い目の外国人の女だったのだ。

〜中略〜
 うちは番頭はんに袱紗の棚ごと持ってこさせましたわ。その間に、不躾ぶしつけとは思たけど、初めてしげしげと異人さんのドレスを見たんどす。生地は今までうちが見たことのないもんで、全体に散らされた花模様がそこだけぽっこり膨れるよう織り上げてあるんどす。
ああ、日本の生地と全然違う。そういえば父に『万国往来』をもろて以来いろいろ読んでる外国事情の本には、イギリスは世界で初めて蒸気機関いうもんを発明して革命的に織物を作れるようになったとありました。その苔緑色こけみどりいろの絹の地を、触ってみたい。けど我慢しました。

 玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

今宵の一冊は、玉岡かおる著『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』。

舞台は幕末〜明治の京都。そして主人公は、京の呉服商「高倉屋」の跡取り娘、勢田雅せいたみやびです。

明治35年に古稀を迎えたみやびの回想という形をとって物語が始まりますが、大店の“大嬢おおいとはん”として生まれ、何不自由なく育ち、長じて婿を取ったら「奥できれいに身ごしらえして優雅な」“御寮人ごりょんさん”でいることを求められる立場でありながら、生来、旺盛な好奇心と才気にあふれ、“ががはん”と呼ばれた負けん気の強いみやびは、それに甘んじてはいられない。

父が興し成長させ、優秀な婿養子であった夫に嬉々として協力しながら(勢い余って大失敗したりもしますが)いっそう発展させた「高倉屋」の暖簾を、夫の急死後、みやびは自ら背負い表舞台に立つ。

とはいえ封建的な男尊女卑の世の中、しかも、それが信用そのものに直結する商家。息子たちを三代目、四代目として全面に押し出しながら、その裏で持ち前の審美眼と発想・判断・実行力を思うさま発揮していく。

アンテナを張り巡らし、見たことのないものに目を付けては制作の道筋を付ける。出会う人から新たな知識や感性を吸収し、自分が“井の中の蛙”であることに気付いたらすぐにその先へと目を向けて、それが海外との貿易に繋がってゆく。

幼少の頃のあだ名そのものの勢いで“がががっ”と突き進み、日本の職人が心血を注ぎ精魂込めて作り上げた工芸美術品の美しさを世界へ知らしめていくみやびの勢いは、まさに凄まじいものがあります。

京都博覧会、図案室の設置、万博、年に一度の新作発表、宮内庁御用達、薔薇の花―――

そう―――現代において、その華やかな薔薇の花が印刷された包み紙を見たことがない人はあまりいないだろうと思われるほどメジャーな存在である「高島屋」が「高倉屋」の、そして、店の名こそが“銘めい”であると言い切り、佳よき物だけを作らせ取り扱う“百貨店”ー必要なものがすべて揃っているーその形態を作り、現代まで続く「高島屋」繁栄の礎を築いた“女傑”と呼ばれた女性ー飯田歌子ーが、主人公みやびのモデルなんですね。

※“図案室”は“画工室”と呼ばれていました。“年に一度の博覧会”は、今でも“上品會”として残っています。

実は、このみやびさん。前回取り上げた『梅と水仙』の津田梅子の父仙とほぼ同世代。

幕末〜明治の動乱期、江戸の幕臣の立場で海外へ目を向け娘を送り出した仙と、京の商人の立場で経済を介して海外と渡り合ったみやびの、それぞれの生まれ育った土地柄や立場(身分や男女)による違いが見て取れ、そんなところもなかなか面白かったりします。

2025.12.29

コーディネート

春を告げる花たち 〜小説の中の着物〜 植松三十里『梅と水仙』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十四夜

今宵の一冊より
〜まるで、ドレスのような〜

「襟座別えりざべっさん、そのお衣装やけど」
 初めて見たときから気になっていたドレスの生地。うちの店で会おうた時は濃い苔緑に小花の地模様のある生地やったけど、今日の枯葉色のドレスは、臙脂色えんじいろと濃紺と、複数の色糸を使つこて、小菊のような花の茎と葉っぱの模様を全体に織り出してあるんどす。しかも花のとこだけ立体的にぽこっとふくれて浮いた感じで。
 オー、とうなずいたんは、うちとこが反物を扱う店やと思い出してくれはったからで、何を思いついたか襟座別っさんは、持ち帰る荷物の箱から裁縫箱を探し出してきたんどす。長い船旅の手慰みですやろか、箱の中には針山やら糸と一緒に、小さい端布はぎれがようけ入っとりました。後で知ったんは、西洋の婦人はしまつ、、、なことに、アップリケやらパッチワークゆうて、端布を手芸にするんやそうどす。襟座別っさんはそれを、好きなだけ取れ、ゆうてはるようどす。
「よろしいん?」
 どうせ端布よ、とうなずく顔にぺこりと頭を下げて、うちは、ドレスと同じ立体模様の端布をもらいました。これもどうぞ、ともう一枚くれはったんは、壁紙と同じような大胆な更紗風の花柄で、ウイリアム・モリス、今イギリスで人気の柄やそうどす。

 玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

その耳に聞こえるままに、襟座別えりざべっさんと呼んだエリザベス・ベイカーとの出会いから数年後、ジャガード織機の導入により生産が可能となった紋織。

かつては、さまざまに工夫を凝らした図案の白生地が発表されていたと思いますが、着物離れの進んだ昨今は個性的な地紋の生地はあまり作られなくなってしまいました。私は、オリジナルの着物や帯をデザインする際、地紋にもこだわりたいのですが……素敵だなと思うものが本当に少なくなっていて。

無地感覚の着物を考えるとき、地紋やそれによる艶が着姿に与える影響は小さくないので、無難なものばかりではつまらないなと(中途半端な地紋なら、ない方が素敵だったりしますし)。

需要がなければ作れない。それは、当たり前のことなのですけれど。

抜粋部分でも描写されているように、この当時、大変人気のあったイギリスの詩人でありテキスタイルデザイナーであったウイリアム・モリスですが、そのデザインは現代でもインテリアや服飾小物、文具などさまざまなアイテムに使用されています。

その意匠が紋織で大胆に表現された、まるでドレスのような付け下げ。

澄んだ白藍から白鼠〜月白のぼかしが美しく、織り出された流れのある草花文が無地感覚であるがゆえにより映えるこんな付け下げは、帯次第でさまざまなシーンに着こなしが可能。

格式のある落ち着いた袋帯や織名古屋帯を合わせて、卒業式や入学式に。パーティーなどの華やかな席なら、金銀を用いた帯を合わせて。軽めの洒落帯で日常のお出かけにも。

背にひとつ縫紋を入れておけば、茶席などにも対応できます。地色と共系の色で、さりげなく目立たないものや家紋ではない洒落紋にしておけば大袈裟になり過ぎず日常のシーンにも着られますので、活用の範囲が広がります。

ごく淡い白藍地に美しい藍系のグラデーションで牡丹が刺繍された名古屋帯を合わせて、同系色でまとめたコーディネート。

中国原産で百花の王と称される牡丹は、東洋的な美の象徴と言えるモチーフ。藍のグラデーションだけでまとめられた配色も、とても日本らしい美意識のように思えるのに、どこか西洋的な雰囲気が漂う総刺繍の名古屋帯。それは、まるで洋館の壁にかけられた絵画のような存在感。

バレエやオペラ鑑賞、美術展など、洋の世界感に浸る場へのお出かけに。また、留袖や重厚な古典柄の振袖では場に馴染まないから、もう少し軽やかなワンピース感覚の着物で華を添えたい。そんなイメージの教会での挙式やレストランウエディングにも良さそうですね。

今宵の一冊より
〜月季花〜

「この、変わった花は?」
さっきの猪口と違って、大きな壺に描かれているのは、菊ではない椿でもない芍薬でもない。外国の珍しい花だろうか、妙に心惹かれる。
「ろうず、、、、……薔薇です。西洋ではいちばん人気のある花だ」
へえ、とただ感心した。rose――日本では月季花げっきかといったか。毎月のように咲くため、四季がきわだつこの国ではそれほど顧みられていないように思う。
「逆に外国では、四季に関係なく、隆盛が長く続くようにという意味で好まれるのですよ」
これもまた感心するほかはなかった。ろうず、薔薇と、口の中でつぶやいてみる。
「同じ白地の茶碗でも、花が菊から薔薇に変わるだけでまったく別の趣向になるんどすな」

 玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

本作で描かれた、波瀾万丈のみやびの人生において、キーアイテムとも言えるいくつかの重要なモチーフがあります。

そのうちのひとつが、みやびが世界へ目を向けるきっかけとなる“薩摩焼”。幕末に開催されたパリ博覧会に出品され絶賛されて以降、日本の代表的な美しい陶器=“SATSUMA/サツマ”として認知され人気を博しました。

その“SATSUMA/サツマ”との出会いは、ビジネス上の気付きだけでなく、みやびの精神に違う意味での彩いろどりももたらすことになります。

そして、もうひとつが月季花げっきかー薔薇ー。

本作において、重要なモチーフである“SATSUMA”にちなんで選んだのは、柔らかな生成地にリズミカルな石畳文を織り出した薩摩絣。

その極細の綿糸を用いた手織りの着心地は、下手な絹よりしなやかで軽やか。

半幅帯や、ざっくりとした織の八寸などで気軽な日常着として。また、染めの名古屋帯や洒落袋帯などを合わせて、少しハレ感のある外出着としての着こなしも。いわゆる“木綿の着物”の持つラフな印象に留まらず、上質なおしゃれ着として幅広く楽しめます。

彫金の土筆の帯留を添えて、帯周りに春の気配を

小物:スタイリスト私物

薩摩焼は、パリ万博に、幕府とは別に薩摩・佐賀藩によって“薩摩琉球国”として独自出展された品々の中のひとつ。

そんな史実にちなみ、また南国の織物同士ということで相性が良いので、ロートン織の名古屋帯を。たんぽぽや菜の花といった早春の草花を思い起こさせる、草木染めの暖かな色遣いが印象的です。

彫金の土筆の帯留を添えて、帯周りに春の気配を。

洋館の壁や庭を彩る、石畳に薔薇の花。日本の素朴な春野の景色も混在するその雰囲気は、まるでみやびが商談に訪れた、当時最も海外へ向けて開かれた街、異国情緒あふれる神戸を彷彿とさせるような。

気温差の激しいこの頃なので、そろそろ紋紗の羽織の出番。

みやびが初めて“襟座別っさん”と出会った際に心掴まれた、彼女が着ていたドレスは苔緑色。そんなイメージに重なる、深い黒緑地の波のような地紋が織り出された紋紗地に、印伝であしらわれた薔薇の花。

肩から裾へと落ちるライン状のデザインは、みやびが神戸のエリザベス宅で目を奪われた壁紙の模様のよう。

梅雨に濡れた薔薇を模ったような印伝による白い点の表現が、繊細でありつつ、くっきりと浮かび上がり印象的な着姿に。

2025.07.28

コーディネート

紫色の白昼夢 〜小説の中の着物〜 泉鏡花『艶書』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十五夜

季節のコーディネート
〜雛の節句〜

「なあお澄はん、こういう、紋のような柄のとこだけ、ぷくっと膨れた柄、でけんやろか」
 みやびはエリザベスからもらった端布はぎれを見せた。
「うわー、なんですのん、これ。どないして織ったんやろ」
 お澄は頭を抱え込んで端布を見た。紋のようにそこだけ立体的に膨らんで模様を織りなすから“紋織り”とでも名付けようか。
「天鵞絨びろうど……やったらできまっしゃろかなあ」
 天鵞絨は、安土桃山時代にポルトガルから伝来しており、江戸時代には西陣でも帯として盛んに織られた。短い毛足で紋の面積分だけ浮き上がらせればできるかもしれない。
「輪奈わなビロードと言いまして、特別な織機で輪の形に織り上げるんどす。さらに、その先端を鋭利な刃物で均等に切っていく場合もおます。けど、こないに大きい尺では、しんどおすな」
 たいそう手の掛かる、繊細な手作業と思われた。その上、複雑な色や柄も出せるものか。
「輪のまま残す部分と切る部分を組み合わせたら、凝った意匠もできます。けど、……」
 続きはわかった。手がかかるだけに、時間もかかり値段も張るというのだろう。
 もう一度、端布を前にかざしてみた。違う、天鵞絨ではない。起毛を切りそろえたのではなく一枚の布の内で凹凸が織り出されている。模様のところだけが浮き出ることで陰影ができ、光沢となっていっそう模様を立体的に見せるのだ。

 玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

 うちらも、さらにええもんを、と望んで、そうして、天鵞絨びろうど友禅に行き着くんどす。
 天鵞絨友禅、なあ。まさに奇跡の布どすな。京にはどえらい人がおるもんや。染めと織りと刺繍と、持てる技巧全部を使つこて、一枚の同じ布の上でいっぺんにやってしまうんやから。

 玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

桐唐草の地紋に天鵞絨で竹と鳳凰をあしらった、ほんのり甘さのある灰桜の地に墨茶色の柔らかなタッチで蔦を描いた小紋。異なる質感の凹凸による艶と、絡まる蔦の柄が身体の動きにつれて華やぎを添えます。抑えた色合いで一見シックな印象だからこそ、よりそのニュアンスが活き、しっとりとエレガントな華やぎが感じられる着姿に。

どこまでも伸びる蔦や瓢も、桐竹鳳凰も吉祥文様。表と同じ蔦が描かれた八掛の地紋は、厄除けの意味のある鱗。殊更に仰々しいめでた仕様ではないからこそ、さりげなく日常遣いができる。

穏やかで健やかな日々への願いが込められた意匠を身にまとうことで、さりげなく守られるような。それもまた、着物や帯が持つ大きな魅力のひとつではないかと思います。

ひそやかに、雛祭り仕様のコーディネート

小物:スタイリスト私物

半衿には桜の花弁、丸に橘文が織り出された織の八寸帯を合わせ、蒔絵が施された木彫の帯留は菱餅をイメージして。

ひそやかに、雛祭り仕様のコーディネートです。

2025.06.13

カルチャー

雛人形をもっと身近に。京雛の老舗『安藤人形店』ご夫妻の挑戦

存在感がある天鵞絨の鳳凰。

帯: 特選紋織全通八寸名古屋帯「橘文様」
小物:スタイリスト私物

さりげないけれど存在感がある天鵞絨の鳳凰。

橘の深い赤が、帯周りに華を添えて。

季節のコーディネート
〜夜桜〜

 そして、なんとゆうても図案室のめざましいような成長が、期待以上の花どした。
 ここは着物や帯のデザインを担う部署で、社員扱いで画家を抱え、下絵を描いてもらうようになっとったんどす。画学校の田端はんは乗り気やなかったけど、画家とゆうたら描いた絵を一枚また一枚と売ることでしか食ってはいけまへんのに、高倉屋に認められれば生活が保証され、自分の描いた図案の帯が娘たちの流行となるのどすさかい、絵だけを描いているのとはまた違う達成感になるのと違いますやろか。
 おかげで大判の刺繍作品は外国人に大評判どす。単品で壁掛けにもなるし表装すれば衝立になる。画家はまさに絵のために技巧を尽くし、刺繍職人は一針一針、魂を注ぐ。どちらも、それで名を挙げようとかお金を儲けようとかいう欲得はないのどす。あるのはひたすら最高のものを作ろうという情熱だけ。それは古来、この国の人間が神様に喜んでもらえる佳よき物を作り続けてきた長い歴史の成果でっしゃろな。最上ゆうんは見果てぬもんどす。きりがおまへん。

 玉岡かおる『花になるらんー明治おんな繁盛記ー』/新潮文庫

本作には、実際に髙島屋が設けた「画工室」で絵筆を奮っていた若き日の竹内栖鳳たけうちせいほうをモデルにしたと思われる画家も登場します。

みやびのパトロン魂(?)に火を点ける、若き天才画家とのやりとりは、なかなかの迫力。才能というものが、矯ためられることなくどこまでも自由に伸びてゆくよう見守り、そのために必要ないろいろ(場所であったり機会であったり、金銭であったり時間であったり)を、惜しみなく与えることができる立場だったら……さぞかし楽しいだろうなと、ちょっと羨ましく思えます。

竹内栖鳳とほぼ同世代で、画工室勤務ではないけれど、実際に髙島屋とも交流の深かった日本画家の巨匠、横山大観。その代表作のひとつ『夜桜』をモチーフに織られた袋帯です。

背紋の入った吉祥文様の江戸小紋はフォーマルシーンにもふさわしい着物ですので、落ち着いた色柄の古典的な袋帯を合わせれば、入卒式や茶席といったきちんとした場所にも着られますが、こういう個性的な帯合わせならば観劇や遊びの要素のある華やかな席に良いですね。

相良刺繍でヱ霞があしらわれた半衿をたっぷりと見せて時代感のある着こなしにすると、帯の濃度とちょうど良いバランスに。

例えば外国の方が多く集まるパーティーなどであれば、文庫や片流しなど、個性的な帯結びにしても似合いそう(ただ、その場合は折り目が付いてしまうので、引き続きお太鼓で締めたいのであれば避けておいた方が無難ですが……)。

白の絵の具ですっと線を引くようにゆるぎの帯締めを効かせたら、織で表された桜の白が際立ちます。篝火に呼応する房の紅が、横からの着姿に彩を。

作中で、エリザベスがテーブルセンターとして洋館に飾っていたのは、初対面の際にみやびが贈った“常磐色の松林から鶴群れをなして飛翔する柄”の美しい帯(この時代なので、きっと丸帯でしょうね)。

刺繍の袱紗は、ドイリー(卓上で花瓶の下などに敷く小さな敷物)やコースターに利用され高倉屋の定番商品に。

明治2年の東京奠都てんとにより、天皇をはじめ公家方が一斉に京都を離れ、主要顧客をごっそりと失った上、男性の洋装も増えたことで仕事が激減してしまった職人たちに新たな仕事を創出したみやびの発想・実行力が光るシーンです。

「うちな、この国最高の女性にょしょうが身にまとい、天に還かえる時にだけ着る“羽衣”にも匹敵するお召し物を、自分の店でご用意し献上するんが夢どすねん」

そう言っていたみやびは自らが信じる道をがががっと突き進み、皇室御用達百貨店「高倉屋」の礎を築き上げます。

みやびの行動や考え方は、正直言って全肯定とは言えないし、破天荒というか猪突猛進というか短絡的すぎるところもあって、リアルにはなるべくお近付きにはなりたくないタイプのキャラではあるのだけれど(まぁ小説の主人公になるレベルのパワーを持った女性は、えてしてそういうもの)、織ったり描いたり刺繍したり、自分が手を使って作るわけではないけれど、何かを作りたい(あるいは、この人に作ってもらいたい!)と思いついたときの行動パターンは、かなり理解できる部分があって……少々複雑な気分になりました(笑)。

そして、書影に描かれた後ろ姿。

生成りの琉球絣の着物に、帆船が描かれた帯。濃い藍の衿や長襦袢。板締め絞りと思われる帯揚げの色合い、そして蒔絵らしき櫛や簪に至るまで。今の世の中で、街中で着ていてもまったく違和感のないコーディネート。作者がこだわって細かく指定されたのか、描かれた方が着物好きで実際に着ていらっしゃる方なのかなという気がしました。もしかしたら、実物を見て描かれているのではないかという気がするほど。

もしも実写化があれば、これは再現必須でしょうね。

さて次回、第五十六夜は……

三度みたび、明治の世。
洋の気配は未だ届かぬ、神楽坂に生きる女ひと。

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