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それぞれの空に、それぞれの花火を〜小説の中の着物〜矢的竜『大江戸 女花火師伝』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第六十夜

それぞれの空に、それぞれの花火を〜小説の中の着物〜矢的竜『大江戸 女花火師伝』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第六十夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、矢的竜著『大江戸 女花火師伝』。「将軍家御用達」の花火の老舗「鍵屋」五代目棟梁佐兵衛の娘である16歳の佐絵は、跡を継ぐはずだった許嫁を亡くし、自ら暖簾を背負って立つことを決意する。厳しい修行ののちに女棟梁として立つ佐絵と、名目上の“お飾り”六代目棟梁を名乗ることになる婿の修造。戯作者を目指す修造と鍵屋を背負って立つ佐絵の、それぞれが追い求めるそれぞれの花火。それは、どのような形で揚げられることになるのだろう―――

2026.07.08

コーディネート

護る布〜小説の中の着物〜中川なをみ『晴れ着のゆくえ』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十九夜

今宵の一冊
『大江戸 女花火師伝』

矢的竜『大江戸 女花火師伝』/中公文庫

矢的竜『大江戸 女花火師伝』/中公文庫

 招待客の待ち受ける座敷に、火消し装束に身を包んだ若衆が繰り出してきた。
 半纏に股引、足袋に至るまで黒一色。川開きの花火は火消し衆に見守られて成り立つ行事なのだ。腹の底から搾り出す威勢のよい掛け声とともに纏まといが振られ、提灯が上下左右に踊り狂う。
 黒い集団が割れると、座敷がどよめいた。突如、真っ白な衣装に身を包んだ主役が現れたので人々は息を飲み、次の瞬間には割れんばかりの拍手が沸き起こった。

〜中略〜

 火消し装束を脱ぎ捨てた若衆は金銀の飾りのついた派手な衣装に変わっているが、その中に包まれていながら花嫁は決して埋もれてはいない。
 純白の小袖と股引という男衣装に、きりりと結い上げた櫛巻の髷。元結を貫く長い簪かんざしと大きな赤い櫛が人目を引きつける。切れ長の眼を和らげる二重瞼ふたえまぶた、程よい高さの鼻が清楚さを添える。唇には真っ赤な紅が引かれていた。
 昨日は終始、色鮮やかな打掛に高島田という花嫁姿でかしこまっていた佐絵が、八百善やおぜん自慢の大広間の舞台中央に男どもを従え座につくと、ひときわ輝きを放つ。

 矢的竜『大江戸 女花火師伝』/中公文庫

今宵の一冊は、矢的竜やまとりゅう著『大江戸 女花火師伝』。

花火と言えばの掛け声『たまや〜』『かぎや〜』の「鍵屋」は「将軍家御用達」の花火の老舗。五代目棟梁佐兵衛の娘である16歳の佐絵は、婚礼を控えた幸せの絶頂で突如として許嫁を亡くしてしまいます。

悲しみに打ちひしがれ、周囲の雑音から逃れて閉じこもった蔵の中で、初代が書き遺した苦闘の記録や、花火の材料の配合を記した膨大な資料などに触れ手当たり次第に読み耽るうち、佐絵はいつしか鍵屋に生まれた自らの運命を自覚し後継を決意します。

(棟梁になれるものならなってみたい)
 女の花火師も珍しいが女棟梁という地位も魅力だった。だが世間が許すはずがない。花火は男の仕事であり、女は見て楽しむしか許されないと信じ込んでいた。
 そういう自分が劇的に変わった。いや変えるしかなかったのだ。清太郎を忘れて生きるには花火しかない。

 矢的竜『大江戸 女花火師伝』/中公文庫

花火発祥の地とされる岡崎で、豊かな黒髪を惜しげなく髷まげも結えない散切ざんぎりにし、筒袖に股引ももひきの男姿で力仕事も厭わず黙々と厳しい修行に励む佐絵の姿には、悲壮感はなく覚悟を決めた人間の強さだけがありました。

しかし、いかに実力があろうとも当時の世の中では女棟梁ではさまざな柵しがらみを越えられない。鍵屋に婿入りし、お飾りの六代目棟梁となる者が必要で、その白羽の矢が立ったのが蔦屋重三郎が連れてきた貧乏御家人の次男坊で戯作者の卵である修造。

冒頭で抜粋したのは、数年の修行の後、いよいよ実質の棟梁として現場に立つこととなる佐絵と修造の婚礼、そして六代目棟梁の襲名披露に至るシーンです。

折しも時代は、老中松平定信が主導する寛政の改革の真っ只中。花火も戯作も単なる贅沢品として厳しく締め付けられていく中で、蔦重や十返舎一九、滝沢馬琴といった実在の人物や、「鍵屋」から分家した「玉屋」との確執などが絡み合って複雑な展開を見せる本作。

実のところ、本作には着物姿の描写ははほとんど出てこないのですが、そう言えばちょうど今月は隅田川花火大会もあるし、新型花火の開発など技術的な描写も面白いしな…と思って取り上げることに。

改めて読み返してみると、以前に読んだときと、なんとなく読後感が違ったような気がします。

鍵屋を背負い、改革の締め付けを切り抜けながら10年計画で新たな花火の開発も進めるなど、鍵屋の六代目として生き抜いた佐絵がもちろん主役ではあるのだけど、今回は修造の人生が妙に心に残りました。

見目良く優秀で人柄も良い理想的な婿を亡くし、その代わりにあてがわれた(飼われたとも言える)いろいろな意味で“都合の良い”(お飾りでいれば良い、そして跡継ぎさえ作ればあとは好きにしろという……女性を子どもを産む道具扱いするなという論争は現代でも繰り返されていますが、これもまた同じレベルの話)婿だった修造が、粛々と自分の立場を受け入れつつ、自分の夢を追いながらも現実をも見据え、いつしか佐絵の支えとなって……当初目指した姿とは多少形は違っても、結果として修造でなければ出来なかった仕事をし「終わりよければ」というところまで生き切ったその姿もある意味見事だなと。

それぞれがそれぞれの夢を追いつつ、自分の都合だけを考えているようでいながら(時代を考えると、本当に自分勝手なことはできないので当然かもしれないけど)いつの間にかお互いの支えになっている。

それぞれがそれぞれの仕事に邁進する。別々の方向を向いているようで、でも実は同じ方向に向かって並走している。ときどき近づいて支えたり支えられたり、クロスしたりリンクしたり……現代に置き換えても、こんな夫婦、案外良いバランスなのかもしれないなと思えて。

今宵の一冊より
〜マスキュリンな浴衣〜

川開きは今から五十五年さかのぼる享保十八年(一七三三)に、八代将軍・吉宗の治世下で始まった。
江戸にコロリが流行し多数の死者を出した翌年に、その霊を慰め悪疫退散を祈願する水神祭りを執り行ったのが起源とされている。
その時、三代目・鍵屋佐兵衛が初めて打ち揚げ花火に成功し、それ以降川開きの目玉として代々引き継がれ、今日に至っている。

〜中略〜
 座っているだけでも汗がべっとり、身体中に粘りつくような暑さだった。心配した雨のおそれはなくなって、大川端に急ぐ人の群れは数を増すばかりだ。
川開きは毎年五月二十八日と決まっている。その日から三か月は連日連夜、打ち揚げ花火が見られるとは言っても散発で、何十発も数が揚がる訳ではない。初日にこそ江戸の大店の面子メンツをかけた大花火が、威勢よく両国の夜空を染めるのだ。

 矢的竜『大江戸 女花火師伝』/中公文庫

旧暦5月28日は、現代では7月半ば辺り。それが江戸における3ヶ月間の花火シーズン開幕といったところ。

現代と違って夜の闇が深く濃い分、その光と輝きはより鮮やかに夜空を彩り、人々の目を楽しませ、束の間“憂き世”を忘れさせたことでしょう。

この抜粋部分で触れた、水神祭りを起源とする盛大な花火が現代まで続く“隅田川花火大会”。今年も、ちょうど本稿が公開される直前に開催されていましたね。

例年、街中や駅で浴衣姿の方を多く見かけると、あぁ今日はどこかの花火大会か(この暑い中お疲れさまです……)と思うのですが、読んでくださっている方の中にもお出かけになった方がいらっしゃるのではないでしょうか。

文庫の表紙に描かれた佐絵が抱えている、火薬を仕込んだ長い筒。作中でも、その筒を荒縄でぐるぐる巻きにする作業が描写されています。

そんなイメージから選んだのは『三筋の綱五郎』と銘打たれた白地の浴衣。

男名前を名乗り、女性には許されなかった羽織を羽織った江戸の深川芸者の粋にも通じますが、男物を女性が着ると、抑えた色気がそこはかとなく滲み出て、花柄などよりもかえって女性らしさがくっきりと浮かび上がる場合があります。こういった浴衣は、特にそれが顕著(『流れる』の山田五十鈴さんが着ていそう)。

男物に仕立てたときは綱の直線部分が強調され、うねった部分が面白いアクセントに。逆に、女物に仕立てたときは身体のラインに応じた綱の揺らぎが際立ちつつも直線部分がぴりっと引き締める、そんな絶妙な柄付け。

ここはあえて黒の麻帯でシックにまとめ、作中で描かれたような、紅を効かせた着こなしを。

珊瑚の簪

小物:スタイリスト私物

小さくても黒髪に映える、歪な形が個性的な珊瑚の簪。

駒下駄

小物:スタイリスト私物

足元にはシャープな三味型。横から見た姿に、すっとひと筋の紅を効かせます。

慣れないうちは歩きにくく感じるかもしれないですが、駒下駄は正しい位置に重心が来るため、自然と立ち姿が美しくなります。小粋な浴衣姿を目指したい方は、ぜひチャレンジしてみてください。

白地の紗博多を合わせたすっきりと涼やかな着こなしなら、差す赤は、ほんの少しで充分効果的。帯揚げのぼかしと、草履のつぼに小さく散らして。

足元に麻足袋を合わせたら、履物を脱いで上がる場所にも安心です。エアコンによる冷え対策にも。

夏の夜のお出かけに。

小物:スタイリスト私物

白から銀鼠の繊細なグラデーションが美しい紗博多。モノトーンでも、強すぎず柔らかな印象に仕上がります。

銀と黒の二分半紐に、花火のようにも見える菊花の透かし細工が施された彫金の帯留を。開くと黒地に金彩が散らされた扇子など、ちょこっとずつ光りものを添えて、夏の夜のお出かけに。

2025.07.05

エッセイ

浴衣の着こなし 〜半衿とか名古屋帯とか足袋とか〜 「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三夜

今宵の一冊より
〜菊花〜

(でも何か……忘れ物をしている気がする)
そういう気分をひきずって、十日目のことだった。
「まあ、きれい」
大輪の菊が育った鉢植えに、佐絵は眼を瞠みはった。
「先日の襲名式に呼ばれたお礼にと思ってのう」
伝蔵の顔がほころび、皺だらけになっている。
「戴いてもよろしいんですか」
丹精込めた花であることは一目でわかる。
「永年、菊を育てておるが、ここまで真ん丸く花弁が揃ったのは初めてじゃ」
その言葉に佐絵の頭の中は真っ白になった。
(忘れ物はこれだったのだ)
中庭に移した鉢植えの菊を縁側から眺め続けている。
頭の中にまず浮かんだのが、四十六年前の婚約者・清太郎と最後に出かけた川開きの夜の会話だった。
『牡丹。菊、朝顔でもいい。真ん丸い大輪の花を空いっぱいに咲かせて欲しいわ』

 矢的竜『大江戸 女花火師伝』/中公文庫

空中で大きく華やかに割れ、鮮やかに花開く打ち上げ花火。

『牡丹』『枝垂しだれ桜』『柳』などさまざまな名称がありますが、最も代表的な名称は『菊』。

本作の始まりの頃は、まだ技術的に真ん丸い大輪の花を咲かせることはできませんでしたが、約50年の後に佐絵は球形の花火を見事に完成させました。

現代では球形どころか、キャラクターなど複雑な形の花火も可能となり夜空を彩っていますよね(そういったものは形が崩れるとなんだかよくわからなくなってしまうので、結局のところシンプルなものがいちばん綺麗だなと思ってしまうのですけれど)。

少し陽に褪せた夏草を思わせる千草色。松の根を燻した煤を用いて染めた“松煙染”は、その独特なスモーキーな色合いが魅力です。

盛夏にはそのまま浴衣として、秋が近づいてきたら麻の襦袢などを合わせて着物としての着こなしも可能な、程良い透け感の綿紅梅に染められたのは次々に打ち上がる大輪の花火のようなむじな菊。

合わせたのは、夜空を照らす光を思わせる金茶のぼかしが施された麻の八寸名古屋帯。帯の濃地と、花芯にわずかに差された墨黒が響き合い、総花柄の甘さをシックに引き締めます。普段あまり花柄を選ばない方でも、違和感なく着こなせそうなコーディネートに。

9月9日には“菊の節句(重陽の節句)”もあることですし、暑すぎる現代においては9月末まで出番が多くなりそうな装いです。

ぼかしの帯に切子の帯留

小物:スタイリスト私物

ぼかしの帯に三分紐のぼかし部分を重ねることで、帯周りに奥行きが生まれます。

鮮やかな深碧しんぺきが美しい切子の帯留。紐の白い部分に重ねると、シャープなカットラインがいっそう際立って。

てんとう虫の扇子

小物:スタイリスト私物

扇子を開くと、そこには天道虫てんとうむし。

草の先端から空(お天道様)に向かって真っ直ぐ飛び立つことから、その名がついたと言われます。農作物につく害虫を食べてくれる益虫でもあり、見た目の可愛らしさからも愛される夏の小さな人気もの。

今宵の一冊より
〜花火二様〜

帯芯に描かれた大輪の花火が、褐色の紗紬の奥に浮かび上がる東京(江戸)友禅の無双名古屋帯。

図柄が2枚重なることで奥行きが生まれ、身体の動きとともに生地の間の空間が揺らぎ、そこになんとも言えない間まや風情を醸し出します。

“無双”とは、本体同一生地を表裏に用いて仕立てることを指しますが(長襦袢の無双袖など)、帯の場合は、主に絵や意匠が重なる(芯と帯地とで)ことを指して用いられているようです。着物でいう紗袷のような印象ですが、いつ締めるべき帯なのか、悩ましく感じる方もいらっしゃるかもしれないですね。

透ける夏帯だから夏の時期に、と言われることが多いようですが、私の個人的な意見としては、柄によっては4〜5月くらいから解禁でも良いのではと思っています。

とは言え、ここでご紹介する“花火”の帯は夏の意匠なので、やはり夏が似合う。少し先取りでも、6月後半くらいからでしょうか。

例えば青葉や杜若などのモチーフ、また季節がそこまではっきりしない柄のものなどであれば、単衣の着物に合わせて4月末あたりに解禁しても良いと思います。その方が長く楽しめますよね(紫陽花の柄などであれば、6月まで待たずにさっさと締めたくなるはず)。

所詮(という言い方はあまり良くないかもしれませんが)洒落着なのだから、あまりうるさいことは言わず着たいように着れば良いと思います。これまでも各時代でそうであったように、素敵であれば、それがスタンダードになっていくのだから。

能装束のひとつである“水衣”に魅せられ創作されたという“櫛引織り”。その色も、漣さざなみのように繊細に揺らぐ織も……それはまさに、隅田川の水面のような趣。

褐色かちいろの夜空に開く大輪の花火の帯を合わせて、江戸の夏をまとうようなコーディネートに。

こんな装いで、さて、どこへ出かけましょう?

あ。つい先日から始まった、東京都美術館の『大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画』なんてぴったりかも。

江戸の風情を帯周りに。

小物:スタイリスト私物

鮮やかに打ち上がる花火の下、猪木舟ちょきぶねを操り隅田川の水面を滑るように行き交う船頭の帯留を添えて。

浮世絵に描かれた、江戸の風情を帯周りに。

朝顔、花火に鬼灯と、江戸好みな夏の風物詩を散りばめて。

こんな趣味性の高い訪問着は、フォーマル一辺倒ではなく軽やかな帯を合わせて日常のお出かけにも楽しみたいものです。

涼やかな水辺のイメージの帯周り

小物:スタイリスト私物

朝顔の葉に使われた、織部おりべ色ー織部焼のような、黒みのある深く美しい緑ーを帯揚げに。

流水が透ける煙水晶の帯留で、涼やかな水辺のイメージを添えて。

2025.07.06

エッセイ

浴衣をカッコよく着こなすコツ 「大久保信子さんのきもの練習帖」vol.15

季節のコーディネート
〜ふたりで浴衣〜

これからのシーズン、各地で毎週のように花火大会があったり夏祭りがあったりしますが、現代では浴衣を着るシーンはそれだけではなく、ホテルのビアガーデンに軽く飲みにいくとか雰囲気の良い店で友人たちと食事とか……そんな日常の中の夏の楽しみのひとつとして“浴衣”があると良いなと思います(あまりにも暑すぎるので、つい夜のシーンばかり想定してしまうのですが)。

パートナーと、一緒に浴衣を楽しむ夏。

着付もふたりで覚えて、お互いに帯を結んだり背中のチェックをしてもらったりと協力し合うと、支度が楽になるかもしれません。

なんだかんだ言いつつ、佐絵と修造は結構良い夫婦だったから(花火の夜は、佐絵は当然お仕事ですし、名のみとは言え六代目の修造は対岸の主催者席で役目を果たさねばならないので、ふたり並んでのんびり花火を観る……なんて機会はまずなかっただろうけれど)。

ひんやりとした氷のような色合いで、風や水の流れを思わせる大らかな柄があしらわれた有松鳴海絞の浴衣に、ざっくりとした風合いの生成り地に桔梗と雀が描かれた麻の名古屋帯を合わせた目に涼やかなコーディネート。

絞りの浴衣は、その凸凹が肌に張り付かないため、目の詰んだ木綿地の浴衣よりも実際に着ていて涼しく感じます。また、身体のラインを拾わずシワも目立ちにくいので、長時間着ていても着崩れにくく(当然多少緩みはしますが着崩れて見えにくい)、肌あたりも柔らかいので楽ですし、下着のラインなどもあまり気にせず着られます。

これから一生ものの浴衣を仕立てたいとお考えの方には、おすすめの素材のひとつです。

銀細工の団扇を添えて。

小物:スタイリスト私物

夜風に揺れる桔梗の花に、銀細工の団扇を添えて。二分紐には桔梗の花の色を。

団扇の浴衣

着物: 【竺仙鑑製】特選紬浴衣着尺キングサイズ「団扇」
角帯・小物:スタイリスト私物

墨黒の綿紬地に、全面に染められた団扇の柄。洗練された江戸の粋と遊び心を全身に纏うような一枚です。

“団扇”という、ともすれば古めかしくなりがちな古典中の古典意匠でありながら、どこか新鮮なモダンさが感じられるのは、さすが王道を現代の最旬鮮度で仕上げるのがお得意な『竺仙』ならでは。

うっすらと細縞が織り出された銀鼠の角帯ですっきりと引き締め、鮮やかな浅葱色の山漆の扇子をアクセントに。

隣に並ぶパートナーの帯留や扇子と、さりげなくリンクしたりして。

夏の夜、せっかくのふたりでのお出かけなら、細かいところにもこだわって存分に楽しみたいものですね。

鳥獣戯画の扇子

小物:スタイリスト私物

扇面には鳥獣戯画。

男性用の扇子も素敵なものがたくさんあるので、こだわり始めるとキリがないかも。

10年以上前になりますが、日本三大花火大会のひとつである『大曲花火大会』にゲスト出演される女優さんのお仕事で伺ったことがあります。

登壇される女優さんのそばについていたため、花火の間もずっとステージ上の端の控えスペースで待機。確か衝立で仕切られただけで天井もなかったため、ゲストの方々とほぼ同じ状況で花火が見られるという、ある意味とてもとても贅沢なお仕事だったのですが……

花火、もう一生分見たかもしれない。

……というのが正直な感想でしたね。迫力が凄すぎて、お腹いっぱいというか(笑)。

打ち上がる音がずっと鳩尾に響いて、酔ってしまいそうなほど。

花火は、静かな涼しいところで遠くの空に上がるのを見るくらいが風情があってちょうど良いかな……とつくづく感じました。

夏の暑さと人混みや混雑が苦手なので、大人になってからは積極的にそういうところへは出かけることがなく、浴衣を着て花火大会……なんて経験は遠い記憶の果てなのですが、高校生のとき(35年以上前⁉︎)に、初めて仕立ててもらった浴衣は今でも鮮明に思い出せます。地元の呉服屋さんで母と一緒に選んだ(そのときの母とのやりとりもしっかり覚えてます)のは、意匠化された大きめの白と紫の薔薇(今の自分の好みからはちょっと違う気がするけれど、切り絵っぽいタッチであんまり薔薇っぽくなかったからかな?色のセレクトには、今の片鱗がありますね)が染められた紺地の浴衣。

本当はそれに紫の半巾帯を合わせたかったのに(紫濃淡のグラデーションと無地のリバーシブルだったのも覚えているという……よっぽど欲しかったんだな私笑)、黄色の帯があるからそれを締めなさいと買ってもらえず我慢せざるを得なかったのも、今となっては良き思い出。

それぞれの空に、それぞれの花火を。

本稿の冒頭で書影に添えたのは、佐絵が修行した岡崎と同じ愛知三河産の線香花火。牡丹〜松葉〜柳〜散り菊と、繊細に移り変わるさまやちりちりと震える小さな火の珠の風情には、儚くも美しく、時間を忘れて見入ってしまうような強い引力があります。

佐絵のように、どーんと大輪の花火を打ち揚げる……とはいかないけれど、そのくらいひっそりとささやかな方が、私自身の花火としてはしっくりくるかな……。

この夏は、久しぶりにそんな夜を過ごしてみようかと思います。

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