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壺中に揺蕩う、幻の〜小説の中の着物〜川端康成『古都』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十八夜

壺中に揺蕩う、幻の〜小説の中の着物〜川端康成『古都』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十八夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、川端康成著『古都』。祇園祭の宵に巡り合う、生き別れた美しい双子の姉妹。高度成長期の“古都”ー京都ーを舞台に、京言葉のような柔らかな筆致で絵巻物のごとく綴られた“幻”のような邂逅。春に始まり冬に終わる、一年にも満たない日々。まさにそれは「壺中の天地」のような―――。

2026.05.07

コーディネート

交錯する日々〜小説の中の着物〜嶋津輝『カフェーの帰り道』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十七夜

今宵の一冊
『古都』

川端康成『古都』/新潮文庫

川端康成『古都』/新潮文庫

 太吉郎は机の下から座蒲団ざぶとんの下にひろげて、異国のゆいしょある、じゅうたんを敷いていた。そして、太吉郎のまわりは、南方の貴いさらさをかあてんにしてかこった。これは、千重子の智慧ちえであった。かあてんはいくらか店の音をやわらげる役にも立った。千重子はこのかあてんを、ときどき取りかえた。取りかえるたびに、父は千重子のやさしさを心におぼえながら、ジャバだとか、ペルシャだとか、いつの時代だとか、なんの図案だとか、そのかあてんの話をする。そのくわしい解説は、千重子にわからぬこともあった。
「袋ものにはもったいないし、お茶のふくさにきざむには大きすぎますし、帯にしたら、なん本取れますやろ。」と、千重子はある時、かあてんを見まわした。
「はさみを持っといで……。」と、太吉郎は言った。
 そのはさみで、父はさすがに器用に、かあてんのさらさを切った。
「こいで、千重子の帯に、ええやろ。」
 千重子はびっくりして、目がうるんだ。
「いやあ、お父さん?」
「ええがな、ええがな。千重子がこのさらさの帯をしめてくれたら、わしにもまた、下絵の考えがわくかもしれへん」

  川端康成『古都』/新潮文庫

今宵の一冊は、川端康成著『古都』。

昭和36年秋から37年の年明けにかけて朝日新聞に連載され、後に『雪国』『千羽鶴』とともに、川端康成がノーベル文学賞を受賞した際の対象作品となった、改めてご紹介するまでもないほどに有名な作品です。

主人公は、京呉服問屋のひとり娘として、その両親ー父太吉郎、母しげーをはじめ周囲から愛され何不自由なく育った20歳の千重子。その目を通して、高度成長期の“古都”ー京都ーを舞台に絵巻物のごとくに描かれるのは、4月の花見に始まり、葵祭、鞍馬の竹伐たけきり会え、祇園祭、大文字焼き、時代祭……という、京都ならではの四季折々の行事と、ガイドブックばりに詳細な(笑)観光名所の数々。

祇園祭の宵に巡り合う、千重子と瓜二つの娘苗子は、両親を亡くしながらも、北山杉の里で健やかに育ち、林業に従事しながらたくましく生きる素朴な娘。
 
 
生まれてすぐに生き別れとなった、美しい双子の姉妹の運命は、どう結ばれてゆくのか。
 
 
著者自身の偏愛とも言えるほどの情熱で、実在する店や土地の様子も含め詳細に描写されており、京都のひとに校正してもらったという、湿度や温度を含んだような生々しい京言葉の会話文と相まって、読んでいると肉声やそのシーンの環境音まで聞こえてきそうな臨場感(その感覚は、この作品が何度も映画やテレビドラマ化されていることも関係しているかもしれませんが……ちょっといろいろな作品の記憶が混じってしまっているかも)。

京言葉のような柔らかな筆致で綴られた、まさに「壺中の天地」のような。春に始まり冬に終わる、一年にも満たない“幻”のような日々を綴った物語です。

今宵の一冊より
〜更紗〜

 千重子が嵯峨の尼寺へしめて行ったのも、この帯であった。
                         
 太吉郎はもちろんすぐ、娘のさらさの帯が、目にはいってはいたが、見はしなかった。さらさ模様としては、大柄に派手で、色の薄い濃いもある方だったけれども、花のころの若い娘の帯には、どうであろうかと、父は思った。

「地味なきものが、みどりのなかで、千重子さんのきれいさを、よう引き立ててる。派手なん着やはったら、それもまた、あざやかやろけど……。」
ややくすんだ紫のお召を、千重子は着ているのだった。帯は、父が惜しげなく切ってくれた、さらさである。

  川端康成『古都』/新潮文庫

本作品にはいくつか印象的な帯が登場しますが、そのうち、最初に登場するのがこの“さらさのかあてん”を切って作られた帯。

時流に合う(いわゆる売れ筋の)模様を描ける本職の図案家、意匠家は他にいて、問屋の主人が帯や着物の下絵を描く必要はなく、むしろそういう名人気質めいじんかたぎの主人では、商売においてはマイナスになりかねないのだけれど、しっかりもののしげが番頭とともに店を守り、太吉郎のその生き方を許している(とはいえやはり、その悪影響も徐々に表面化しつつあるのだけれど……)。

人ぎらいで隠棲したがる繊細な父と、そんな父を慕い心配する娘千重子との、通じ合う感性と互いへの揺るぎない愛情の象徴とも言えるのが、この“さらさ”の帯だったと言えるのではないでしょうか。

ベースの白が顔映り良く華やかで、紫苑しおん色と秘色ひそく色の綺麗な配色がレトロモダンな雰囲気を湛えた矢絣御召。

千重子と苗子に重なる、向かい合う双鳥が染められた“ややくすんだ”紫系の更紗の帯を合わせて、シックでエレガントな着姿に。

そして“紫”の印象をいっそう強めるのが、動きにつれて翻る藤色の八掛。装いの“印象”を決めるのは、実際の色の分量よりも意外とこういった細部だったりします。

柄×柄でのコーディネート

小物:スタイリスト私物

柄同士を合わせる際に気を付けたいのは、柄の“密度”の差。使われている色がほぼ共通なので、柄×柄でもすっきりとバランス良くまとまりますが、“密度”が似た雰囲気だと全体にメリハリが付かず散漫な印象に。

濃紫の帯揚げで胸元を引き締めつつ、着物のベースの白が生む抜け感と相まってモダンな味付けをしてくれます。

帯留には、存在感のある立体的なデザインと色硝子の澄んだ綺麗な水色が更紗に映えるヴィンテージのイヤリングを。

ヴィンテージのイヤリングを帯留に

小物:スタイリスト私物

これはずいぶん以前に、友人と片方ずつ分けようと一緒に購入したもの。時代的にちょうど本作が書かれた頃のものなのと、本来対ついであるはずの、その“片割れ感”がなんだか千重子と苗子に重なったので。

裏から見て全体が緩く凹状になっていて金具部分がそこに収まるデザインのクリップタイプのイヤリングだと、上から挟むだけで収まりが良く、また紐の太さも選ばないため帯留として使いやすいと思います。

2026.01.12

カルチャー

ジャワ更紗と南蛮船 「忘れえぬこと その1」 貴久樹・糸川千尋

今宵の一冊より
〜杉と松〜

「千重子さん、あのひと、よう似てる。千重子さんにそっくりやないの?」
   
 その娘は、紺がすりの筒袖に、たすきをかけ、もんぺをはき、前だれをしめ、手甲てっこうをはめ、そして、手ぬぐいをかぶっていた。前だれは、うしろまでまわって、脇に割れ目がついていた。赤がかった色は、たすきと、もんぺからのぞく細帯だけである。ほかの娘たちも同じ格好である。
 大原女おはらめとか、白川女しらかわめとかに、だいたい似た、ひな姿だが、これは町なかへもの売りに出るためのものではなくて、ただ、山の働き着である。日本の野や山に働く女の姿であろう。

  川端康成『古都』/新潮文庫

生まれて間もなく中京なかぎょうの呉服問屋の店前に捨てられ、そこのひとり娘として生きてきた千重子と、北山杉の里で育ち山仕事に従事してきた苗子の人生の、その対照的な姿をありありと示すシーン。

とは言えこの時代から60年以上が過ぎ、着物で労働するという構造が基本的になくなっている現代においては、木綿の着物が純粋な作業着……という意味合いはかなり薄れています。洋服でいうデニムのようなもので、フォーマルな装いにはならないけれど、ファッションとして着るならば、着ていく先やシーンにうるさい決まりはありません。Tシャツ&デニムで出かけられる先ならOKと考えるとわかりやすいかと思います。

しっかり厚手で丈夫な久留米絣は盛夏以外(夏は絶対NGというわけではないけれど、たぶんとても暑いので……着る方も見る方も)のスリーシーズン活躍する素材なので、デニム感覚で普段からラフに着物を楽しみたい方は一枚あると長く楽しめるのではないでしょうか。

何度も着て洗って、色落ちも含めて風合いがこなれていく(育てる?)時間を楽しむのも、デニムと少し似ているかも。

整然と並ぶ△模様が杉林を思わせる久留米絣に、クレエの絵のような抽象柄を織り出した八寸名古屋帯を合わせて。

木綿着物も真綿紬の八寸帯も、このざっくりした質感の素朴さが魅力なのだけれど、その分、どうしても野暮ったくなりがち。なので、あえてベースを同系色にすると白いラインと小さく使われた色がすっきりと際立って個性的な組み合わせに。

更紗のコーディネートと同じで使われている色はほとんど同じ、密度が違うだけ。さほど難しく考える必要はありません。

帯周りにメリハリを

小物:スタイリスト私物

胸元に明るいアップルグリーンとイエローを差したら、着物や帯の柄の白と帯揚げの白、帯柄と帯揚げのイエローが呼応し合って柄がいっそう引き立ちます。

どことなく松毬まつぼっくりのようにも思える柄に、松皮色の茶の縞の帯締めを重ねてすっきりと引き締めつつ、帯周りにリズミカルなメリハリを。

「お嬢さん、見とくれやす。お父さんの図案どす。」と、丸帯を巻いたまま渡した。そして、固くなっていた。
 千重子は帯のはしを、少しひろげるなり、
「あ、お父さん、クレエの画集から、お考えやしたんやな。嵯峨でどすか。」と、膝の上にたぐって、
「いやあ、ええこと」

〜中略〜

「千重子。」
と父は呼んだ。「この帯に調和があるか。心の調和や……。」
「えっ?調和どすか。」と、千重子は虚を突かれて、また帯をながめた。「調和てお言いやしたかて、着るきものと、着る人によりまっしゃろけど……。今は、わざと、調和をやぶるような、衣裳がはやりかけてんのどすけど……。」

 川端康成『古都』/新潮文庫

“調和を破る”というと、とても大変なことをしているかのように聞こえますが……そんなに難しく考える必要はありません。

ここでご紹介したコーディネートのように、着物と帯の素材感や色遣いは揃えつつ、ほんのちょっとセオリーから外れるだけで、そこに生まれる違和感が個性を生み出します。

今宵の一冊より
〜うつりの良い着物、物語のある帯〜

「そやけど千重子は、お父さんの着物ばっかり、よう着てあげておくれやすな。お母さんからも千重子に、お礼を言わんなりまへん。」と、母はつづけた。
「お礼やなんて…。好きやさかい、着てるだけどす。」
「お父さんは娘のきものや帯を見て、さびしい気、おししまへんのやろか。」
「お母さん。地味なようやけど、よう見てると、味があるのどっせ。ほめてくれはるお人もありますわ。」

〜中略〜
「無形文化財、(人間国宝)というのどすか、小宮さんの江戸小紋な、あれかて若い人が着ると、かえってよううつって、目立つのどっせ。すれちがう人が、振りかえって見ていかはります」

「祇園祭のときにお約束の、帯の図案をかいてみましたんで、見てもらいに参じました。」と、秀男は言った。
「千重子。」と、母のしげが呼んだ。「奥へお通し。」
「はい。」
 中庭にのぞんだ部屋で、秀男は図案を、千重子に見せた。二枚あった。一つは菊の花で、葉があしらってあった。菊の葉と気がつかないほど、新しい形に工夫がしてあった。もう一つは、もみじだった。
「よろしいわ。」と、千重子は、見とれていた。
「千重子さんのお気に入ってもろて、こんなうれしいこと……。」と、秀男は言った。「どっちにさしてもらいまひょ。」
「そうどすな。菊やったら、年じゅうしめられますけど。」
「そんなら、菊の方を織らせていただいて、よろしおすか。」
「…………。」
 千重子はうつ向くと、うれい顔になった。
「二つともよろしいけど……。」と、口ごもって、「杉と赤松の山のは、でけしまへんの。」

 川端康成『古都』/新潮文庫

本作中で、何度か言及される千重子の地味な装い。

それは、本作中では生活も裕福で美しく周囲からも愛され……側から見れば何一つ不足などない、幸せそのものと思えるような立場の千重子の、心にひっそりと抱える、どうしても拭い切れない陰のようなものを暗示しているのでしょうが、現代においては“地味”の程度が当時とはかなり変わってきています。

この当時“地味”扱いされたものが、現代では“派手”の部類に分類されるなんてことはよくあります(着物は流行り廃りはないから……とよく言われますが、やっぱりそんなことはなくて、ある程度時代の空気のようなものは反映されますし、“地味”とか“派手”とかのレベルも相当変化していますね)。

ここで描写されたような江戸小紋などは、この当時“地味”の代表格のような扱われ方だったと思いますが、こういった着物に印象的な(物語のある)帯を合わせる着こなしは、現代においてはまったく違和感のない……どころか、主流と言っても良い組み合わせかと思います。

“うつりの良い”は、顔のことでもあり帯のことでもあり。

細かく入った白が、どんな地色であっても沈み込むことなく顔を映えさせ、個性的で存在感のある帯もふわりと受け止める。しっかりとした仕事が施された江戸小紋は、そんな懐の深い着物。

ちなみに、ここで言及された“小宮さん”は、本作が執筆された数年前(昭和30年)に、江戸小紋における初代重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けた小宮康助氏のこと(このときに、氏の技術を他の小紋染めと区別するため『江戸小紋』という呼称が生まれました)。

そして作中で、太吉郎がクレエの絵から着想した帯、そして千重子が望んだ“杉と赤松の帯”を手がけることになる秀男は、家族で営む西陣織屋大友の長男で、父親を凌ぐ腕を評価されている織り手。

こぢんまりと少人数で、でも確かな技術で独自の世界観を持つ帯を制作する工房ーそんな織屋さんは現代でもいくつかありますが、そのうちの1軒が『杉村織物』。江戸末期創業、現当主である6代目を中心にご家族で営まれている老舗織元で、当代とご両親の3人ともが伝統工芸士。それぞれが得意とする、すくい織や捩り織など手織の技を駆使した通好みの帯を制作している織屋さんです。

私も、自分が手がけるブランドやオリジナルデザインの一点ものとして帯を織っていただいたことが何度もありますが、その軽やかさと締め心地の良さは折り紙つき。私自身も、何本か愛用している帯があります。

小宮康助氏の次男であり、同じく人間国宝に認定されている小宮康孝氏の手による、シンプルなモノトーンのワンピースやスーツのような感覚で着こなしやすい江戸小紋。

小桜尽くしの柄が適度な甘さを添え、こだわりの八掛と共柄の衿比翼が、着こなしをぴりっと引き締めます。

手仕事の味わいが感じられるすくい織の地に、モール糸を用いた立体的な唐花文が織り出された洒落袋帯を合わせて。スモーキーな配色と独特の質感が印象的で、存在感があります。

柄に使われた色や地色と同系色の無地紬などに合わせたら、また印象が変わって楽しめそうです。

瓶覗色の帯揚げをピックアップ

小物:スタイリスト私物

帯の柄に小さく使われた瓶覗かめのぞき色を帯揚げにピックアップして、胸元に清涼な風が吹き渡るような明るさを。

象嵌細工のアンティークの帯留を添えて。

小物:スタイリスト私物

作中、花盛りのちゅうりっぷ畑で、太吉郎夫婦と千重子が大友秀男と遭遇し、西洋風の柄の良し悪しについて会話をするシーンがあります。

そんな情景を思い浮かべつつ、いたずら描きみたいな下手上手さがのどかで可愛い、象嵌細工のアンティークの帯留を添えて。

2025.07.08

着物の基本

江戸小紋とは?意味や種類、江戸小紋の着物の着用シーンを紹介

今宵の一冊より
〜物語のある帯・冬木立〜

その織り味、意匠、配色。存在感があり、ひと目で「あ、捨松さんの帯だね」とわかる。“力”はあるのに、締め心地は軽やか。そんな帯を作り続けているのが江戸末期創業の『帯屋捨松』です。

量より質、自社によるオリジナルの図案による“捨松にしかない世界観”にこだわったものづくりにはファンも多く、いつかは……と憧れている方も多いのではないでしょうか。

黒と銀鼠の市松に、カラフルな鱗文様が織り出された八寸名古屋帯。ポップでモダンな遊び心のある、捨松さんらしさ溢れるひと筋です。

クレヨンでざっくりラフに描いたような味わいのあるラインが太さのある糸で表現され、その凹凸の具合と相まって、インパクトのある後ろ姿に。

季節を限定することなく着用できる

小物:スタイリスト私物

小桜文様ではありますが、それほどはっきりと分かる柄付けではないため季節を限定することなく着られます。

雪を被った冬木立に見立てて、赤の小物を効かせて雪の粒みたいなパールの帯留を添えたらクリスマス仕様の着こなしに。そう思うと、小桜も散らつく雪のように見えて来るから不思議。

リアルな今の季節を思うと少し気が早いですが、本作のラストシーンは雪が散らつく年末なので(作中に描かれる京都の行事としては12月13日の“事始め”が最後で、クリスマスは描かれませんが……笑)。

季節のコーディネート
〜竹と朝顔〜

 太吉郎は雨を案じていた。竹伐り会は、六月の二十日で、つゆのさなかである。

〜中略〜

 太吉郎はその竹伐りを、娘に見せたいのだが、雨でためらっているところへ、秀男が風呂敷包を、小脇にかかえて、格子戸を入って来ると、
「お嬢さんの帯を、やっと織り上げてみました。」と言った。

 川端康成『古都』/新潮文庫

この会話のあとに秀男が広げて見せるのが、先程取り上げたクレエをモチーフにした丸帯(ちょっと順番が前後しますが、そこはお許しを)。

牛若丸伝説で有名な、そして強力なパワースポットとしても人気の鞍馬寺で毎年6月20日に行われる、1000年以上の歴史を誇る行事『竹伐たけきり会式えしき』は、大蛇に見立てた青竹を僧兵の姿をした鞍馬法師が豪快に伐きり、その速さを競うとともに、水への感謝と豊作を祈る古いにしえよりの儀式。

本作中にもその様子がかなり詳細に描写されており、読むと実際に見てみたくなるに違いありませんので、こんな装いで出かけてみてはいかがでしょうか。

節感の美しい涼やかに助ける生紬地に、すっと伸びた竹とそれにまつわる朝顔が描かれた洒落味の強い訪問着。

藍墨色の濃淡とナチュラルカラーのグラデーションに染め分けられた藤布の帯は、洗練と野趣の双方を宿した完璧なバランスで後ろ姿を彩ります。

シックで落ち着いたコーディネートに。

小物:スタイリスト私物

一般的に“順手”と言われる関東巻き(右から左へ巻く)で巻くと、藍墨色の側が。シックで落ち着いたコーディネートに。

焦茶の帯揚げで胸元を引き締めて。帯留には濃色に映える夏の石、翡翠の帯留を。

涼やかなワントーンの組み合わせに。

小物:スタイリスト私物

“逆手”と言われる関西巻き(左から右へ)だと、涼やかなワントーンの組み合わせに。小物は同じですが、焦茶の帯揚げの引き締め効果がより効果的に感じられます。この焦茶に呼応して、成長しすぎた筍が存在感を増し、翡翠の帯留や扇子の色と響き合う朝顔の葉の薄青が際立ちます。

ちなみに、こういった自然布は滑りが悪いため、普段と逆に巻くのは慣れないとちょっと大変かもしれません。2回巻いてしまったあとだと、もうひと締め……と思ってもまず締まらないので、1回1回しっかり引き締めて、弛まないようにクリップで留めるなどするとやりやすいと思います。

ぼかしの扇子

小物:スタイリスト私物

小学生のころの、朝顔の花の絞り汁で染めた記憶を呼び覚ますようなぼかしの扇子を。仰ぐ風も、より涼やかに感じられる気が。

『古都』を初めて読んだのは、20代前半だった気がします。そのときの正直な感想は「え、ここで終わるの……?」でした(笑)。

その後何度か読み直してみても、やっぱり同じ感想を持ってしまうのですが、たぶん、この作品は川端康成翁が「(京都という)“壺中”にある美しいものすべてをひとつ残らず書き留めたくて、そのために自分が好きなモノをとりあえず全部ばら撒いてみた」「 ……で、それらを心ゆくまで愛でながら、ひたすら絡み合わせてただ筆の赴くままに書き連ねていった」結果、生まれたものなんだろうなぁと思うのです。

あとがきで、ご本人が本作を「眠り薬を濫用し記憶が曖昧」「うつつない・・・・・ありさまで書いた」と述べており、ある意味、それは真実なのだろうなと。

だからこそ素直に、ただひたすら優しく美しく(他作品で行きがちな怪しい方向へも行かず)、伏線回収とか起承転結とかは割とどうでもよくて、京言葉のごとくやんわり曖昧で緩やかな(良い意味で)ぼんやりとした幻のような物語になったんだろうなと思うのです(良い意味です、本当に笑)。

とは言いつつも、取材はとても入念になされており、例えば人間国宝の小宮さんの着物は〜といった描写や、◯◯は外人好みやから〜とか……そういった当時の最旬の流行や人々の認識を織り交ぜながら、右肩上がりだった高度成長期のピークを過ぎ、徐々に斜陽の気配を漂わせつつあった着物業界の実情を仄めかす描写もあったりして。

小さな呉服問屋、織屋、大問屋など、それぞれの立場から見るこの時代の呉服業界の状況がシビアに見て取れ、そういった部分は、本筋であるはずの千重子と苗子の関係とは描かれ方が全く違い(違う種類の熱量に思える)、なんだかそのアンバランスさが面白いなと、改めて感じたのでした。

さて次回、第五十九夜は……

紫の晴れ着が辿る、数奇な運命。

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