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日々はそうして過ぎていく 〜小説の中の着物〜 木内昇『浮世女房洒落日記』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三十五夜

日々はそうして過ぎていく 〜小説の中の着物〜 木内昇『浮世女房洒落日記』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三十五夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、木内昇著『浮世女房洒落日記』。良いことも悪いことも、面白いことも大変なことも、出会いも別れも。日々いろいろあるけれど、ま、それが生きるってことだから。寝て起きたら新しい日。とにかくご飯を食べて、働いて(働かない日もあったりするけど)。なんとかなるでしょ、とからりと明るく笑って過ごす。江戸の庶民の1年をまるっと追体験できるような、そんな時間。

2024.02.29

まなぶ

節目の白絹 〜小説の中の着物〜 津村節子『絹扇』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三十四夜

今宵の一冊
『浮世女房洒落日記』

木内昇『浮世女房洒落日記』中公文庫

木内昇『浮世女房洒落日記』中公文庫

 四月一日
 すっかりいい陽気。本日、衣替えの日。でも先月のうちに綿抜を終わらせてしまったので気楽に過ごす。裏店の空いている部屋に入るという人が店請人たなうけにんと一緒に大家さんを訪ねてきたようで、偶然路地で会って紹介される。重吉さんといって私と同い年、二十七だと言っていた。生業なりわいは植木屋。店請人はそのお師匠筋にあたる人らしく「腕のいい職人なんで、このたび独り立ちさせました。以後、よろしくお願いします」と深々と頭を下げていった。重吉さん共々、とても真面目そうな、感じの良い人たち。六さんたちと馴染めるだろうか。

〜中略〜

 四月三日
 重吉さん、引っ越してくる。お兼さんの隣の二間二間だ。うちにまで引っ越し蕎麦をいただいた。それと遊蝶花ゆうちょうかの鉢植えも。とてもきれい。さっそく店先に飾ったら、場が華やいだ。

木内昇『浮世女房洒落日記』中公文庫

今宵の一冊は、木内昇著『浮世女房洒落日記』。

タイトルからも抜粋部分からもおわかりのように、日々の生活の様子が綴られた日記形式の物語です。

時代は江戸後期、11代将軍家斉の治世。“文化文政時代”とも呼ばれた、経済の発展と共に町人が力を付け戯作や浮世絵といった町人文化が栄えた頃。

白粉や紅といった化粧品や房楊枝(当時の歯ブラシ)など、細々とした日用品を商う小間物屋を営む、二十七歳の女房おかつによって綴られた、決して裕福とは言えない暮らしの中で、なんとか必死にやりくりしながら、それでも悲壮感はまったくなく、からりと明るく笑いに満ちた日々。

少しでも生活を楽にするために店の看板商品を生み出せないかと知恵を絞り、能天気で次々に困ったことをしでかしてくれるお気楽な亭主辰三としょっちゅう夫婦喧嘩をしては家を飛び出したりやり込めたり。息子辰吉の、出来が良いとは言えない手習所の成績にため息を吐き(これでは医者にでもなるしかない……って、この時代は出来が悪くてもなれる職業の筆頭だったようですね。恐ろしいことに)、可愛い盛りの娘お延の成長に目を細め……そんなお葛一家を中心に、ご近所の“愉快な仲間たち”との日常が活き活きと綴られています。

新たな年の始まりに、一念発起して1月1日から綴られ始めた日記は、早々に間が空きながらも、その年の12月末まできっちり1年間。

お正月の風景から始まって、初午に雛祭り、花見に花火、月見、紅葉狩り。五節句や酉の市といった季節の風物詩だけでなく、季節ごとの食べ物、湯屋や髪結での様子、貸本に富籤とみくじ、相撲、芝居、お祭りなどなど、当時の庶民のお楽しみの数々。

※富籤(とみくじ)……今でいう宝くじ。寺社が主催し、境内で当たりくじが発表された。
穴を開けた木箱に番号を書いた木札を入れ、穴からキリを突き刺して刺さったものが当たりとなったため“富突(とみつき)”とも。

“江戸の三男”と言われた火消し(あとの2つは力士と与力よりき)の勇姿を拝むために火事見物に飛び出し、8月の八朔はっさくが見たいと女だてらに吉原へ……と、遺憾無く発揮されるお葛の旺盛な好奇心はある意味天晴れ。

商売が小間物屋だけに美容絡みの話も多く、浮世絵や読本に描かれ評判となった白粉“美艶仙女香”や化粧水“江戸の水”など、実際にあった化粧品もちょこちょこと顔を出し、この時代に刊行され庶民の間で大流行した『都風俗化粧伝みやこふうぞくけわいでん』(1813年)に書かれている美顔法を試してみたり、格好良く見える立ち方や歩き方を意識してみたり。また、お歯黒の作り方や髪の結い方(大人も子どもも)についての細かい描写など、通常の時代小説ではそこまで描かれることはあまりない小ネタがいっぱい(当時の言い回しや風習なども、各月ごとに細々と丁寧な注釈付き)。

まるで落語や小噺を聞いているような軽妙なテンポで、江戸の庶民の日常を覗き見しているような気分になりつつ、ときどき噴き出したり呆れたり思わず突っ込んだり感心したりしながら、心楽しく読める一冊です。

ちなみに……抜粋部分の“二間二間にけんにけん”。

章末の注釈には、“間口二間、奥行き二間。だいたい六畳一間に土間がついた形”とあります。時代小説では“九尺二間の裏長屋”という表現もされますが、これは間口九尺(約2.7m)、奥行き二間(3.6m)の意味で、江戸時代の庶民が住んでいた最も狭い家を表すのによく使われる表現なので、それに毛が生えた程度ということになりますね。

衣替え
〜お役立ちの単衣〜

冒頭の抜粋部分、お葛はその少し前の3月半ばには済ませてしまったので、のんびりしていますが、4月1日は綿を抜いて袷にする日(当然ながら本作中のこの日付は旧暦なので、現代と照らし合わせると1ヶ月ほどのズレがあり、現代で言えばまだ2月末くらい)。

この“綿を入れる、抜く”というのは、現代でいう“ライナーの付け外し”のようなものと言えるでしょうか。“綿”は、生地の間に挟んで仕立てる場合もあれば、真綿を薄く伸ばし広げて背負う(背中と着物の間に挟む)ことで防寒する場合もあり、この方法は昭和初期あたりまではわりと普通に見られた光景だったようです。現代でも、寒い地方に住む年配の方であれば愛用している人もいらっしゃるかもしれません。

そして綿を抜いたひと月後、5月1日には袷から単衣に仕立て直し。

庶民は季節ごとの着物をそれぞれ別に何枚も持っていたわけではないので、その都度せっせと仕立て直しをしていました。……が、1ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまうでしょうから、皆が皆、ほんとにそんなにきちんきちんと仕立て直していたとも思えません。特に家族が多ければ、こんなふうに早く済ませてしまう必要があったでしょうし、手が回りきらずちょっと次の季節にずれ込んでしまったりすることもきっと多かったでしょうね。

現代の気候では、4月1日はもうかなり気温が高くなっていることも多く、その年の気候によっては3月半ばくらいにはそろそろ単衣が登場してもおかしくありません(下手をすると、GW前には夏物が着たくなるほど暑い日もありますしね)。今年、もうすでに単衣に手を通しました、という方もいらっしゃるでしょう。

2022.03.29

まなぶ

先取り単衣と染め帯の愉しみ 「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第十一夜

現代の着物の暦では、一応・・「5月末までは袷、6月1日から単衣」とされています。

……が、フォーマルな装いではなく日常の着物においては、これはもう無理に当てはめる必要はまったくなく、その前後は実際の気候と体感に合わせて着るものを選ぶ調整期間と考えた方が現実的。

そして、そこでお役立ちなのが単衣の着物です。

4〜5月  袷、単衣
6月  単衣、薄物、ゆかた
7〜8月  薄物、ゆかた
9月  薄物、ゆかた、単衣
10〜11月  単衣、袷
12月〜3月  袷 ※素材により単衣もアリ

しっかりした厚手の木綿や丸糸の紬(※)など、素材によっては袷の季節にも単衣として着用するものもありますが、ざっくりとわけるとこんな感じでしょうか。

2020.09.01

よみもの

単衣の時期は、体感温度が最優先 「きくちいまが、今考えるきもののこと」vol.11

式典などのフォーマルな場で着用する場合は、ある程度周囲と合わせる必要もあると思いますが、日常の着物であれば、長襦袢を単衣や麻などの素材にするなどしてうまく組み合わせつつ、単衣をフレキシブルに活用して自由に楽しむと良いのではないでしょうか。

ひと昔前までは、1年のうち2ヶ月しか着られないなら単衣はなくてもいいかなぁ……なんて言われていたものですが、現代の気候では、逆に1年のうちでいちばん長い期間着られる着物になっていると言っても過言ではないかもしれません。

2020.05.04

まなぶ

立夏:暦のうえでの夏の始まり・単衣の季節の到来! 「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

今宵の一冊より
〜初鰹に遊蝶花〜

冒頭で抜粋した部分の数日後、亭主の辰三が持ち帰った初鰹に狂喜乱舞して、ご近所皆で舌鼓を打つシーンがあります(このことにより、後に大喧嘩が勃発するのですが)。

縁起を担ぐのが大好きな江戸っ子は初物好きと言われますが、その中でも特にもてはやされたのが初鰹。“勝つ魚”とも言われる威勢の良さも好まれ、75日寿命を延ばすという初物の中でも、鰹は10倍の効力があるとされたとか。

明るい紺のグラデーションが目にも爽やかな、伊勢木綿の鰹縞。程良い厚みで軽やかさもあり、調整期間にはぴったりの着心地です。

蝶が舞い飛ぶような花の形から『遊蝶花』『胡蝶花』とも呼ばれるパンジーの帯を合わせて、春の気配漂う装いに。

木綿の着物に相性が良いのは、半巾帯やざっくりとした素朴な帯はもちろんのこと、こういった季節の染め帯を合わせても素敵です。

金銀が使われていたり刺繍がしっかり施してあるような豪華な染め帯はさすがに不似合いですが、こういった素朴な味わいのなるナチュラルな雰囲気の染め帯ならば、大人の女性にも似合う落ち着いた可愛らしさのある着こなしに。

2023.02.04

まなぶ

木綿着物とは?特徴や着こなし方をご紹介

江戸時代には、いろいろとマニアックなブームがありますが、園芸もそのひとつ。

朝顔や菊、万年青などの栽培も盛んに行われ、さまざまな新しい形を生み出してはその美しさ、珍しさを競い合っていたようです。

その中でも、凝り性で珍し物好きな江戸っ子に特に好まれたのが朝顔。

変化へんげ朝顔”と呼ばれ、「花合わせ」というコンテストが開催されては順位が付けられ、その番付に載るのが非常な名誉とされました。その他の植物とは比べものにならないほどの、多種多様な摩訶不思議な形状が生み出されたと言われます。

本作の時代よりもう少し後、幕末にオランダからもたらされたと言われる『遊蝶花』。

なので、本作中に登場するのは、もしかしたらそれとは違って植木屋さんである重吉さんが丹精込めて育てた新種の花だったかもしれません。

アンティークショップで見つけた鰹の帯留。

小物:スタイリスト私物

ずいぶん前に、アンティークショップで見つけた鰹の帯留。

あまりのリアルさについ手に取ってしまい、裏を見てみると……

鰹節の老舗『にんべん』の、創業270周年の記念品。

鰹節の老舗『にんべん』の、創業270周年の記念品として作られたものでした。お得意さまに配られたのだと思います。

刻印された日付によると、1969年。今から54年前。

こういったものが記念品として作られていたということは、この頃はまだまだ着物を着るお客さまも多かったということなのでしょう。

『にんべん』は1699年(元禄12年)創業、1704年江戸の小舟町に開業とのことなので、本作の舞台である文化文政時代には既に創業100年以上が経ち、江戸の町人にとってなくてはならない老舗となっていたことになります。

もしかしたら、お葛も鰹節を買いに行ったりしていたかもしれませんね。

今宵のもう一冊
『よこまち余話』

今宵のもう一冊は、同著者の『よこまち余話』。

時代は、はっきりとは書かれていないのですが、登場人物のひとりである糸屋の青年が初めて試みる「まだ世にあまりない化学染料で染めた糸」……というエピソードから推察するに、明治末か大正あたりかと。

舞台は、まだわずかに江戸の匂いを残した路地と長屋。

そこに住まう腕の良いお針子の齣江こまえを中心に、不思議な時間軸で溶け合う住人たちの物語です。

木内昇『よこまち余話』中公文庫

木内昇『よこまち余話』中公文庫

主人公の齣江の生業がお針子なので、当然ながら着物にまつわるエピソードが多く、印象的なシーンがたくさんあります。

挙げ始めるときりがないので、先に取り上げた“衣替え”の話にちなんで、その中のひとつをご紹介すると……

 ーおかみさんは、トメさんがやけにパリッとした藍の紗を着ているのを見つけて、「どこかへお出掛けだったかい?」と訊いた。
「ここへ買いものに来ただけだよ」
「それにしちゃ上等な召し物だ」
「長年着てる紋紗さ。糊を利かせてもらったからそう見えるだけだろう。もうすぐ季節がいっちまうからね。夏のものをしゃんと着て見送らないと」
 トメさんは値切りに値切った金額を浩一に渡すと、受け取ったイサキの切り身を手提げの底に丁寧に寝かせた。
「そういうもんかねぇ」
おかみさんはさして興味がなさそうに相槌を打つ。そりゃそうさ、とトメさんの鼻息は荒い。
「季節が移るときってのは大概、逝っちまう季節はくたぶれきっているんだ。だからせめてあたしらがその季節の着物を粋に着て見送ってやらなきゃいけない。くたった単衣なんぞ着てちゃあ季節だって逝くに逝けないだろう。昨今じゃ先取りだなんだといって次の季節のものを一足先に着る風潮があるが、あれほどみっともないことはないんだよ。その季節のさわりだけ楽しんで古びたらとっとと捨てるような不義理はしちゃあいけない。最後まで見送る労を惜しまないのが風情ってもんだ」
 このときトメさんの言葉を胸に留めたのは、端で聞いていた浩三だけだった。おかみさんは売り上げの勘定に忙しく、浩一は残った魚をさばくために声を張りあげていたからだ。
 トメさんはけれど周りの無関心を気にするふうもなく、ひとくさり語り終えると「毎度どうも」と商売人のように云って帰って行った。ピンと凛々しい着物が、だるんとたるんだ残暑を悠然と割いていく。

木内昇『よこまち余話』中公文庫

一癖も二癖もある登場人物たちの中でも、かなり重要な位置を占める皮肉屋のトメさん。

現代でもそれが粋と言われている“先取り”を、“みっともない”と一刀両断され苦笑いするしかないけれど、なんだかとても好きなシーンです。

そして、この少し後に、浩三少年が齣江にこのときのトメさんの話をし、なぜ見送ってやらなきゃいけないかという齣江の答えがまた何とも言えず良いのです。

時間の流れと人の想いとが、緩やかに揺蕩たゆたうような。

着物にまつわるものもそうでないものも、ひとつひとつのエピソードがとても印象的で味わい深く、こういうお話とひと言で言い表すのがなかなかに難しい作品なので、この抜粋部分で興味を引かれた方はぜひ読んでみていただきたいと思います。

じんわりと染み入るような、不思議な余韻の残る物語です。

今宵のもう一冊より
〜格子×格子〜

 山頂を仰いだ拍子に、蜜柑の木々の間でなにかを語らっている若い男女が目に入った。顔までは見えないが、男はりゅうとした小倉袴、女は鶯色と鶸色の格子を着て、ふたりの姿は景色に映えた。
 ずっと前、同じような鶯の格子を持っていたことを、彼女は懐かしく思い出す。確か彼と知り合った頃によく着ていた着物だった。
 あれは、どこへいったろうか。

木内昇『よこまち余話』中公文庫

境界線が曖昧で、溶け合うようなグリーンのグラデーション。その柔らかな雰囲気の格子が、帯合わせ次第でさまざまな表情を見せてくれます。

しゃりっとした軽さのある小千谷紬は、単衣にも合う素材。

ぱっと目を惹く、鮮やかな朱色が印象的な生紬の帯を合わせて。子持ち格子の墨色のラインがコーディネートを引き締めつつ、格子に使われている色が着物とリンクしているため違和感なく馴染みます。

素朴さと軽快なリズム感のある、格子×格子の組み合わせ。

“格子尽くし”と言える組み合わせ

小物:スタイリスト私物

着物と帯を柔らかく繋ぐ色合いの楊柳の帯揚げに、市松の帯締めを添えて。

市松もまた格子の一種なので“格子尽くし”と言える組み合わせですが、それぞれのピッチやタイプが違うため、ごちゃごちゃすることなく面白いリズム感が生まれます。

同じ格子でも、どこか本作の表紙に描かれた窓の桟を思わせるような、シャープでモダンな博多帯を合わせたコーディネート。

柔らかな紬のグラデーションをぐっとクリアに見せ、ひとつひとつの色や格子がくっきりと際立つような組み合わせに。

四角いモチーフを重ね、よりグラフィカルな印象に。

小物:スタイリスト私物

楊柳の帯揚げは先程と同じなのですが、どちらの色を多めに見せるかで雰囲気を変えて使えます。ここでは白っぽい方を多めにして、着物と帯の間にくっきりとした境界を作ることで、両者をより際立たせる効果を狙って。

深い緑の江戸切子の帯留でかっちりと四角いモチーフを重ね、よりグラフィカルな印象に。

季節のコーディネート
〜菖蒲・杜若・花菖蒲〜

桜に続いて、藤、牡丹、そして菖蒲(文目、綾目とも)。
せっかくの花盛りの季節だから、季節限定もやっぱり楽しみたい。

中でも菖蒲あやめは、桜や藤ほどにはタイミングを計らずとも、4〜5月の間長く使えます。この中では花菖蒲がいちばん遅く6月後半くらいまで咲いているので、素材や仕立て方によってはその頃まで使える場合も。

文目あやめ、杜若、花菖蒲と、区別の付きにくい花の代表ではありますが、はっきりとした特徴を捉えて描かれたものであったり(花弁に網目のような模様が描かれている=文目)、意味を持たせて描かれたもの(和歌や八橋とセット=杜若)であったりしなければ、あまり気にせず晩春〜初夏を通じて楽しめば良いのではないでしょうか。

着物の文様の常で、シルエット風にどうとでも判断できる描かれ方をしているものも多いので、菖蒲=勝負とかけて端午の節句に、流水と合わせて水辺に咲く花菖蒲のイメージで…と、コーディネートで物語を構成する楽しみを存分に味わいつつ。

艶のある紋織の記事生地に、菖蒲?杜若?の刺繍の訪問着。

まさに、どちらとも取れそうな刺繍ですので、組み合わせでいかようにも遊べそうです。

合わせたのは、着物や小物の色を選ばない多色遣いで菱が表された、紬から軽めの訪問着までさまざまな格の着物に合わせられるのが重宝な組み織の帯。

正倉院由来の組み織は、軽くて締めやすい八寸でありながら、茶席などのきちんとした席にも使える格があるというのが魅力です。

特に単衣の際の帯に悩んでいる方には、盛夏以外のスリーシーズンに渡り長く使えますのでおすすめです。

シックな配色に小物で花の色を指し、胸元に華やぎを。

小物:スタイリスト私物

シックな配色に小物で花の色を指し、胸元に華やぎを。

帯留には、八橋みたいな形のアンティークの煙水晶。そろそろ陽射しも強くなってきたから、透明感のある素材で軽やかさを添えて。

扇面には、八橋と千鳥。

小物:スタイリスト私物

これは杜若ということにして……扇面には、八橋と千鳥。

だんだん気温も上がってきて、実際に使うことも多くなる扇子。開いたときにふふっと楽しい気持ちになるから、図柄にもこだわりたい。

『よこまち余話』のご紹介で抜粋した、トメさんの勇姿(?)が描かれた章のタイトルは「夏が朽ちる」。

改めて、ここ数年の夏の終わりを思い出すと、“朽ちていく夏”を、しっかりと見送るような気力が残っていたためしがないことに気付きます(朽ちそうなのは我が身の方……)。

今年の夏も暑くなりそうな予報が出ていますし、さて、そんな気概を持って夏を過ごすことができるかどうか……?かなり怪しいけれど、夏を迎えた頃にもう一度この本を読み直して、再度気合い(?)を入れるのもいいかもしれません。

しかしその前に、まずは今!“春”を楽しまないと。このコラムが公開される頃は、ちょうど桜が盛りかな……

さて次回、第三十六夜は。

その身に纏うのは、かげろうのはねより薄い領布ひれ
万葉の時代の物語。

小物:スタイリスト私物

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