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松と雪の情景〜小説の中の着物〜白蔵盈太『あの日、松の廊下で』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十三夜

松と雪の情景 〜小説の中の着物〜 白蔵盈太『あの日、松の廊下で』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十三夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、白蔵盈太著『あの日、松の廊下で』。勧善懲悪、どっちかがクロ、どっちかはシロ。人間同士が関わる以上、世の中、そんな簡単なもんじゃない。どちらも優秀で、人柄も悪くない。それぞれに真摯に責任を果たそうとしていて、それでも、どうにもならないことが世の中にはある。これは……避けようのない、もはや運命としか言いようのないほどの相性の悪さ、というものがあるのだということを痛感する物語。

2025.11.18

コーディネート

つながる縁(えにし)と紋の話〜小説の中の着物〜藤沢周平『よろずや平四郎活人剣』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第五十二夜

今宵の一冊
『あの日、松の廊下で』

白蔵盈太『あの日、松の廊下で』/文芸社文庫

白蔵盈太『あの日、松の廊下で』/文芸社文庫

勅使と院使の一行が伝奏屋敷に到着するたった二日前、九日の昼に、屋敷内の畳を新しいものに交換することが突如決まった。
その日から二日間、浅野家の江戸屋敷にいる家臣たちは誰一人として一睡もしていない。

〜中略〜
 
 部下思いの浅野内匠頭は、家臣たちが夜を徹して準備をしてくれているのに、自分だけが寝ていられるかという自責の念で、九日の夜はほとんど一睡もできなかった。

 勅使と院使は、十一日の卯の刻から辰の刻(朝七時半頃)に伝奏屋敷に到着する。饗応役の浅野内匠頭と伊達左京亮は、彼らを迎え入れるため、前日の十日の夕方には伝奏屋敷に入り、真夜中の丑の刻(午前二時)にはもう大紋の礼装を着て、伝奏屋敷で待機していなければならない。
よって、十日の夜はほぼ徹夜に近い。つまり浅野内匠頭は、九日と十日の二日間、ほとんど眠らずに過ごしたことになる。

十日の深夜、浅野内匠頭が伝奏屋敷で礼装の着付けを行っている時点でも、まだ畳替えは完了しておらず、作業は続けられていた。

 白蔵盈太『あの日、松の廊下で』/文芸社文庫

今宵の一冊は、白蔵盈太『あの日、松の廊下で』。

5代将軍綱吉の治世。元禄の世。

赤穂浅野藩主である浅野内匠頭は、ちょっと神経質だけど生真面目で優しいお殿様。その指導役についた高家(儀式・典礼を司る役職)吉良上野介は、偉そうで嫌味なヤツ。付け届けが少なかったからとねちねち意地悪され続け、ついに堪忍袋の緒が切れた内匠頭は、よりによって朝廷からの勅使を迎える儀式の最中、江戸城内の松の廊下において刃傷に及ぶ。

旗本の梶川与惣兵衛に組み止められ、吉良上野介にトドメを刺すこともならず内匠頭は即日切腹。浅野家もお家断絶となり、浪人となった家臣一党は、敬愛するお殿様の無念を晴らすため国許の筆頭家老を務めていた大石内蔵助を中心に団結し、臥薪嘗胆の末、翌年の12月14日吉良家に討ち入り、無事仇討ちを果たす―――

というのが、世に伝わる『忠臣蔵』のあらすじですが……

どっちかがクロ、どっちかはシロ。
片方だけが悪くて、片方には罪はない。

……いやいや。人間同士が関わる以上、世の中、そんな簡単なもんじゃない。

朝廷からの使者(勅使)を出迎え接待する“勅使饗応役”という、建前上は名誉職(とはいえ多大なる出費に加え、貴族のしきたりに準じて進める儀式のため、決まり事や覚えなくてはならない所作が多く非常に気の重い面倒なお役目)を命じられ、その任に就くこととなった内匠頭と指導役である吉良上野介。

この重大な行事に関わるメンバーの初回顔合わせとなる元禄13年12月15日から、刃傷事件当日、そして討ち入りが果たされた元禄15年12月14日の後に至るまでの約2年間を、サポート役のような立場で関わることになる幕府側の役人梶川与惣兵衛の視点から日を追って綴られた物語。

どちらも優秀で、人柄も悪くなかった。

それぞれに、真摯に責任を果たそうとしていた。

なのに何故か、悪い方へ悪い方へ転がっていく。

ただ、重要と思うポイントがお互いに少し違っていた。

これは大丈夫だろう、という認識がほんの少しズレていた。

どちらもが、対応をほんの少し、間違えた。そして些細なその間違いが、取り返しのつかないものに膨れ上がってゆく。

ただ―――そう、とにかく“相性”が悪かった。

ただそれだけ(でも、それがすべてでもある)。

手紙による文章だけのやり取りが、その齟齬に拍車をかける。まさにそれは、現代のメールやSNSといった文字だけのツールを用いたコミュニケーションによって狂っていく歯車を彷彿とさせる(手紙に早飛脚でも、数日以上かかる江戸時代とちがってそこまでのタイムラグはないけれど、その分、壊れる速度も速いかもしれない)。

そんな状況をリアルタイムで見つめながら、なんとか状況を好転させよう、最悪の事態に至るのを押し留めようと奮闘し続けた梶川与惣兵衛の目線で物語は進みます(彼の立場や気持ちがわかりすぎて、読んでいて胃が痛くなります……)。

当然フィクションではあるのだけれど、実際にこうだったのではないかと身につまされるものがあります。会社などで大きなプロジェクトやイベントなどを進めていく上で、こういう経験をしたことがある方はきっと多いはず。

あの日、松の廊下で。

内匠頭の気持ちが、ぷつりと切れてしまった―――その直接の理由がなんとも切ないので、『忠臣蔵』という有名すぎるほどに有名なストーリーを知っている方も知らない方も、ぜひ読んでみていただきたい作品です。

今宵の一冊より
〜大紋〜

本作の表紙にも描かれているように、重要な幕府の儀式において一般大名(従五位)が着用したのは、抜粋部分に登場する“大紋”と呼ばれる衣裳。室町時代後期から武家の礼装として発展、定着していた“直垂ひたたれ”が元になっており、上下揃いの生地で全身に九つの大きな家紋を配し、長袴を付け、頭には風折烏帽子かざおりえぼしを付けたスタイルです。

このとき、高家(従四位)である吉良上野介は“狩衣かりぎぬ”という衣裳であったため、袴は長袴ではなく足首までの半袴。なので、内匠頭は斬りつけたとき袴を踏んで動きを止めることができず、討ち果たせなかった……という説を目にしたことがあります。

ちなみに、旗本である梶川与惣兵衛は肩衣半袴かたぎぬはんはかま半裃はんかみしもとも)という、いわゆる時代劇などで見慣れた裃スタイル。

この日の吉良上野介の衣裳が長袴であったなら、歴史は変わっていたかもしれない。そんな視点も、また歴史の面白いところです。

いわゆる“芥子色”というより、どことなく洋の雰囲気を感じる明るさのある綺麗な“マスタードイエロー”の地色に、鮮やかな菖蒲色の配色が新鮮な印象の訪問着。

“丸紋散らし”や“文尽くし”文様とも、狂言の衣裳の定番として用いられることから“狂言の丸紋”とも呼ばれる家紋を散らした柄は、古典的でありながらもポップさと個性的な雰囲気も併せ持っています。

松尽くしの江戸小紋の染め帯

小物:スタイリスト私物

地には笠松、松のシルエットの中には松葉が敷き詰められた、松尽くしの江戸小紋の染め帯。薄雲鼠の地色にほんのり紫が浮かび、緻密な柄が重なって奥行きが感じられます。

赤穂浅野家の定紋は“違い鷹の羽”。そんなイメージを重ねて、半衿には羽の刺繍を。松にかかる霞と雪の粒のようなパールの帯留を合わせ、濃紫の帯揚げで胸元を引き締めて。

胸元には揚羽蝶、袖には澤瀉おもだか播磨屋さんや澤瀉屋さんなど、“推し”の役者さんがいる方の観劇にはもちろんのこと、一富士二鷹……に通じる羽や宝尽くしの丸紋など、おめでたい意匠もあるので、新春の装いとしても。

パールの帯留め

小物:スタイリスト私物

遊び心に満ちた、緻密な柄の重なり。

今宵の一冊より
〜雪の夜〜

また、この松の廊下の刃傷事件を題材とした『仮名手本忠臣蔵』は、数多い歌舞伎の名作の中でも、特に人気の高い演目。定九郎の様式美が完成された「五段目」や、 お軽と勘平の物語を描いた「六、七段目」、祇園の一力茶屋を舞台に大石内蔵助をモデルにした大星由良之助の遊興と本心を描いた「七段目」など単独で上演されることも多く、見どころの多い作品です。

物語の情景としても、なんとも絵になる意匠“雪”と“松”。

その世界観を楽しめる季節は、ちょうどこれから。

別名釘抜紬くぎぬきつむぎと呼ばれる、そのしなやかさからは意外にも思えるほどの強度が特徴的な牛首紬。

さらりと軽やかな墨黒の地には、深夜音もなく降り積もる雪のような疋田紋が染められて。

金地に雪持ち松が織り出された袋帯を合わせ、11月頃から咲き始める水仙が描かれた扇子を添えたら、年末年始のパーティーシーズンを楽しめそうな装いに。

松尽くしの江戸小紋の染め帯

小物:スタイリスト私物

射ると音が鳴る鏑矢は、その音で邪を払い、また戦場での開始の合図に用いられることから節目や新たなスタートを祝う意味があるとされる縁起物。

永遠、長寿、豊穣の意味を持つ雪持ち松の帯に、そんな鏑矢の帯留と、松葉緑と銀鼠の帯揚げを添えて。

物語の世界観を映した観劇の衣裳としても、また新たな年の始まりを寿ぐ装いとしても。

季節のコーディネート
〜初冬〜

柔らかな茶鼠のグラデーションでさまざまな文様が織り出さクれた雪輪尽くしの大島紬。翻る芥子色の八掛が、鮮やかなアセントとして目を惹きます。

雪輪の中に細かく織り出された柄が、どことなくワンピースのような雰囲気も。ゆったりとしたフォルムが魅力的なドルマンスリーブのウールの羽織で、初冬の街歩きを楽しむ温かみのあるナチュラルな着こなしに。

2025.07.04

エッセイ

こんなにも奥が深い、和のコートの世界 「きくちいまが、今考えるきもののこと」vol.39

松葉と松毬の名古屋帯

小物:スタイリスト私物

松葉と松毬まつぼっくりが織り出された焦茶の名古屋帯に、帯周りの小物を同系色でまとめたコーディネート。

あえてワントーンでまとめることで、雪輪の中に詰められた白で織り出された細かな柄や、金糸で表された帯の柄が際立ちます。

薄色に、共色で松葉菱の刺繍が施された半衿を添えて。

松葉と松毬の名古屋帯のコーデ

小物:スタイリスト私物

すっとした松葉と、ころりと転がる松毬。

濃い地に金で織り出された動きのある柄が、ともすれば丸みの方に印象を引きずられがちな着物の柄をすっきりと引き締めてくれます。

コンパクトな角出しに結んで、足元は別珍の色足袋に下駄で軽やかに、あるいは白足袋に畳の草履なども似合いそう。

今宵のもう一冊
『討ち入りたくない内蔵助』

白蔵盈太『討ち入りたくない内蔵助』/文芸社文庫

白蔵盈太『討ち入りたくない内蔵助』/文芸社文庫

 白い紙を貼った分厚い板で四方を囲まれた、殺風景な部屋の中央。
 背筋をぴんと伸ばして正座する浅野内匠頭。先ほどから微動だにしない。

 彼が着ているのは真っ白な裃と袴で、髷を上下逆さまに結い上げている。これから彼は、高家肝煎こうけきもいりの吉良上野介に斬りつけた罪で切腹をするのだ。恐怖はない。もとより斬りつけた時点で、死ぬことは覚悟していた。
 江戸城の松の廊下で、よりによって勅使奉答という重要な儀式の最中に、従四位下の高位にある吉良上野介に斬りつけてしまったのだ。罪状の重さからいって、屈辱的な打ち首を命じられてもおかしくない。武士にふさわしく切腹で死なせてもらえるだけでも御の字だろう。

 今になって冷静に考えてみると、なんであの時の自分はあんなに深刻に思い詰めてしまっていたのだろうか―――
 浅野内匠頭は、つい数時間前まで意識朦朧としていたのが嘘のように、すっきりとした頭でそう思った。

白蔵盈太『討ち入りたくない内蔵助』/文芸社文庫

今宵のもう一冊は、同著者の『討ち入りたくない内蔵助』。先にご紹介した、『あの日、松の廊下で』の後日譚です。

江戸城での藩主の愚挙による、まさに青天の霹靂とも言える事態に直面した大石内蔵助。

遠く離れた国許赤穂において、筆頭家老としてそれまでは「昼行灯」などと言われながらのらりくらりと上手くやってきた内蔵助ですが、ヘタレとしか言いようがない内面の葛藤を抱えつつも、何の策もなく、ただただ仇討ち仇討ちとがなり立てる脳筋の下級藩士たちを押し留め、ウンザリしながらも打つべき手を打ち、目的に向かって進んでゆく。

映画や舞台で描かれるような、武士の模範とされる忠義の士、完成された立派な人格者……では決してない、人間臭い姿が描かれます。

季節のコーディネート
〜雪尽くし〜

実は、本作においては、前作以上に衣裳の描写はほとんど登場しないのですが……(かなりシビアなシーンではありますが、抜粋部分の白装束のみ、と言って良いくらい)。

当時、武家の通常の礼服として着用されたのが麻裃。出仕の際に着用される、現代でいうところのスーツのような装いですが、薄鼠の麻の無地か小紋柄が染められたものが主流で、この小紋柄が現代の江戸小紋につながります。

将軍家をはじめ各大名藩ごとに用いられた特定の柄は、“定め柄(小紋)”“留め柄(小紋)”などと呼ばれ、他藩や庶民には使用が禁じられたとされますが、赤穂浅野家の本家である芸州浅野家の定め柄は大小霰。なので『仮名手本忠臣蔵』の主人公、大星由良之助の衣裳は大小霰の裃なんですね。

江戸時代、実際に起こった事件を芝居にする際には、そのものずばりの名称を用いると罰せられたため、時代背景を変更したり名前を変えたりと、いろいろと工夫を凝らしました(とは言いつつ、わかりやすく想像がつくレベルの変更で、この程度でいいの……?と突っ込みたくなりますが、それが江戸っ子の矜持でもあったのかもしれません笑)。

クールな質感の大島紬に、落ち着いた青磁色で染められた大小霰は、冬には雪や霰、初夏ならば水飛沫、初秋には露……と、季節のイメージを重ねて物語を紡ぐことのできる使い勝手の良い意匠です。

ここでは、もちろん雪景色。大胆な雪輪が織り出された名古屋帯を合わせて、雪尽くしの装いに。

『仮名手本忠臣蔵』を観に行くなら、大星由良之助とお揃いになってしまいますが、それもご愛嬌。『鷺娘』や『雪暮夜入谷畦道』など、雪のシーンが印象的な演目にも良いですね。

雪尽くしのコーディネート

小物:スタイリスト私物

こんなふうに、シンプルかつ大胆な柄の帯は使い勝手が良いため1本あるととても便利。

ここで合わせたように、無地感覚の着物に主役として映えさせることも、柄の多い着物に、無地感覚の帯として引き算の効果を発揮することもできて重宝します。

この組み合わせなら、黒みの濃茶の部分を多めに出し、金茶色をピリッと効かせて装いのアクセントに。霰の粒のような、小さな芥子パールが並んだ帯留をぽつりと添え、帯揚げに白を効かせたら冬の冷えた空気に映える雪尽くしのコーディネートが楽しめます。

ハリのある大島紬の程良く硬めの質感が麻裃に通じる

小物:スタイリスト私物

現代では柔らかものに染められることが多い江戸小紋ですが、粒のひとつひとつが際立つ、ハリのある大島紬の程良く硬めの質感が麻裃に通じる雰囲気。

季節のコーディネート
〜年の瀬〜

うっすらと節が浮かぶ、しなやかな牛首紬地を黒鳶色と黒紫に染め分け、繊細なタッチで松葉や蔦の吹き寄せが散らされた訪問着。

秋の深まりと冬の訪れを感じさせる深みのある色合いに、先ほども合わせた雪輪の織り名古屋帯を。

今回は金茶色の部分を多めに出し、メリハリの効いた着姿に。

黒地に雪花紋の刺繍半衿、黒地に白ぼかしの帯揚げ

小物:スタイリスト私物

黒地に雪花紋の刺繍半衿、黒地に白ぼかしの帯揚げ。

小物に散らした白が響き合い、白で描かれた柄を深い地色に浮かび上がらせて、その繊細なタッチをいっそう際立たせてくれます。

すがれゆく美に満ちた、冬を楽しむコーディネート。

小物:スタイリスト私物

ひらりと地に落ちた枯葉を一枚。

存在感のある彫金の帯留を添えて。すがれゆく美に満ちた、冬を楽しむコーディネート。

江戸時代における最大のエンタメとも言える(当事者以外にとっては)この仇討ち事件。すっかりわかりやすい勧善懲悪で、事件のあらましを一方的に定着させてしまった大衆演目化の罪は大きいなと思います。

いかにも江戸の庶民(と言うか日本人)が大喜びしそうな題材ですが(実際にこの事件が起こった際にも、江戸の庶民はいつ討ち入るかとわくわくしながら噂していたようですし)、それは現代でもそう変わらない様相で。何かコトが起こるたびに、マスコミに踊らされ勝手に盛り上がり、飛び火、そして炎上させて、それにより疲弊していく当事者の心情など想像することすらせず無邪気に楽しんで追い込んでゆく大衆の冷酷さ(あくまでも他人事だから言えること)を見るようでした。声が大きいものがさも世論の総意かのように、またそれがさも正義であるかのように語られる醜悪な様は、現代でもよく見られる光景。

人は匿名で集団の中に埋もれると強気になる。だが、集団から抜き出されて名前のある一個の人間に戻されると、途端に羊のようにおとなしくなるものだ。

本作中で描写された、内蔵助の内心の思い。その通りだと思うから、決してそうではありたくないと思う。

藩士のひとりたりとも、こんな馬鹿馬鹿しいことで無駄死にさせてたまるかという強い怒りを腹に抱え、たとえ腰抜けだなんだと罵られようとも仇討ちの前にやるべき努力はすべてやり尽くす。そこまでした上で、いざ決行となれば、何ひとつつつかれる隙のない完璧な仇討ちを果たす。内心で、どれほど情け無い、ヘタレとしか言いようのない泣き言を吐いていようとも。

組織の中で上に立つ人間として、最期まできっちりとその仮面を被り続けてみせた大石内蔵助。

客観的に物事が見え、そして想像力があるがゆえにその先の危うさが手に取るようにわかりながらも、立場やさまざまなしがらみに阻まれ、なす術なく見守るしかなかった梶川与惣兵衛の無力感。

そのどちらもが、現代と何も変わらないなと思わされる作品です。

さて次回、第五十四夜は―――

寒気の中、百花に先駆けて咲く花の名を持つ女性が夢見たものは。

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