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夏越の祓には水無月 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.6

夏越の祓には水無月 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.6

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扇子製造卸を営む大西常商店の4代目、大西里枝さん。家業に新風を吹き込む若き女将がつぶやく、ガチ勢な京都暮らしの本音炸裂ツイートが、いま注目を集めています。2023年社長となる彼女が母から受け継いでいく「大西さん家の季節行事」に密着する一年。

2023.05.08

よみもの

端午の節句に菖蒲尽くし 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.5

清涼感抜群!柳腰な浴衣の着こなし

朝早く、里枝さんから送られてきた画像には、足元に広げられた2枚の浴衣が写っていた。

「菊は季節的にあれですかね。注染はちょっとラフかな。どっちがいいですかね…!?」

日に日に、ぐんぐんと暑さを増すこの時季、毎日浴衣を着ているという里枝さんからのSOS。

何を着てもその朗らかさと透明感が損なわれるわけではないが、ちょっとわたわたしていそうな写真が微笑ましかった。

祇園さん(八坂神社)に現れた里枝さん

祇園さん(八坂神社)に現れた彼女の装いは、狢菊(むじなぎく)と糸菊が描かれた露草色の浴衣。

柔らかい白の夏帯に、浴衣と同色の帯揚げ、青丹(あおに)色の帯締めを合わせた涼しげなコーディネートだ。

着姿
帯アップ

スクイ織の花兎文様が並ぶお太鼓。細身すぎる里枝さん、前帯の柄は脇に来てしまい出なかったそう

「この帯ほんとに結びにくくて、手こずりました……」とこぼすものの、くったりとした立ち姿には色気が滲んでいる。

いまの季節は、扇子屋にとって一年で最大の書き入れ時。当然、休みらしい休みは取れていない。

「季節労働者ですから」と笑っていたが、菖蒲を打ちつけていた日と比べると少し疲れも見受けられた。

そんな折の「夏越の祓」である。

「夏越の祓」とは、一年の折り返しにあたる6月30日に行われる行事で、上半期の穢れを落とし、残り半年の無病息災を祈願する清めの儀式。

下半期を無事に乗り切るためにも、この日ばかりは万障繰り合わせて茅の輪をくぐらなければならない。

いざ、ゆかん。

「茅の輪くぐり」と「大祓人形」

参拝風景

お詣りを済ませ、本堂横に設置された「茅の輪」をくぐって身を清める。

「茅の輪」をくぐって身を清める。

茅の輪の前に置かれた説明書きの通り、左回りから右回りで八の字を描くようにくぐる。

このとき、「水無月の夏越の祓する人は、千歳の命延ぶという也」「蘇民将来」と唱えるのがよいという作法も知られる。

茅の輪くぐり

その後、人形(ひとがた)を奉納する。

人形と大祓人形の袋

人形(ひとがた)と大祓人形の袋

「大祓」は、心身を清浄に保つ神代より伝わる祓いの神事。

人形に氏名・年齢を記し、息を三度吹きかけたのち、身体の悪い部分を撫でる。

息を吹きかけている様子

人形に息を吹きかける

里枝さんが迷わず撫でようとしたのは、肝臓!

「健やかなるときも病めるときも淡麗グリーンラベルを愛してる」身としては、沈黙の臓器を労わるのは当然か。

肝臓を撫でている様子

その場にいた取材スタッフともども、「肝臓ってどのへん?」と顔を見合わせ、スマホで調べたのはご愛敬ということで。

八坂神社といえば、明日7月1日から一か月かけて行われる「祇園祭」が最も有名だろう。

夏越の祓が終わるとすぐに祇園祭が始まるため、境内を行き交う神職たちの足取りはどこか気忙しさを感じさせる。

納札所の里枝さん

明日からの授与の前に、一年間、玄関先で災厄を撥ね退けてくれた「厄除けちまき」を納めるのも大事な習わし。

これで、ひと仕事が終わった。その足で里枝さんが向かったのは――

長楽館入口へ向かうバックショット

境内から円山公園へと抜ける道の先にある長楽館

歴史ある洋館好きには堪らないレストラン・カフェを供えた宿泊施設で、明治42(1909)年に“煙草王”と呼ばれた実業家・村井吉兵衛によって建てられた迎賓館をそのまま活用している。

数々の著名人が訪れ、いまではブライダル会場としても人気が高い。京都市有形文化財に指定されている貴重な建築物だ。

島田さんとの談笑カット

ここで彼女が久しぶりに再会したのは、地域活性プロデューサーの島田昭彦氏。

「モノ、コトをクリップしてビジネスに」をモットーに掲げ、文化をコラボレーションしてブランディングやマッチングを行う株式会社クリップ代表取締役だが、実は、里枝さんにとって大学時代のバイト先でお世話になった大先輩だという。

これもまた、ご縁。

三人での打ち合わせ風景

今日は、近々長楽館にて開催される「投扇興イベント」の打ち合わせが約束されていた。

通されたのは、通常非公開の『御成(おなり)の間』

金箔の雲模様が美しく、村井家の家紋をあしらった折上格天井にはバカラ社製のシャンデリア!という豪華さで、目が眩む。

天井を見上げる里枝さん

この日はウェディングの予定が入っていたため、床の間にはインパクトのある「寿」一字の掛け軸。付書院からの眺めも絶景で、里枝さんもときめきを隠せない様子だった。

ちなみに、この素晴らしさに感動した伊藤博文が残した「この館に遊ばば、其の楽しみや けだし長(とこし)へなり」という言葉から、『長楽館』と名付けられたという。

イベントのお知らせ
「長楽館 投扇興で遊ぶ京の極上時間」

~贅を極めた迎賓館で、京文化体験~

諸外国の王族や皇室など、名だたる偉人たちをもてなしてきた長楽館。

この迎賓館を舞台に、大西里枝さんから京の風習や扇子の遊び方を学び、実際に投扇興を楽しむことができるイベントが開催されます!

投扇興を行うのは、本コラムでもご紹介した『御成の間(おなりのま)』(※通常非公開)。

格式高き折上格天井や金箔の雲模様が美しい和空間、またそこから臨むことのできる東山の景色は着物ファン必見。

ケーキセットで優雅なお茶会タイムもある贅沢な2時間。ぜひ夏の和姿にて、迎賓館で京文化を堪能するひとときをどうぞ。

※詳細につきましては長楽館ホームページをご覧ください

天井を見上げる里枝さん

京都人がこよなく愛する「水無月」

彼女が立ち寄ったのは幸福堂

すべてのミッションをつつがなく終え、彼女が立ち寄ったのは幸福堂。里枝さん曰く、「近所の”おまんや”さん」だ。

茶席に出すような格式ある菓子を扱う京菓子屋とは違って、仏さんへのお供えものを買ったり、来客があったときに走っていったりする気楽な和菓子店を、京都人は”おまんや”と呼んで重宝する

もちろん、目当ては「水無月」

6月のことではない。この時期にしか食べられない行事菓子のことだ。

手元の水無月アップ

今年の水無月にと、里枝さんが選んだのは黒糖バージョン

京都では、夏越の祓が行われる6月30日に、三角形の外郎に小豆をのせた和菓子を食べる風習がある。それが「水無月」。

氷室から切り出した氷を模しているといわれる白い外郎に、邪気祓いの小豆がトッピングされた夏の銘菓だ。

店によって形も色も小豆の量も微妙に違い、家庭ごとにお気に入りの味があるという。近年では、抹茶味や黒糖味など生地のバリエーションも豊富で、材料にも工夫がなされている。

水無月

平安時代、宮中には西賀茂地区の氷室に保存されている氷を食す「氷室の節会」という行事があった。

当時、氷は高級品。本物を口にできなかった庶民の間で、氷を模した「水無月」や、冬の間に寒晒しで乾燥させた「氷餅」を食べるようになり、暑気払いの行事菓子として定着したという。

2021.05.30

よみもの

甘春堂 氷の節句に『水無月』を 「京都・和の菓子めぐり」vol.8

水無月をパクリ

正直、どう見たって外郎は氷とは似ても似つかないが、そうまでして涼をとり、穢れを祓いたかった庶民たちの涙ぐましいまでのいじらしさに、想いを馳せる。

そこまでが、夏越の祓の「やるべきこと」と言ってもいいだろう。

水無月を食べる里枝さん

辛党の里枝さん。ひと口食べて、「あっま!美味しいけどあっま!!」

7月1日、里枝さんは襲名の日を迎える。当コラム連載中に代替わりが成されるのも、何かの縁。

次回は、生まれ変わった店舗と新たな社長の誕生を寿ぎ、大西常商店の歴史を紐解いてみたい。

協力/八坂神社
撮影/スタジオヒサフジ

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