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やいかがしと炮烙(ほうらく)奉納 「#京都ガチ勢、大西里枝さん家の一年」vol.2

やいかがしと炮烙(ほうらく)奉納 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.2

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扇子製造卸を営む大西常商店の4代目、大西里枝さん。家業に新風を吹き込む若き女将がつぶやく、ガチ勢な京都暮らしの本音炸裂ツイートが、いま注目を集めています。2023年社長となる彼女が母から受け継いでいく「大西さん家の季節行事」に密着する一年。

2023.01.12

よみもの

七草粥と牛玉宝印(ごおうほういん) 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.1

七輪で鰯を焼くのも一苦労

娘の姿をスマホに収める母・優子さんに見守られながら、節分の支度が進んでいく。

この日も割烹着姿で台所に立つ里枝さんは、それはそれは立派な柊と脂ののった鰯を抱いて現れた。

前回同様スギの枯れ葉を着火剤にして、七輪に炭を熾しすところから。

七輪

「何か扇ぐもんある?」と声をかければ、店から「扇子なら売るほどあるけど(笑)」との応え。仲睦まじい家族の一場面だ。

優子さんが探し出してきたのは、里枝さんが幼い頃に作った鉾柄の団扇。しかし当の里枝さんは覚えておらず、しばし昔話に花が咲いた。

イワシを焼く

そもそも、節分とは季節が変わる節目のこと。

つまり、立春・立夏・立秋・立冬の前日はすべてが節分。現在では立春前だけが一般的に「節分」と呼ばれ、豆(=魔滅)を撒いて疫病の象徴である鬼を追い払い、無病息災を願う習慣が浸透している。

この儀式は「鬼遣らい(おにやらい)」や「追儺(ついな)」とも呼ばれ、京都では各家庭だけでなく多くの社寺で多彩な行事が行われる。

火柱が立つ

網の上に鰯を置き、団扇で風を送っていると……俄かに火が大きくなり、ポタポタと落ちる脂でさらに火柱が立つ。

慌てて網ごと持ち上げて火加減を調節するも、あっという間に真っ黒焦げに。

焦げたイワシ

かくして、冒頭ツイートの中身がやや半生の焼き魚が出来上がったという訳だ。

そんなときでも、いや、そんなときだからこそ、里枝さんの手にはしっかりとスマホが握られ、証拠写真をパチリ。

スマホでパチリ

節分の夜、魔除けのため家の玄関などに飾る、焼いた鰯の頭を柊の枝に刺したものを「やいかがし」という。焼いて嗅がせるという意味で、鰯を焼く匂いで鬼や災厄を遠ざけるのが目的だ。

イワシの頭

鰯の頭を落とそうとするものの苦戦する里枝さんに、優子さんが「一気にグッと!」とアドバイス。

それでもなかなか切れず、何度目かの「もっとグッと!」に間髪入れず「やってる!!」と返す母娘の応酬も、和やかな光景だ。

親子でキッチンに

鰯の次は、柊の出番。

キッチンバサミで切ろうとすると、すかさず「そんなんで切ろうとしたらみな笑わはんで」と母からのお叱りが飛ぶ。

ヒイラギを切る

その場で電話を掛け、「花鋏ある?持ってきて!」と優子さん。近所のご友人へのSOSで、1分も経たずに鋏が届けられた。

「ありがとう!」と受け取るのも束の間。調味料を借りたり、手料理をおすそ分けしたり……、今となっては貴重な”ご近所さん”の存在の頼もしさを見た一幕だった。

ご近所さんから借りたハサミで

「痛い!痛い!痛い!」と言いながら、鰯の頭を刺しやすいようにと葉をむしる里枝さん。見かねた撮影スタッフの「鋏を使ったら……」という一言に、「ほんまや!」と武器(鋏)を手にする。

葉を間引いても、刺さるものは刺さる。「痛い!痛いって!」と繰り返しつつ、楽しそうに鰯の頭を容赦なくぶっ刺していく。

イワシを刺す

「全部刺すの?一本ちゃうの」と思わず口を挟む優子さんに、「ええやん、せっかくやし。ある分刺そうよ!」と里枝さん。

完成品

豪勢な(ご本人曰く、「現代アートみすごい」)やいかがしが完成した。

飾る
割烹着姿

黒焦げ鰯との格闘の痕。割烹着は汚れたが、気分は晴れやかだ。

無事店頭に

春の訪れを寿ぐ花柄コーデ

この日、里枝さんはデフォルメされた幾何学模様のようにも見える花柄(椿だろうか)の着物を選んだ。

春の訪れを感じさせるやわらかな色合いの装いに合わせるのは、流水の入った雪輪に四季の花が描かれた黒い帯。キリっとした印象の組み合わせだ。

里枝さんの着物姿

撮影中「この着物、帯が難しくて。白にしてもぼけるし……」と悩まし気な様子を見せた娘に、「それは黒がええわ」と母の太鼓判。スタッフたちの賛同もあって、少しほっとした表情に。

実は彼女、まだ自分で着物を誂えたことがないという。

お線香をあげる里枝さん

この日も防寒対策は万全だった。袖や裾からインナーがちらりと見えるのも、こなれ感。

「母の着物は布が余って……」

着物の下に防寒着を重ねて着ても不自然ではないほど細身の里枝さんにとって、いただきものの着物の中でシンデレラサイズの一枚に出合うことは難しい。

いまは「これぞ!という着物を仕立てるのが憧れ」と、かいらしい(可愛らしい)笑顔で教えてくれた。

節分会は壬生さんのとこで

壬生寺にて

邪気が集まりやすいとされる2月頭の京都は、各地で節分行事が催される。なかでも有名なのが、吉田神社と壬生寺だろう。

節分の日、京都の鬼は深泥池から来て、鬼門(東北)→巽→裏鬼門(南西)→乾の方角へと追いやられるという。その各方角にある、吉田神社→八坂神社(または伏見稲荷大社)→壬生寺→北野天満宮を詣でて厄除けとする「四方参り(よもまいり)」もいまに伝わっている。

参道にて

四方参りを知らなかった里枝さん。

「ほえ~四か所!すごい根性で回らんとあきませんね!最近全然走ってないんですけど、来年は挑戦してみようかな~」

と、なぜか脚力勝負に出ようとし、ざっと計算を始める。

「大西常商店発大西常商店着で17.2キロ。気合い入れたら意外といけそう(笑)」

という言葉に、走るという発想がなかった我々は尊敬の念を抱いたのだった。

本殿へ

さて、軒を連ねる露店に目移りしつつも、まずは参拝。お線香を供え、煙を受けて心身を清め、本堂へ。

新選組ゆかりの寺として知られる壬生寺には、素焼きの炮烙(ほうらく。ほうろく、とも呼ぶ)に家族や知人の数え歳性別と願い事を書いて奉納する珍しい風習が古くからある。

積みあがった炮烙

無病息災、家内安全、商売繁盛、病気平癒、世界平和……などなど、願意の例がずらりと書かれた例を見ながら、さらさらと筆を走らせる里枝さん。

文字を書く里枝さん

達筆だなと思いながら見守っていると、彼女が突然「あっ」と声を上げた。書いた面を我々に向けて、「名前、書いちゃった……」とこぼす(見本は姓のみ)。

ちょっとうっかりなところも、彼女の愛嬌。それゆえ残念だが、里枝さんの達筆はまたの機会に。

奉納

裏面に家名および願意がしたためられている

壬生寺の節分会では、鬼が出てきたり、豆を撒いたりはしない。多くの人のお目当ては、先述の炮烙奉納と2~3日に上演される「壬生狂言」だ。

ちなみに、節分会で奉納された多くの炮烙は、4月に行われる壬生狂言『炮烙割り』という演目でことごとく割られる。この炮烙を奉納した人々は、奉納する行いで厄が身から離れてその年の災厄を免れ、福徳を得られるという信仰がある。大西家に、福徳あれ。

壬生狂言を正しくは「壬生大念佛狂言」と言う。昭和51年には国の重要無形民俗文化財に指定され、「壬生さんのカンデンデン」の愛称で親しまれる無言劇だ。演者は面をつけ、パントマイムで演じる。

現在上演されているのは30曲。娯楽的な演目であっても、勧善懲悪や因果応報の理を教える宗教劇としての色合いをいまに残す。

壬生狂言

節分会での公開においては、参拝者の厄除・開運招福を祈願して『節分』という演目が繰り返し上演される。

登場人物は、後家と赤鬼と厄払い。鬼(病気、災厄、貧困などの様々な不幸)を招く甘い誘惑に負けず、マメ(真面目に、こつこつと)に働くことによってこそ招福は得られるものである、という教えがこめられている。

舞台上の着物

鬼が持つ打出の小槌によって、危険な誘惑の象徴として登場するのが着物であるのも面白い。

演者の一挙手一投足を食い入るように見つめる里枝さん。暮れなずむ空や近所の子どもたちの声と調和しながら、後家が豆を撒いて鬼を追い払うまでの約45分があっという間に過ぎていった——。

狂言を見る里枝さん

終演後は、貫主の松浦氏と、つかの間の談笑タイム。とあるご縁から、かねてより懇意にされているそう。

松浦貫主と

この日貫主はとにかくご多忙を極めておられたが、隙間時間でご挨拶が叶った。世間話の締め括りは、「来年は献酒します!!」。

立春前夜とはいえ、寒さ厳しい2月の宵の口。参拝後には、屋台から漂う煮込みの香りに誘われて、暖簾をくぐる。ようよう出汁のしゅんだ大根で、ゆるりと一献。

おでん屋台
一杯

カップ酒500円、おでん盛り合せ一皿700円。「冷えたカラダが芯からぽかぽかする~!」とご機嫌な里枝さん

次回3月は、大西さん家の「桃の節句」。

撮影/スタジオヒサフジ
協力/壬生寺

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