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豊かな生地文化 ~水無月(みなづき)の巻~「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.2

豊かな生地文化 ~水無月(みなづき)の巻~「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.2

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6月におすすめのモチーフは、「雨」「傘」「かたつむり」「さくらんぼ」「蛍袋」「鮎」「鵜飼い」「めだか」など。水や雨に濡れて輝きを増す自然をイメージさせる文様ですね。梅雨入りとなり着物を敬遠しがちになる月ですが、この時期にしか身につけられない季節のモチーフで着物姿を楽しんでみませんか?

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

半襟箱

二十四節気と半襟について

さて、今月6月は旧暦名で「水無月」(みなづき)。水無月の「無」は「の」にあたる連体助詞で、「水の月」という意味です。

今まで水の無かった田んぼに水を注ぎ入れる頃であることから、「水無月」や「水月(みなづき・すいげつ)」「水張月(みずはりづき)」と呼ばれるようになりました。
この時期の雨は稲が実を結ぶために重要なものであるため、豊作を願う人々の思いがこの呼び名にあらわれている、ともいわれています。

6月に訪れる「二十四節気」は、

「芒種(ぼうしゅ)」(2021年は6月5日)
「夏至(げし)」(2021年は6月21日)

芒種:青空に映える大胆な着物の季節!「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

新暦での衣替えも済んだ「芒種」の時期は、大手を振って単衣が着られる時期です。 梅雨入り前のこのころ、旧暦でいうところの「五月晴れ」の空を飛び回るのは燕(ツバメ)たち。稲作の害虫を食べる益鳥として大切にされてきた燕は、かいがいしく子育てをすることから「燕が巣をかけた家は繁栄する」といわれ、子孫繁栄の象徴といわれています。

夏至:一年で昼が最も長い日に着物を着よう! 「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

立夏から立秋までの「夏」のちょうど真ん中にあたる夏至は、「一年で一番昼が長い日(北半球)」。冬至のころの昼の長さと比べると約4時間も昼が長いそうです。毎年夏至は梅雨の真っ只中のためなかなか太陽の光を実感しにくいですが、さんさんと降り注ぐ太陽のエネルギーを、「夏至」の日はとくに意識してしっかりと受け取りたいものです。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し、約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦(こよみ)の上では…」のもとになっているものです。

実はこの「15日ごとの季節」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

水無月の半襟1『絽縮緬地 流水に菖蒲 刺繍半襟』

半襟も夏物へ

6月1日といえば「衣替え」。この日から、半襟も夏物へと切り替えていきましょう。

「絽縮緬地 流水に菖蒲 刺繍半襟」

水無月にご紹介する一枚目の半襟は…

『絽縮緬地 流水に菖蒲 刺繍半襟』

白地に、金色銀色・淡い紫色の絹糸を用いて、凛と咲き誇る菖蒲が刺繍されています。流水のところどころにレース編みのような透かし文様が繊細にあらわされ、なんとも涼しげな風情を醸し出しています。

美しさの甲乙つけがたいことを、

「いずれ菖蒲か杜若」

と表現しますが、あやめと菖蒲、そして杜若の見分け方で、もっとも分かりやすいのが”花びらの付け根”を見ることだそうです。

「一体どれ?」と迷ったら、花びらの付け根を見て、綾目(網目)状なら「あやめ」、黄色なら「菖蒲」、白い筋なら「杜若」と見分けると良いそうです。

「形代」を、曲水に流すイメージの半襟

「菖蒲」は古くから”邪気を祓い身を清める植物”といわれていることから、6月30日に日本各地の神社で行われる「夏越の祓(なごしのはらえ)」にもぴったりのモチーフです。
病気や災いを免れる儀式として知られる「茅の輪くぐり」は、神社の境内に作られた大きな茅の輪の中を、

「水無月の 夏越の祓する人は 千歳(ちとせ)の命 延(の)ぶというなり」

と唱えながら8の字を書くように3度くぐり抜けるのが良いとされています。
今年上半期の穢れを拭った「形代」を曲水に流すイメージの半襟ですね。

水無月の半襟2『竪絽縮緬地 芍薬文様 染め・刺繍半襟』

芍薬文様の半襟
「竪絽縮緬地 芍薬文様 染め・刺繍半襟」

二枚目にご紹介する半襟は、

『竪絽縮緬地 芍薬文様 染め・刺繍半襟』

です。

薄紫色の地に青から水色のグラデーションが美しい花びら…
葉を白で簡略的に表現し、花弁に白で刺繍を施す緩急のあるデザインにハッとさせられます。

「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」

という、美人を形容する言葉で知られる”芍薬”の花の盛りは6月です。

日本三大美人として知られる小野小町の『百夜通い(ももよがよい)』伝説のひとつに、小町を慕う深草少将に「毎晩芍薬を一株ずつ通い路に植えて、それが百株になったら契りを交わす」と小町が約束を交わしたという話がありますが、実際に芍薬は株分けで容易に増やすことができるため、薬用・観賞用として古くから身近な花として愛されていたようです。

逸話あふれる美女の嘆き、やんごとなき方の激しい恋の歌 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.4

季節の移ろいと、人との縁をより強く感じ入るこのご時世。時の流れを感じて歌を詠んだ絶世の美女と、恋人との再会を強く願い歌を詠んだ天皇の”濃い”人生と、”恋”にまつわるお話をお届けいたします。 心に残るひと時を一緒に過ごせましたら幸いです。

一枚目・二枚目の半襟に共通するのは「絽縮緬(ろちりめん)」という織りです。
現在では、夏の半襟といえば「絽」と決まってしまいますが、アンティーク着物の素材として6月9月の単衣の時期に着るものとして「絽縮緬」があり、またこの時期には「絽縮緬」の半襟を掛けるのがお洒落とされていました。

「絽縮緬」は字の通り、「絽」と「縮緬」をあわせて作られたもので、しぼのある縮緬の間に絽が織り込まれているものです。

縮緬はもともとぽってりした素材ですが、普通の縮緬よりは薄め、しかし平絽(ひらろ)ほどは薄くないため、単衣の時期にぴったりな素材とされています。

実際、梅雨寒(つゆざむ)などでひんやりとする日には、絽縮緬のシボが優しく首元を守ってくれているような感覚を味わうことができます。

「絽縮緬」は、「絽」と「縮緬」をあわせて作られたもの

一枚目の半襟は、シボの強めの「鬼シボ絽縮緬」、二枚目の半襟は絽目が竪に入った「竪絽縮緬」と呼ばれる絽縮緬です。
絽とひと口に言ってもたくさんの種類があるということは、それだけ着物文化の層が厚かった、ということに他なりません。

水無月の半襟3『九本絽 カーネーション文様 刺繍半襟』

カーネーションの半襟

そして三枚目にご紹介するのは…

『九本絽 カーネーション文様 刺繍半襟』

「平絽」と呼ばれる絽は、絽目の本数によってさらに細かく「三本絽」「五本絽」「七本絽」「七本絽」「九本絽」などの種類に分けられます。

縁起を担いで割り切れない数・奇数の名前が付けられた絽は、その絽目の本数が増えるにしたがい、隙間が少なくなり透け感が控えめになります。
現在は「三本絽」「五本絽」が中心になっており、なかなか九本絽を見ることはなくなりましたが、このアンティーク半襟には、その生地文化の豊かさが残されています。

「九本絽 カーネーション文様 刺繍半襟」
撫子は6月のモチーフとしてぴったりです。

また刺繍のモチーフとなっている「カーネーション」は、5月の母の日を連想させる花ですが、日本でのその栽培の歴史は古く、江戸時代には「オランダナデシコ」「ジャコウナデシコ(麝香撫子)」「オランダセキチク」などの名前で栽培が開始されたといわれています。

「撫子」ならば、(「秋の七草」にも数えられますが)開花時期から初夏である6月にも、モチーフとしてぴったりということになります。

そんな花文様に添えられた斬新な多角形の刺繍には、キラキラとラメのように光る糸が用いられ、氷のような涼やかな印象を受けます。
少しでも他人と違う襟元のお洒落を求めた、昭和のモダンガールのお洒落心を感じる一枚です。

6月のモチーフ

この時期しか身につけられない季節のモチーフで着物姿を楽しむ

6月におすすめのモチーフは、「雨」「傘」「かたつむり」「さくらんぼ」「蛍袋」「鮎」「鵜飼い」「めだか」など。
水や雨に濡れて輝きを増す自然をイメージさせる文様ですね。

梅雨入りとなり着物を敬遠しがちになる月ですが、この時期にしか身につけられない季節のモチーフで着物姿を楽しんでみませんか?

水無月のとっておき

今月のとっておきコレクションは、「舞妓さんの半襟・帯揚げ」袷・夏物です!

暑さが増してくるこの時期、誰しも淡い色目の半襟に手が伸びますが、京都の舞妓さんの半襟だけは唯一の例外。
舞妓さんの半襟・帯揚げは「少女らしさ」の象徴ということで、一年を通して地の色が真紅と決められており、

10月~5月の袷の時期
 → 緋色の縮緬に白糸刺繍半襟+銀箔の帯揚げ
  
6月~9月の単衣・薄物の時期
 → 緋色の絽縮緬に白糸刺繍半襟+銀箔の帯揚げ

が装いの定番となっています。

舞妓になって一年目~二年目、「割れしのぶ」といわれる日本髪を結っている間は、赤の地の色が多い刺繍半襟を掛けます。
三年目に入り「おふく」といわれる日本髪を結うようになると、次第に白い刺繍の面積の多い豪華な半襟となり…芸妓になる直前には、一面が真っ白になるようにびっしりと刺繍を施した半襟を掛けます。
そしてやがて、赤い縮緬の半襟からは卒業。「衿替え(えりかえ)」といわれる儀式を経て、一人前の芸妓となるのです。

祇園街に生きる 「今井茜 着ものがたり ―京都・ニューヨーク・東京」 vol.3

着付けレッスン、ヘアレクチャー、着物のデザイン企画と活躍の幅を広げる今井茜さん。 日舞との出会いから京都祇園の人気芸妓としての生活、単身渡米したニューヨークでの着付け教室開講から帰国し現在に至るまで… 「心身ともに美しい女性」になるまでの歩みを紐といてまいります。

襟替え、そして妹たちの見世出しのこと 「京都・祇園甲部芸妓、佳つ雛日記!」vol.12

「襟替え」とは、芸妓になる日のこと。花街によって慣習は違うのですが、祇園甲部では、襟替えが決まりましたら1ヶ月くらい前から日々のお支度が変わっていきます。

今回ご紹介するのは、若い舞妓さんが掛ける半襟と帯揚げ。

若い舞妓さんが掛ける半襟と帯揚げ

白い刺繍(小花文様)が少なく赤い地色が多めの袷用の半襟に…

ふっくらと豪華な麻の葉文様を現した袷用の帯揚げ

金銀の刺繍糸でふっくらと豪華な麻の葉文様をあらわした袷用の帯揚げです。

またこちらは、三年目ごろの舞妓さんが掛ける夏用(絽縮緬)の半襟と帯揚げ。

絽縮緬の半襟と帯揚げ
銀の摺り箔で流水文様を現した絽縮緬の帯揚げです。

帯揚げには、銀の摺り箔で流水文様があらわされています。

こうした舞妓さんの刺繍半襟は、特別注文で一枚一枚手刺繍されるもののため、古くから置屋(おきや)で受け継がれているものも多く、なかなか一般には手に入らないもの。
ご縁があって落掌できた幸運を喜んでいます。

以上が、今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

ひと月に一度、半襟のタイムカプセルを開けるドキドキをみなさまとともに…

次号は「七月・文月(ふみづき)」の巻。
7月7日二十四節気「小暑」の前日の配信をお楽しみに!

半襟撮影協力/正尚堂

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
 
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!

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