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京雛と引千切(ひちぎり) 「#京都ガチ勢、大西里枝さん家の一年」vol.3

京雛と引千切(ひちぎり) 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.3

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扇子製造卸を営む大西常商店の4代目、大西里枝さん。家業に新風を吹き込む若き女将がつぶやく、ガチ勢な京都暮らしの本音炸裂ツイートが、いま注目を集めています。2023年社長となる彼女が母から受け継いでいく「大西さん家の季節行事」に密着する一年。

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こころ浮き立つ伝統の京雛

キャー――――――!!!!!!!

蔵から響く叫び声。

大西家の蔵

大西家の蔵

二階から雛人形の入った大きな箱を運び出す作業中、細くて急な階段から足を踏み外したのでは?!と駆け寄ったスタッフの前に姿を現した里枝さん。

「袖が破れました!」

桃の節句の支度は、おしとやかには程遠いハプニングでスタートした。

破れた袖

さて、気を取り直して。

梅や桃が匂い、水温む季節。春本番を目前に控えた本日3月3日は、ひな祭り。女の子の健やかな成長を祈る日だ。

川で身を清めて不浄を祓う習慣があった中国の「上巳の節句」と、平安時代の「ひいな遊び」が結びついたといわれる。そのため、元は人形(ひとがた)に厄を移し川へと流して子どもの健康を願う神事で、下鴨神社の「流し雛」がかつての趣をいまに伝える。

平安装束をまとった「ひと雛」が登場する市比賣神社の「ひいなまつり」のほか、松尾大社、宝鏡寺、上賀茂神社、三十三間堂など、京のあちらこちらで雅やかな行事が催されている。

大西家の七段飾り

大西家の七段飾り

一般的に、雛人形は立春以降の大安に飾るのが良いとされる。

コロナ禍もあって、大西家で雛飾りを出すのは5年ぶり。里枝さんが一から手伝うのは初めてだ。母・優子さんの5年ぶりとは思えないほど迷いない手つきを傍で見ながら、手順を確認していく。

大西家の蔵にて作業

大西家の雛飾りは、立派な七段飾り。職人が一体一体手づくりする京人形の老舗『安藤人形店』の京雛だ。何軒も回って、優子さんが納得のいく一揃えを選んだという。

「里枝は、長いこと男の子ばっかり生まれた大西家で100年目の女の子でね。本来なら私の実家で用意すべき雛人形を、二代目が買うという話になって。私はシンプルなお内裏様で考えていたけど、義父はかわいい孫娘のために奮発してくれました」

と、優子さんは当時を振り返って微笑む。

こだわりのひな人形

ひな祭りの思い出を訊けば、母と娘からユニゾンで……

「(雛段に)乗ってましたね!」

との答え。

どうやら幼い頃の里枝さん、最上段までラクラクと上って遊んでいたようで、うっかり障子を破ったときには「猫さんがやった」としれっと言い訳していたというから、三つ子の魂百まで?呆れ顔で「猫なんて飼うてないのにねぇ」と言う優子さんの声は、優しかった。

ひな人形を飾る

途中、何度もスマホで画像を検索しながら茶道具などの並び順を確認し、檜扇や笏、太刀、楽器といった小物をセットしていく。

京雛なので、もちろんお内裏様が左側(向かって右)。

京雛はお内裏さまが向かって右

制作スタッフは奇しくも女性ばかり。ああでもないこうでもない、と画像を拡大しながら飾りつけていく作業は和気藹々と進み、最後に床の間の掛け軸を替えたら完了だ。

お床のお軸

「ひな人形」と書かれた軸箱を出してくださった社長が、派手に破れた娘の袖に目をやり、しみじみとした口調で「貴女らしいな」と一言。

大西家らしいやりとりに和む。

スマホで撮影

沓台を持った仕丁(※)の泣き顔が、「仕事辛いって泣いてるようにしか見えへん!(笑)」とヨリで撮影中。投稿はこちら
※しちょう……身分の高い人に仕え雑務に従事する者。雛人形の中では唯一の庶民

前述したように、「人形(ひとがた)」が由来の雛人形。身代わりとなって引き受けてくれた厄が戻ってこないよう、早く仕舞うに越したことはない。

片づけに良いといわれるのは「啓蟄(けいちつ)」で、今年は3月6日だ。

大西家ならではの扇子も

大西家ならではの扇子の数々。
「(お雛様のお顔立ちが)ゆるい!ゆるすぎる!!」と思わず里枝さんがふきだしてしまう一幕も

宮中ゆかりの愛しい雛菓子

お買い物へ

桃の節句の設えが完成し、里枝さんが向かった先は大丸京都店。お目当ては、いまだけのお愉しみである「引千切(ひちぎり)」だ。

ちらし寿司、蛤のお吸い物、ひなあられ、菱餅……と、ひな祭りの行事食は多い。なかでも引千切は、京都の伝統的な雛菓子。

宮中の儀式で用いられた「戴餅(いただきもち)」「小戴(こいただき)」に由来し、その名の通り引きちぎったような形を特徴とする。

老松のひちぎり

大量の菓子を作らなければいけない宮中では、餅で餡を包んで丸める手間を惜しむほどの忙しさから、餅を引きちぎってくぼみに餡をのせたことが始まり。

丸い餅の端が引きちぎられた独特の形があこや貝に似ていることから、別名『あこや餅』とも呼ばれる。

この時期、どこの京菓子店でも販売されているが、里枝さんのお気に入りは老松さん。

大丸でお買い物

宮廷祭祀官卜部家の流れをくむ当主が明治41年に上七軒に店を構えた有職菓子御調進所とあって、引千切を買い求めるに相応しい店と言えるだろう。

2021.02.19

きもので行くなら

有職菓子御調進所 老松 匂い立つ『此の花』 「京都・和の菓子めぐり」vol.7

ただ、天神さん(北野天満宮)で行われる梅花祭(毎年2月25日)前は目の回る忙しさ。北野店へ行くのは遠慮して、大丸の店舗へお邪魔したというわけだ。

大丸前にて

お茶室でお抹茶を点てて、実食!

老松さんの引千切は、「蓬」と「薄紅」の二色(各432円/税込)。ルーツでもある中国の行事では、母子草(ははこぐさ)という草を使った餅が食べられており、日本伝来の際によもぎが使われるようになったと伝わる。

ゆえに、ひな祭りによもぎ餅を食べていた時代もあり、ひな祭りカラーのひとつである緑色でもあるため、よもぎとの関わりは深い。

実食

のっているのは、どちらも滑らかな口当たりのきんとんだ。「上品な、優しい甘さ!」と里枝さん。

ちなみに、引千切の形が女性器を模しているという説もあるのだとか。ひな祭りが女の子の健やかな成長だけでなく、幸福な結婚や子孫繁栄を願う行事であることを考えれば、貞淑の象徴である蛤とともにそういった想いが込められていても不思議ではない。

2021.04.29

インタビュー

老松 当主・有斐斎弘道館 理事 太田達さん(前編)

2021.05.06

インタビュー

老松 当主・有斐斎弘道館 理事 太田達さん(後編)

ひな祭りらしい花笑む装い

大西さんの和姿
雛祭る 都はづれや 桃の月

〈ひな祭りは都でもその外れであっても、みなお祀りをするものだ。桃の節句に春が来るなぁ〉

蕪村の一句をも思わせる、春めいた着物コーディネートも見逃せない。

春らしいコーデ

一番のポイントは、桃色×若草色の帯締めに少し濃い桃色の帯揚げを合わせた帯まわり。笠松と菊柄が描かれた菱形模様が、菱餅を思わせるのも素敵だ。

菱餅といえば……

ひな祭りの頃に出される給食デザート「三色ゼリー」が大好きだったと話す里枝さんに、京都以外では知られていない地域もある、というスタッフたちの言葉に驚愕した表情がこちら。

1970年頃に学校給食向けに誕生した『ひし形三食ゼリー』(正式名称)は、現在も京都府内にある小中学校の給食で年に一度提供されている。菱餅を模して三層になっており、グリーンがメロン味、白はヨーグルト風味、ピンクはりんご味が主流。熱い要望を受け、90年代後半から販売元である京都生活協同組合では、季節限定で組合員向けに販売しているとのことなので、一度試してみてはいかがだろうか。

話を着物に戻そう。

初めて袖を通していきなり粗相してしまった小紋は、白梅メインに色とりどりの花々が咲き誇る華やかな一枚。

八掛が橙色なのも、共色傾向が強い現代では珍しい。袖口や裾からのぞく八掛の色柄合わせは、袷ならではの愉しみ。八掛と合わせた帯で統一感のある佇まいも、それはそれできっと似合うに違いない。

お抹茶をいただく大西さん

もはや定番となった”袖口から機能性インナーちらり”は、ご愛敬

来月のテーマは、お花見。

春真っ盛りの京の桜をお届けします。

撮影/スタジオヒサフジ
thanks to/あんこライター かがたにのりこ

かがたにのりこ

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