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城間びんがた工房(沖縄県那覇市・琉球紅型)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡りvol.4

城間びんがた工房(沖縄県那覇市・琉球紅型)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡りvol.4

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京都きもの市場の名物バイヤー・野瀬の買い付け現場に密着。今回は紅型三宗家のひとつであり、琉球王朝時代から300年以上もの歴史を誇る『城間びんがた工房』を訪ねました。

2023.02.02

まなぶ

作家・金城涼子さん(沖縄県那覇市・花織)「バイヤー野瀬の、きもの産地巡り」vol.3

買い付けの現場から

京都きもの市場 バイヤー野瀬

ある時は産地を巡り買い付けを、またある時はイベントで接客を行う、京都きもの市場のバイヤー、野瀬達朗。

最新のきもの事情や流行を知っているひとりではないでしょうか。

今回も引き続き…

魅力あふれる沖縄染織の買い付け現場から。

城間びんがた工房入り口

紅型三宗家のひとつであり、琉球王朝時代から300年以上もの歴史を誇る『城間びんがた工房』を訪ねました。

現在では数軒しか創作していない琉球の藍型(いぇーがた・えーがた・あいがた)も大切に守り継いでいます

2022.03.20

よみもの

城間栄順 米寿記念 「紅(いろ)の衣」展 沖縄・京都に続き、東京へ―

琉球王朝時代から続く宗家

南国の風を感じる沖縄。太陽がまばゆいこの地には、それにふさわしい鮮やかな色彩の染物があります。

それが、琉球紅型です。

かつて琉球王朝が栄華を極めていた時代。琉球紅型は、王族・士族しか着用を許されなかったほど高価で希少性があり、贅沢品として扱われていました。

琉球紅型の振袖

撮影:スタジオヒサフジ

しかし廃藩置県によって王朝が消失するとともに、琉球紅型も一気に衰退。さらに第二次世界大戦によって型のほとんどが焼失してしまうと、いよいよ存続の危機に陥ったそう。

しかし、「自分たちの故郷が誇るべき、この美しき琉球紅型を絶やしてはいけない」と復興に力を注いだ人たちによって、その危機を回避することができました。

その功労者の一人が『城間びんがた工房』14代目の城間栄喜氏です。栄喜氏らの尽力によって琉球紅型は途絶えることなく、今なお現代にまで存続することができているのです。

先代の城間栄順さんが大切に育てている植物が私たちを出迎えてくれました。

城間栄順さんが大切に育てている植物たちが、私たちを出迎えてくれました

その後、15代目の城間栄順氏により、紅型はさらなる飛躍を遂げることになります。栄順氏が、沖縄の伝統衣装でしか用いられていなかった琉球紅型を着物にすることを手がけました。これによって、沖縄だけでなく本土の着物愛好家たちにまで広めることに成功したのです。

さらに古典柄だけでなく、海モチーフなど、新しい図柄にも積極的に挑戦。紅型の可能性をさらに広げました。

そして2015年、栄順氏の長男である栄市さんが16代目として工房を受け継ぎ、工房の長い歴史を継承するとともに、現代の潮目を意識した、新たなる挑戦を始めています。

取材当日、工房では十六代目である栄市さんの新作が製作されていた

取材当日、工房では十六代目である栄市さんの新作が製作されていた

工房一貫にて制作される琉球紅型

工房の入り口から入ってすぐにある作業場

早速、現当主である16代目・城間栄市さんに工房を案内していただきました。

入ってすぐの作業場には10名以上のスタッフが3列に並んだ作業机に座り、色挿しや隈取り(くまどり)などの作業をされています。

城間栄市さん(以下、栄市さん):ここが紅型の作業場です。まず最初に「型置き」を行います。ちょうどここで作業をしていますが、彫った型紙を布の上に置いて、型紙の上から防染糊をつけ、染料を施しています。生地に文様を乗せていく作業になりますね。

城間栄市さん

現当主・城間栄市さん

栄市さん:その後、「色挿し」に入ります。今、真ん中の作業台でやっていますね。

色挿しが終わったら次は「隈取り(くまどり)」。窓際の机が隈取りエリアです。これは琉球紅型の最も特徴的な表現方法で、非常に大事な工程です。

琉球紅型の特徴でもある隈取り作業

琉球紅型の特徴でもある隈取り

栄市さん:柄の外側に筆で色を置き、短い毛の筆を使って柄の内側に向けて色を刷り込んで暈していきます。色をつける筆と擦る筆、2本を交互に使って作業します。

琉球紅型の製作道具

琉球紅型の製作道具

栄市さん:隈取りに使う竹筆は手作りなんですよ。筆の真ん中は空洞になっていて、そこに毛が入っています。使っているうちに摩耗するので、鉛筆のように削って穂先を出します。

この筆、実は人毛を使用しているんです。女性のまっすぐな黒髪はコシもあってとても使いやすいですね。

竹を削って人毛を穂に。隈取りの筆はすべて手作り

隈取りの筆はすべて手作り

栄市さん:「隈取り」が終わったら最初に置いた防染糊を落とし、今度は「彩色した柄部分」と「白地のまま残したい箇所」を防染糊で伏せます

糊が乾いたら「地染め」をして、最後にたっぷりの水で防染糊を落として仕上げます。

鮮やかな沖縄の海をテーマに

バイヤー野瀬達郎(以下、バイヤー野瀬):前回買い付けした着尺が、ちょうど作業中だと聞きました。

あ、これや!沖縄の海の世界を表現した栄市さんの作品ですよね。この小さい魚がほんまにかわいらしくて気に入ったんですよ。

写真右・城間栄市さん、写真左・バイヤー野瀬

栄市さん:この小さい魚は「スク(アイゴの稚魚)」です。実際も、この柄と同じくらい小さい魚なんですよ。野瀬さん「スクガラス(スクを塩漬けにしたもの)」はご存じですよね。豆腐の上に塩漬けになった小さい魚が乗っている沖縄料理です。あの魚ですよ。

5〜6月の初夏にかけて沖合から大量に入ってくるんです。私も釣っては自宅で塩漬けにして毎年食べています。

スクは怒ったりびっくりすると針を出すんですよ。普段は珊瑚の奥に隠れて過ごしていますが、この図案は、珊瑚の陰からスクがぱーっと出てきた瞬間を描きました。

それからここ、「隈取り」を施しているのはウニです。

城間栄市さんの作品「天のスク」製作過程

バイヤー野瀬:躍動感のあるいい柄ですね。下絵にあるキラキラは、暗闇の海中で、珊瑚の陰からスクが出てきた瞬間の水の泡や煌めきを表現しているのでしょうか?これは最後の地染めをしないと見ることができませんね。完成が楽しみです。

栄市さん:私は釣りを趣味にしていまして、普段は夜釣りへ行くことが多く、夜から明け方にかけて出かけて行きます。

暗闇の海を見ながら、この闇の中にあのカラフルな魚たちがいるんだなと想像すると、すごく楽しい。明け方になって、海と空の境目がなくなる景色を眺めるのも楽しみなんです。何度見ても飽きることはありませんね。

バイヤー野瀬:僕も釣りが趣味なのでよくわかります。あの美しい情景は……感動しますよね。

気づくと釣りの話題で盛り上がる二人。身近にある感動を見逃さず、美しい色彩と愛らしい図案で表現した栄市さんの『天のスク』。みなさまにお披露目できる日も近いはずです。

現役でご活躍。城間栄順さんの作品最新情報

工房は息子である城間栄市さんに受け継ぎましたが、コロナ禍中に米寿を迎えられた城間栄順さんは、今もなお現役で精力的に制作活動を続けていらっしゃいます。

取材当日も、栄順さんの元気そうな声が工房に響いていました。

バイヤー野瀬:先生、こんにちは!米寿記念でお披露目した着尺、すぐに売れてしまったんですよ。今は何を作ってはるんですか?

意欲的に大作に取り掛かる栄順さん

意欲的に大作に取り掛かる栄順さん

城間栄順さん(以下、栄順さん):芭蕉布の道具ってさ、とても絵になるなぁと思って図案にしてみたんだよ。暖簾なんかにいいんじゃないかと思ってね。

着尺の倍以上もの幅がある製作途中の暖簾

着尺の倍以上もの幅がある暖簾(製作途中)

栄順さん:丸紋に見立てた糸車の中に描いてあるのは、苧積み(うーうみ)で作った芭蕉の糸を入れておく籠。ここから糸を取り出して杼(ひ)に巻きつけるんだよ。

それから椀に入っているのが管(くだ)。杼の中に入れて使うんだけど、芭蕉の糸は乾燥しやすいから、本当なら管を全て水に浸して使うんだけどね。でも図案だとちょっと見えた方がいいねぇ。

バイヤー野瀬:帯にしても良さそうな柄ですね〜

栄順さん:はは、そう思うかい。でも今回は、藍を両面染めにした暖簾にしようかと思ってるよ。ここは「クマ(隈取りのこと)」で暈して立体感を出そうかと。

糊伏せして乾いたら裏側も同じ作業を繰り返して。藍甕に3〜4回入れて出る濃さの藍色にする予定。この大きさで両面に糊伏せをするから、かなり重たいんだよね。しかも麻や芭蕉布は布目が動きやすいから、両方の柄を合わせるのも大変なんだけどね。うん、これはとてもいい柄だ!

大切にし続けてきた「隈取り」へのこだわり

栄順さんがずっと大切にしてきた隈取りに使う筆

栄順さんがずっと大切にしてきた筆

バイヤー野瀬:先生がこれまでずっと大切にしてきたことってなんですか。

栄順さん:(よどみなく潔く)いちばん大事にしてきたのは、隈取りに使う筆だね!!自分で作った筆しか使わないから。紅型にとって「隈取り」はすごく大切。それに使う筆も大事なんだよ。

栄順さんが手にしているのは、わずか数ミリしかない穂先の筆

栄順さんが手にしているのは、わずか数ミリしかない穂先の筆

栄順さん:秋になると、軸の部分になる竹を取ってきてね。その竹を空洞にして穂として使っている人毛を入れるんだけど、これがまた難しくてね。でも売っている筆だと、細かい部分の暈しができないからね。

栄順さん:もちろんどの工程もみんな大事にしてますよ。細かいところまできちんと作らないと、いいものはできないからね。

豪快な笑顔の栄順さん

豪快な笑顔の栄順さん

私たちが栄順さんのお話を伺っている側で、現当主の栄市さんも、そっと耳を傾けていました。どんな言葉も聞き逃したくないという、弟子としての気持ちを感じずにはいられませんでした。

藍型(いぇーがた)のこと

最後に栄市さんが、藍型の作業をする板場に案内してくれました。

藍型の説明をしながら作業工程を見せてくれました

栄市さん:この柄は私の祖父、十四代目の栄喜の柄です。今はすでに一度、藍甕に浸けて乾かした状態です。これから二度目を行うのですが、そのためにこれ以上染まって欲しくない箇所に糊伏せをしています。

この作業を繰り返すことで柄に濃淡がつき、それが柄の奥行きになります。

沖縄では糊伏せに砂を使用

沖縄では糊伏せに砂を使用

栄市さん:糊伏せをした後、糊の強度を上げるために砂を被せます。

バイヤー野瀬:え、砂なんですか? 京都ではおがくずを使いますね。

おがくずと異なり、砂は掃除など手入れもしやすい

栄市さん:おがくずだと水に浮かぶので、甕を掃除するときが大変なんです。その点、砂は沈むので、シーズンが終わる時だけ掃除をすればいいので楽なんです。

糊伏せ作業

糊伏せの作業

バイヤー野瀬:言われてみれば…… 藍型は以前から絹にも染めてらっしゃいます?

栄市さん:絹を染めるようになったのはここ最近で、昔は麻ばかりだったようです。柄もずっと古典の1〜2柄だけでやってきました。今後は藍型でも新しい柄に挑戦したいと思っています。

25度以上の天候の日の藍甕。表面上の泡は元気に発酵していることを表している

25度以上の天候の日の藍甕。表面上の泡は元気に発酵していることを表している

バイヤー野瀬:藍はすごく人気なので、それはうれしい挑戦です!新しい柄の藍型が完成したらぜひ見せてください。これが藍甕ですね!

栄市さん:はい。昔は土の中に埋めていたのですが、作業をするのが大変だったので、母と試行錯誤して、土の中から出しました。

さらに素材をグラスファイバーに、そして口を広くしてより使いやすいように改良しました。

栄市さんの祖母が使っていた藍甕も現役

栄市さんの祖母が使っていた藍甕も現役

栄市さん:奥にある古い甕は城間栄喜の奥さん、つまり僕の祖母が使っていた甕です。今もまだ現役で、仕込む準備にこの祖母ちゃんの甕を使わせてもらっています。

栄市さん:それから、これをみて下さい。甕に5分間ほど布を浸し、その日の染まり具合を調べるんです。毎朝、作業する前に必ず端切れで試し染めをします。それからその日の段取りを決めています。

毎朝必ず染まり具合を確認してからその日の作業が決まる

毎朝必ず染まり具合を確認してからその日の作業が決まる。写真左が今日、右が昨日のもの

バイヤー野瀬:日によって違いますか?

栄市さん:ええ、まったく違います。天然建てだから気温や天候によって菌の状態がだいぶ変わるんです。これ(写真左)が今日で、これ(写真右)が昨日です。

バイヤー野瀬:本当だ。こんなに違うもんなんや。

栄市さん:昨日、色が弱くなってきたなと思ったので、甕の中に蜂蜜や水飴、泡盛を入れてご機嫌を伺って調整しました。だいぶ綺麗な色に戻りましたね。

帯の反物を作るには、完成までに約1ヶ月かかります。その間に藍の機嫌が悪くなってしまうと、仕事がストップしてしまいますからね。毎日お世話をしてご機嫌を伺いながら大切に育てています。藍は生き物なんですよ。

藍色が薄くなると、泡盛などを入れて調整する

栄市さん:藍染めのベストシーズンは7〜9月、気温が25度以上で発酵するので、まさに今の時期(取材は2022年8月)は絶好調です。

日中30度を越える日は藍の発酵がすごく進み、常に表面はぶくぶくと元気に発酵している状態がわかります。この時期は少ない回数で濃紺の藍色を出すことができるんですよ。

他の産地では藍甕を電気や火を焚いたりするなどして、年中染められるようにしている地域もあるようですが、沖縄の藍型は自然の温度で行っています。季節によってあらわれる、その時の藍の色で作っているんですよ。

それとね、親父(栄順さん)から始まった習慣がありまして、私も守っていることがあります。

それは、藍染め作業にかかる2日間は必ず同じ天候状態にする、ということです。

例えば「昨日雨が降って今日は晴天」となると、藍の色が合わなくなるんです。だから、天気予報をみながら作業を始める日を決めています。

琉球を諦めない

栄順さん、栄市さんと

左から、城間栄順さん、城間栄市さん、バイヤー野瀬

バイヤー野瀬:栄市さんの魅力は、幻想的な色彩の世界だと思います。とくにブルーの使い方がとても好きです。単色でも配色のバランスにしても、決して地味ではないけれど、品の良い重厚感がありますよね。

栄市さん:本来紅型は王様の装束だったから、どれだけ豪勢で目立つかが重要でした。だから色使いも強烈。鮮明であることが当然でした。

藍型の挑戦にも意欲的な栄市さん

栄市さん:それを父が着物に取り入れた時、伝統の装束ではなくファッションとして着てもらうために、色のコントラストを控えたんですね。

昔ながらの琉球紅型には赤が絶対に入っています。でもうちではそれを我慢しています。

バイヤー野瀬:京都や東京からするとその落ち着いた華やかさがちょうどいいんですよね。でもいわゆる伝統的な紅型からすると、大分おとなしいですよね。色は現代に寄り添う、ということですか?

藍型の見本を見ながら

栄市さん:そのあたりのバランスはとても難しいと思っています。時代の流れやお客さまのことを考えつつ、でも琉球らしさが消えてしまうこともしたくないんです。

バイヤー野瀬:その絶妙なバランスが栄市さんの作風になり、これからの『城間びんがた工房』の色になっていくのでしょうね。

栄市さん:日々、葛藤しています。着ていただくことを考えつつ、琉球らしさは必ず入れるようにして。我慢はするけれど、琉球を諦めたくはありません。

バイヤー野瀬:現代に寄り添おうとする優しさと、代々続く歴史を背負っていく覚悟。対極にある栄市さんの熱い思いが続く限り、琉球紅型と藍型の可能性は広がっていきますね……

栄市さんの新作がますます楽しみになりました!これからもよろしくお願いします。

撮影/田里弐裸衣 @niraiphotostudio

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