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短い夏だからこそ 〜素材を楽しむ、織の着物〜 「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第二夜

短い夏だからこそ 〜素材を楽しむ、織の着物〜 「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第二夜

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短い夏だからこそ、味わえるものがある。例えどんなに暑くても、これが着たいからがんばるか……暑いけど!という気にさせてくれるくらいの魅力に溢れた夏素材の数々。

短い夏だからこそ。

絽、紗、羅。

いわゆる、着物初心者向けのマニュアル本を制作する際に「夏の素材」として取り上げられるのは、せいぜいこの辺りでしょうか。

夏は短いし、着ない人も多いし、そうそうページ数は割けないし…などなど、何とも夢のない大人の事情により、さらりと触れる程度で終わっていることが多いかと思います。
(まぁそれも残念ながら、事実と言えば事実ではあるので致し方ないことではあるのですが)

絽も紗も、いわゆる柔らかもの(染めの着物)なので、どちらかと言えば完全な普段着というよりはフォーマル寄り。私自身はと言えば、夏は織物を着ることが多く、下手をするとひと夏の間、絽も紗も袖を通さないこともあるくらい。

当然のことながら、着る人のライフスタイルにより、着用頻度の高低は変わってくるものですが、これから着物を着てみようかという方に夏の着物としてご紹介するのがフォーマル、浴衣の両極端なアイテムのみというのは、ちょっともったいない話だなと思うのです。

お茶などのお稽古をなさる方は、柔らかものの着用機会も多いことでしょう。
ただ、そういったお稽古など用ではなく、単に好きで着ているだけの私としては、夏の素材の魅力は、普段着の部分により多くあるような気がしています。

…とはいえ、波や流水、朝顔、秋草、貝や魚といった、夏にしか味わえない風情あふれるモチーフを描いた絽や紗の染めは、やはりとても優雅で美しく捨て難いので、主に帯で堪能することにしていますけど。

織の着物、いろいろ

蝉の翅(はね)にも喩えられる明石縮や、ひんやりと冷たく軽やかな上布、しゃりっと衣擦れの音も涼やかな紗紬など、夏の織の着物は、ものによって透け感や素材感がさまざまです。

夏は暑いから着物は着ない!という方も多いと思いますが(まぁその気持ち自体は否定しません…私もそう思うことありますし)、ただ、それを凌駕する魅力のある素材が多いのもまた事実。

例えば、上布。よく知られた「雪晒し」や「海晒し」「砧打ち(きぬたうち)」などの工程を経て生み出される独特の素材感は、これが着たいからがんばるかーーー暑いけど!という気にさせてくれるくらいの力を持っている。
そんな気がします。

本場小千谷縮絵羽・超極細緯140番手使用「暈し市松」
本場小千谷縮絵羽・超極細緯140番手使用「暈し市松」

先程もちらりと触れましたが、私自身は夏はほとんど織の着物。

滅多にないのですが、式典や結婚式など、正装をしなくてはならない場合はもちろん染めの着物を着ますが、そうでない場合は麻(上布や縮)や夏紬、夏お召などがほとんどです。
もっと軽くて良い場合は、絹紅梅や無地感覚の浴衣に名古屋帯。

理由は、単純に着心地が良いから。

適度なハリのある織物は、肌にぺったりと張り付かず、身体から少し離れて空間を作ってくれるので、着ている間も快適です。

柔らかものの紗のような、本当にシースルーといった感じの透け感を持つものもありますが、それほど透け感が強くない紬であれば、単衣の時期から夏を通して長く着ることができ重宝します。

入門本には、透けの強いものは盛夏のみ、と書かれていることが多いですが、そうなるとただでさえ短い夏の、その中でもかなり限られた期間しか着られないことになってしまいますよね。
種類がそれほど多くなく、わりとわかりやすい絽や紗などに比べ、ものによって透け感も素材感もまちまちな織の着物は、着る時期を曖昧にしやすい、という利点があります。

現代のこの暑さでは、6〜9月を通して“夏”と考えたいところですから、透けの強いものは、その透けを活かした着こなしで初夏から盛夏、初秋までの夏の期間を、目いっぱい楽しんでいただきたいと思います。

ちなみに、それほど種類が多くなく…とは書きましたが、それは現代ではあまり見かけなくなっただけであって、かつては絽にも色々と種類がありました。
絽目の間が広い段絽(だんろ)や、絽目が縦に配された竪絽(たてろ)などは、普通の絽より透け感が弱いため、かつては単衣扱いとされていましたが、現代では、同じ絽として6〜9月OKとも認識されているようです。絽と紗の生地が市松や縞状に織られた紗絽(絽紗とも)など、ちょっと面白い素材も、数は多くはないですが作られてはいます。

また、紗の中でも、紋紗など透け感の弱いものは、同じく6〜9月通して使えるので便利です。

暈し染め紋紗着尺「切子七宝」
暈し染め紋紗着尺「切子七宝」
暈し染め紋紗着尺「切子七宝」
暈し染め紋紗着尺「切子七宝」

長襦袢との相性はとても大事

これは夏だけではなく通年で言えることですが、重ねて着る衣服である着物は、素材同士の相性、というものが着心地や気姿の美しさ(着崩れの少なさ)をかなり左右します。

裏地がないため、体の動きが生地の動きに直結する夏ものは特に着物と襦袢の相性が大切なので、織の着物には麻の襦袢がおすすめ。
絽の襦袢だと、織の着物との馴染みがあまり良くないので、着物地から離れ汗で肌にはりついてより暑さを感じますし、また長襦袢の袖がはみ出す原因にも。

肌と襦袢との間に、そして襦袢と着物地との間に空間をつくることで、麻の持つ通気性と放湿性がより発揮されて、着ている間の快適さを保ってくれます。
(冷房をきんきんに効かせた部屋で、生地の間に冷気をはらむように着付けて出かけたら、帰宅するまでなんとか頑張れる……気がしません?笑)

暑がりだから一年中麻の襦袢を愛用、という方も多いようです。
その場合は、しっかりと色の付いた襦袢だと袷の下に着ても違和感がないので白の襦袢以外に色ものもあると便利です。 
下に着るものだから、と思っても、意外と袖口などは目に付きますから真冬に白の麻だと、さすがにちょっと寒々しい。

夏はどうしても汗をかきますし、白いものはこまめにケアをしていても何年かするとやはり黄ばんできたり、シミができてしまったりするのは仕方ないこと。

そうなってしまった麻の襦袢、私は濃い色に丸染めにしています。解いて染め直すとなるとなかなかの費用がかかるので、どぼんと浸けて一色に。捨てるにはまだ使えるからちょっともったいないな、という場合におすすめの方法です。
丸染めすることで、生地もよりしなやかになりますし。

私は悉皆屋さんにお願いしていますが、コーヒーや紅茶、家庭用の染料などでご自分でなさる方もいらっしゃいますね。
あくまでも自己責任ですが、おうち時間の長い今、試してみられると新たな楽しみが見つかるかもしれません。

例えば、深い藍地に矢絣縞が織り出された能登上布。

初夏〜盛夏には、濃色に白を透かして、より涼感を増す着こなしで。

初夏〜盛夏には、濃色に白を透かして、より涼感を増す着こなしで。
鮮やかな大輪の朝顔が夏の陽射しに映える、こんな後ろ姿の女性が街にいたら思わずついて行ってしまうかも。帯前には、釣瓶の帯留でも添えましょうか。

お盆を過ぎたら、色のある襦袢を合わせて透け感を抑えた着こなしに。

お盆を過ぎたら、色のある襦袢を合わせて透け感を抑えた着こなしに。
虫の音が聞こえてくるような、秋の気配を感じさせるコーディネート。
露に見立てた水晶や硝子玉、月のイメージの帯留などが映えそうです。

自然布の味わい

夏の素材の中でも、芭蕉布やしな布などに代表される自然布(原始布、古代布とも)のプリミティヴな魅力は独特のものがあります。

三大原始布と言われる芭蕉布、しな布、葛布。(これに藤布、楮布を加えて五大とも)

綿が衣服の素材の主流となったのはかなり近年のこと。それ以前には麻、そしてもっと古くにはこれらの植物だけではなく、その土地ごとに存在するさまざまな植物の皮や繊維を用いて、身につける布が作られていました。

古代機・楮織 二代目吉平・小田島克明 経緯楮織八寸名古屋帯
古代機・楮織 二代目吉平・小田島克明 経緯楮織八寸名古屋帯

数多ある植物布の中で、現代にもその魅力を伝えてくれている、自然の恵みをそのまままとうような、ある意味とても贅沢な帯たち。

この中で唯一、芭蕉布は着物もありますが、一度でも座ったり屈んだりするときつくシワになってしまい裾が思いっきり上がってしまうので、出かけてから帰るまで一度も座らない状況でしかおすすめできません。(そんな状況はちょっと現実的ではないですよね)

芭蕉布の着物、もちろん本当に素敵だし、貴重なものなのですが、やはり暑いところで、裾が短くなろうがシワになろうがまったく気にならない環境で着るのがいちばん似合う着物なのではないかと。
都会では、その魅力が発揮しきれないような…(あくまでも個人的意見ですが)芭蕉布においては帯の方が、よりその魅力を堪能できる気がします。

自然布のコーディネート

越後上布と藤布

自然布の中でも特にしなやかな締め心地と、自然のままの柔らかなニュアンスのある色合いを愛おしみたい藤布の帯。
帯周りはナチュラルな色使いでまとめて、優しい雰囲気に。

越後上布と科布

小さなギャラリーで開かれる友人の個展や、美術館に足を運ぶなら、こんな個性的な帯を合わせて。
長襦袢や帯留などの小物に、着物の格子柄にも使われている鮮やかな翡翠色をセレクトするとよりモダンな印象に。

織の着物を着るときに

涼しく着心地の良い、夏の織の着物。
とはいえ、もちろん良いことづくめというわけにはいかず、デメリット?と言いますか、気を遣いたい点もいくつかあります。

例えば、素材にハリがある分、ちょっと嵩張って見えてしまったり。
がっちりしっかり補正をするタイプの方だと、身体がゴツく見えてしまうのは否めないので、それを避けるためには少し補正を薄くするとか、また、単純に暑いという問題もあるので夏場はいっそ補正無しという考え方もありではないかと思います。

最近出た着物雑誌の中で、日本映画の中の着姿を再現するという企画があり、久しぶりにじっくりと映画を見直しました。
原作も映画も大好きな『流れる』をはじめ、着物が日常着だった頃の着姿は、補正もしておらず豊満な身体は豊満ななりに、痩せている方はそのままざっくりとまとうように…でも、とても美しいんですよね。
結局は身のこなしなんだよな…と、改めて。

姿勢、そして所作。

実際、これだけで、かなりの着崩れが防げます。
これらが身についている方は、かなり無理な動きをしたとしてもそうひどい着崩れはしません。
逆に言えば、これらができていないと、どんなにしっかり補正して綺麗に着付けをしたとしても、動けば着崩れるということ。

所作をいきなり身につけることは無理でも、姿勢だけならすぐに意識することができます。

まず肩の力をぬいて、軽く胸を張り肩甲骨と肩甲骨を寄せて、下げる。
お腹が出ないように重心を丹田(おへその下あたり)におく意識でお尻を締め、骨盤を立てる(ヨガの基本姿勢と似ているので、ヨガをされている方はイメージしやすいかも)。

上半身は力を抜いて、腰骨の上に乗っているだけ。
頭のてっぺんを、糸で釣られているようなイメージです。
歩く際は丹田の位置が水平に、立ち座りの際は丹田が垂直に動く。
それが自然にできると、体の動きに無駄がなくなるので見苦しく着崩れることがなくなります。
多少崩れても、身体に沿って緩むだけなので自然で見苦しくないですし、さりげなく直せる程度の崩れで済みます。

襟元が崩れるのはどうすれば良いか、というお悩みを聞くことが多いのですが、この姿勢をキープできれば、それだけで、かなり襟元の崩れが少なくなるはず(慣れないうちは、背中が筋肉痛になると思いますが)。

猫背だと、本当にあっという間に襟元が崩れるんですよね。
そしてせっかく抜いた衣紋が消えてしまうのも、猫背などの姿勢が原因であることが多いです。

着崩れについてお話ししてはいますが、あくまでも着物は着るもので、しかも夏の暑い時期ですから汗もかきます。着て動けばシワができ、崩れるのも自然なこと。それは洋服でも同じ。
ただそれが、身に馴染んだ美しい崩れ方であれば良いだけだと思うんですよね。そういう崩れは、決して見苦しくは見えないですから。

また、この姿勢が保てると、襟元が整うと同時に少し撫で肩に見えます。
肩幅が広いのが気になる、という方も、ぜひ意識してみてください。
私自身も、肩の厚みは悩みのタネなので、着物のときはこの姿勢を保つように意識しています(たまに気が抜けて緩みますが…)。

ちなみに、立つときは、先程の姿勢を保ったまま、足の裏の母趾球(ぼしきゅう:親指の付け根のふくらみ)で立つよう意識すると、ほんの少し、前に重心がかかると思います。

着物の時は、後ろではなく前めに重心がかかった方が立ち姿が綺麗なので、写真を撮る時だけでも、意識してみると写る姿が変わると思います(前のめりになり過ぎるとさすがに変なので、やりすぎには注意です)。

着ている間の暑さ問題を考えても、補正はできるだけ少ない方が涼しくて楽じゃないかなーと、私自身は思っています。
胸の大きい方は、やはり押さえた方がすっきりとして綺麗ですが、足していく補正は、夏場はなるべくなら少ない方が良いのではないかと…。その方が、着ているご本人も快適でしょうし。

付かず離れず、緩やかに程良い距離感で身体に添い着物の内側で、自然に身体が呼吸している。
そんな着姿が、私にとっては理想です。

下半身はきりりと、上半身は程よくゆったりと。
決してだらしなくはなく、すっきりしているのに、苦しそうじゃない。(なかなか、そう理想通りにはいきませんが…)
補正をまったくしないで、その人に身体なりの着付けで、綺麗な(何をもって綺麗、とするかは悩ましいところですが…シワひとつないことを良しとするなら、どうしても必要な補正もありますしね)着姿を保つには、姿勢や所作が不可欠になってきます。

(姿勢が)保てて
(見苦しく崩れない)所作ができて
(構造がわかっているから、崩れても)直せる

身に馴染む、着慣れている、というのは…きっとこういうこと。

とはいえ、これまで、わりとがっちりと補正をしていた方が、いきなり補正なしで着るというのも勇気がいることだと思いますので、モノは試しで、補正無しの着付け(もしくは少し減らしてみて)自宅で1日過ごしてみるというのはいかがでしょう。

身体への補正をしないことで、気になる着崩れなどの部分が姿勢だけでどこまでフォローできるかを試してみる良い機会と捉えて。
これもまた、新しいおうち時間の使い方として有益ではないでしょうか。

何やら長くなりそうなので、今回はここまで。

「透けの強いものは下に着ているものも透けちゃうから長襦袢の着付けを気にしないと…」とか(これは紗なども同じですが)、夏の快適な下着や着付け、小物の素材のお話などなど…

続きは、次回第三夜に。

コーディネート撮影/スタジオヒサフジ

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