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京菓匠 甘春堂 7代目当主・木ノ下 稔さん

京菓匠 甘春堂 7代目当主・木ノ下 稔さん

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創業慶応元年の老舗「京菓匠 甘春堂」7代目当主・木ノ下 稔さん。伝統の技術を暖簾に伝えながら、各代が得意なものを生み出してきた同店が大切にする、ものづくりと向き合う姿勢について伺いました。

甘春堂の『水無月』

6月の京都に欠かせないお菓子の代表格『水無月』。早い店では春先から店頭に並ぶ一方で、「夏越の祓」当日の6月30日にしか作らないというお店もあり、それぞれにこだわりが感じられるお菓子です。毎年決まった店でという方も、「今年はどこの水無月にしようかな」という方も、はたまた水無月を初めて食べるという方にもおすすめしたい老舗の一品をご紹介します。

本店からほど近い東店で水無月づくりの現場を見せていただいたのち、インタビュー取材に移ろうとすると、「他のご当主みたいに着物姿にはなれませんけど…」ともう一品、生菓子を作ってくださった木ノ下さん。

何かと縁の深そうな着物と京菓子。
京都で伝統産業に携わるつくり手としての想いを伺いました。

伝統を支える「運・鈍・根」の人

甘春堂作業風景

「着物を着る機会は少ないのですが、やはり和服に袖を通すと気持ちがシャンとしますね。花街に近い場所柄もあって、着物姿の方を目にすることは多いですし、日本画ですと上村松園の和服の美人画は昔から好きなんですよ」と話しながら、手元の生地を伸ばしていく。

出来上がったのは『夏姿』という練り切り。

甘春堂作業風景

朝顔柄の浴衣の袖をひらひらさせて歩く少女。
甘く懐かしい夏の想い出のような繊細さに目が奪われます。

染めぼかしの袖のグラデーションは、三色に色分けされたこしあん生地を何度も伸ばしては畳んで、を繰り返すことによって生み出されたもの。

甘春堂作業風景

「パッと見より、根気のいる工程のあるお菓子なんです。でも、手間をかけて色の表現を調整するのは、着物の反物を染めるのもきっと同じですよね」

根気といえば、と木ノ下さんがふと思い出したように教えてくれたのは、現会長であるお父様から幾度となく聞かされたという「運・鈍・根」という言葉。

「息の長い職人に必要なのはこの3つ。巡り合わせ、愚直さや未熟さ、粘り強さ。その要素のどれかがなくては、というのが昔から父の口ぐせでした。僕ですか?運だけは良いんですよ」

甘春堂七代目・木ノ下稔さん

元々、家業を継ぐつもりはなかったという木ノ下さん。
中学生の頃から手伝いをしていましたが、当時させてもらえる仕事といえば、箱折り、箱詰め、袋詰め、配達といったものばかり。

「勉強が嫌いで中学校に行きたくないって言ったら、『じゃあ、働け』ってことで。でも、1日中箱を折ってばかりでは面白くもなんともないですよね。結局、2週間で学校に戻りました」

甘春堂七代目・木ノ下稔さん

「知りたい」で人は成長する

大学卒業後は東京でエンジニアとして働いていたところ、ご本人曰く「やらざるを得ない状況になり」京都に戻って家業を継ぐことに。

最初はやるべきことが山積みで必死だったので、この仕事を楽しいと思えるようになるまでは7〜8年かかったそうです。
今ではお父様以上に「職人とは」という信念が会話の端々に顔を覗かせるほど。

「世間一般では和菓子に限らず、ものを“作れる人”のことを職人とする印象がありますが、僕は作れるだけやなくて、ものを“知っている人”がほんまの意味での職人やと思てます」

職人の職という字は「耳」と「戠(戦いを意味する)」から成り立つ、「戦いの成果を聞いて記録する様子」を表す形成文字。耳でいろいろなことを聞くから、職業の意味を表すようになったともいわれています。

甘春堂七代目・木ノ下稔さん

「知る、といっても、ただ聞きかじって知っている人と、知見を得た上で実際に経験をし、本質を掴むまで反復する人では全くレベルが違います。

先ほどの運・鈍・根の話になりますが、鈍には鈍い、愚鈍などあまり良いイメージがないかもしれません。ですが、己の未熟さを知る人は愚直なまでに同じことを繰り返すことができます。

要領よくコツを掴んで出来た!出来た!とすぐに思う人は本質までたどり着かないのではないかと父はよく言っていました」

確かに、ベテランの職人ほど「まだまだ修行中です」というが、きっとそういうことなのだ、と得心する。

知りたい、というのは、良いものを作りたい、にも通じると語気を強める木ノ下さん。

「実は干菓子を打てる若手職人がウチにはいなかったので、若手の中から干菓子を打てる後継を育てようと考えたことがありまして」

甘春堂商品

新たに干菓子作りを学ぶことになったのは二人。

一人目は新人の職人。
つきっきりで教えてはいるものの、1年かけてもなかなかいい出来に仕上がらない。そうこうしているうちに、ある時、70代のベテラン職人が体調を崩し2週間ほど休むことに…!

そこで、見かねた中堅の職人が「自分に教えてもらえませんか」と名乗りをあげたそうです。

「当然、中堅の職人の方が技術や経験が上だったというのもあるのですが、良い商品を作りたい、自分がなんとかしなければという気持ちが強かったからでしょうか。

お干菓子に関しては彼も未経験だったにも関わらず、吸収のスピードが100倍くらい違うんです。やはり気持ちが入っているか入っていないかは商品の出来の良し悪しに顕著にあらわれるなと再認識しました」

甘春堂干菓子の型

知りたい。好きだ。うまくなりたい。

その想いがあるものに対しては、どんなに忙しくても優先的に時間を作って取り組むことができるというのは、思い当たる節がある人も多いのではないでしょうか。

金魚の落雁

旬の食材を取り入れるだけでなく、見た目の季節感も大切にする和菓子の世界。季節を少しだけ先取りするところも、きものと通ずる心があります。共通する意匠やモチーフを通して、昔から大切にされてきた人々の想いに触れてみませんか。 今回は「甘春堂」で見つけた金魚のお干菓子をご紹介します。

「それは何の役に立つか」と問う勿れ

甘春堂作業風景

ものづくりについての考えを伺うと、
定石にとらわれていてばかりではいけないけれど、定石が打てないのはもっと駄目!
基礎の上にしか応用の引き出しは作れないのだから、と木ノ下さんはきっぱり。

では、応用の引き出しはどう作るのでしょうか。

「何が何とどうつながるかは誰にもわかりません。でも、いつかつながることがあるんです」と例にあげたのはスティーブ・ジョブズ氏の伝説のスピーチ“Connecting the dots”(コネクティングドッツ)。

元々IT企業で働いていた木ノ下さんらしい視点です。

甘春堂七代目・木ノ下稔さん

スティーブ・ジョブズ氏は学生の頃、「カリグラフィー」という美しい書体で文字を書く授業に興味を持ち、講義に潜り込んでいました。
その時は、この授業がどのように役に立つかはわかっていませんでしたが、のちにMacのパソコンを開発していく中で、モニターに浮かび上がる文字の美しさがいかに人間の視覚認識に重要かということに彼は気づきます。

その時、脳裏に浮かんだのが学生時代のカリグラフィーの授業です。
「点と点(ドット)がつながった」瞬間でした。

世界中のパソコンにフォントという概念が生まれたのは、彼の興味本位の経験によるものですが、同時にものづくりのルーツは人づくりにあるともいえるエピソード。

だからこそ、若い人たちには「役に立つかどうか」ではなく、「自身が無心で打ち込める好きなこと」に挑戦して欲しいのだと木ノ下さんは声を弾ませます。

「それが結果的に物事の最短ルートだと思うんです」

とはいえ、昔のように会社もドーーーンと構えてゆっくりと成長や結果を待ってくれない時代。寄り道をするのがためらわれる気持ちにも理解を示します。

甘春堂七代目・木ノ下稔さん

「あれもこれもと手を出すと、個々にかけられる時間は短くなります。そのため、どれも本質に到らず中途半端なまま終わってしまうかもしれないわけですからね」

しかし、その解決の鍵も自身が寄り道したIT業界からヒントを掴んでいるようです。

「デジタル技術は和菓子には縁遠いと思われる方もおられるでしょうが、ロジカルに物事を解析していく研究方法を活かせば、肌感覚で習得するのに5年かかることを1年半くらいに短縮することも可能になるかもしれないと思てます」

たとえ「1ヶ月後に死ぬ和菓子職人」だとしても

「僕、やる気スイッチとかモチベーションは幻想やと思てるんです。今は時間がないから時間のある時に…って後回しにすることもよくあると思うんですけど、自分の好きなことはどんなに忙しくても寝る間を惜しんでやっていません? 好きという情熱の前には、やる気もモチベーションもあまり必要ない気がするんですよね」

結局は、「好き」か「嫌いか」。
「やりたい」か「やりたくない」か。もしくは「やらざるを得ない」か。

「僕もやる気に満ちて始めた仕事ではないから偉そうなことは言えないんですけど。やらざるを得ない状況になって、この仕事を始めて、していくうちに好きになったから今も続けられているのかなって思いますね」

甘春堂作業風景

「例えば1ヶ月後に地球が滅亡するとか、余命が1ヶ月だとしても、今ある仕事を押し退けてまで他のことをしたいとは思わないです。きっと、今の毎日と同じことをするんじゃないかな」

それほどまでに好きな仕事を見つけられて、そこに自分の人生経験を活かすことができるというのは、相当ラッキーだと思うのですが、そういえば「運・鈍・根」の運だけはあるのだと仰っていましたね!

目の前のそれを運だと認識できる能力、それこそが強運の持ち主たる所以なのかもしれません。

甘春堂七代目・木ノ下稔さん

撮影/スタジオヒサフジ

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