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水無月、浴衣が紡ぐ先人の知恵 「現代衣歳時記」vol.5

水無月、浴衣が紡ぐ先人の知恵 「現代衣歳時記」vol.5

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夏祭りに着るもの、というイメージがある浴衣。短い期間しか着れないからと購入を躊躇う方もいるかもしれません。京都祇園の禅寺に生まれ、東京でサロン「enso」を主宰する伊藤仁美さんによる連載「現代衣歳時記」。今月は平安時代から受け継がれる浴衣の源流と、長く楽しめる浴衣の着方について教えていただきます。

日常着として、私たちの生活に寄り添う浴衣

夏の風物詩の一つである「浴衣」。

着物よりも手に入りやすく、価格帯もグンと抑えられることもあり、おそらく世界中で最もたくさんの人に着られている和装と言えるでしょう。ただ、どうしても浴衣=お祭りに着ていくものというイメージがあるので、7月〜8月だけしか着れないのならレンタルで済ましてしまおうと思っている方も多いのでは?

しかし、実をいうと浴衣はお祭りのために作られたものではないのです。

日常着としての浴衣
photo by 水曜寫眞館

浴衣の起源は、貴族文化が栄えた平安時代まで遡ります。

当時、お風呂といえば、現代のように湯船に溜めたお湯に浸かるのではなく、一般的だったのは「風呂殿」と呼ばれる蒸し風呂でした。そこで貴族の方は身体を温めていたのですが、肌が火傷しないように着用していたのが「湯帷子(ゆかたびら)」です。

麻で作られたこの布が、浴衣(ゆかた)の原型と言われています。

そして、安土桃山時代になると入浴方法が今と同じような形になり、湯帷子は湯上りに肌の水分を取るタオルのような役目を果たすように。それが江戸時代には庶民に広く普及し、素材は麻から綿へと変化していったのです。

こうしてみると、「外」ではなく「内」で着用される日常着としての浴衣が浮かび上がってきます。

私は毎年5月〜6月頃から、日常着として気軽に浴衣を着用しています。

浴衣は麻や木綿でできているからすぐ乾くので水仕事もしやすいし、何より肌触りがいい。息子は肌が弱く、素材によっては荒れてしまうこともあるのですが、浴衣だと安心して触れ合うことができるのです。

肌にも優しい天然の素材
photo by 水曜寫眞館

サステナブルな浴衣に込められた“先人からのメッセージ”

臨月まで着ることができる浴衣
photo by 水曜寫眞館

浴衣を着ていると、「衣装と生活は密着している」ということを実感します。短期的に見ても浴衣は前合わせなので、お風呂上がりに走り回る息子を摑まえる時も、急な来客があった時も、パパッと羽織ってすぐに対応することができる。

また多くの人が訪れる温泉旅館に置いてある浴衣がワンサイズなように、浴衣は色んな体型の人に合うよう作られているのです。

私は息子を妊娠している時も、浴衣を着用していました。わざわざマタニティウエアを買わずとも、前合わせを調整するだけで臨月まで着ることができます。

もともと浴衣や着物は、年齢を重ねる毎に変化していく女性のライフスタイルに順応したサステナブルな衣装であることがわかりますね。

一反の布をパーツ毎に切り分けて着物や浴衣を仕立てる時、実は1mmの無駄も出ないことを知っていますか?

洋服を作る時にはどうしても捨てなければならない生地が出てしまいますが、着物・浴衣の場合は縫い合わせを解いてプラモデルのようにくっつけると、また無限の可能性を秘めた一反の布に戻るのです。

だからたとえ衣装として着なくなっても、羽織や帯に仕立て直したり、鼻緒やバック、クッションカバーに姿かたちを変えてアレンジすることができる。浴衣の生地はサラシのように使いやすいので、もしかしたら最後はお掃除に使う、なんていう方もいらっしゃるかもしれません。

浴衣は女性のライフスタイルに寄り添う
水曜寫眞館

一説では、不要になった浴衣を“六つ”に切って赤ん坊の下着に使ったことから“おむつ”という言葉が生まれたと言われています。限りある資源を無駄にせず、最後まで使い切る。そんな先人からのメッセージに気づき、ドキッとさせられることもあります。

浴衣に名古屋帯を締めて
photo by 水曜寫眞館

浴衣も着方次第で、今の時期から秋にかけて長く楽しむことができます。例えば、浴衣の中にお襦袢を着けたり、下駄ではなく草履を合わせたり、名古屋帯を締めてきちんと帯揚げをする。浴衣を浴衣として捉えるのではなく、単衣の着物として使えば可能性が広がるのです。

夏場はちょっとした心遣いとして、私はカバンに足袋を忍ばせます。裸足では美術館やレストランといった落ち着いた場所や、人のご自宅に入りづらい時も、足袋をささっと履けば安心。

着物に興味はあるけれど、高いからちょっと……という方に浴衣はぴったりです。蒸し暑くなってきましたが、体温調節のためとも言われている身八つ口から風が入ってきますし、首元が空いているので涼を取ることも可能。浴衣は高温多湿な日本の気温に合わせて作られたものなのですね。

水急不流月(みずきゅうにしてつきをながさず)

傘を差して佇む浴衣姿の伊藤さん
photo by 水曜寫眞館

「川の流れがどんなに急であっても、水面に映る月が流されることはない。」

もう2021年も折り返しを迎えたように、時代は驚くほど早く過ぎ去ってゆきます。

川の水や魚が流れていってもそこに映る月だけが留まるように、どんなに便利な世の中になっても室町時代から受け継がれた“日常着”として私たちの生活に寄り添う浴衣の姿かたちは変わりません。

“衣”を通じて、先人の“心”と繋がる。着物ライフを楽しんでいる皆様も、この季節はぐんと過ごしやすくなる浴衣でいつもとは違う気分を味わってみてはいかがでしょうか。

文章/苫とり子

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