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葉月、マイナスを美に変える夏小物 「現代衣歳時記」vol.7

葉月、マイナスを美に変える夏小物 「現代衣歳時記」vol.7

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京都祇園の禅寺に生まれ、東京でサロン「enso」を主宰する伊藤仁美さんが日々を心地よく過ごすためのヒントを教えてくれる「現代衣歳時記」。今月は天気や気候が変わりやすく、蒸し暑い夏を乗り越えるための“小物”について。

過ごしにくい日を美に変える夏の小物たち

8月の夏空は変わりやすく、先ほどまでカンカン照りだったのに突然降り出す雨。予想だにしない出来事が雨雲のように心を覆い始めた時、私の呼吸を整えてくれるのが“夏の小物”です。

洋傘は骨数が通常8本に対し、和傘は30本以上。開くと末広がりの形になる
洋傘は骨数が通常8本に対し、和傘は30本以上。開くと末広がりの形になる
photo by 水曜寫眞館

手を滑らせると、ハジキ(止具)がポンッ。その瞬間、ほわっと木や竹といった自然素材や、防水加工のため和紙に染み込ませた植物性油の香りが漂う。

放射線状に広がる骨組みの美しさ、そっと触れた時の質感、耳に心地よく響く雨を弾いた時のパラパラとした音ーー
そのすべてに五感が刺激され、先ほどまで騒ついていた心が落ち着いていきます。

以前はビニール傘を使っていた私も、着物を日常着としている今ではすっかり和傘の虜です。傘を閉じた時も水が滴り落ちることなく雨を弾いてくれる機能性はもちろんのこと、見た目や佇まいの美しさにうっとり。

 
 

そしてもう一つ、夏のアイテムとして欠かせないのが扇子。私の一番のお気に入りは紋紗の生地で作った扇子です。

紋紗とは、紗地に文様を織り出した薄く透き通る絹織物。通気性もよく、扇げば涼しげな風が流れてきます。落ち着いた色味で、どんなスタイリングにも合う優れものです。

紋紗の生地で作った扇子
photo by 水曜寫眞館

ところで、扇子の美しい使い方はご存知でしょうか。

4本の指が相手に見えるように扇子を軽く持ち、指を揃える。肩肘は張らず、和装の場合は袖口から風を送ります。こうすれば、隣にいる人の顔に風がかかることもありません。

四季がはっきりしていて、夏は特に高温多湿な日本の気候。和傘や扇子はどちらもそんな条件下で生まれたものです。

ともすれば、過ごしにくい日でも知恵によってそれを美しさに変えていく。そんな先人の息遣いを夏の小物には感じます。

丁寧に選ぶことで得られる審美眼

伊藤さんとお気に入りの和傘
photo by 水曜寫眞館

つい先日、ずっと大事にしていた和傘を台風の日に壊してしまいました。購入した店舗に「修理はできますか?」と伺いましたが、ここまでくると難しいとのこと。何かにリメイクしようと思いましたが、それも叶いません。

そうして、ようやくこの和傘とお別れすることを決心しました。

もちろん少し背伸びをした高価なものだったこともありますが、私は和装に関する衣服や小物ですぐに捨てようと思うことはありません。経年変化を楽しむことが“当たり前”となり、本来の用途で使用できなくなった時も、まず何か他に使えないかを考えます。

私が着物を大人の女性におすすめするのは、モノを選ぶ直観力や審美眼が養われるからです。それを着て行く場所や会う人のことを考えながら着物や帯の柄から、長襦袢、帯締めの色まで一点一点とても丁寧に選ぶようになる。だから自然と見る目が鍛えられてくるんですね。

でもモノを選ぶ時に何より重要なのは“ときめき”。パッと心が踊るような、自分に新しい世界を見せてくれるような……そんな出会いを大切にしてほしい。

私はいつも「ちょっと頑張らなきゃ使いこなせないな」と思うようなモノを選ぶようにしています。そうすればそれが似合う自分になりたいと思うから、美しさが磨かれていくような気がするのです。

扇子を持つ美しい佇まい
photo by 水曜寫眞館
帯にさした扇子
photo by 水曜寫眞館

大切に和傘も何年、何十年とそばで私のご機嫌を作ってくれました。

竹、木、和紙とすべて燃える素材でできている和傘。最後まで責任を持ってモノと向き合う。その美しさにほっと心を撫でられ、「ありがとう」と感謝しながら別れを告げました。

昨日雨今日晴(さくじつはあめこんにちははれ)

雨上がりの一コマ
photo by 水曜寫眞館

「昨日降り続いた雨は止み、打って変わり今日は晴れ。そんなありのままの自然を受け入れ、今すべきことを為す」

先人たちは自然と共に生き、その中で心地良く過ごすためのアイテムを生み出してきました。雨の日も晴れの日も、どう捉えるかは私たちの心次第。

お気に入りのモノをそばに置き、呼吸をととのえたら、何気ない日常に美が溢れている事に気づくかもしれません。

文章/苫とり子

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