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水無月、紗合わせのモアレ 「現代衣歳時記」 vol.1

水無月、紗合わせのモアレ 「現代衣歳時記」 vol.1

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京都祇園の禅寺に生まれ、東京でサロン「enso」を主宰する伊藤仁美さん。一児の母でありながら着物を日常着として暮らしておられます。移ろいゆく季節の中、着物を纏い五感の美を暮らしに取り入れることで心地よく豊かに過ごすヒントを綴る…美しい禅語とともに語られる新連載をお楽しみください。

着付け写真

雨に萌ゆる緑が風情を漂わせる朝。
窓をそっと開けふぅーと深呼吸する。
朝の新しい空気と雨の匂いが部屋の中に漂いはじめ、ゆっくりと目を閉じると雨の音がポツリポツリと大きくなっていき、一定のリズムを刻み出す。
クローゼットの横に立ちもう一度深い深呼吸をしたら、今日を共にする着物を選びながら1枚1枚丁寧に纏っていく。
それは梅雨空の景色と自分の内側がまるで一つの音楽を奏でながら一体化していくような。
肌と生地の触れ合いを愉しみながら、今日という日に想いをこめて。
着ることは祈り。
こうして新しいいちにちがはじまりを告げます。

着物を日常着にする前の私はというと、気に入らない洋服を着て出かけようものなら、ショーウィンドウに映る自分を見るたび落胆し、途中で着替えに帰るなんてこともしょっちゅうありました。
その時は流行を追いかけ、お洒落はがまん!と背伸びをし無理をしていたものです。

猛スピードで移り変わる流行についていくのに精一杯で、自分に自信がなくなり途方に暮れていた時に着物に巡り会いました。
流行もなく世代を超えて愛される着物に希望を抱き、足りないモノを埋めていくかのように夢中で着物を着るようになりました。
そうする事で、だんだん肩の力が抜け自分が美しいと思うモノを自分で判断できるようになり、装うことに無理しなくても良くなったのです。
そして自分に自信が持てるようになり、周りへの気持ちにも余裕が出てきました。
20代後半で一生追い求めたい美意識に巡り会えた事に感謝しています。

暦は「芒種」から「夏至」へ移り、夏に至ると書きますが梅雨の真っ只中。
大地が瑞々しくエネルギーに満ち溢れる時期です。

このごろの私自身の一番の愉しみはなんといっても紗合わせを纏えること。
風が吹くたびに、身体の上をスルスルと生地が滑り、紗合わせ独特の生地どうしが触れ合うことで美しいモアレが浮かびあがる。
とどまることなく刻一刻と形を変え、心地よい音を奏でながら肌の上で滑りながら踊る。
そのさまを時間を忘れて見惚れてしまうこともあるぐらいです。

紗合わせ(しゃあわせ)とは、絽や紗の生地の上に紗の生地を合わせた着物のことで、裏生地の模様が表の紗を通して透ける独特の景色をみせてくれます。
6月下旬に着用するのが季節感がありなんとも粋です。

2枚の生地をあわせて仕立てるので、生地と生地の間に空間ができ通気性と保温性を合わせ持ち、薄くて柔らかい皮に包まれるような心地さを味わうことができます。

先日「心理学では心地よさとは美しさの一種である」というお話を伺い、何となく感じていたことが腑に落ちました。
心地よい生地を纏い、今年もまたこの季節を健康に迎えられたことを全身で感じる。
こんな幸せな事はありません。

紗合わせのもう一つの愉しみは海外で着る事。
数年前ロサンゼルスに旅行に行ったときに、あるパーティーで紗合わせを纏って行くと「まるでドレスのようにエレガントで美しい」と現地の方に称賛のお言葉を頂きました。

海外での紗合わせ

海外だと季節のルールも飛び越えて楽しめること。気温が高い国でも肌に纏わり付くことなく通気性もいいので涼しげな顔でいられること。
シワになりにくく軽いのも旅には嬉しいものです。
海外の方でもお着物をよくご存知の方もいらっしゃるので、紗合わせは珍しいこともありコミニケーションにも繋がります。
パーティーの機会がある旅に準備しておくと、とても重宝してくれることでしょう。
本来なら着用時期の限られるお着物ですが、このように視野を広げると活用場面はかなり多くなるように思います。

青山緑水 (せいざんりょくすい)

「新緑映えわたる季節、雄大な自然にあって互いに耀き合い命をたたえ合う。
生きとし生けるものと水の自然から恩恵を得て、
生かされていることに感謝し、日々家の暮らしも穏やかであるかと問うてみる。」

禅写真

自然の恩恵を受け木々が美しく煌くように、私たちも母なる大地からチカラをいただき暮らしています。
様々なことが流れるように変化する日常の中で、これから先も変わらず感謝し暮らしの一つ一つを丁寧に心掛けていきたいものです。
「着る」ことも然り。

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