着物・和・京都に関する情報ならきものと

燃え上がる恋心、初夏を告げる”初音” 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.5

燃え上がる恋心、初夏を告げる”初音” 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.5

記事を共有する

初夏を迎え、草木や空の景色も移り変わってゆく今日この頃。感覚を研ぎ澄ませると新たな発見があるように思います。今回は、五感に訴えかける表現が印象的な二首をお届けいたします。

今年は梅雨入りも早く…
春先の空気感とはまた違う、花や緑のあふれる、自然を感じる時季になりました。

本コラムも5回目です。
いつも楽しみに読んでくださるみなさま、今回新しく出会って目を向けてくださったみなさま、ありがとうございます。
初夏を感じながら、いにしえのひとときをお楽しみいただけましたら幸いです。

5月から6月へ、今ご紹介する和歌

今回ご紹介するのはこちらの2首。

voiceかくとだに えやはいぶきの さしも草
さしもしらじな 燃ゆる思ひを

(51番・藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)『後拾遺集』)

voiceほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば
ただ有明の 月ぞ残れる

(81番・後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)『千載集』)

★クリックで歌の読みが流れます。ぜひ音声でもお楽しみください。

お灸のように熱く燃える「恋心」の歌と…
シンプルななかにも風情を楽しむ「ほととぎす」の歌。

一首目に登場する「さしも草」とは「ヨモギ」のこと。
ちょうど5月に旬を迎えるヨモギは、ヨモギ餅やヨモギ団子などで口にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私自身も子供のころには、よく家でヨモギ団子を作った思い出があります。綺麗な色と春らしい香りが印象的で、旬の時季になると思い出しては食べたくなります。

また、止血作用があることから治療薬草として使われたり、デトックス効果・美容効果、コレステロール値の改善や貧血の予防、体を温める効果が高いことから入浴剤としての人気、さらには韓国で民間療法と行われるヨモギ蒸し…と、ヨモギは大活躍の植物です。

この歌が詠まれた時代、ヨモギはお灸に使う「もぐさ」の原料でした。
「かくとだに」の歌は、”燃え上がるもぐさの火の熱さ”と”想いの熱さ”を重ねた一首です。

二首目は、初夏を告げる渡り鳥である「ほととぎす」から始まる歌です。
ホトトギスは、「キョッ、キョッ、キョッ」という独特な鳴き声が印象深いのではないでしょうか。
上の句では鳴き声を「聴覚」で、下の句では見上げた視線の先に映る月を「視覚」で楽しむことができる一首。シンプルながら、澄んだ情景が詰まっていて趣がありますね。

「嗅覚」「触覚」「聴覚」「視覚」と、五感を使って今月の二首を味わってまいりましょう。

一首目・熱く燃ゆるは灸か恋心か

【百人一首】かくとだに

voiceかくとだに えやはいぶきの さしも草
さしもしらじな 燃ゆる思ひを

(51番・藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)『後拾遺集』)

訳)これほどの想いだということも、私には言うことができません。
だからあなたは知らないでしょうね。伊吹山のさしも草のように、こんなにも燃えている私の想いを。

この歌の作者・藤原実方は、「百人一首」26番の「小倉山(※)」の歌を詠んだ貞信公(ていしんこう=藤原忠平(ふじわらのただひら))の曽孫です。

実方は多くの女性と交際のあった貴公子で、清少納言の恋人であったとも言われています。また、光源氏のモデルの一人ともされています。

※「小倉山」の歌…「小倉山 峰のもみじ葉 心あらば いまひとたびの みゆき待たなむ」(26番『拾遺集』)

前回のコラムでご紹介した小野小町しかり、実方しかり…
歌の才があり、想いに強さがある人物が脚光を浴びてモテていたようですね。

逸話あふれる美女の嘆き、やんごとなき方の激しい恋の歌 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.4

季節の移ろいと、人との縁をより強く感じ入るこのご時世。時の流れを感じて歌を詠んだ絶世の美女と、恋人との再会を強く願い歌を詠んだ天皇の”濃い”人生と、”恋”にまつわるお話をお届けいたします。 心に残るひと時を一緒に過ごせましたら幸いです。

そんな実方には、有名な説話もあります。

お花見の最中に雨が降ってきて、みなが慌てて雨宿りをするなか

「桜がり 雨は降りきぬ 同じくは 濡るとも花の かげに宿らむ」
(訳:桜狩りにきて雨が降ってきた。同じことなら濡れるにしても桜の木陰に宿ろう)

と少しキザにカッコつけている歌を詠んだ実方。
風流心を称えられ大評判となりますが、これを聞いた藤原行成(ふじわらのゆきなり)は、

「歌は面白いけれど、実方はばかげていますね。」

と言って実方の不満を買ってしまいます。
この件をきっかけに、実方は殿上で行成と喧嘩…
行成の冠を叩き落したところを、一条天皇に目撃され「歌枕(うたまくら※)を見て参れ」と陸奥(むつ)守に左遷された、という話があります。

※歌枕…和歌に詠みこまれた名所

その後、実方は左遷された先で亡くなります。その知らせが京へ伝わると同時に、京都では奇妙な噂が流れはじめます。

毎朝、内裏の清涼殿へ1羽の雀が入ってきて台盤(食事を盛る台)の飯をついばんで平らげてしまう

それを見聞きした人々は、京都に帰りたい実方の怨念が雀に化けて出たのではないかといって、内裏に侵入する雀ということから「入内雀」または「実方雀」と呼ぶようになったそう。実方の怨霊の仕業といって大いに恐れたといいいます。

そんな実方が詠んだ熱い恋心を秘めた「かくとだに」の歌。
序詞(じょことば)(※)には、

「女にはじめてつかはしける」

とあり、実方が想いを寄せる相手にはじめて贈ったラブレターのようです。

※序詞(じょことば)…ある語句を導き出すために前置きして述べる言葉。枕詞と同じ働きをするが、5音(4音)とは限らず、2句ないし4句にわたる。

「胸に熱く燃える恋心」を「燃えるもぐさの火と熱」に重ね、相手に想いを伝えているのです。

またこの歌には、熱烈な想いとともに多くの技巧も凝らされていて実方の歌の力もあらわれています。使われている技巧は、

①「いぶき」は「伊吹(山)」と「言ふ」の掛詞(かけことば)(※)
②「いぶきのさしも草」は第四句の「さしも」を導く序詞(じょことば)(※上部注参照)
③「さしも草」は「燃ゆる」と「火」との縁語(えんご)(※)
④「思ひ」は「ひ」に「火」が掛かっている掛詞(かけことば)

※掛詞(かけことば)…複数の意味をあらわす言葉。
※縁語(えんご)…意味において縁のある言葉を用い、歌に情趣を持たせる和歌の修辞技法。

声に出してみると「さしも草」「さしも」「知らじな」とリズムも良く、心地よさを感じます。

それぞれの言葉に繋がりもあり、強い想いも表現されており、このような歌をもらったらとてもうれしいだろうなぁと思います。

ヨモギというと、日本の伝統色には「蓬色」がありますね。実際のヨモギよりもやや青みがかった色です。webのカラーコード「#616b07」も「蓬色」ですが、こちらは深い緑色をしています。
ヨモギは草木染めの原料として使うことができるそうで、煮出したヨモギの煮汁に染めたい布を浸すことで綺麗な緑色になるようです。

蓬色の着物や帯もありますね。
自然味ある色合いには落ち着きが感じられ、大人っぽさがあります。夏に向けて濃くなりゆく葉の色とも共鳴いたします。

色を思い浮かべながら歌を感じ、燃えるような想いをなぞる―
そんなお楽しみもいかがでしょうか。

二首目・風雅な「初音」を待つ平安貴族

【百人一首】ほととぎす

voiceほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば
ただ有明の 月ぞ残れる

(81番・後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)『千載集』)

訳)ホトトギスが鳴いた方角を眺めると、(その姿はなく)ただ有明の月だけが残っていたよ。

鳴き声の余韻と、まぶしい月明り。
情景をシンプルに詠んだ歌には、研ぎ澄まされた感覚があります。

初夏のころに渡来し夏を告げる「ホトトギス」。
独特な鳴き声で鳴き、「てっぺんかけたか」「特許許可局」などと聞こえるとされています。忙し気な鳴き声と同様に動きも俊敏で、「こちらで鳴いたかと思えばあちらで鳴いている」となかなか姿を見られず、その様子もこの歌から伝わってきますね。

ホトトギスは古くから多くの和歌に詠まれており、「不如帰」「杜鵑」「時鳥」「霍公鳥」「郭公」など、多くの漢字で書きあらわされるほか、「あやなし鳥」「くつて鳥」「うづき鳥」「しでのたおさ」「たまむかえどり」など異名も多く持つ鳥です。

ホトトギスの第一声「初音(はつね)」を聞くことが、特に風流だとされていた時代。
貴族たちは、眠気と戦いながら夜明けまで起きては「初音」を楽しみに待ち続けていました。

「やっと鳴き声が聞こえた!」と喜びを感じ、その方角を見るとホトトギスの姿はすでになく…有明の月だけが残っているという情景の歌。なんだか少し切なさも感じますが、夜明けの美しい月を教えてくれたようにも感じられますね。

「有明の月」とは、明け方の月のこと。
恋人との別れの時刻に見るものであることから、恋の歌にもよく用いられています。

姿は見られなかったものの、ホトトギスがいたであろう方角を見て音の余韻に浸り、目に映った有明の月を眺める。「聴覚」と「視覚」で味わうことのできる一首ですね。

作者の後徳大寺左大臣は本名を藤原実定(ふじわらのさねさだ)といい、「小倉百人一首」を編纂した藤原定家のいとこです。祖父の徳大寺左大臣実能(とくだいじのさだいじんさねよし)と区別するため、「後」をつけて呼ばれました。
実定は詩歌のほかにも、今様や神楽(※)、管弦の名手でもあり、蔵書家としても有名な人物です。

※今様(いまよう)…「今様歌(いまよううた)」の略。平安中期に現れた歌謡のひとつ。
※神楽(かぐら)…神を祭るために神前で奏する舞楽。

ここからは着物の世界を覗いてみましょう。

ほととぎす
メジロ?とも思いますが…こういった柄で楽しんでも

声が聞こえてもなかなか姿を見られないホトトギス。
着物の柄としても頻繁にあるわけではないですが…
もしみつけましたら、着物の上でしたらじっくりと堪能することができますね。

植物とともに描かれるホトトギスには、今にも鳴き声が聞こえてきそうな存在感があります。

着物や帯の柄には、鳥だけでなく植物の「杜鵑草(ほととぎす)」もよく描かれています。

ちなみに、植物の「杜鵑草」の名前の由来は、若葉や花にある斑点模様が鳥のホトトギスの羽毛の柄に似ていることからで、開花時期は8月~9月です。

どちらも着物が印象的になる柄ですね。

季節を感じながら柄を選ぶ楽しさや、日本古来の文様や柄を楽しめるのも着物の魅力のひとつだと思います。

春の残り香と初夏を味わう今月の二首、いかがでしたでしょうか。

目に見える草木や天気の移り変わりを「見て」楽しむだけでなく、雨の「匂い」や鳥の「鳴き声」、夏が近づく空気を「肌で感じる」など、日々の暮らしのなかで五感を澄まして過ごしてみると新たな発見があったり小さな変化に喜びを感じられたり、ちょっとした楽しみが増えるように思います。

暮らしのなかにインスピレーションを受けながら着物を選ぶのも楽しそうですね。

今月も最後までお読みいただきましてありがとうございます。
百人一首と着物の世界をともに感じながらお楽しみいただけましたら幸いです!

※参考
『広辞苑』
『百人一首を楽しくよむ』著:井上宗雄
『しょんぼり百人一首』著:天野慶 絵:イケウチリリー
『世界でいちばん素敵な百人一首の教室』監修:吉海直人(同志社女子大学教授)
『百人一首解剖図鑑』著:谷知子
長岡京小倉山荘 ちょっと差がつく百人一首講座
https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/index.html
廣田神社HP
http://hirotajinja.or.jp/about/65/

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する