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紗をかける 幾層もの重なりの、その奥に 「徒然雨夜話―つれづれ、あめのよばなし―」 第一夜

紗をかける 幾層もの重なりの、その奥に 「徒然雨夜話―つれづれ、あめのよばなし―」 第一夜

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風を孕み揺れる動きと、透ける生地が重なり生み出す奥行きは想像力を刺激する。見せたくないものはふわっと隠して、その奥の魅力的な何かを出し惜しみしながらちらりとのぞかせたりもして。着物ならではの愉しみは数あれど、その中でも特に心惹かれるのはー今宵は、そんなお話。

はじめに

着物のコーディネートはパズル、もしくは、連想ゲームのようなものだな、といつも思います。(言葉遊び、時には単なる駄洒落でしかないこともありますが。笑)

美しいとか、楽しいとか、くすっと笑えるとか、魅力的だとか。
自分が作りたいと思う世界観を、組み立てていくこと。

例えそれが、出かけてから帰宅するまで誰にも気づかれない単なる自己満足であっても良いのです。それは自分だけの愉しみだから。

もちろん、同好の士と出会ってそのこだわりに気付いてもらえたらうれしくなりますし、そのテーマが、自分だけのものではなく出かける先の予定に絡むものだったり、会う予定の誰かのためのものだったりする場合もありますが、基本は、着ている間の「自分の気持ち」が心地良くあるように。それがいちばんではないでしょうか。

本連載のタイトルは、「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」といたしました。
「夜話(やわ、よばなし)」とは、読んで字のごとく夜にする話という意味のほかに、気軽に聞ける話、という意味があります。
徒然ーお暇なときーに、気軽に読んでいただけたらな、と。

密かにこだわると、より愉しみが増す着物にまつわるあれこれ。
いつもと少し違うコーディネートにしたいときの変化の付け方。
スタイリストという仕事に携わる中で感じたこと。
現代における、着物というものとの関わり方などなど…

思いつくままに、綴っていければと考えております。

“紗袷”、いつ着る?

季節を楽しむ紗袷

着物遊びのパズルを構成する、魅力的な要素のひとつに、「季節の移り変わりを楽しむ」ということが挙げられます。
囚われすぎる必要はないけれど、うまくタイミングがはまればそれはそれでとても楽しいし、ここを逃さず着なきゃ!というモチベーションになってくれたりもしますね。

もしかしたら、その筆頭が“紗袷”(しゃあわせ)かもしれません。

透けることを前提として柄を描き、紗を重ねることで生まれるモアレを楽しむ紗袷。
いつかは、と憧れている方も多いのではないでしょうか。
また同時に「紗袷っていつ着るものなの?」という疑問をお持ちの方も多いと思いますが、これは諸説あります。

透ける前提の着物

①紗の「袷」なのだから袷の時期のもの
 → 袷と単衣の間、5月の中旬〜末の約2週間

②「単衣」と同じ扱い
 → ただし、透ける素材は夏にふさわしいもののため、6月のみ

③「単衣と薄物の間」
 → 6月の後半約2週間

①と③ではすでに1ヶ月のずれがありますが、一般的な着付教室では②の説明をしていることが多いようですし、地方によっても違いがあります。

1年のうちのたった2週間、その贅沢さを何よりの醍醐味として味わうか。
それとも、少しでも長く着られるように②説を採るか。
あるいは都合良く、①②③ミックスで5月中〜6月末までOKとするか。

ちなみに、私自身はと言えば①の期間限定を味わいたいタイプ。
紗袷なんて、所詮は着道楽の遊びを追求したマニアックで趣味性の強い着物なのですから、そのぐらいハードルを高くした方がおもしろいかなと思ったりして。
(まぁだから、桜の帯や藤の帯をよく逃すんですけどね…)

観世水と柳が刺繍された絽の半襟、アンティークの帯留

揺蕩う(たゆたう)水面のようなグラデーションが美しい組み帯に、観世水と柳が刺繍された絽の半衿、アンティークの鮎の帯留を合わせ、水無月の宵のお食事や観劇に。

赤銅の深紅が無地感覚の帯に映え、二分半紐の白と青褐色のラインがすっきりと全体を引き締めて。

色数を抑えシックにまとめた中に、小物を小さく効かせたコーディネート。
草履や下駄の紅つぼもそうですが、小さくぽつりと効かせた赤は、まるで口紅のような効果を発揮して、着姿に艶を添えてくれます。

夏の季語でもある藻刈舟を描いた紗袷。
例えば、丸ぼかしや円の刺繍などの帯や半衿を合わせて“蛍狩り”のイメージに。
あるいは月や団扇などのモチーフで“夕涼み”など、さまざまな物語を紡げそうな一枚です。

かんざし
photo by naomi muto

後ろ姿の仕上げには、水滴みたいな水晶や硝子細工、翡翠などの夏らしい素材や繊細な透かし細工の簪をさりげなく。

衣裳としての“紗袷”

衣裳としての紗袷

数年前、とある女優さんの、連続ドラマの衣裳を担当させていただいた際のこと。

「こだわりのあるお洒落な着物を日常的に着こなしている」という設定の役柄でしたので、4月クールということもあり、4〜7月にかけての季節の移り変わりを衣裳で見せられたらと、色柄だけでなく素材にもこだわってスタイリングをしました。
(例えば白の半襟も、塩瀬→楊柳→絽縮緬→絽といった風に。たぶんテレビ画面上では、ほとんどわからないのですけどね…苦笑)

ちょうど、紗袷を着ていただくとシチュエーション的にも時期的にもぴったり!と思うシーンがあったので、喜び勇んで用意していたのですが…
いざ完成台本を受け取ってみると、なんと、そのシーンがストーリー上1ヶ月後の設定に。

タイミングに加え、テレビだとモアレが出過ぎるという問題もあり、「衣裳」という観点で見ると、紗袷はなかなかに出番が少ないもの。珍しいですからご覧いただくみなさまにも楽しんでもらえるかなと思っていたのですが…ちょっと残念でした。

場にふさわしい、ということ

……で、結局いつ着るのが正しいの?と聞かれたら、どれも間違いではないので返答に困るのですが、最終的にはその人の好みや美意識の問題かなと。

着物はあくまでも“着るもの”で、人が着てはじめて本領を発揮するもの。
もちろん難しい技術や希少な素材はすばらしいと思いますし、その美しさに素直に敬意を払いますが、床の間に飾って置くものでもないし、文化を纏っているのだから、と殊更(ことさら)大上段に構えることでもない。
それこそ文化や美意識なども、時代背景によって変わるもの。
他者の目にも自分の身にも、品良く美しく、心地良ければそれで良し、と思っています。

確かに、社会生活を送る上で身につける衣服である以上、多少なりとも制約があるのは当然で、それは着物に限らず洋服であっても同じこと。
生まれてからずっと意識せず身近にあって、ある程度経験を積み重ねてきた洋服と違って馴染みがないのですから、当然その中には違和感を感じるものもあるでしょう。

現代は、洋服を着慣れなかった、明治〜昭和初期の頃の日本人たちとまさに真逆の状態。
「教えてくれた人の考え方=常識」と思っていたら、実は地方によっても世代によっても
違っていた、なんていうことは、着物に限らず多々あることですよね。

「〇〇であらねばならぬ」と難しくしようと思えば、いくらでも厳密に難しくできる。
反対に、他者から見て違和感を感じさせないほど着慣れていれば、いくらでもフレキシブルに対応できたりもする。
結局はその人に説得力があるかどうか。
そこがおもしろいところでもあり、難しいところでもあると思うのです。

同席する相手のことを思って選ぶコーディネートも、目的をより楽しむために身につけるアイテムも、それによって、自分自身が気持ち良くその場にいられること。
そして、それを目にする人、関わる人々が楽しく心地良くいられること。
それこそが、”場にふさわしい”ということなのではないかと思います。
着物というと、とにかく決まり事が多く難しい…という意見が多いですが、基本をそこに置けば、もう少し肩の力を抜いて気軽に考えられるのではないでしょうか。

ほのかな透け感がもたらすもの

何枚かを重ねて着用する衣服である着物だからこそ味わえる、“透け感”の楽しみ。
紗袷ほどには難しく考えず、より長い期間楽しめるアイテムとしておすすめなのが「薄羽織」や「紗袷の帯」です。

着姿にふわりと一枚、紗がかかったような視覚効果をもたらす薄羽織。
身体の動きにつれて軽やかに動く透ける生地を重ねることで、あからさまに見せなくて良いもの―例えば着崩れだったり、身体のラインだったり―をやんわりと曖昧にぼかしつつ、着姿に立体感と奥行きを生み出してすっきりとした印象に見せてくれます。

『陰翳礼讃』ではないですが、何もかもを白日の元に晒す必要はないと思うのです。

どれほど美しい女優さんでも、生身の人間である以上、リアルに見せる必要のないものはありますし(4Kだ8Kだと高画質になりすぎて、撮影現場でメイクさんがどれほど苦労していらっしゃることか…)、一般人の私たちはなおさらです。

紗羽織
秋月洋子プロデュース「れん」より
photo by naomi muto
紗羽織
秋月洋子プロデュース「れん」より
photo by naomi muto

昔から「夜目遠目笠の内(※)」とも言いますし、ほんのりぼやかすだけで見え方は全然違ってきます。

(※)「夜の暗がりで見るとき、遠くから見るとき、笠の下からちらりと見えるとき、はっきりと見えないため女性の姿が実際より美しく見える。」ということわざ。

曲線である身体を直線で覆って着る着物はやはり、「角度」や「姿勢」によってまったく美しさがかわってきますので、視覚効果は大切です(このお話はまたいずれ)。

あるがままをそのまま”ぽん”と見せるのではなく、やわらかなフィルターをかけつつ、その「奥の存在」を意識させること。

古来、特に高貴な位の人々は、あからさまに姿を見せることを良しとせず御簾(みす)や扇子を用いてその奥の存在に付加価値をもたらしていたというのはご存じの通りですが、薄羽織の透け感がもたらす効果にも、それと似たものを感じます。

着物の美しさは、引き算。
薄羽織は、フィルターをプラスすることで視覚からやんわり不要な要素を引き算してくれる、とも言えますね。

とりあえず、都合の悪いことはふわっと隠してしまうに限ります。

透け感がそれほど強くない紋紗の羽織は、あたたかな日も増える3月から11月はじめくらいまで、長い期間活躍します。
塵除け(ちりよけ)的な感覚で羽織れますし、気温に合わせての調節にも重宝します。

また、帯芯に柄が描かれた「紗袷の帯」は、柄行きにもよりますが、先取りで5月くらいから袷の着物にも締めることができます。

もちろん夏着物にも合わせられるので、かなり長く楽しめる帯ですね。

紗羽織
秋月洋子プロデュース「れん」より
photo by naomi muto
紗あわせの帯1
秋月洋子プロデュース「れん」より
photo by naomi muto
紗あわせの帯2
秋月洋子プロデュース「れん」より
photo by naomi muto

次回の第二夜は、夏素材の愉しみについて。
どうぞお楽しみに。

※刺繍半衿・アンティークの帯留をのぞき販売可(公開日現在)。お問合せは、京都きもの市場まで。

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