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紅色と黄色が優しい、紅花染めの置賜紬 「つむぎみち」 vol.10

紅色と黄色が優しい、紅花染めの置賜紬 「つむぎみち」 vol.10

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

少しずつ秋が進んで9月も後半。初夏から梅雨、盛夏、初秋と長い期間、しゃりっ、ひやっとした風合いの着物を着てきたせいか、優しい真綿紬の単衣が格別に感じられます。
山形県の置賜地域、白鷹・長井・米沢で織られる紬は昔から質がよいことで知られています。それぞれの産地ごとに特色がありますが、ことに紅花染めは米沢が盛んで、紅花紬といえば米沢が思い浮かびます。

惜しまず着られた真綿紬の気持ちよさ

知り合いのお母様が普段着として長い間着てこられたこの着物は、余分な内揚げもなく、このままジャストサイズで着られる人に譲りたいとのことで、体型がよく似ている私のところにやってきました。惜しまず着られた真綿紬はふんわりと気持ちよく、ピンクとイエローが混じった繊細な格子が、ブルーを柔らかく見せてくれます。

どこの産地のどういう紬かはよくわからないと言われましたが、私にとってそれは大した問題ではなく、この色と着心地は爽やかな秋に欠かせないものとなりました。

最初はいただいたバチ衿のまま着ていましたが、お手入れに出すついでに広衿に仕立て直すことに。そのとき、悉皆の方が「いい置賜ですね。紅花ですよ」と教えてくれて、出自がわかったのです。

いただいたとき、たとう紙に「ながい」と手書きされていて、それが私には「長い」なのか「永井」なのか不明だったのですが、ようやく謎が解けました。長井紬の「長井」なのでしょう。米沢の方にお聞きしたところ、長井でも紅花を使う織元があるようで、間違いなさそうです。

紅花は、古来より口紅や頬紅などの化粧品、食用油や食品の色付け、薬品としても使われてきました。別名の「末摘花」は源氏物語で知られ、和歌にも多く詠まれています。

でも、「紅の花」だというのに、実は紅花の色素の99%は黄色(サフロールイエロー)、紅色(カルタミン)はたった1%に過ぎません。

その染料づくりは夏の夜明けの花摘みから始まります。アザミのように棘のある葉に守られているため、朝露で棘が柔らかいうちに摘むのです。すぐに水洗いし、桶に入れ、発酵しやすいように素足で踏みつけたあと、ゴザやセイロに広げて「花蒸し」します。花の色が赤みを帯びたら、お餅つきのように臼に入れ杵でついて。手で丸めてぎゅっと水気を絞り、煎餅状に潰したものが「紅花餅」といわれる紅花染めの原料です。保存状態がよければ、100年も200年も持つというのですから、発酵の偉大さを思い知らされます。

黄色い色素は水に溶け、紅色は水ではなくアルカリに溶けるという性質を利用し、ワラの灰汁(アルカリ性)に入れることで、わずかな紅色を抽出。古のお姫様が大事そうに紅をさしたのは、女心の表出とともに、実際のところその希少性にあったのかもしれません。

紅花餅から得られた紅色がふんだんに使われた着物は、夢のように素敵です。
米沢で養蚕から糸作り、草木の栽培に染料作り、糸染め、織りまで全てを自らの手で行う、染織作家・山岸幸一さんの紅花着物を着たモデルの田沢美亜さんにお会いしたことがありますが、女の人を内から輝かせるピンクのグラデーションは、見る人をも幸せオーラで包んでくれるかのよう。美亜さんの美しさと相まって、ひととき現実を忘れ、ぼーっとしたほどです。

私の単衣には、紅色はほんの少ししか使われていません。あとは紅花の黄色、藍の水色。でも、わずかにピンクとイエローが入っているからこそ、ブルーが暖かなのです。いつもは男子だけの集まりに、女子が何人か入るだけで場の雰囲気も話題も変わるように、紅花の色素が空気を和らげる。ピンクは草木染めにおいても、やはり女王様なのだなあと思わされます。

帯は洛風林の八寸帯をのせて

春から初夏には、十薬の型染めや藍の帯などを合わせますが、秋はちょっとシックに。雲がたなびく工芸帯地『洛風林』の八寸は、この季節にいちばんよく締める帯です。

洛風林は初代・堀江武氏が1952年に創業した帯のブランド。西陣織の技法にシルクロードやアフリカ、中南米のプリミティブなモチーフを載せ、大らかで愛らしい美の世界を描き出します。

2018年、『洛風林の愛すべき世界の文様展』を京都で拝見し、今年の夏は資料館をお訪ねしましたが、世界各地で蒐集した織物や古裂の数々は圧巻。結婚のお祝いに家族や親族が手分けして織り上げた中近東の色鮮やかなラグ、エジプトのコプト神が描かれた色褪せた布など、堀江氏のフィルターを通して集められた工芸、民芸の品々を見ていると、時代も地域も超えて、善きものは真実に美しいのだと実感します。

洛風林の八寸は実際とても軽いのですが、それだけでなく、心の重しがひとつ外れるような、精神的な軽やかさも与えてくれて。どこかユーモラスかつチャーミングで、肩の力がすっと抜けるような気がするのです。

どうやら私は瑞雲や雲取の文様が好きなようで、帯や帯留めにいつのまにか増えてきました。

春ののどかな雲、夏の沸き立つような積乱雲も悪くはありませんが、私にとって秋こそが雲の季節。高い空に広がる鰯雲や羊雲を見ていると、どこか遠くに行きたいなあと旅情が掻き立てられます。

この帯はスイス、奄美大島、京都を旅してきました。

今年はどこにも行けないけれど、せめて帯に旅心をのせてみましょうか。

置賜紬のコーディネート

・置賜紬・紅花紬(友人のお母様よりお下がり)
・雲のすくいの八寸帯(洛風林)
・金茶の冠組 帯締め(道明)
・ツートンの暈し帯揚げ(衿秀)
・木草履(京都一脇)
・バッグ(西田信子)

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