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超絶技巧から生まれる、”長板中形”の清しい白 「つむぎみち」 vol.6

超絶技巧から生まれる、”長板中形”の清しい白 「つむぎみち」 vol.7

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

藍は限りなく青く深く、白はどこまでも濁りなく。
なんということのない木綿浴衣の、2つの色の「際」をどう例えたらいいのでしょう。熟練の手技が生み出す「長板中形」の藍と白の対比は、2次元を超えた世界へと誘ってくれます。

まっすぐに伸びる竹の勢い、細い笹の葉、大きく開いた朝顔の花とひゅるりとした蔓、白場に飛び交う小さな点々は朝日と朝露のキラキラした粒子のよう。そこに松の葉散らしの扇型が浮き上がり、奥行きのある背景を想像させて…。夏の朝の爽やかな空気感が伝わってきます。

長さ6.5mほどもあるモミの一枚板に生地を張ることから「長板」、大紋と小紋の中間の大きさの型を使用するので「中形」、「長板中形」は江戸中期から伝承される高度な型染めの技法です。
何がすごいかというと、表面に型紙をのせ、防染糊を置いたら、生地を裏返し、裏面にも同様に型付けをするのです。この時、表と裏の柄がぴったり合うように型紙をのせなくてはなりません。糊置きされた布は、天日干しの後、藍甕に浸して染め上げられます。両面に寸分たがわず型付けすることで、染め上がったときに柄がくっきりと立ち上がり、白場が澄み切ったように抜けるのです。

ヘラで防染糊を置く作業を見たことがあります。力みなくサーっと塗る手の動きは小気味よく、簡単そうに見えますが、実際にやってみるととんでもなく難しい。長い時間をかけなければ習得できない技だということが実感できました。
でもそれ以前に重要なことは、糊づくりだと言います。その日の気温や湿度に合わせ、配合を変える。きれいにムラなく塗れ、ちょうどよく乾き、落としやすい。その塩梅も長年の経験とカンから編み出されます。

行きつけの呉服店を訪ねました

2018年の夏、知り合いの染色家の展示会があり、行きつけの呉服店を訪ねました。あれこれ楽しい話で盛り上がっていたところ、店主が私の顔を見て「あ、そういえば」と出してきたのがこの長板中形でした。すでに絵羽に仕立ててあり、サイズに制約があったのです。小柄な私にはちょうどいい寸法でした。

聞くところによると、長い歴史を持つ老舗呉服店が、後継者がいないためやむなく店をたたむことになり、もしお気に召すものがあれば引き取ってもらえたら、と頼まれたそうです。

よく、通の方から「素晴らしい二枚型ですね」と声をかけられます。
二枚型とは、主型(1枚目の型)と消し型(2枚目の型)を使って染めるとても難度の高い染め。この小さな点々模様も、二枚型でなければ作れません。点のひとつひとつは糊が置かれていない部分ですが、表裏ぴったり合っています。白場が多いということは、それだけ糊置きされる面積が広いので、生地が重くなり、作業も大変だと聞きます。1反で表裏合わせて200回型付けするといわれますが、二枚型は倍の400回。それが1㎜たりともズレないのですから、人間技とは思えません。

松原利男さんは、初代人間国宝・松原定吉の息子で「松原四兄弟」と呼ばれて活躍されました。利夫さんの息子が今、藍形染作家として活躍なさっている松原伸生さん。祖父、父、子三代で長板中形の技法を受け継いでいます。
伸生さんからは、「染め上がった状態から、1枚目と2枚目を判断するのは難しいし、それがわからないように型付けするのが技の見せ所。この生地の場合、柄の濃度を出すために、藍甕に3回は入れているはずです」と、教わりました。

木綿浴衣、普段着の夏物にこれほどの労力を注ぐのはなぜだろうと、そのとき展示会に居合わせた作家さんに問いましたら、「もうここまでくると変態ですよ」と、笑っていました。そこに大義はないのです。ひたすら道を極めたい、ただ美しく染めたい、その一心だと。

私はこの浴衣をよく夏着物として着ます。白い半衿と麻の白足袋を合わせると、白場がいっそう冴えて、キリッとした表情に。真夏には浴衣として着ることも。昼は日差しを跳ね返す強さを見せてくれるし、夜の暗さに浮き上がる白地は格別です。
藍と白の明快なコントラストこそが、松原家代々の長板中形の味。特に白場の清しさを味わうのが、この長板中形の醍醐味なのだと、ようやくわかってきました。

私の着物の本では、カバーと扉に長板中型の写真を使っています

昨年、上梓した私の着物の本では、カバーと扉に長板中形の写真を使っています。私のたっての希望でもありましたが、スタッフ全員の意見が一致しました。私がいちばん私らしく見える着物であると、みんなが認めてくれて、とてもうれしかったものです。
今は亡き松原利男さんが染め、今は閉じてしまった呉服店に飾られていた浴衣を、今私が着ている。いや、不思議な縁に着せてもらっているのだといった方がいいのかもしれません。

コーディネート

・長板中形(松原利男 藍形染まつばら)
・芭蕉糸の半幅帯(誉田屋源兵衛)
・ビールの帯留め(一條朋子)
・三分紐(衿秀)
・麻の足袋(きねや)
・金魚の下駄
・ナンタケットバスケット

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