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浴衣のイメージが覆った”奥州小紋”との出合い 「つむぎみち」 vol.4

『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

浴衣の季節がやってきます

夏至が近づいてきました。
いよいよ本格的な夏が始まり、浴衣の季節がやってきます。
私が最初に着た浴衣は、この奥州小紋でした。まず2年は盛夏の浴衣として、その後は初夏の単衣としても着て、8年が経ちます。
蔦の柄で、葉脈に色挿しされた綿紬。
これと出合っていなければ、私はきっと着物と無縁の人生を送っていたでしょう。

日本橋の『竺仙』を訪ねて出合う

2012年の5月、雑誌『エクラ』の黒田知永子さんの連載で、日本橋の『竺仙』を訪ねました。江戸末期の天保3年創業。
浴衣や江戸小紋などを扱い、今なお伝統的な染色手法を守り続けている老舗なのに、私は下調べするまで、それすら知らなかったほどの着物音痴でした。

小粋な綿紅梅を涼やかに着こなす黒田さんの姿に、「ああ、大人の浴衣ってなんて素敵なんだろう。こんな世界があるなんて」とうっとり。
さらに『竺仙』5代目社長・小川文男さんに江戸染め浴衣のさまざまな技法についてお話しを伺い、すっかり魅せられてしまったのです。

中でも心惹かれたのが「奥州小紋」。経糸で絣を織り出した綿紬に「引き染め」が施されています。
引き染めとは、長板(約7m)に貼った生地の上に型紙をのせ、防染糊を置いて乾かし、次に反物を伸子で張り、刷毛を使って染料を塗っていく地染めの技法。
手間がかかる上、熟練の職人でなければできない高度な技術が必要です。
その分、発色も美しく、手作業の染めに味わいがありました。

「なぜ江戸の産なのに奥州なんですか?」とお聞きしたら、「手織り紬のような素朴な生地の風合いが、東北っぽい雰囲気だからといわれています」とのこと。
そういえば、黒田さんが着た「紅梅」は、太さの異なる糸を使うことで生地に格子状の凹凸が生じ、その「勾配」が、転じて「紅梅」になったとか。
名前の由来にも、ちょっとトンチが効いていて、江戸っぽさを感じます。

その日取材を終えてみんなと別れたあと、私は再びお店に戻り、心に決めていた奥州小紋を求めました。
初めての浴衣だと告白し、帯も選んでもらいました。
それがこの辛子色の麻の半幅帯です。
「この浴衣と帯の組み合わせ、○○さん(きれいな女優さん)がビールのCFで着ているんですよ」という一言に背中を押され、私の記念すべきファースト浴衣はこのセットになりました。

6月に仕立て上がり、和装下着や腰ひもなど最低限の小物を揃え、着付けを習い、下駄を買い、7月にはなんとかひとりで着て出かけられるようになりました。
最初の夏は8回、旅先の京都でも着ました。
次の夏も8回。帯締めや帯留めを使うようになり、リバーシブルを生かした結び方もアレンジできるように。
3年目は半衿と足袋をつけ、名古屋帯を締めてお出かけ風に。
そして昨年はベトナム旅でも着ました。

「浴衣はもともと湯上りだから、街に着て出かけるものじゃない」という意見も聞きますが、この奥州小紋や綿絽、綿紅梅などは「よそゆき浴衣」「高級浴衣」というくくりで、帯次第でちょっといいレストランにも行けるというのが、今どきの基準になっています。

今年の初め、『竺仙』の展示会に伺い、小川社長と着物研究家・大久保信子さんの対談を聞きました。「江戸末期には上等物の浴衣は外出着として定着していた」(小川さん)という史実があること、「よそゆき浴衣にお太鼓、足袋、半衿ならホテルにもいけますよ」(大久保さん)という着こなしアドバイスに、お墨付きをもらったように思いました。

お手入れがラクなのも、浴衣のありがたいところです。
初めは洗うのが怖くて、クリーニング屋さんに水洗いをお願いしましたが、2年目からは自分で手洗いするようになり、最近ではネットに入れて洗濯機へ。
メンテナンスも少しずつ大胆になってきました。
とともに、生地は綿紬独特の柔らかさが出てきて、色は少し褪せた分、優しさを増しました。

9年目の奥州小紋はもはや私の皮膚の一部のよう。
着るときも向こうが体に合わせてきて、まるで着物が私の体を覚えているかのようなのです。
この形状記憶感は私にとって初めての感覚で、直線裁ちの平らな布が体に沿ってくる愛おしさは格別。
素朴な綿紬ならではかもしれません。

くたくたになったら家着にして、そのあとは寝間着に。
最後は端切れにし、生活の役に立ってくれたら。
奥州小紋にとって、それは誇らしい大往生ではないでしょうか。

・蔦柄の奥州小紋(竺仙)
・リバーシブルの麻半幅帯(竺仙)
・帯締め 三分紐
・瑪瑙と銀の帯留め(かざり工芸三浦)
・柿渋染めの扇子(文扇堂)
・利休下駄(京都一脇)
・竹のかご(工房 筍)