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明るい日差しに映える、黄八丈の”まるまなこ” 「つむぎみち」 vol.2

明るい日差しに映える、黄八丈の”まるまなこ” 「つむぎみち」 vol.2

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

黄八丈に袖を通して

暦は小満を迎えました。
万物が生き生きと成長し、その気が天地に満ち始める時候。陽はまばゆく、風はやさしくそよぎ、スキップしたくなるような……、いつもの年ならそんな季節です。

明るい日差しのなかで黄八丈をまとう

黄八丈の単衣に袖を通すのも、小満の頃。
昼間の明るい日差しの中で邪気のない黄色をまとうと、小さな憂さなどどこかへ飛んでいき、心に元気が満ちてきます。
薄暗くなる夕方、夜の灯のもとでは、その黄色が艶やかな黄金色に変化していき、年数を経た蒸留酒のようなコクが生まれます。
八丈島の自然が染めたその色は、季節や昼夜によって味わいを変える。
そこが黄八丈の深さだと思うのです。

黄八丈に使われる染料は3つ。
刈安(イネ科のコブナグサ)の黄、椎の樹皮の黒、まだみ(タブノキ)の樹皮の鳶色です。
例えば刈安は、収穫して乾かした後、釜で炊いて煎じ汁を作り、そこに絹糸を浸けて染め、そのまま一晩漬けおき、翌日天日で乾かしますが、なんとこの作業を20回繰り返してやっと生まれる色なのです。
黒も鳶色も大変手のかかる作業によって染められます。

その歴史は古く、本居宣長の『玉勝間』に、八丈という島の名は「かの絹の名より出づるらむかし」と記述されていることからも、いかに珍重されたかが偲ばれます。
その後、江戸時代には、献上品として幕府に上納されました。

黄八丈に使われる染料は刈安・椎・まだみ
黄色が艶やかな黄金色に変化する黄八丈

けれど、私にとって黄八丈は長いこと、時代劇や歌舞伎などで町娘が着る着物であり、綿入半纏や座布団などに使われる生地でしかありませんでした。
どちらかといえば安手な印象で、大人が身にまとうというイメージがなかったのです。
「帯ならともかく、全身を黄色で包むなんて無理、気恥ずかしい」とさえ思っていました。

2018年1月、私は着物の撮影でお世話になっている着付け師の石山美津江さんに誘われ、彼女が展示に関わった『菊地信子コレクション展 世界の古裂で着物にあそぶ』を東京・中野の呉服店「シルクラブ」に見にいきました。
菊地信子さん(大正14年生まれ、平成28年没。夫はエミール・ガレのコレクターとして知られた菊地保成氏)は、15世紀〜20世紀の更紗をはじめとした古裂の蒐集家として知られ、蒐集するだけでなく着物や帯、半衿などに仕立てて自ら装いました。
その姿は“歩く美術館”と称された方。
展示された世界の美しい染織と、確固たる美意識に裏打ちされた自由な着こなしに圧倒され、今どきの着物や着付けがつまらなく感じられたほどでした。

更紗をはじめとした古裂の蒐集家・菊地信子さん
写真提供・菊地江麗

その展示と同時に、たくさんの遺品の形見分けの会も開催されました。
無造作に積まれた着物や帯はすべてがお宝級。私が何を選んでいいのやら途方に暮れていると、石山さんが「これ、おすすめよ。もう滅多なことでは手に入らないから」と黄八丈の着物を差し出しました。
「え?この色は私、着ないと思います」と躊躇すると、「大丈夫。絶対似合うから」と有無を言わさないのでした。
信頼するプロがそこまで言うのならと、自分を納得させて連れ帰ったのがこの着物です。

黄八丈のまるまなこ

黄八丈にはいくつもの織り方がありますが、これは綾織りで「まるまなこ」と呼ばれるもの。拡大して見ると、二重になった菱形が現れます。この手の込んだ織りが独特の艶を生み、黒と鳶色の格子が落ち着きを与えてくれる。まさに伝統工芸の逸品だとわかりました。

その会では黄八丈が3枚出ていましたが、全部単衣仕立てだったように記憶しています。
袷で着る人が多い着物を、あえて単衣で着ていた菊地さんに、理由をお聞きしたいけれどそれは叶いません。
でも、小満の季節に着るとなんとも晴れやかな気分になり、この高揚感こそ黄八丈がもたらす幸せだと感じます。
初めは派手すぎやしないかとドキドキした色も、黄色人種の日本人の肌によくなじみます。

初めは派手すぎやしないかとドキドキした黄八丈

菊地さんのセンスには遠く及びませんが、インドネシアの更紗や日本の古い和更紗、コプト文様の帯を合わせて着ています。
美しく豊かで、とびきりおしゃれなひととつながっていることに感謝して。

インドネシア更紗や和更紗・コプト文様の帯を合わせて
黄八丈コーディネート

・本場黄八丈(菊地信子コレクション)
・ジャワ更紗九寸帯(手描きジャワ更紗Reisia )
・縮緬地帯揚げ(茶とアイボリーの暈し)
・練色の帯締め(道明)
・山葡萄のかごバッグ(QUICO)
・エナメルの草履
・日傘(ボンボンストア)

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