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秋単衣は、さらっとした縞大島と軽い八寸帯で始めたい 「つむぎみち」 vol.9

秋単衣は、さらっとした縞大島と軽い八寸帯で始めたい 「つむぎみち」 vol.9

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

秋本番へ向かう季節に大島の単衣を

着物の暦は単衣の時候を迎えました。
秋本番へ向かうこの季節、軽くさらっとした大島の単衣は、着心地が夏物に近いので、とても重宝しています。

夏の間、白っぽい淡色、藍などの寒色を好んで着ていたせいか、重陽の節句を過ぎると途端に温かみのある色を欲するように。おしゃれとは不思議なもの。
そんな気分にも、この紫と茶、ラベンダーとオレンジが混ざり合った横段は、しっくりきます。秋単衣なので、今日は鼈甲の瓢の帯留めに金茶の三分紐を。

まだ暑さの残る9月は、この程度の季節の演出が似合うように思います。

大島紬については、奄美大島を旅した時に見聞きしたことを含めて、いずれ袷の季節にもう一度ご紹介したいと思っていますので、今回は2つの大きな特徴だけ書き記しておきます。

紬というと、真綿から引いた節のある糸の温かみやざっくり感が魅力です。しかし大島は生糸の練撚糸で織られます。それによって、織りの着物なのに軽くて艶やかな地風が、生まれました。また、締機という木綿糸で締め込む特殊な織機によって絣糸を作ります。
この技法によって複雑で繊細な模様を実現し、大島独自の進化を促し唯一無二の着物となったのです。

この単衣は、奄美大島ではなく、鹿児島市の織元の作。
新しい糸使いにチャレンジした武島信夫による「本場縞大島」は、いわゆる大島の伝統柄とは一線を画しちょっと可愛くモダンです。

出会ったのは2014年の春。
袷の一張羅しか持っていなかった私は、行きつけの呉服店で「単衣を持っていないので、何かおすすめがあれば」とお願いしました。「リーズナブルなものを」と、ひとこと付け加えることも忘れずに。

しばらくして、「訳ありの大島紬があるのだけど」と出されたのがこれです。寸法が3尺に満たないので、普通では販売できないため、大島紬を専門に扱う方のところで眠っていたものだそう。私が着るためには「見えないところに少し足し布をして仕立てることになるけれど」とのお話でした。

初めての大島紬、その感触や艶、大好きな縞がつくるブロックの面白さに魅せられ、ファースト単衣が完成。足し布も表になじむような色柄を選んでくれ、丁寧な仕立てに感謝しました。

博多献上や無地っぽい帯、あるいは古い更紗を合わせて着ていましたが、いつもどこか不満が残りました。「悪くはないけれど、すごく気に入ってるわけではない」というコーディネートに陥りがちでした。でも、ようやくその薄雲が晴れる日がやってきたのです。

艶やかな大島紬
藤田織物の帯を合わせたコーデ

京都西陣の小さな帯工房『藤田織物』を訪ねたのは、2019年の夏。
私の周囲には藤田織物さんの帯を愛好する友人知人が何人かいて、その姿を見るたびに「いつか私も」と思いが募っていました。

藤田織物の帯は、熟練の織人さんによる手織り。その風合いは、まるで帯が呼吸しているかのように健やかです。ほの暗い部屋の隅、外から光が入る窓辺、場所によって色が変化し、点や線、面で表される糸の表情が変わります。秋の夕凪のように見えたかと思うと、次には春の夜明けを感じたり…。長い歴史の中で培った立体形状の織りは、花鳥風月が描かれているわけではありませんが、見る人の心に訴えかけ、季節と時間の心象風景を映し出すのです。

暑さの残る9月のコーディネート

どうしても模様の方に目がいきがちですが、藤田さんの帯は地色がまた素晴らしく、ルーぺで見てみると、複雑な糸の使い方、さまざまな色の現れ方に引き込まれてしまいます。光によって色が変化するのは、この土台の織りがあってこそ。
同じシリーズ、同系色の帯でも、1本1本が違う個性を持っているのに驚かされます。

実際の織りの様子も拝見しました。そこに設計図はなく、織人さんが自分の感覚を頼りに、緯糸を渡していきます。糸と対話し、糸の意思を尊重して、心地よく収まるように。私には見えない出来上がりの景色が、織機の向こうに広がっているのでしょうか。その姿にはどこか画家に近いものを感じました。

私は若手女性織人さんの柔らかな糸のタッチに心惹かれ、単衣に向く新しい帯のシリーズ、「ドット&クロスライン」をお願いすることに。ある程度の数が仕上がり、その中から選んで手元に届いたのは、2020年の春でした。

糸が空気を孕んでいるようなふっくらとした軽さ、八寸帯ならではの耳のゆらぎ、芯が入らない体に優しい締め心地。おしゃれして出かけるときも大げさではなく、贅沢ではありますが、普段着と合わせて家で着るときもさりげなく寄り添ってくれます。私はつくづく八寸が好きなんだなぁと思いました。

ちょうど緊急事態宣言が発出された時期、どこにも出かけられない日々も、この帯が救ってくれました。いろんな単衣に合わせて締めることが、単調な暮らしのアクセントになったのです。この横段大島紬に合わせたときの喜びは特に大きく、「ああ、これで完璧!」と、鏡の前で自画自賛しました。

「こんなふうに帯を締めています。家での普段着に合わせて申し訳ありません」と、藤田さんに写真をお見せしましたら、「私たちもうれしいけれど、織人が誰よりも喜んで励みにしております」とおっしゃってくれました。

以前、お届け物をした帰り、工房前の路地を進み、角を曲がるときになんとなく後ろを振り返りました。私の帯を担当する女性織人さんが楚々とした姿で戸口に立たれ、深くお辞儀なさいました。声は届きませんが目が合いました。「素敵な帯を楽しみに待っています」「はい、しっかり織らせていただきます」と、交信したような気持ちになり、心が暖かくなったのを覚えています。

帯の向こうには織る人がいて、こちらには着る人がいて。
あのときの無言の交感が、この帯を特別なものにしているように思います。

本場縞大島紬のコーディネート

・本場縞大島紬(武島信夫)
・ドット&クロスライン八寸名古屋帯(藤田織物)
・三分紐(和小物さくら)
・鼈甲の瓢の帯留め(大澤鼈甲)
・帯揚げ(はぎれ)
・草履(菱屋カレンブロッソ)
・バッグ(フェンディ)

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