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麗らかな陽光、春の訪れ ~弥生(やよい)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.11

麗らかな陽光、春の訪れ ~弥生(やよい)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.11

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麗らかな陽光を浴び、春の訪れを楽しむモチーフの季節です。「桜」は、可憐な蕾から散りゆく花びら、川面一面を埋め尽くす「花筏」までさまざまな表現で長く楽しめるモチーフ。「蕨」「菜の花」「筍」「土筆」「たんぽぽ」「春蘭」など地表に顔を出す植物や、黄色の花を咲かせる「山吹」、枯れたような木に大きな花をつける「木蓮」なども季節にマッチします。

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

さとうめぐみの半衿箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月3月は、旧暦名で「弥生」(やよい)。

弥生の由来・語源を辿ると「弥生(いやおい)」が変化して「やよい」と読むようになったようです。

弥生の「弥」はいよいよ・ますます、「生」は草木が芽吹くことを意味しています。弥生とは、草木がだんだんと芽吹く時期をさす言葉なのです。

そんな月に訪れる「二十四節気」は、

「啓蟄(けいちつ)」(2022年は3月5日)
「春分(しゅんぶん)」(2022年は3月21日)
です。

「二十四節気で楽しむ着物スタイル」

啓蟄(けいちつ)は、「大地があたたまり、冬眠していた虫が穴を出て動きはじめる時期」。生きとし生けるものすべてが生命エネルギーを感じて動き出す季節の到来です!季節の変わり目といえば…節句の行事。今回は「桃の節句」にちなんだアンティーク着物コーディネートをご紹介いたします!

春分の着物コーディネート

「春はあけぼの やうやう 白くなりゆく」と清少納言の『枕草子』に記された春。淡い白が混ざったようなパステルカラーが似合うこの季節は、やわらかい染めの着物や、自然の色を写し取った草木染の紬などがぴたりと決まります。「暑さ寒さも彼岸まで」着物のお洒落が楽しくなる季節です。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦の上では…」のもとになっているものです。

その中で第三番目の節気である「啓蟄」は、「大地があたたまり、冬眠していた虫が穴を出て動き始める時期」という意味で、お天気ニュースなどでもよく紹介されますね。

土の中でゆっくりと冬眠していた虫たちが、陽気に誘われてそろりそろりと顔を出しはじめるころ、空の上では寒冷前線の南下と南からの暖かい空気がぶつかりあい「春雷」が起こります。

江戸時代の人は雨をもたらす「雷」を豊作の予兆と考え、雷柄の着物や帯を身に付け、「春雷」を呼び込み、春を早く自分のものにしようとしたそうです。

虫の柄は秋に多く、春は蝶々の柄を多く見かけます。

蝶は見た目もかわいらしく、不老不死のいわれもあることから縁起のいい柄とされています。

この啓蟄の頃は蝶の柄をまとって、春の甘い気分を味わうのも素敵ですね。

そして…
4番目の節気「春分」は、「昼と夜の長さがほぼ同じになる日、太陽が真東から昇り真西に沈む日」という意味です。

「暑さ寒さも彼岸まで」

という言葉があるように、この日は仏教での彼岸の中日(ちゅうにち)=すべてが中庸になる日とされています。

「彼岸は」日本の雑節のひとつで、春分・秋分を中日とし、最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」(あるいは地方によっては「はしりくち」)と呼び、各7日間(1年で計14日間)に彼岸会(ひがんえ)という仏事を行います。

また中日に先祖に感謝し、残る6日は悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修めるのが彼岸会です。この日からだんだん昼が長くなることから、寒さも和らぎ、桜の開花宣言が待ち遠しくなります。

「花冷え」という言葉があるように、時として雪が降ることもあるこの時期は、外側は「春」、内側は「冬」の装いで着物を楽しみましょう。

「啓蟄」に「春分」…

この「15日ごとの季節」=「二十四節気」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所です。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

弥生の半襟1『縮緬地 八重桜文様 刺繍半襟』

『縮緬地 八重桜文様 刺繍半襟
大正ロマンの雰囲気の半襟

そんな弥生にご紹介する一枚目の半襟は…

『縮緬地 八重桜文様 刺繍半襟』

真っ青な縮緬に八重桜を染め、刺繍を施した大正ロマンの雰囲気溢れる半襟です。

刺繍が施された花芯から、花びらの縁に向けてだんだん桜色が濃くなっていくグラデーション、葉っぱの緑の濃淡の美しさ。

目にも鮮やかな真っ青な縮緬は、桜を通して見る弥生の青空なのです。

そしてなんといっても、実際に見える分量をはるかに超えた、クローズアップの構図には驚きを覚えます。

半襟として見える分量にだけ柄を描くことをしないのは、全体の勢いを殺さないためでしょうか。

襟元にほんの少しだけのぞく部分から、大輪の桜を連想させるという仕掛けが生きた面白い一枚です。

仕掛けが生きた面白い一枚

弥生の半襟2『縮緬地 垣に桜文様 刺繍半襟』

『縮緬地 垣に桜文様 刺繍半襟』
濃い青の縮緬に菱文様の半襟

二枚目にご紹介する半襟は、

『縮緬地 垣に桜文様 刺繍半襟』

濃い青の縮緬に菱文様にも見える垣根、そして蕾を持つ桜の花葉を白色の糸と薄紫色の糸で刺繍した半襟です。

垣根と桜といえば「御室の桜(おむろのさくら)」です。

「御室の桜」は、京都・仁和寺の中門内の西側一帯に咲く、遅咲きで有名な桜のことで、古くは江戸時代の頃から庶民の桜として親しまれてきました。

その花見の盛んな様子は、江戸時代の儒学者・貝原益軒が書いた『京城勝覧』(けいじょうしょうらん)という京都の名所を巡覧できる案内書(今でいう京都旅行ガイドブック)に、

「春はこの境内の奥に八重桜多し、洛中洛外にて第一とす、吉野の山桜に対すべし、…花見る人多くして日々群衆せり…」

と記され、吉野の桜に比べて優るとも劣らない、と絶賛されています。

この御室の桜の林は、遅咲きであること、そして粘土質の土壌のため根を地中深くのばせないことから木の背丈が低いことでも知られ、垣根越しに見る桜としても知られています。

京都の花街では、「花が低い」ことから、鼻が低い鼻ぺちゃさんのことを「御室の桜やな」と例える風流な言い回しがあります。

川端康成の『古都』に、

「御室の桜を見たら、春の義理がすんだ」

という一文が見受けられるように、桜の開花を心待ちし、風雨に気をもみ、心急かされる春、ソメイヨシノ・シダレ桜・八重桜を見て最後にこの遅咲きの御室の桜を見ることで、しっかり春を見届けたことになる…桜はそんな花暦の筆頭に挙げられる花なのです。

桜の花の刺繍

弥生の半襟3『楊柳縮緬地 桜に和歌・色紙文様 刺繍半襟』

『楊柳縮緬地 桜に和歌・色紙文様 刺繍半襟
楊柳縮緬の半襟

三枚目にご紹介するのは…

『楊柳縮緬地 桜に和歌・色紙文様 刺繍半襟』

です。

竪シボを織り出した楊柳縮緬を紫がかった桜色に染め、白と桜色・薄紫色の三色の桜と、春の和歌を書いた色紙を刺繍した物語性のある半襟です。

色紙は和歌や俳句や絵を描く方形の厚紙のことで、風流な文様として知られています。

咲いては散っていく儚げな桜を、せめて和歌に留めて永遠のものにしたい…
そんな思いから、桜を詠んだ歌は万葉集の昔から数多く残されています。

美しい色と繊細な刺繍を生かすために抑えた色合いの着物を選びたくなる、静かな魅力を秘めた一枚です。

紫がかった桜色の半襟

如月の半襟4『楊柳縮緬地 片輪車にしだれ桜・青紅葉文様 刺繍半襟』

『楊柳縮緬地 片輪車にしだれ桜・青紅葉文様 刺繍半襟』
楊柳縮緬に薄紫色の半襟

四枚目の半襟は…

『楊柳縮緬地 片輪車にしだれ桜・青紅葉文様 刺繍半襟』

楊柳縮緬に薄紫色で二つの片輪車としだれ桜を、淡萌黄色で青紅葉を刺繍した半襟です。

片輪車は御所車の車輪の乾燥を防ぐため流水につけている光景、または車輪を洗っている光景ともいわれ、平安時代の後期に完成した文様です。

普通は、流水とともにあらわされる片輪車。それを二つ並べ、山並みに見せているところにこの半襟の面白さがあります。

春霞で紫色に煙る山、その手前に咲くしだれ桜、これから色を深める青紅葉…と、半襟一枚の中に春の深まりを表現した意匠はアンティークならでは。

ソメイヨシノから山桜へ、晩春まで私たちの目を楽しませてくれる桜で、弥生の着物を楽しみたいものですね。

片輪車としだれ桜

3月のモチーフ

麗らかな陽光を浴び、春の訪れを楽しむ

3月におすすめのモチーフは…

麗らかな陽光を浴び、春の訪れを楽しむモチーフの季節です。

「桜」は、可憐な蕾から散りゆく花びら、川面一面を埋め尽くす「花筏」まで、さまざまな表現で長く楽しめるモチーフです。

「蕨」「菜の花」「筍」「土筆」「たんぽぽ」「春蘭」など地表に顔を出す植物や、黄色の花を咲かせる「山吹」、枯れたような木に大きな花をつける「木蓮」など、季節の柄がマッチします。

また、日にちが限定されますが、旧暦の三月三日(新暦の4月3日)までは「雛祭」にちなんだ「雛人形」「姉様人形」「桃の花」「菱餅」「犬筥(いぬばこ)」「貝桶」「蛤」なども着物姿を楽しくしてくれるモチーフです。

紬や常の装いの縞や格子の着物にこうしたモチーフを取り入れるだけで、春の到来を感じるコーディネートになりますよ。

弥生のとっておき

弥生のとっておき

今月のとっておきのコレクションは、アールデコモチーフの半襟です!

古典柄とは全く違うそれでいて春の雰囲気を感じさせる意匠に仕上げられた半襟を二枚ご紹介します。

一枚目は、

『縮緬地 孔雀文様 刺繍半襟』

淡いピンクに、緑・黄色・水色・などのパステルカラーで孔雀の羽根を刺繍した半襟です。

孔雀は毒蛇や害虫を食べるほど生命力が高いので、邪気を払うと信仰されてきた鳥。

また繁殖力も強いため、子孫繁栄の意味を持つ鳥でもあります。

『縮緬地 孔雀文様 刺繍半襟』
アールデコの影響を得た一枚

正倉院の宝物にその柄が見られるほど、日本での歴史は古いものですが、アールデコの時代(1920年代)に、洋装のアクセサリー(帽子の飾りなど)に用いられたことで、モダンな素材・柄として大流行しました。

仏教装飾として用いられた孔雀文様が、まったく新しい意匠として再登場したデザインは、まさに大正~昭和初期のアールデコの影響を得た一枚といえるでしょう。

二枚目は…

『縮緬地 抽象文様 刺繍半襟』

若草色の縮緬に緑・黄色・橙色で抽象文様を刺繍した半襟です。
サボテンのようにも、炎のようにも見える摩訶不思議な構図は、まさにアールデコの申し子。

『縮緬地 抽象文様 刺繍半襟』
若草色の縮緬の半襟。

それまでの自然や決まりごとを芸術に取り入れてきた思想をバッサリと断ち切り、「新しさ」「斬新さ」をテーマにしたのがアールデコ芸術です。

花鳥風月がお決まりだった和装にもその影響を及ぼし、「アート」としか名付けようのない作品を生み出したのは「時代の力」といえるでしょう。

さて、ようやく春らしさを感じられる3月の到来、あなたの眼福になれば…ととっておきをご紹介しましたが、いかがでしたか?

ひと月に一度、「半襟箱」という名のタイムカプセルを開けるドキドキを皆さんとともに…
以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

次号は「卯月(うづき)」の巻、4月5日・二十四節気「清明」の前日の配信をお楽しみに!

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!
 

半襟撮影協力/正尚堂

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