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久留米絣とは?特徴や歴史についてわかりやすく解説

日本三大絣のひとつである久留米絣は、江戸時代からの長い歴史がある織物です。熟練の職人によって生み出される作品にはファンも多く、現在では着物以外の私たちの生活に身近なアイテムにも使用されています。今回は、そんな久留米絣の長い歴史と特徴について解説いたします。

愛媛県の「伊予絣」、広島県の「備後絣」とともに日本三大絣のひとつとしても有名な「久留米絣」。
服に頓着しなかった太宰治が愛用した着物ということもあって、ご存知の方も多いことでしょう。
そんな久留米絣は、現在では着物の範囲にとらわれず、ストールやトートバッグ、スニーカーといった製品の素材としても使用されています。
その素朴なおしゃれさは、多くの人を惹きつける魅力があります。
今回は、そんな久留米絣について、その長い歴史と特徴について解説いたします。

久留米絣とは

まずは久留米絣について、そのあらましを見ていきましょう。
そもそも絣とはどんなものなのか、福岡県の久留米で誕生したきっかけは何なのか、について解説いたします。

久留米絣に関するきくちいまさんのコラム

木綿のきものを着ることの多いわたしは、久留米絣が特に気に入っています。生地の張りと肌になじむ感じが気持ちいいのです。母から譲り受けたとき「洗えば洗うほど風合いが柔らかくなる」と言われましたが、その当時は「きものを洗うなんて!」と怯えていました。

木綿のきものを着ることの多いわたしは、久留米絣が特に気に入っています。生地の張りと肌になじむ感じが気持ちいいのです。母から譲り受けたとき「洗えば洗うほど風合いが柔らかくなる」と言われましたが、その当時は「きものを洗うなんて!」と怯えていました。

そもそも“絣”とは?

「絣(かすり)」とは、文様がかすれて見えることが特徴の文様織の一種で、絣糸を使用した織物のこと。着物の柄そのものをあらわすこともあります。
絣の技術が生まれたのは、古代インド。
タイやベトナム、インドネシアなどの東南アジアへとその技術が伝播しました。
その後、東南アジアから台湾や中国に伝わり、琉球を経由して日本へと入ってきたとされています。

そして日本においては、1800年頃に現在の福岡県・久留米藩の井上伝(いのうえでん)という少女が、久留米絣の織り方を発案したとされています。

そもそも”絣”とは?
久留米絣とは?

久留米絣とは?

久留米は福岡県南部・筑後地方にある市で、古くから城下町として栄えてきました。
この地域で作られる絣が”久留米絣”と呼ばれており、上述のように1800年頃に旧久留米藩にいた井上伝が発案したことが久留米絣の起源であるとされています。

久留米絣は柄の部分が白くなっているのが特徴で、柄を生み出すために、先に糸の束を縛ったもの(絣括り:かすりくくり)を染色します。
このとき縛っていた(括っていた)箇所は染まらずに白いまま残るため、この部分が模様として浮かび上がるというしくみです。

そして染めた糸を一本一本織ることで、一枚の織物を作り上げていくのです。

久留米絣の特徴

久留米絣は1957年に、木綿でははじめて「国の重要無形文化財」として指定されました。
その認定条件はこちらです。

・手括りによる絣糸を使用すること
・純正天然藍で染めること
・なげひの手織り織機で織ること

職人の高い技術によって作られる久留米絣にはファンの方も多く、着物以外のアイテムで日常使いしているという人もいらっしゃるほど。
その久留米絣の魅力の源泉は、上記の要件にも基づいた次の3つが挙げられます。

1.手括りされた絣糸による手仕事の味わい

久留米絣は「糸束を縛って染色したものを織る」ことで作り上げられます。
この「糸束を縛る」作業を「括り(くくり)」と呼び、手作業で行うことを「手括り(てくくり)」と呼びます。

手括りは久留米絣の柄、そして全体の仕上がりを左右すると言っても過言ではありません。
染色中には糸がほどけないように、しかし解くときには解きやすいように手括りを行うには、熟練した技が必要です。
現在では工業化が進められ機械で行う工芸品もありますが、久留米絣では、機械には生み出せない深い味わいを出すためにも、この括る工程だけは現在でも職人が担当しています。

2.鮮やかかつ深みのある藍色

久留米絣は「天然で純正の藍を使用すること」が基準のひとつとなっています。
そのため久留米絣は非常に美しい藍色に仕上がり、この「藍色の鮮やかさ」こそが、人々を魅了する最大の理由とも言えます。

久留米絣は、天然の藍を発酵させて糸染めを行うという昔ながらの染色方法を用いることで、糸そのものの素材感や味わいとともに、凛とした美しさを発揮する織物なのです。

鮮やかな藍色での染色
投げ杼の手織り織機で織ること

3.投げ杼(なげひ)での手織りが生み出す素材感

何年にもわたって受け継がれてきた「投げ杼での手織り作業」は、素朴な味わいを生み出す仕上げとして非常に重要な工程です。
投杼機(なげひばた)は誰にでも使えるものではなく、洗練された技術を持った熟練の職人しか久留米絣を仕上げることができません。
現在では機械織の久留米絣もございますが、この「投げ杼での手織り作業」によって織りあげられた久留米絣のやわらかななかにも強さのある素材感は、格別です。
久留米絣の仕上げには、丹精込めた職人の手作業が必要不可欠と言えるでしょう。

久留米絣に関するきくちいまさんのコラム2

「憧れはサザエさんに出てくるフネさん。あんなふうに家できものを着てみたい」……そう語る20代の女性たちの話を聞いたことがあります。「おうちきもの」、いつかやってみたかった、と思っている人も多いのではないでしょうか。

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久留米絣の歴史

次に、久留米絣の歴史についてご紹介いたします。
久留米絣は1800年頃の誕生から200年以上もの月日が経過していますが、一体どのような歴史を歩んできたのでしょうか。

誕生は江戸時代後期の1800年頃

冒頭にも触れた通り、久留米絣の誕生は1800年頃と言われており、幼少期の井上伝が絣の技法を発見したことに由来します。
13歳の少女ながら一人前の織物職人としての技術があった井上伝は、古着で白いまだらになった着物をほどいたことから、絣の柄を作り出す方法を思いつきました。

伝が40歳になる頃までには非常に多くの弟子を抱えていたそうで、その数は、1,000人以上にのぼるとまで言われています。
さらに1840年前後には、大塚太蔵が「絵絣(えがすり)」と呼ばれる自由に絵柄を生み出す技法を、隣接する国武村(現在の福岡県八女市)の牛島能之(ノシ)が後に代表的な柄となる「小絣」を生み出すなど、久留米絣は、誕生から数十年で瞬く間に発展を遂げていきます。

誕生は江戸時代後期の1800年頃

そして幕末に倹約令が発令されたことが要因となり、さらに、庶民の多くに久留米絣が浸透。
水野忠邦によって発令された倹約令では、多くの藩で高級な絹織物を着用することを禁止したため、小洒落た久留米絣の着物が周囲の地域に広まるきっかけとなりました。

誕生から100年弱で大きな発展を迎える

明治時代には、政府から地方産業振興が奨励されたことで、様々な技術が発展し久留米絣の品質も向上します。

1877年に勃発した西南戦争の影響で、一時は品質が悪化し信頼を失ってしまうという時期がありましたが、生産者や販売者を明示することにより責任の所在を明らかにし、不良品は回収するということを続けて危機を乗り越えました。
その後1886年に、久留米絣同業組合が発足したことも影響して、全国区の絣へと発展していきます。

戦争の苦境を乗り越えて

大正から昭和にかけては機械化が進み久留米絣の生産量も大幅にアップしましたが、第二次世界大戦で綿織物の生産が禁止されたことを機に、久留米絣は苦境に陥ることになります。
第二次世界大戦中に生産を禁止されたことはもちろん、戦後に洋服需要が増加し、和服を着用する日本人が少なくなったことは、絣の発展にとって大きな痛手となりました。

しかし、久留米絣の魅力を知る人、その文化を広めようとする人の歩みは留まることなく、現在では重要無形文化財や伝統工芸品として認定されています。
昔のように多くの人が存在を知り日常的に着用するものではなくなりましたが、久留米絣は、着物以外のアイテムにも多く使用されるなど今なお存在感を放ちます。
今後はより様々な形で目にすることが増えるかもしれませんね。

久留米絣ができるまで

久留米絣が完成するまでには、数多くの工程が必要となります。
どのような工程が必要なのか見ていきましょう。

久留米絣の制作工程

久留米絣の制作工程

1.デザイン作成

まずは、久留米絣の柄を考案するところからはじまります。
経糸と緯糸の配分数や糸の伸び縮み、絣糸の特性、作者の個性などを考慮しながらデザインを考え、図案を作成します。
糸の収縮具合は柄の仕上がりを左右するため、職人の知識と経験が必要な重要な工程です。
図案をもとに糸の配分数を計算して記入したものを「絵紙」、伸縮の程度を踏まえ図案を書き直したものを「下絵」と呼びます。

2.整経と整緯

模様ごとに異なる絣糸と地糸の本数を割り出し、伸縮を考慮しながら経糸を整経します。
また緯糸は20本単位で、経糸の柄模様の数を考え整緯していきます。

3.糸たき・さらし・糊付け

2~4時間程度、沸騰したお湯に糸を浸けて不純物等を落とします。
その後、漂白して最後に糸が崩れないように糊付けを行います。
こうすることで糸が強化され、色味も美しく仕上がります。

4.括り

柄となる部分に色がつかないように、アラソウという麻を使って糸を固く括ります。
括りの工程は、久留米絣の仕上がりを決める上で最も重要な工程です。

5.染色

染めやすいように糸を輪の状態に束ね(綛上げ)、色ムラができないように染めていきます。
染色が完了すれば、何度も水を入れ替え余分な染料と不純物などを取り除き、最後に湯洗いをします。

6.紐ほどきと糊付け

染めた糸が乾かないように気をつけながら、4の工程で括ったアラソウをほどき糊付けをしておきます。
糊付けはこの次の工程で糸が毛羽立たないように、そして糸の強度を高めるために必要な作業です。

7.経割と留め合わせ

糸を割って引き伸ばし、デザインの柄に合わせ束ねていきます。

8.割り込み・筬通し

絵紙で出した糸数をもとに地糸と絣糸を組み合わせて並べ、端から並べた順に筬羽に通していきます。

9.経巻

糸を強く張りながら、デザイン通りになるように経糸を巻箱に巻きます。

10.管巻

手織りの場合は、木綿車を使って竹管に緯糸を1本ずつ巻いていきます。
機械織りの場合は、20本のトングの基本線に沿うよう緯糸を巻いていきます。
このときも柄模様がずれないように注意を払って巻き取ります。

11.製織

投杼機(なげひばた)を用い、柄模様を合わせながら織っていきます。
洗練された技術を持った職人のみが行うことができる作業です。

12.湯のし

高温の蒸気を当て生地を整える湯のしをした後、水洗い、日陰干しをします。
湯のしは生地をしなやかな生地にするためにも必要な工程です。

13.整反・検査

傷を検査しながらハサミで節を切り落とし、規定の長さに整えます。
本だたみというたたみ方で綺麗にたためば完成です。

まとめ

多くの作業と時間を要する久留米絣は、まさに人の手によって生み出される工芸品です。
洋服文化が浸透している現代では需要が減少していますが、受け継がれる職人技によって、今なお途絶えることなく続いています。

熟練の職人が手括りや天然藍を使って丁寧に色を染め、投杼機を使って繊細かつ力強く織り上げた久留米絣を手にされてみてはいかがでしょうか。
着物に限らず小物など、日常で使う機会の多いアイテムから手にしてみるのも良いかもしれませんね。

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