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冬の名残と春の訪れのはざま ~如月(きさらぎ)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.10

冬の名残と春の訪れのはざま ~如月(きさらぎ)の巻~ 「十二ヵ月のアンティーク半襟」vol.10

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2月は「冬の名残と春の訪れのはざま」を楽しむモチーフの季節。新暦の1月1日に続いて旧暦でも新年を迎える2月は、まだまだ2022年の干支「寅」モチーフの出番があります。そして2月3日の節分までは「豆」「桝」「鬼」「おかめ」「ひょっとこ」など、豆まきをイメージさせるモチーフも洒落て目に映ります。

着物姿のなかで一番目につく面積の狭い「半襟」。
しかし、かつては…

「お話しする時は相手の目ではなく、半襟をみてお話しするように」

という躾(しつけ)の言葉や、

「いずれ白襟で伺います」
※普段掛けている色襟を正式な白襟に替えて(=あらためて)伺う

という礼儀の言葉があったように、「半襟」は特別な意味を持つ和装小物です。

アンティークの刺繍半襟や染めの半襟にはすばらしい手仕事が凝縮されており、礼装はもちろん、縞の着物などに季節の半襟を掛ける(つける)ことが、明治から昭和、当時の女性の楽しみでした。

刺繍半襟は、

「着物を一枚仕立てる贅沢のかわりに、せめて刺繍の半襟を…」

という女性の気持ちに寄り添って作られた、小さな贅沢だったのでしょう。

そんな半襟に込められた和の美と季節の再発見をテーマに、旧暦の月名にあわせたアンティーク半襟をさとうめぐみの「半襟箱」の中からご紹介していきます!

さとうめぐみの半衿箱

二十四節気と半襟について

さて…
今月2月は、旧暦名で「如月」。

如月は「きさらぎ」と読みます。
中国でも2月の異称に「如月」が使われており、その漢字をあてた説があります。

ところが中国では如月を「にょげつ」と読むので、日本の「きさらぎ」とは読み方が異なります。さまざまある和名の「如月」の意味や由来のなかで有力な説は、「衣更着(きさらぎ)」が転じたという説です。

「衣更着」は、厳しい寒さに備え重ね着をする季節(衣を更に重ねる)という意味。

そんな月に訪れる「二十四節気」は、

「立春(りっしゅん)」(2022年は2月4日)
「雨水(うすい)」(2022年は2月19日)

です。

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立春は「正月節気」ともいわれ、旧暦のお正月であり四季としては春のスタートです。一年のはじまりを祝うコーディネートのテーマは「立春大吉(りっしゅんだいきち)」。新暦のお正月は着物に袖を通すことができなった方も、立春に着物を着て春の到来を感じてみませんか。

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雨水(うすい)。「雪が雨に変わり、雪解けがはじまるころ」という意味の節気です。雲の中の氷片がそのまま地上に降りてくれば「雪」、途中で解ければ「雨」。厳しい寒さが少しずつゆるんでくる時期にぴったりの表現ですね。

「二十四節気」とは、旧暦(太陰太陽暦)における太陽暦であり、2月4日の「立春」を起点に1年を24等分し約15日ごとの季節に分けたもので、いわゆる「暦の上では…」のもとになっているものです。

その中で第一番目の節気である「立春」は、「春の気配が初めて感じられるようになる時期」です。暦の上での春のはじまりですね。

「立春」は、二十四節気における「春」の初めの節気です。

旧暦の太陰暦では1月・2月・3月が「春」。
一方、二十四節気(旧暦の太陽暦)では「立春」から「立夏」の前日までの約90日が「春」です。

長く厳しい「冬」、寒(かん)の最後の日である節分(立春の前日)に豆まきをして鬼を追い払い、福を呼び込む行事はおなじみですが、これは寒さの中で芽生えた邪気=「魔」を滅することから、「魔滅」=「豆」が用いられるようになったといわれています。

また立春の早朝、禅寺や檀家では厄除けのために家の入口に「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣もあります。

この文字は、縦書きすると表裏・左右対称になることから、出入り口を探す魔物の混乱を誘い、侵入を防ぐ効果があると言い伝えられています。

着物・帯の意匠に「立春大吉」とあったら、この時期のとっておきになりますね。

そして、二番目の節気「雨水(うすい)」は、「雪が雨に変わり、雪解けが始まる頃」という意味です。

雲の中の氷片がそのまま地上に降りてくれば「雪」、途中で解ければ「雨」。
厳しい寒さが少しずつゆるんでくる時期にぴったりの表現ですね。

昔から「雨水」は農作業の準備の目安とされてきました。雪文様や雪持ち柄の着物は、この雨水あたりまでのもの。「立春」を迎え「雨水」を過ぎたら、雪文様は「なごり雪」への見立てがお洒落です。

今年2022年は2月1日が旧暦の一月一日、本当のお正月、元日にあたります。
(現在北京オリンピックで湧いている中国では、旧暦のこの日を「春節」と呼び、1月31日~2月6日まで一週間を正月休暇とする暦となっています)

「立春」に「雨水」…

この「15日ごとの季節」=「二十四節気」という小さな区切りこそ、半襟のお洒落の見せ所です。

着物や帯の季節のモチーフを取り入れてしまうと、短い時期しか着ることができなくなってしまいますが、ほんのわずかな面積が襟元からのぞく程度の半襟なら、印象に残ることも少なく、着ている方は季節の移り変わりを密かに楽しむことができます。

如月の半襟1『縮緬地 梅に麻の葉文様 刺繍半襟』

『縮緬地 梅に麻の葉文様 刺繍半襟』
情緒あふれる刺繍半襟です。

そんな如月にご紹介する一枚目の半襟は…

『縮緬地 梅に麻の葉文様 刺繍半襟』

真黒な縮緬に朱鷺色(ときいろ)で梅の花を、赤で麻の葉文様を刺繍した、情緒あふれる刺繍半襟です。

梅は中国原産の花木で、奈良時代初期に日本にやってきました。
厳寒の中で、ほかの花に先駆けて咲く香り高い梅は、中国では逆境に耐える人生の理想とされ、日本でも子孫繁栄を意味する「産め」につながる縁起のいい花として愛好されてきました。

また、学問の神様とされる菅原道真(すがわらのみちざね)が梅の歌、

「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて春をわするな」

と詠んだことから、梅の花は道真公の象徴となりました。

風情を感じさせてくれる半襟

学問の神と梅の花といえば、大正時代の尋常小学唱歌に『夜の梅』という歌があります。

一、梢(こずゑ)まばらに咲き初めし  花はさやかに見えねども
夜もかくれぬ香にめでて 窓はとざさぬ闇の梅

(大正三年 尋常小学唱歌六)

夜の闇の中で、梅の花は見えないけれども風に乗って薫る梅の花の香りは隠しようがない―

梅の香り高さをうたったこの歌を写し取ったようなこの半襟は、もしかするとこの時代に作られたものかもしれません。

寒さの比喩でもある「闇」、その真っ暗な中にポツリポツリと花開く梅はまさに、春の訪れを伝えてくれる花。この半襟は、そんな風情を感じさせてくれます。

睦月の半襟2『縮緬地 雪持ち千本鳥居・梅に組み紐文様 刺繍半襟』

『縮緬地 雪持ち千本鳥居・梅に組み紐文様 刺繍半襟』
早春の風景そのものの美しい半襟

二枚目にご紹介する半襟は、

『縮緬地 雪持ち千本鳥居・梅に組み紐文様 刺繍半襟』

若草色から東雲色にぼかした縮緬地に、雪持ちの千本鳥居と松、梅に組み紐をあしらった、早春の風景そのものの美しい半襟です。

千本鳥居といえば、京都の伏見稲荷大社を連想するように、稲荷・狐と縁の深いモチーフです。

その稲荷神社で2月に行われるのが「初午(はつうま)」です。

初午は暦の雑節のひとつとされ、旧暦で1年のうち最初の午の日も初午(通常新暦の2月上旬)に行われる稲荷社の祭です。

これは、全国の稲荷社の本社である伏見稲荷神社のご祭神・宇迦御霊神(うかのみたま:五穀豊穣・現世利益の神で狐を使いとする)が、伊奈利山(いなりやま)へ降りた日が和銅4年2月7日(711年2月28日)であったとされ、この日が初午の日であったことから、全国で稲荷社を祀る日となりました。

江戸時代には、現世利益のもとになる読み書きそろばん、自分の身を養う技を身に付けるという意味でこの日に子供が寺子屋へ入門する習慣が生まれ、次第に子どものお祭りと認識されるようになりました。

現在でも歌舞伎座稲荷を奉る東京・歌舞伎座ではこの日、地口(じぐち:=駄洒落)を記した行灯が下げられたり、特別な口上があったりと、江戸の風情を今に伝えています。

初詣に初午、年の初めのすがすがしさを感じる一枚です。

年の初めのすがすがしさを感じる一枚。

如月の半襟3『縮緬地 春駒に桜 刺繍半襟』

『縮緬地 春駒に桜 刺繍半襟』
桜と春駒を刺繍した半襟。

三枚目にご紹介するのは…

『縮緬地 春駒に桜 刺繍半襟』

です。

シボの高い白地の縮緬にパステルカラーで、桜と春駒を刺繍した物語性のある刺繍半襟です。

「春駒(はるこま・はるごま)」とは張り子などで馬の頭の形をつくり、竹をさして差さえ歳下端に車をつけ子供が跨って遊ぶ玩具のこと。

かなり古くからある玩具で、江戸時代には広く男児の友として親しまれるようになりました。

由来は、白い馬(駒)を見て邪鬼を祓う平安時代の宮中の正月行事「白馬節会(あおうまのせちえ)」(陰暦正月7日に左右馬寮から白馬を紫宸殿の庭に引き出し、天覧する宴)にちなんだものといわれています。

その語源は、春になり、放し飼いにする馬、春馬・放し馬という意味です。

先に初午は子どもの祭りの日と述べましたが、地方によっては蚕や牛・馬の祭日とする風習もありました。

「春駒」を用いた芸能を蚕の神様や家畜の神様に奉納することで、その年の実り・家畜の健康を祈願したのです。

傍らに添えられた桜は季節の先どり。

長い冬を経て初午の祭り・春駒の奉納を終えると間もなく桜の季節がやってくることを伝える一枚です。

桜の季節がやってくることを伝える一枚。

如月の半襟4『縮緬地 小梅・紗綾型文様 刺繍半襟』

『縮緬地 小梅・紗綾型文様 刺繍半襟』)
鮮やかな紫色の縮緬地に沙綾型の半襟。

四枚目の半襟は…

『縮緬地 小梅・紗綾型文様 刺繍半襟』

鮮やかな紫色の縮緬地に、白の小さな梅を刺繡し、紗綾型(さやがた)を形どった洒落た意匠の半襟です。

紗綾型は卍(まんじ)つなぎ文の一種で、端正な卍つなぎを菱(ひし)状にゆがめた形をさします。

もともと「紗綾」という絹織物の地文として多く用いられたところからこの名がつけられ、桃山時代以後おもに綸子(りんず)の地紋に用いられ、「本紋(=紗綾型に菊と蘭)」の基礎となりました。

また小紋や唐紙、さらには神社建築の装飾として用いられることでも知られています。

旧暦の新年、そして立春を迎える頃花開く「梅」は、神社仏閣ともゆかりの深い花であることを教えてくれる一枚です。

江戸小紋のような遠近法を使い、近くで見れば清らかな白梅が咲き誇り、遠目に見れば仏教で陽光・そして吉祥福徳を表す吉祥文様・紗綾型に見える、遊び心にあふれた半襟。

美しい紫と可憐な刺繍の半襟をメインにしたコーディネートを楽しみたくなります。

遊び心に溢れた半襟。

2月のモチーフ

寒さの中に春の芽生えを感じるコーディネート

2月におすすめのモチーフは…

「冬の名残と春の訪れのはざま」を楽しむもの。

新暦の1月1日に続いて旧暦でも新年を迎える2月は、まだまだ2022年の干支「寅」モチーフの出番があります。

そして2月3日の節分までは「豆」「桝」「鬼」「おかめ」「ひょっとこ」など、豆まきをイメージさせるモチーフも洒落て目に映ります。

「初午」「狐」「鳥居」、「梅」につきものの「鶯」、そして春の訪れとともに恋に忙しくなる「猫」、ふっくらと目を膨らませる「猫柳」、陽光の中にすっくと咲く「水仙」などの季節の柄がマッチします。

ほっこりとした紬や常の装いの縞や格子の着物に、こうしたモチーフを取り入れるだけで、寒さの中に春の芽生えを感じるコーディネートになりますよ。

如月のとっておき

如月のとっておき

今月のとっておきのコレクションは、この季節ならではの植物モチーフの半襟です!

日本古来の柄でありながら、どことなくアール・ヌーヴォーの雰囲気を漂わせる意匠に仕上げられた半襟を二枚ご紹介します。

『縮緬地 春蘭文様 刺繍半襟』

一枚目は、

『縮緬地 春蘭文様 刺繍半襟』

鮮やかな茜色からピンクへのグラデーションが美しい縮緬地に、春蘭(しゅんらん)を刺繍した半襟です。

昔から、人々にその姿が愛でられてきた蘭。
中国では古来より、蘭が草木の中でも最も気高く、君子のような風格をもつとされ、梅・竹・菊とともにあらわし「四君子(しくんし)」とよばれていました。

そうした中国の影響を受けて、日本でも平安時代の頃から蘭を衣裳の文様や絵のモチーフ
に用いるようになり、綸子の本紋などの柄としても定着しました。

一方、西洋では19世紀前半に蘭の栽培が広がり、特にイギリスでは、蘭の栽培が貴族たちのステータスとして人気を博しました。

アールヌーヴォーの影響を得た一枚

こうした華麗な西洋の蘭は、明治時代に入ってから日本にももたらされました。

そしてこの西洋蘭がそれまでの東洋蘭に取って代わり、着物や帯に新しい意匠として登場するようになったのです。

優雅な曲線の中に、ハッとするような黒を配したモダンな春蘭のデザインはまさに大正〜昭和初期のアールヌーヴォーの影響を得た一枚といえるでしょう。

『縮緬地 水仙文様 刺繍半襟』

二枚目は…

『縮緬地 水仙文様 刺繍半襟』

爽やかな水色に楚々とした水仙を刺繍した半襟です。

水仙といえば、黄色い花芯が特徴的な「ラッパ水仙」をイメージする方も多いと思いますが、それは明治以降輸入されたもので、それ以前は平安時代に遣唐使などによって薬草として持ち込まれて野生化した日本水仙(ニホンズイセン)が一般的なものでした。

「すいせん」という名は、中国での呼び名「水仙」を音読みしたもの。
「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という中国の古典に由来します。

水辺で咲く姿がまるで仙人のようだという中国のたとえは、ギリシャ神話のナルキッソス伝説を彷彿とさせます。

この半襟の水色は、澄んだ泉。

泉に映った自らに恋する若者・ナルキッソスの悲劇は「ナルシスト」の語源にもなりました。

この半襟の水色は、澄んだ泉。その傍らにすっくと咲く水仙に西洋の香りを感じるのは、そんな連想からかもしれません。

また、この半襟につけられた商標(タグ)には、「ゑり直」電本局九七番とあり、かつて神戸にあった半襟の名店のものであることがわかります。

今は無き名店・名人の技が手つかずで残った奇跡の一枚、まさに宝物です。

「ゑり直」電本局九七番。

さて、立春・旧暦の新年を迎えた2月、あなたの眼福になれば…ととっておきをご紹介しましたが、いかがでしたか?

ひと月に一度、「半襟箱」という名のタイムカプセルを開けるドキドキを皆さんと共に…
以上が今月のさとうめぐみの半襟箱でした。

次号は「弥生(やよい)」の巻、3月5日・二十四節気「啓蟄」の前日の配信をお楽しみに!

『旧暦で楽しむ着物スタイル』河出書房新社
さとうめぐみ著『旧暦で楽しむ着物スタイル』(河出書房新社)他
アンティーク着物や旧暦、手帳に関する著作本多数!
 

半襟撮影協力/正尚堂

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