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新しい年のはじまりに。パートナーシップと着物 「台湾きものスタイル考」 vol.1

タイ在住時代から本格的に着物生活をはじめ、毎日ではないものの外出時に着る機会が増えていくのを、当初夫は快く思っていなかったようです。それでも夫の持つ「着物への特別な感覚」は、時間をかけ少しずつ変化してきたように感じます。良い面も面倒くさい面も見せたり話したりしながら、私の「好き」を理解してもらうために、楽しんで着てきました。

明けましておめでとうございます。
2021年も台湾で新年を迎えました。

昨年から続く新型ウィルスとの闘いはまだまだ先が読めない状況ですが、その中でのできることに集中し、日々に感謝しながら過ごしたいとあらためて強く願う新年となりました。
今年も海外より、着物が日常にある生活のあれこれを綴らせていただきます。引き続きよろしくお願いいたします。

着物はじめ

コートやショールなどに袖を通せたのは嬉しい誤算

1月1日、台湾は建国記念の日でした。
今年は土日が重なり3連休となりましたので、例年よりは新年を感じられた気がいたします。
さらに、年末晦日から南国である台湾も寒波に見舞われ、気温が10度を下回りました。昨年「台湾では防寒用の羽織物には出番がない」と書いたことを訂正しなければなりません。

着物にまつわるルールとは 「WORLD KIMONO SNAPS」 – TAIWAN –

インナーを多めに着るという手もありましたが、ここぞとばかりに、タンスの肥やしだった道行コートや、ファー付きのショールなどに袖を通せたことはうれしい誤算でした。

今年は夫婦で着物を着てお詣りに行きました

年に1度か2度しか着物を着ない夫に昨年末から根回しをし、2人で着物を着て近くの神社(こちらでは廟)にお詣りに行ったことも、お正月気分を盛り上げてくれた理由のひとつとなりました。

ですが、台湾での新年は2月の「春節」。
まだひと月以上もあり、門松もないおみくじもない、さらには日中なので光らないクリスマスのイルミネーションがもの悲しい元旦の日。
着物姿の夫婦が閑散とした台湾の神社(廟)にお参りしている姿は、かなり浮いていました。

台湾生活は3年目となりますが、台湾での初めてのお正月には、1月1日に故宮博物院が無料公開というので参観したことを思い出します。まだ世界中から観光客も訪れていましたから…とても混んでいたのが、本当に懐かしいです。

また昨年のお正月には、茶道社中での新年茶会に夫婦揃って参加したのでした。
こう見ると、やはり新年には少しあらたまった着物を選んで着ていることに気づきます。

「晴れの日」「ケの日」でいうところの晴れの日のための着物と帯は、こんな機会にタンスから出して眺めたり躊躇せずに着てあげないと、なかなか出番が回ってきませんから。

昨年、新年茶会に夫婦揃って参加
茶道社中の皆様と

普段から着物を着る方は少し格をあげたものを、また着物が日常にない方は、お正月松の内や、春節に合わせて普段着物を着てみるのも気分が新たになりますから、おすすめです。

そして今年は2人だけで静かに2021年を、材料の足りない中で用意したおせちとお雑煮を食べてはじまりました。
元旦には晴れ着を着て、お屠蘇を順番に飲みながら1年の目標を発表しなければ、お年玉やご馳走にありつけなかった子供時代をいつも思い出す瞬間です。

海外生活の中でも、日本にいる時のようにきっちり元旦の用意されるかたをSNSで目にしますが、我が家は適当です(笑)
あれば良し、なくても良しで、「丁寧な暮らし」と言う昨今流行りのフレーズとは逆行してしまっているようです。

華山文創区のガラスの手前にて

ただひたすら自分達に甘いところは「心に寄り添うことに丁寧」だと自負し、当分このスタイルでいく予定です。

台湾の神様と春節

媽祖さまを祀った松山慈祐宮

台湾の神様といえば仏教なのかなと思いきや、キリスト教の教会もそこそこ見かけますし、1番多いのは「道教」ではないでしょうか。
道教とは、統一された教義や経典がない地元の信仰が発展したもので、「土地公」と呼ばれています。日本でいうところの氏神様と同じ感覚の理解で良いと思います。
その「土地公」が祀られているのが「廟」や「宮」という神社のようなところです。

大小様々な廟がありますが、大きな「宮」にはその中に観音様をはじめ、縁結びの神様「月下老人」や学業の神様「文昌帝君」、また商売繁盛の神様「關聖帝君」など複数の神様が同居されているのが特徴です。

神様といっても、「媽祖様」の歴史のように、もとは福建省沿岸部の巫女だった女性が、地方の船乗りの信仰を集めて航海守護となったなど、実在した人が、偉業を成し遂げた、徳を積んだからと、霊として祀られているものもあります。
「八百万(やおよろず)の神」に手を合わせるのは、日本と良く似ています。

台湾の年末の様子

ちょうどこれからの時期、
台湾は一気に、年末のような空気に包まれていきます。

春節の大晦日に貼り替えるのが「春聯」というお札のような役割の赤い紙。準備にも余念がありません。
家の中や店先、玄関などに貼られていますので、また安心して台湾旅行を楽しめるようになりましたら是非注目してみてくださいね。

行天宮・春節の大晦日に貼り替える「春聯」

1月に入ってもまだクリスマス仕様のままのツリーやイルミネーションが撤去されるのは、2月がはじまる頃でしょうか。
私達日本人の中にある年末年始、松の内の感覚が、約ひと月遅れで、実際にもう一度訪れるという(デジャヴのような)体験が楽しめるのも中華圏ならではのことです。
タイにはお正月はなんと3回!もありましたから。

ただし、静かで厳かな印象の日本のお正月とは大きな違いがあります。
それはけたたましい爆竹音で、邪気を祓い幸運を祈ることからはじまります。
爆竹は人に向けてはいけないと言われていましたし、なかなか日本在住時にはその音も聞くことはありませんでしたが、タイ在住時にも、中華系のお祭りに爆竹は欠かせないものでした。

ここ台湾でも、お祭りごとには、ありえないほどの大量の爆竹音がつきものです。
至近距離での爆音と煙、飛んでくるかけらに…アドレナリンが出まくります。
2月の春節まで、その興奮はとっておきましょう。

2人の誕生日

さて、このコラムの公開日である1月14日は私達夫婦の誕生日です。
誕生日を喜んだりアピールするほど若くもなく、祝われるほど年配でもないのでちょっと気恥ずかしいのですが…

実は月日だけでなく年も同じで、生まれた年も月も日にちも同じという夫婦は珍しいらしく、旅先でパスポートを提示したり、何か書類を作成する際には必ず驚かれます。
利点はお互いの誕生日を絶対に忘れない、ということでしょうか。
生年月日が同じでも、生まれた場所と時間の違いは星の位置のズレとなり、あらわれる性格などはまるで違うのがまた面白いところですね。

日本で出逢い結婚して半年で日本を出ましたから、結婚生活のほとんどが海外生活。
慣れない非日常的な毎日。頼る相手はお互いだけという環境が功を奏したようで、おかげさまで続いています。

華山にて、横向き

タイ在住時代から本格的に着物を着る生活をはじめ、毎日ではないものの外出時に着る機会が増えていくのを、当初夫は快く思っていなかったようです。

その理由は、

 ①目立つから
 ②行動に制限がかかるから
 ③支度に時間がかかるからというものでした。

確かにすべてが思い当たることで、②と③に関しては着慣れていくことでしか解決されず、着慣れるためには着る回数を増やすしかないという矛盾と葛藤から、毎回のように「なぜ着物を着たいのか」をプレゼンするようになりました。

歓迎されない中では気持ち良く着物を着て出かけられないと判断し、諦めて洋服にする日も多々あり、1人または夫と別行動という日に練習も兼ねて着る機会を増やしてきました。
一緒に同じ時と場所を楽しむ際に相手が快く思わないなら、意固地になる必要もなく諦めて洋服を着れば良いのです。

華山にて

「着物」は、現代では必要不可欠なものではなく嗜好品の扱いといえるでしょう。
様々な行動に関しても、「着物だからといってできないことはない、昔は誰もが着物だった…」とおっしゃる方もいるかもしれませんが、私は、確かに着物では不便な時もあると感じています。

それでも夫の持つ「着物への特別な感覚」は、時間をかけ少しずつ変化してきたように感じます。良い面も面倒くさい面も見せたり話したりしながら、私の「好き」を理解してもらうために、楽しんで着てきました。

「目立つ」に関しては海外ですし、もう開き直るしかありません。せめて「悪目立ち」しない着付けや所作、色柄を意識する以外ないのですから。

ですが、「目立つ」恩恵もたくさん受けてきています。台湾に転居してからも最初はまだ抵抗があったようですが、ラジオ(タイ)・コラム・YouTubeなど「着物」を着るのが必要な理由をこじつけてきました。
気候がタイよりも台湾の方が着物を着るのに向いていたこともラッキーで、昨年はとうとう着付け講座をスタートしたことから、晴れて(?)「着物を着る人」となったわけです。
それからは、私が着物を着るか洋服にするかは、私自身の気持ち(と天候)だけで決めています。

不思議なことにそうなってからのほうが、より気楽にまた的確に、用向きに合わせた「着物か洋服かの選択」が瞬時にできるようになった気がいたします。

レンガ白大島

自分の「こうしたい」という思いを通すのにすべてをなぎ倒しながら突き進むのもひとつのやり方かもしれませんが、お互いの気持ちをすり合わせながら、穏やかに妥協しあっていく。それが私達には心地よく無理のない進み方なんだと実感しています。

そんな夫が、今年は私がかねてより欲しかった帯を誕生日にプレゼントしてくれるそうです。着物や帯、そのほか着物周りのものをプレゼントしてもらうのは初めてのことです。
人は変わるものだなぁ、と。うれしさとおもしろさとを噛み締めています。

もし同じようにご家族の方が、貴方が着物を着ることに難色を示すようなら、長期戦を覚悟してみてはどうでしょう。
あの手この手を考えたり工夫したり、丸め込んだりするのも楽しいものです。

1番大事なことはあなたが「着物を着る」ことを喜んで、うれしそうにしていること。
海外生活も、着物がある生活も、夫婦2人の暮らしも、自ら選びお互いの存在に感謝しながら違う価値観を認めて意見をすり合わせ、日々と年月を重ねています。

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