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着物姿でアートの一部になる 「台湾きものスタイル考」vol.8

着物姿でアートの一部になる 「台湾きものスタイル考」vol.8

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着物姿でアート作品の前に立つ時、私はできるだけ作品の一部になりたいと思っています。着物姿でコラボレーションし撮った写真が、私にとっては、私のアートなのです。

早いもので、8月も半ばとなりました。
少し初秋を意識した着こなしをしたい気持ちはあれど、連日30度を超える気温と、5月からの自粛のせいで着そびれてしまった夏らしい柄の着物や帯を、着れるうちに着ておきたい気持ちとが葛藤する日々です。

※本コラム内の美術作品の写真につきまして、各アーティストプレス・美術館・およびご本人より、撮影および掲載の許諾を得て使用しております。

台湾の防疫

8月が始まってすぐに、お持ち帰り対応のみでの営業だった台湾北部のレストランやカフェでも内用(イートイン)が解禁されるというニュースが入り、早速外食をしようとはりきってみましたが、お店側も人々の多くもまだ慎重で対応を先送りにするところが多く、食べられるお店にもお客様はまばらな状態でした。

5月からの2ヶ月半は、とても長い時間でした。
厳しいと感じた様々な制限に誰もが「感染者がまた増えては困る」という思いで、じっと耐え協力しあってきました。

台湾の防疫はとてもシンプルです。感染者が多くなれば、人々は外に出ません。

社交距離を保つこと、検温消毒、入店(行動)履歴を残すことによる、感染者との接触の徹底的な追跡や隔離。
マスクの義務化も早い段階から続いていますが、性能重視のサージカルマスク(不織布)で、布やウレタン製のマスクをする人はほとんど見かけません。

鄭先喻 個展『injector after Nulll』作品の前で
鄭先喻 個展『injector after Null』 臺北市立美術館 にて

衛生福利部の中央流行疫情指揮中心(CDC)は毎日会見を開き、状況と情報を開示し、方向性を示します。
記者からの質問が終わるまでそれは続きますし、ネット配信されていますので、誰もが見ることができます。

「(新規感染者を)ゼロにできればうれしいけれど、必ずしもゼロを目指すというよりは、感染をしっかり制御していきたい」と話されていますが、すでに1日の新規感染者がひと桁という日も多く、私はまたゼロになる日が来ると信じています。

目標が明確に示され、情報がしっかり開示されることは、不信感なく個が社会の一員として防疫に団結できる要因だと実感しています。

このように全てうまくいっているように見える台湾でも、実は一時期デマやフェイクニュースが流れ、人々の不安や政府への不信を煽ろうとする動きもありました。

それらを抑えたのは、台湾CDCメンバーの真摯で誠実な対応と丁寧な説明、そして人々の「感染を制御したい」という強い思いでした。

日本やアメリカ、チェコ、リトアニアからワクチンが届いたことでも安心し、落ち着きを取り戻した様子が伺えました。

それでも世界情勢をみると収束はまだまだ先のようです。
台湾の防疫の要は水際対策ですから、今後も海外との行き来は当分できないでしょう。

近くて遠くなってしまった日本がとても恋しいですし、デルタ株が蔓延し始めたという日本の状況を憂いでやみません。

久しぶりの「着物でお出かけ」

2ヶ月半自粛してきた「着物を着て出かける」ことを解禁した最初の日は、あいにくのお天気模様。台風が近づいていて蒸し暑く、雨が降ったり止んだりという、着物を着るには最悪の状況でした。

とはいえ美術館は日時指定の予約制で、人数制限があるためか予約開始日に2週間先まで満席となる争奪戦。
せっかく取れた予約をキャンセルする気にならず、決行することにしたのでした。

台北市中山区にある臺北市立美術館は、現代美術(Fine Art)に特化した台湾最初の美術館。今年で設立38年目となります。
6000坪を超える敷地に広がり、エキスポ公園内の施設やオブジェなど見どころもたくさん、台北ビエンナーレも開催された注目すべき美術館です。

ベルリンを拠点に活動する日本人アーティスト、塩田千春さんの展覧会が開催されていました。

実は私、2019年夏の一時帰国の際に、六本木・森美術館で開催されていた同アーティストの過去最大規模の個展に足を運んでいました。

その時の『塩田千春展:魂がふるえる』は、会期130日間で森美術館歴代第2位の総入館者数を記録したほどの人気ぶり。
おそらくほぼ同じ内容の展示だと認識した上で、私はチャンスがあるのならもう一度観ておきたかったのです。

観て、さらに作品に入り込みたかったというのが本音です。

『塩田千春展:魂がふるえる』作品の前で
『塩田千春展:魂がふるえる』にて

この日の着物は、アンティークの風通紗で表は黒で裏が赤。他の選択肢はありませんでした。
絹の風合いと通気性はそのままに、雨や汚れをはじくパールトーン加工を施し、お手入れから戻ってきていたことも大きな決め手でした。

彼女の作り上げた世界に圧倒され、飲み込まれ、包まれ、一部になる感覚と強烈なインパクト。写真で伝わりますでしょうか。

『塩田千春展:魂がふるえる』作品の前で
『塩田千春展:魂がふるえる』にて

この展覧会と同時に開催していたのが、台湾の現代アーティスト『王煜松 個展ー花園』と『鄭先喻 個展ーinjector after Null』でしたが、そちらにもこの日の着物コーディネートがマッチ、すばらしい作品を楽しむと同時におもしろい写真が撮れました。

王煜松個展『花園』作品の前で
『王煜松 個展ー花園』にて

勝手にコラボ「着物×アート」

着物姿でアート作品の前に立つ時、私はできるだけ作品の一部になりたいと思っています。着物姿でコラボレーションし撮った写真が、私にとっては、私のアートなのです。

ただ難しいのは、手持ちの着物の種類や色柄には限りがあり、その日の天候や気分で選んだコーディネートが、行った先のアート作品と噛み合わない場合もあります。

その場で着替えられるわけではないので、作品があらかじめどんな色調かわかっている時には、その雰囲気に合わせたコーディネートを組むようにしていますが、思った効果が得られる仕上がりになるか否かは、実際にその作品の前に立ってみないとわかりません。

逆に狙っていなかったコーディネートが、数あるアート作品の中のひとつに偶然にもぴったりリンクするなど思いがけない喜びもあり、勝手にコラボレーションする密かな楽しみは、なかなか奥深いものです。

劉群群 作品の前で
劉群群 作品の前で
Satoru Kondo『nobody』 作品の前で
Satoru Kondo『nobody』 作品の前で

そもそも、着物姿をアート的に写真で見せたい、と思ったきっかけは2015年にさかのぼります。
当時住んでいたのはタイ・バンコク。コンドミニアムのエレベーターホールのオブジェが、ある日着ていたゆかたの柄に偶然リンクしたことがはじまりでした。

それからは、美術館やギャラリーまた屋外などでも、(撮影が可能な場合には)その作品の一部であるかのように着物姿の自分を加えた写真を撮る(撮ってもらう)のが好きになっていったのです。

王煜松個展『花園』 作品の前で
『王煜松 個展ー花園』にて

もちろん洋服の時もありますが、今のところ「現代アート×着物」の非日常感がおもしろいと感じているので、美術館やギャラリーには意識的に着物で行くようにしています。

着物×海

まだ人出が少ない時期を狙っての「着物でお出かけ」第二弾は、台湾の北部、台北の郊外にある新北市淡水という港町でした。

淡水河の河岸には老街(ラオジエ・昔ながらの古い街並み)が広がり、食べ歩きを楽しんだり、お土産物屋さんで物色したりと、本来ならたくさんの人でごった返す観光地です。

残念ながら、この時はまだお店はほとんど閉まっていて、すれ違う人も数えるほど…

スペインが拠点を置いた際の、名残りの異国情緒あふれる紅いレンガの建物や、台湾の伝統的な廟、日本統治時代を思わせる施設と、現代のお洒落なカフェ文化とが絶妙に混ざり合う、何度訪れても魅力的な街です。
また夕陽のメッカとしても有名です。

日中は35度を超える暑さ、体感気温は40度以上と危険レベルのため、夕陽を目指して、夕方日差しが弱まるのを待って出発しました。

新北市淡水のお土産物屋さん
淡海ライトレール

今回は河岸からでなく、2018年に開通した「淡海ライトレール(輕軌/LRT)緑山線」に乗って、砂浜を目指しました。

対岸に見える山は日本統治時代に淡水富士と呼ばれた観音山です。

この日は、絞りやしじらの浴衣にするか小千谷ちぢみにするかを迷いましたが、いずれにせよなるべく肌に張り付かない素材で、下着(肌着)に直接1枚のみ纏うことで暑さ対策をしたつもりでした。

砂浜
日傘

気をつけてはいましたが、2ヶ月以上の外出自粛による体力低下と、マスクの常時着用に加え、夕方とはいえ高温多湿の中の外歩きは…こたえました。

みなさまも、夏のお出かけには十分ご注意くださいませ。

8月の七夕と終戦の日

台湾では季節の行事は旧暦で行われますので、ちょうどこちらのコラムが公開される時期は「七夕」にあたります(日本では7月7日ですが、台湾では、今年は8月14日)。

「七夕情人節」といい、七娘媽(織姫)の誕生日にあたるそう。「七娘媽」は、子どもの守り神、「床母」は幼児の守り神だそうです。
七夕にはそれらを祀る風習があったそうですが、今では日本でのバレンタインデーの逆のような扱いとなっており、台湾人男性は恋人に贈り物をしたり、レストランでのディナーを予約する日のようです。

レストランでの内用(イートイン)が解禁されて、本当によかったです。

お祭りの伝統的な習慣やお供えものの意味は消滅しかけていて、織姫と彦星の年に1度の逢瀬、というロマンチックな伝説の一部分が切り取られて商業にのせられているのが、台湾の七夕の現状です。

路地

そして翌8月15日は、台湾で迎える日本の「終戦の日」です。
私は長い間、この地がかつて「日本」だったことを知らず、意識もせずに生きてきました。

当時、沖縄より南の「日本」として、「特攻隊」がここから飛び立っていったと知ったのも、台湾に住んでからのことです。

ただし台湾では、8月15日は何の日でもありません。日本統治下では敗戦ですが、中華民国の立場では戦勝国となります。
その後は戒厳令による言論統制が行われたこともあり、当時のことを話す人も機会も失われて長いと聞きます。

日本が占領する前は、日本が撤退した後は、台湾がどのようであったのか―
日本人は、学校の歴史でそれを学ぶことはありません。台湾の複雑な歴史を知る日本人はとても少ないのだと、この地にいて実感しています。

『塩田千春展:魂がふるえる』作品の前で
『塩田千春展:魂がふるえる』にて

日本人として、戦争の犠牲になった台湾人の方々のためにも、8月15日には恒久平和への願いを込めて黙祷を捧げたいと思います。

海外での着物姿は、本人が意識するしないに関わらず「日本」をあらわします。
それは先人のしてきた良い事も悪い事もおのずと含まれ、この先も、それは望まなくとも避けられない事実なのです。

今は運良く着物姿は受け入れられていますが、この先もただ自分が楽しむ、単なる「着るもの」として着物を纏える未来が続いていくことを切に願います。

夕陽
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