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己より長く生きるものを継承する。 歌舞伎俳優 尾上右近さん(後編)

己より長く生きるものを継承する。 歌舞伎俳優 尾上右近さん(後編)

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ミュージカルに映画、ドラマにバラエティーと、活動の幅を広げるなか、歌舞伎座でも大きな役を勤めるなど目が離せない存在の尾上右近さん。 インタビュー前編では、着物と粋、南座での花形歌舞伎についてうかがいました。後編では歌舞伎と清元の違い、着物の楽しみについてうかがいます。

2023.02.27

インタビュー

先達の姿から“粋”を知る― 歌舞伎俳優 尾上右近さん(前編)

清元の紋「花瓢箪」と役者紋「重ね扇」

――今回、お召しになっている羽織には紋が入っていますが、これはどちらの紋になるのでしょう。

「この取材は尾上右近として受けていますが、この紋は「花瓢箪」という、清元の家業の紋なんです。僕の生家、岡村家もこの紋なので、本名の岡村研佑としても着ることができるんです」

”清元栄寿太夫””花瓢箪””尾上右近”

――縫いのひとつ紋というところがまたシャレていますね。

「紬ですと、染めの紋は入れられませんからね。それに縫い紋のさりげなさも好きなんです。

ちなみに役者・尾上右近としては「重ね扇」という役者紋になります。

初めてその紋付を染めたときは、家業とは違う役者という道を選んだということを、着物を通して実感しました。また、それが羽二重のいい絹でしたから、染めもしっかりしたものだとそれなりの重さになります。これが役者の重さでもあるんだなと。

そういう着物を自分で“選んで”作ったという感覚は、なにものにも代えがたいものでした」

”清元栄寿太夫””花瓢箪””尾上右近”

前例のない二刀流の切り替え術

歌舞伎俳優の道を選び、「尾上右近」を襲名されたのが12歳のこと。そして現在右近さんは、清元の浄瑠璃方「清元栄寿太夫」としても舞台に上がられています。

――歌舞伎俳優と清元演奏家とでは、着物との関わりも変わりますでしょうか。

「清元としては、着物のヴァリエーションが少ないんです。舞台や総ざらい(本式の稽古)では常に紋付ですし。紋付以外の着物を着るのは、舞台稽古のさらに前、最初に合わせる平稽古ぐらいなんです。

本番中も、楽屋入りするとすぐに紋付に着替えます。これが役者ですと、舞台衣裳があるので部屋着を必要とします。清元の場合、それがないんですね」

2018年の歌舞伎座公演(「吉例顔見世大歌舞伎」)では、『お江戸みやげ』に尾上右近として出演したのちに、同じ部の『十六夜清心』で清元の浄瑠璃方を勤めるという二刀流でも話題となりました。

「あの公演ではメインボーカルである父のワキ、サブボーカルという立場でしたけれど、ありがたいことに清元としての初お目見得と銘打っていただきました。

舞台裏をふり返ると、一度役者として出たあとに、再び清元として出るまでの待ち時間があまりなかったんです。ですから、時間を短縮するのであれば、役者の楽屋でお化粧を落とし、同じ部屋で清元の紋付まで着てしまえば早いし、ラクなんですけど、それはするべきではないなと思いました」

”尾上右近””歌舞伎””清元栄寿太夫”

――そういうときの作法が決まっているわけではないんですね。

「そうなんです。自分で決める必要がありました。僕としては、役者と清元の間できっちりけじめをつけるべきだと思ったんです。装いにおいても、それをはっきりさせたかった。

結果的にどうしたかというと、役者として出番を終えると、楽屋で化粧を落とし、髪をセットし、稽古着に着替える。それも普段、役者の楽屋では締めない角帯を締めます。この状態で清元の楽屋へ移動する。そこで初めて紋付に着替える、というやり方にしました」

芝居にちなんだ帯をみかけると

――普段、歌舞伎俳優として、着物を着るうえで気をつけていることはありますか。

「襟ですね。襟が崩れるととてもだらしなく見えてしまいますので、写真を撮っていただくようなときも、まず襟の合わせ具合を気にします。

僕の場合、どうも襟が抜けやすい骨格みたいで。素踊りのときなどは、着物の襟と襦袢の襟と両面テープで留めることもあります。

”尾上右近””襟元””紬”

あと、帯も大事ですね。あまり手先が長いと垂れてきてしまうし、短いと寸詰まりになってしまう。ちょうどいい長さを意識して結ぶようにしています。

僕たちは貝の口という締め方をします。結んだあと、僕は関東手で左から右に回して結び目を後ろに持っていくんですが、最後、結び目は背の中心にせず、やや左に寄せると落ち着くんです。そうやって少しナナメにするのが粋だと言われていますね」

――帯は着姿を左右する要ですからね。とくに女性の場合、お太鼓だと目につきやすいので、帯が着姿の印象を決めるともいえます。

「演目にちなんだ柄の帯を締めて来てくださるお客さまもいらっしゃいます。僕たち、公演中はずっと芝居に近い感覚で生きていますので、ああいう着物姿を見ると格別のうれしさがあります。

あと惚れ惚れするのは、季節感を帯で取り入れている方。たとえば5月なら、三社祭にちなんだ帯をサッと締めていたりすると、オシャレだな~と感心してしまいます」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

着物で汗をかくイメージがアダに

――たしかに季節感を取り入れるのも着物の面白さですよね。また、季節ごとに素材も変わっていきますしね。

「僕は夏が好きなので、素材が絽になったときに心が弾むんです。絽の紋付で踊ることはないですが、清元の紋付も絽になるんですよ。軽くて涼しげで、気分も変わりますよね」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

――涼しげな着物が好みですか。

「僕のなかでは、なにしろ着物は暑いというイメージがすり込まれてしまっているんですよね。職業柄、着物でパフォーマンスしますし、歌舞伎の衣裳は分厚いので「着物=汗をかくもの」という感覚が強いんです。

その思い込みのせいで、一度失敗してしまったこともあります。

映画『燃えよ剣』に出演させてもらったとき、それが初めての映画撮影で、2月の京都だったんですけど、時代劇で着物だし、いつもの感じで汗をかくだろうと思って、上半身用のヒートテック肌着だけで衣裳を着たんです。そしたら、むちゃくちゃ寒かった(笑)。

そりゃそうで、時代劇の衣裳は歌舞伎のように分厚いものではなく、普通の着物とあまり変わらないんです。底冷えに耐えられなくて、次からは、上下いちばん暖かい下着にして、カイロも貼れるだけ貼って、撮影に臨むようにしました」

2021.10.08

よみもの

‟ほんまもん“がつくり出す世界観とは?『燃えよ剣』「きもの de シネマ」vol.5

自分より長く生きるものを、着る

――歌舞伎、清元ともに偉大なルーツを汲む右近さんですが、映画界にも、母方のお祖父さまに、昭和を代表する映画スター鶴田浩二さんがいらっしゃいますね。鶴田さんから受け継いだ着物などもあるのでしょうか。

「あります。着物や羽織、小物なんかもありますね。祖父が撮影のときに羽織っていたドテラは、いまでも現役で使わせてもらっています。

着物は、一代限りのものではなく、仕立て直しなどして、代々着られるというところも大きな魅力ですね。あとの代へと受け継げば、ある意味、自分よりも長生きするわけですからね」

――継承するという意味では、歌舞伎や清元、ひいては伝統芸能にも通じるところがありますね。

「まさしく。とくに歌舞伎は、自分がやりたいと強く願い、憧れ、恋している状態でいろいろと想いを叶えてきました。そうしたなかで、徐々に、受け取る一方ではなく、自分もまた歌舞伎の力になれるように動くべきことも出てきました。

つまるところ、もう人のせいにはできないぞ、という機会も増えてきています」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

「ただ、着物もそうですけど、まずは自分が楽しむことが大事だと思うんです。責任を担うということは、それ自体、やりがいでもあり、面白いことでもあるはず。というか、そこは歯を食いしばってでも、面白がっていきたい(笑)。

気づくと、つい笑うことを忘れていたりしますからね。いや、笑っていこうぜと」

責任という意味では、今度の南座の三月花形歌舞伎では、中村鷹之資さん、片岡千之助さん、中村莟玉さんという、右近さんよりもさらに若い世代を、中村壱太郎さんとともに引っ張るポジションでもあります。

「引っ張るというにはまだ早くて、「ともに闘う仲間」という認識ではあります。彼らのほうも僕らに遠慮することはないだろうし、ガンガンぶつかってきてほしいですね。

そういえば『仮名手本忠臣蔵』で僕と壱太郎さんがダブルキャストで演じる早野勘平という役は、舞台上で衣裳替えをする場面があるんです。言わば、ナマ着替えです(笑)。

僕の回では、莟玉くんが女房のおかる役を演じて、彼が僕の帯を締めることになります。
帯は大事ですからね。カッコいい勘平になるのも、カッコ悪い勘平になるのも、ある意味、莟玉くんにかかっています(笑)。

……と、まあ、とにもかくにも、一丸になってみなさんを喜ばせます!」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

前後編とインタビューに応じてくださった右近さん。次回は思い入れのある品々をご紹介いただきます。

聞き手/九龍ジョー
構成/渋谷チカ
撮影/グレート・ザ・歌舞伎町
ヘアメイク/白石義人(ima.)
撮影協力/KINGSTON

公演情報

3月4日から始まる京都南座での「三月花形歌舞伎」。今年も平成生まれの歌舞伎俳優5人が中心となり、舞台を盛り上げます。
今回、中村壱太郎さんと尾上右近さんのダブルキャストでお送りする演目は『仮名手本忠臣蔵』の五段目・六段目。

上演前に『仮名手本忠臣蔵のいろは 大序より四段目まで』解説が入り、壱太郎さんが早野勘平を演じるAプロでは上方式、右近さんが勘平を演じるBプロは江戸式と、演出の違いも見所です。

チケットなどの詳細はこちらのサイトをご参照ください。

「歌舞伎美人 三月花形歌舞伎」
南座 ●3月4日(土)〜26日(日)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/806

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