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無地着物ブームの立役者たる工芸ライターの美意識 田中敦子さん 【YouTube連動】「着物沼Interview」vol.11

無地着物ブームの立役者たる工芸ライターの美意識 田中敦子さん 【YouTube連動】「着物沼Interview」vol.11

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着物沼住人の価値観や流儀から多彩な着物の世界を紐解く、YouTube連動連載「着物沼Interview」。今回は、『和樂』『七緒』の創刊に参画した工芸ライター・田中敦子さんが、着物界のレジェンドたちと重ねてきた時間を通して育んだ独自の美意識に迫ります。

2026.01.12

ライフスタイル

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手しごとの温もり感じる田中敦子さんの装い

ゆったりとした自然体の着姿で現れた田中敦子さん。工芸・着物・日本文化を軸に、取材・執筆・編集を行う工芸ライターであり、染織・工芸企画展のプロデュースや工芸公募展の審査委員を務めます。

田中さん

人気雑誌『和樂』『七緒』の立ち上げから関わり、工芸と着物の橋渡し役として活躍されている沼住人です。

まずは、この日の装いから。

着物は、名匠・藍田正雄氏が手掛けた大名柄「お召十」の江戸小紋です。玉糸を使った小千谷紬地に型紙で小紋をつけた手しごとが見事な逸品。

「現代的なこの独特の地色がとても美しい」と、田中さん

「現代的なこの独特の地色がとても美しい」と、田中さん

合わせた帯は、大好きな作家のひとりである津田千枝子さんが染め上げた名古屋帯。

「何より素晴らしいのは、日本に限らずインドやラオス、中国、韓国といった国々のきれをベースに美しい紋様を染める技術。上品な箔使いも他になく、日本のこれまでの染織の枠から少し外れているところがとても共感できます」

長着と帯の色味が親しく、落ち着いたコーデに

長着と帯の色味が親しく、落ち着いたコーデに

添えた帯留めは、イッチンという技法で文様を描く陶芸家・和田由記子さんの作品。三分紐は「工房・野の人」謹製の野草染めの組紐で、色の綺麗さが田中さんのお気に入り。

この繊細さが帯や着物に合わせた最大のポイント

この繊細さが帯や着物に合わせた最大のポイント

吉野綾さんが紬地に天然染料で染めた帯揚げは、「好みの装いにぴったり合うので、このところ重宝しています」とのこと。

工芸ライターを目指すまでの道のり

戦災孤児だった父の親代わりだった小説家・尾崎一雄氏に幼少の頃から憧れていた田中さんは、物を書くことは素晴らしい仕事だと思いながら育ちます。

高校生になると編集者になることを考えるようになり、大学4年生のときに小さな出版社でアルバイトを始め、受験用問題集の解答を書く仕事から「書く」ことのキャリアをスタートさせました。

田中さん

その後、中途採用で入った出版社で編集者のスキルを重ねる中で、「この前まで流行っていたものが次のシーズンになると『ダサい』とまで言われるような、洋服のトレンドが半年サイクルでどんどん変わっていくことに理不尽さを感じていた」という田中さん。

そんな折、ご自身の中のムーブメントとして「うつわ」に興味をもったり、「お茶」を習い始めると共に、着物にも惹かれていきました。

「数は持っていないけれど、分からないままにコーディネートをしていたら、なんて楽しいんだろう!と思うようになりました。同じ帯と着物でも、小物合わせでこんなにも世界観が変わるなんて。しかも洋服のようなトレンドがなく、来シーズンも着られる――そこに救いを感じて、コーディネートの楽しさと相俟って、一気に着物にハマってしまいました」

と同時に、工芸にも興味を抱いていた田中さん。勉強して工芸ライターとしてやっていこうと決意し、独立しました。

きもの研究科・森田空美さんとの出会い

学びを積む中で、ご縁から「あなたが着物を好きになったその感じでムックを一冊つくってみない?」と声をかけてもらって出した『きものと和小物の楽しみ』を持って、着物雑誌『きものSalon』へ売り込みに行きます。

そこで最初に担当したのが、紬系の着物をファッション的に見せるという企画。それこそが、自身の持ち味だと気づいた田中さんは、『メイプル』で女優・樋口可南子さんの連載でシンプルな織りの着物をコーディネートして評判になっていたきもの研究家・森田空美さんに企画をプレゼンしました。

そうして、創刊号から『和樂』で連載を共にすることになるのです。

田中さん

「まずは、先生がいつも着てらっしゃる無地紬でやりましょうという話になりました。染めではなく。それまで、雑誌では写真映えするコーディネートが主流だったんですね。あと、赤い小物とか。実際に着ないのに写真映えするから差し色を入れるというコーディネートに私は納得がいかなくて。先生も同意してくださって、実際に着たい小物でコーディネートをしましょうということで、“赤禁止令”を出しまして(笑)。

さらに、どこから見ても美しいように本仕立てにしましょうという、ありえないことを(呉服店には)お願いして。渾身の力でページをつくり始めました」と、森田さんとの仕事を振り返ります。

この“無地感覚の紬”は衝撃的で、読者からのアンケートはがきには「紬は野良着です!」と書かれたり、京都の室町界隈では「ちょっと理解できない」といった声も上がったり。そんなエピソードを披露しながら、田中さんは「いまとなっては笑い話です」と軽やかな笑顔に。

「高級品ではなく上質なものを」が合言葉

そんな森田さんの持ち味は、「色使いはもちろん、光使い」と田中さんは評します。

「ナチュラルメイクと同様に、ハイライトとしての白っぽい色を上手に取り入れることで肌色がぱあっと明るくなるんです。良い糸を使ったものはマットに見えて光沢がある。中途半端なものでなく、良い素材、良い糸を使った良い織を選ぶという姿勢を大事にしていました。高級品ではなく上質なものを、それが先生との合言葉でしたね」

空気をまとうような軽さが特徴の無地紬

空気をまとうような軽さが特徴の無地紬

こちらは、森田さんが愛する作家の着物。

「森田先生が最も愛されているのが、田島拓雄さんの織りの着物です。私のはちょっとカーキっぽい茶色で、光によって色が違って見えるんですね。とにかく軽くて。先生も思わず『何、これ?』っておっしゃったくらい。これはまさに、森田先生のスタイルを象徴するような一枚です」

アクセント不足を補い、改まった雰囲気の場でも着ていけるようにと、刺繍の一つ紋を入れるのも森田流。それに倣って花の紋を入れた一枚は、田中さんのお気に入りです。

着物も工芸も平和であってこそ楽しめる

その後、またもやご縁に導かれ、田中さんは『七緒』の創刊に尽力しました。一冊で終わるかと思いきや想像以上の評判を得て、26号まで監修を務めます。もちろん、現在でも連載を担当するなど、つながりは強固です。

どんな経緯で『七緒』の立ち上げに関わることになったのか、その『七緒』の編集部で印象に残っているエピソードなどについては、ぜひ動画をご覧ください。

田中さんの著書

田中さんの著書

また、主婦の友社が所蔵する90年分のバックナンバーから着物の歴史を定点観測で学んだという田中さん。

戦前の様子から、次第に国威が高揚していき、鬼畜米英へと論調が移り変わるなかで、節約と銃後の守りへと国民の意識が一直線に向かっていく様子が、驚くほど劣悪になっていく紙質も相俟って、誌面から立ち昇り、ただの読書ではなく「恐ろしい追体験」を得たことこそが自身の宝になったと言います。と同時に、マスコミの恐怖も強く感じたのです。

「最初に出した『江戸の手わざ』という本の取材で、江戸の職人さんたちが父同様に東京大空襲で家族を亡くしていたり、戦争中には和紙職人さんが風船爆弾をつくらされていたという語りを聞いたりしました。そういった話から、着物も工芸も平和でなければ楽しめないものだということをつくづく感じています」

染織史家・吉岡幸雄氏との物語

工芸ライターとして着物雑誌を手掛け、学びを深めていく中で、森田空美さんと同じく、田中さんにとってかけがえのない出会いとなった相手が、染織史家の大家である吉岡幸雄氏※でした。

※吉岡幸雄氏……江戸時代から続く染屋「染司よしおか」5代目当主。染織史家。古代染織技術の研究と復元に取り組み、数多くの文化財復元に携わった。田中さんは、吉岡氏主宰の染織サロンで染織史への理解を深めた。

吉岡氏の代表著書『日本の色事典』は総カラー最新ダイレクト製版で見せる色彩の博物誌として名高い

吉岡氏の代表著書『日本の色事典』は総カラー最新ダイレクト製版で見せる色彩の博物誌として名高い

書籍などを通して、「いつかお会いしたいなと、漠然とした憧れがあった」吉岡氏の勉強会に参加するようになった田中さんは、『和樂』の特集でも吉岡氏のバックアップを得たといいます。
一緒にイギリスまで取材旅行をするなど、親交を深めていったふたり。

「先生はなぜか、私が書くものをとても認めてくださって。何があると『じゃあ、田中君これ書いて』って言ってくださるんです。例えば、何か特集のときに『これ書ける人いませんかね』って訊くと、『自分で書け』って先生がおっしゃる。そうやって先生が私に“書かせる”ということがありました」

著書『きもの自分流入門』での吉岡氏との対談へのお礼も兼ねて、その美しい色に惹かれて購入した思い入れのある袋帯

著書『きもの自分流入門』での吉岡氏との対談へのお礼も兼ねて、その美しい色に惹かれて購入した思い入れのある袋帯

「また、ある雑誌で正倉院裂の記事を私が執筆したことがありまして、それを先生がご覧になったときに、『私はあなたを祝福したい』とおっしゃってくださったんです。先生に最初に連れて行っていただいてから、ずっと毎年見続けているんですけど、『そうやって見続けてきたことを誰かが認めてくれて、こういう仕事をあなたに振ってくれた。そのことがとても自分は嬉しい』って。

そして、『とてもよく書けてる』って言ってくださって。いまでも亡くなったことが信じられなくて……分からないことがあると先生に聞きたいって思います。本当に、私の大切なメンターです」

工芸を語る上で欠かせない着物たち

この日ご持参いただいた中には、田中さんが唯一分割で購入したという越後上布の着物も。

『和樂』の森田空美さんとの連載の取材のために訪れた先で出合った思い出の越後上布

創刊初期、『和樂』の森田空美さんとの連載の取材のために訪れた先で出合った思い出の越後上布

「念願叶って、雪晒しを見ることができました。雪の中でわーっと広げられた反物の美しさはもちろん、その風土と布、そこにいるつくり手と歴史を体験させていただいた仕事でした。それを見てしまったら着ないわけにはいかない、という想いで、撮影に使ったものをいただきました。

結構時間経ってますので、これをもう一回雪晒しすると白くなると思うんですが、いまのこの少し生成りが強くなった苧麻の糸の優しい感じが、藍の十字絣と合っていて、すごくいいなと思っているので、いまのところまだ雪晒しでお手入れはしていません」

手前、沖縄の染織作家の集いへ参加した際に出会った白井仁さんが織った着物

手前、沖縄の染織作家の集いへ参加した際に出会った白井仁さんが織った着物

「白井さんのように、畑から和棉を育てて糸を紡いで染めて織るまでを一貫してなさるという方はなかなかいないんですよね。糸の力がある布だとつくづく思います。

工芸って素材が良くないと良いものができないんです。それは無地紬にも通じることなんですけれども。糸っていうものを大事にするという意味では、この2点はとても工芸的な着物だと思っています。本当に大好きで、着ても楽しいし、見ても楽しい。人にも自慢したい、そんな着物です」

気軽に工芸を取り入れるなら、帯留めから

とある工芸作家から帯留めについて相談されたのを機に、工芸と着物の橋渡しをする役割が出来るのでは?と考えた田中さん。

田中さんの帯留めコレクション

田中さんの帯留めコレクション

「工芸好きの人には着物に興味を持ってもらうきっかけになるし。着物好きの人って意外と工芸に興味がなかったりするんですよ、着物はこんなに工芸と深く関わってるのに。だったら、帯留めで工芸のことを身近に感じてもらえないだろうかと思ったんですね。

いまの工芸家の方たちは周りに着物を着ている人がいないから、つくりたくてもなんだか手が出せないという状況もあったので、それなら私が、この人だったらつくれるかな、この人のだったら身につけてみたいなっていう方たちに声を掛けての『帯留めプロジェクト』も11回を数えます」

スリップウェアの帯留めは、『七緒』の企画で最初にオファーした伊藤丈浩さんの作品

スリップウェアの帯留めは、『七緒』の企画で最初にオファーした伊藤丈浩さんの作品

「伊藤さんは益子の作家さんです。取材の約束をしていたところ東日本大震災が起きてしまって、どうしましょう?ってお伺いしたら、『来てほしい』とおっしゃって。『いま益子がどういう状態か見てほしい』と。

薪窯は全部みんな潰れてしまっているし、いろんな人たちの割れた陶器がいくつも山になっているけれど、これから自分たちは頑張っていくから、ぜひ取材してほしいって……。忘れがたい帯留めです」

金工作家・秋濱克大さんの羽根の帯留め。毛彫りという伝統的な日本の彫刻技法を用いて、細かい毛の一本一本まで動きを感じさせる存在感のある仕上がりに

金工作家・秋濱克大さんの羽根の帯留め。毛彫りという伝統的な日本の彫刻技法を用いて、細かい毛の一本一本まで動きを感じさせる存在感のある仕上がりに

卵殻螺鈿の帯留めは、泉健太郎さん作。卵の殻を砕いて漆の面に貼り付ける装飾技法で、白さとひび割れを活かした繊細な文様が特徴的

卵殻螺鈿の帯留めは、泉健太郎さん作。卵の殻を砕いて漆の面に貼り付ける装飾技法で、白さとひび割れを活かした繊細な文様が特徴的

害獣として処分されてしまう鹿だが、帯留めとして生まれ変わることで「ちゃんと命がつながっていくように」という想いが込められている一品

害獣として処分されてしまう鹿だが、帯留めとして生まれ変わることで「ちゃんと命がつながっていくように」という想いが込められている一品

物として紹介するだけでなく、「すべてに物語が付随してしまう」と、田中さんは笑みをこぼします。

田中さん曰く、

「作家さんって、大きいものもつくれる人は小さいものを手掛けても美しいんですよね。迫力が感じられますし」。

その他、ガラス作家や切子作家の作品なども帯留めに。グラスやアクセサリーとして取り入れるのもいいけれど、小さな帯留めに閉じ込めた美しさを愛でるのも一興です。
まずは手頃な帯留めから、工芸作品を手に取ってみてはいかがでしょうか。

文章/椿屋
撮影/五十川満

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