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中村壱太郎さん・中村隼人さん インタビュー 「META歌舞伎」仮想空間と現実世界の融合 第一弾を終えて

中村壱太郎さん・中村隼人さん インタビュー 『META歌舞伎』仮想空間と現実世界の融合 第一弾を終えて

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バーチャル空間に平安時代を再現し、歌舞伎俳優の動きとリアルタイムで合成する『META歌舞伎』。演劇の可能性を広げたい― そんな思いで見たこともない『源氏物語』を作り上げた中村壱太郎さんと中村隼人さんに、生配信直後にお話しを伺いました。

”中村壱太郎””荒木町””歌舞伎俳優”

女方の若手として歌舞伎界で存在感を放ち、日本舞踊の家元としても活躍されている中村壱太郎さん。父は歌舞伎俳優・四代目中村鴈治郎、母は日本舞踊吾妻流宗家・吾妻徳穂という環境に生まれ、幼いころより袖を通してきた着物。今回は、芸と密接につながった壱太郎さんの着物観についてうかがいました。

最新鋭の技術を使った『META歌舞伎』

2022年1月25日、中村壱太郎さんと中村隼人さんが出演する歌舞伎作品『META歌舞伎 Genji Memories』が生配信されました。

“META”は「メタバース※」のことで、インターネット上に3DCGで構成された仮想空間を意味します。ユーザーはそこで自分の分身となるアバターを操作し、様々なアクティビティを楽しむことが可能。

コロナ禍における巣ごもり需要で『あつまれ どうぶつの森』や『フォートナイト』などのゲームを中心としたバーチャルサービス、音楽ライブや展示会などをオンライン上で開催するバーチャルイベントが浸透したこともあり、今では世界各国の大企業が次々とメタバース事業に参入しています。

※「メタバース(Metaverse)」…メタ(meta=超越した)、ユニバース(universe=宇宙)からなる造語。

『META歌舞伎 Genji Memories』メインビジュアル (C)松竹
『META歌舞伎 Genji Memories』メインビジュアル (C)松竹

そんな中、松竹株式会社が2022年1月にバーチャルプロダクションの研究開発拠点「代官山メタバーススタジオ」を開設しました。

バーチャルプロダクションは、3DCG背景やVFXと現実で撮影した映像をリアルタイムで融合する手法。その技術を活用したコンテンツの第一弾として配信されたのが、『META歌舞伎 Genji Memories』です。

歌舞伎史上初の試みとなるバーチャルプロダクションを用いた本作品では、バーチャル空間に平安時代を再現し、歌舞伎俳優の演技とその場で合成。約30分という短い上演時間の中でも、俳優がまるで平安時代にいるかのような没入感とともに『源氏物語』の美しい世界観を視聴者に届けました。

今回「きものと」では、藤壺・葵の上・六条御息所・夕顔・玉鬘といった5人の女性を演じ分けた中村壱太郎さんと、光源氏役の中村隼人さんに、配信翌日に直接インタビュー。

配信を終えたばかりの新鮮な感想と今後の展開についてお話を伺います。

オーディオドラマ『META歌舞伎 Genji Memories -序章 藤壺の章- 』

『本編につながる光源氏と藤壺の物語』

ゲームの世界をヒントに
バーチャル空間との融合

光源氏を演じる中村隼人さんの映像と3DCG映像をリアルタイムで合成する様子 (C)松竹
光源氏を演じる中村隼人さんの映像と3DCG映像をリアルタイムで合成する様子 (C)松竹

まずは一発勝負の生配信ということで、機械の不調など何のトラブルもなく終えられたことにほっと息をつくお二人。

「やはり今回は人間だけの力でどうにかなることではなく、機械の機嫌によって状況が大きく異なってくるので、ある種のかけというか『うまくいってほしいね』という願いが強かったんです。もちろん優秀なスタッフさんが起こりうる問題を想定して様々な対策やプランを練ってくださっていたんですが、結果的に何の不具合もなくできたことにまずは安心しました」(隼人)

稽古の期間は約1ヶ月。
3〜4日という通常の公演で行われる稽古期間に比べ遥かに多くの時間を費やしてもなお、本番を終えるまで不安は拭えなかった。

「きちんとヘアメイクをした状態で演技をして、グリーンバックと合成する稽古が毎日できたかといえばそうじゃない。スタジオも立ち上がったばかりですので、僕らも機械の不具合や色々な事故が起きることは承知の上で励まし合いながら稽古を重ねてきました。その時間がようやく形になった喜びはもちろんありますが、これほどの安堵感に包まれるのは初めてのことでしたね」(壱太郎)

光源氏を取り巻く個性豊かな女性たちを演じただけではなく、総合演出も務めた壱太郎さん。

中村壱太郎

父に歌舞伎俳優・四代目中村鴈治郎さん、母に日本舞踊吾妻流宗家・吾妻徳穂さんを持ち、自身も4歳の時に初舞台を経験。以降、女方の若手として歌舞伎界で注目される中、伝統芸能とアートを融合させる『ART歌舞伎』の企画演出を務め、自身のYouTubeチャンネルを開設するなど新たな取り組みにも積極的にチャレンジしています。

そんな壱太郎さんに今回のプロジェクト参加の打診があったのは、昨年の夏のこと。
キックオフの段階ではまだ『META歌舞伎』という言葉もなく、まさに0の状態からどんな風にバーチャル空間と歌舞伎の世界を融合させていくかという点について思考を巡らす中、あるものがヒントとなったといいます。

「数あるグリーンバックのスタジオの中でも、代官山メタバーススタジオはかなり小ぶりな方。この限られた空間で何を表現できるかと考えた時にヒントになったのがゲームの世界でした。ゲームに出てくるような幻想的な世界を舞台に歌舞伎俳優が何かを演じるのはどうだろうと思ったのが始まりです」(壱太郎)

『META歌舞伎』始動します!【かずたろう歌舞伎クリエイション】

歌舞伎史上初となる取り組みについて話す壱太郎さん

実は、思ってもみなかった“光源氏”という役

『META歌舞伎 Genji Memories』ティザービジュアル (C)松竹
『META歌舞伎 Genji Memories』ティザービジュアル (C)松竹

『META歌舞伎』第一弾となる今回は、『GARO-VANISHING LINE-』『GOH』『呪術廻戦』などの監督で知られる朴性厚さんが2021年に設立したスタジオ「E&H production」の演出スタッフが参加し、『呪術廻戦』『THE GOD OF HIGH SCHOOL』で演出を務めたアニメーターの西澤千恵さんが演出に協力。

そんな、アニメ界のクリエイター陣が総力を挙げたバーチャル空間を存分に活かす作品として選ばれたのが『源氏物語』です。

「ビジュアルを見ていただいてもわかるように、『源氏物語』が描くどこまでも広がる美しい世界観が3Dになった時に、映像としてとても映えるんです。派手な戦いのシーンがあるわけではありませんが、その様式美を見せることができたらいいなと思いました」(壱太郎)

そして、光源氏役を考えた時にすぐさま浮かんだのが隼人さんでした。

中村隼人

二代目中村錦之助のご長男として生まれ、2002年に初代中村隼人として『寺子屋』の松王丸一子小太郎役で初舞台。古典作品のみならず、スーパー歌舞伎などにも出演し、次世代を担う若手実力派として期待されています。“歌舞伎界のプリンス”との異名も取り、稀代のプレイボーイ・光源氏役もそつなくこなせそうですが……

「まさか源氏物語で光源氏を自分が勤めさせていただけるとは思っていませんでした。この先自分がやりたいなと思う役へ向かって、その道を今は歩んでいる状態なんですが、光源氏は全く思い描けていなかった役。市川團十郎さん、海老蔵さんが受け継いできた、すごく責任重大な役であるという印象です」(隼人)

また役作りも相当苦労されたようで、

光源氏を演じる中村隼人さん (C)松竹
光源氏を演じる中村隼人さん (C)松竹

「自分が女性たちを翻弄していることに気づいておらず、逆に自分が苦しめられていると思ってしまう。そういう若いからこその純粋無垢さが痛々しかったり儚かったりを見せるのに苦労しましたね。これが10代、20代前半だったら何も考えず象徴的な光源氏を演じられたと思うのですが、色々経験した上で台本を読むと、言いづらい台詞もたくさんありました。ただ、そこは壱太郎さんにもアドバイスをいただきながら自分なりの光源氏が作れたかなと思います」(隼人)

配信後にSNSで投稿された感想の中では、「光源氏のイメージが変わった」という意見も。隼人さんが演じられている光源氏はただ色好みな男性ではなく、目の前の女性を愛し、大事にする温かさも垣間見えました。

その理由として、隼人さんは「今回の台本では、光源氏の人間味を見せるセリフが多かった」と語ります。

演出だけではなく、脚本にもアニメ界から『プリンセスチュチュ』『SHIROBAKO』『天地創造デザイン部』などで知られる横手美智子さんを迎えた本作品。横手さんは初めて歌舞伎作品を手がけるにあたり、壱太郎さんにも頻繁にアドバイスを求めていたそう。

「横手さんは歌舞伎ってどんな脚本なんですかと気にしてくださっていたんですが、僕としては自由にやっていただきたかったので、構成だけお伝えして後は全面的にお任せしました。例えるなら愛の告白をする時に『月が綺麗ですね』と伝えるのが歌舞伎だとしたら、『愛しています』とストレートに伝えるのが横手さんの脚本。

そのまっすぐな言葉が光源氏の純粋無垢さや、夕顔には素直になれるけど、葵にはあまり本音を伝えられないもどかしさを鮮明に引き出したんじゃないかなと思います」(壱太郎)

新たな演劇の可能性を提示する

今回の生配信では、エンディングで、3DCG背景が取れてグリーンバックに佇むお二人が映し出される場面がありました。

これも実際の撮影現場を見せるための演出。それを見てもわかるように、配信では背景に庭園や女性たちの部屋が映し出されていましたが、お二人が演じられている場所はただ緑色のスクリーンがあるだけ。

「歩いているはずの道がそこにないという怖さはどれだけ稽古してもありましたし、説得力を出すのが何より難しかったです」(壱太郎)

『META歌舞伎 Genji Memories』キャラクタービジュアル (C)松竹
『META歌舞伎 Genji Memories』キャラクタービジュアル (C)松竹

どれだけ役に入り込んでいても、3DCGと合成する上で立つ場所は意識せざるをえない。

「歌舞伎の通常の公演ではあまりステージに”場ミリ”されていないんですが、今回ばかりは、あらかじめ定められた場所にいないと、お客さまからは池に落ちていたり、絶対に入れるはずのない場所にいるように見えてしまう。たった20センチの違いで大きく世界観が損なわれてしまうので、そこが不安でした」(隼人)

そんなドキドキを抱えて臨んだ今回の生配信。お二人の元には配信後に多数の感想が寄せられたといいますが、周囲の反応はいかがだったのでしょうか。

「配信を見てくださった方は口を揃えて『斬新な取り組みだね』と言ってくれました。僕も今回、リアルタイムで背景を合成することの難しさや今の技術を持ってしてでもできないことがあるということを実感しましたが、この先もっと技術が進化してより簡単に、そしてよりクオリティが高いものができるとするなら、第一歩としてやれてよかったと思います」(隼人)

新たな演劇の可能性を提示することができた。壱太郎さんもそこにプロジェクトの意義を感じているといいます。

「初めての試みなので、すぐさま名作と絶賛されるものを作るのは難しい。それでも俳優の演技と技術が連動できたということだけでも大きな成果だと思います。ここからどう発展させていくかについては僕たちチームも考えていきますが、もっと色んな人の意見も聞いてみたい。30分があっという間だったという声もあったように、今回はもっと見たいと思わせることが一つの勝負でした」(壱太郎)

映像の最後には「TO BE CONTINUED」という一文も。

今回の配信にあたり、壱太郎さんは主に円地文子さんが翻訳する『源氏物語』を読み込み、少なくとも5章の構想を練ったそう。

「先ほど隼人くんも話してくれていたように、今後に繋がる作品にしていきたくて、実は、円地文子さんの『源氏物語』を読み返した時に一気に構想が浮かんでしまって、五章までできています。
今回の公演が成功しないと残り四章できないので、よろしくお願いいたします」(壱太郎)

同世代の俳優と「一丸になって」

中村壱太郎さんと中村隼人さんのツーショット (C)松竹
中村壱太郎さんと中村隼人さんのツーショット (C)松竹

近年壱太郎さんが立ち上げた『ART歌舞伎』、隼人さんも出演する漫画を原作とする『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』や、新作歌舞伎『NARUTO -ナルト-』といった新しい取り組みに意欲的な姿勢を見せる歌舞伎界。

その最先端を走るお二人が今後、どのように歌舞伎界を盛り上げていきたいかについて伺いました。

「新型コロナウイルスの影響で歌舞伎ができない時期に『ART歌舞伎』を企画し、ありがたいことに劇場公開やコンサートにまで派生させることができました。『ART歌舞伎』では同じ思いを持った尾上右近さんとご一緒させていただいたのですが、そのことをきっかけに同世代の方と何かを作っていきたいという思いがより一層強くなったと思います。

一人でできることは限られているけど、力を合わせて乗り込めば新たな道が花開く。そんな未来を夢みるというよりは確かな目標として、こうした実験的な取り組みを続けていきたいです」(壱太郎)

一方、隼人さんは「何を持って歌舞伎なのか」と考えを巡らせます。

2015年上演の『スーパー歌舞伎II ワンピース』に出演された時から、それは常に自問自答していることだそう。

「歌舞伎俳優がやったら歌舞伎になるという人もいれば、そうじゃないという人もいる。
僕はまだ皆さまを納得させるだけの答えには至っていませんが、基本的に歌舞伎は江戸時代から始まって、その時々の事件や出来事をどんどん舞台化し、新しいものを取り入れてきた歴史があります。

だからもし数多くの作品を生み出した狂言作家の河竹黙阿弥が現代にいたら、やっぱり流行っているものを取り入れようとすると思うんですよね」(隼人)

伝統は伝統として残していきたい。されど、そのためには新しい取り組みで客層を広げ、幅広い人に歌舞伎を知ってもらう、“未来に繋げる活動”も必要だという隼人さん。

壱太郎さんも思いは同じ。

ゆくゆくは『META歌舞伎』を見てくれた人にも劇場に来てほしい、と言います。

「ご縁あって、3月2日から南座で始まる『三月花形歌舞伎』で隼人くんと共演することが決まっています。もし今回の『META歌舞伎』で初めて歌舞伎の世界に触れた人が、あの二人がやる舞台なら見てみようかなと思ってくれたら嬉しいですね」(壱太郎)

何よりも横の繋がりを大事にしている壱太郎さん。
今回も配信が終わった直後には「無事に終わって良かったね」と隼人さんと喜びを分かち合ったのだとか。

「あの満足感は誰かと一緒じゃなきゃ味わえない。そこに隼人くんがいてくれたことが本当に嬉しかった。そういう時間が少しでも多く訪れるようにこれからの歌舞伎俳優人生を送れたらいいなと思います」(壱太郎)

そんな二人の出会いは十数年前に遡り、国立劇場で毎年恒例となっている学生向けの公演『歌舞伎のみかた』で共演した時のことでした。

当時隼人さんは高校生で、壱太郎さんは大学生。
『歌舞伎のみかた』では通常の公演をやった後に、歌舞伎俳優が素顔で舞台に登場し、歌舞伎を解説するコーナーがあります。

「普段は先輩方が担当する歌舞伎の解説を、壱くんの提案で僕たち二人でやらせてもらうことができたんです。その時になんてクリエイティブな人なんだろうって思ったんですが、10年以上経った今も壱くんは変わらない。あの時は任せきりだった僕も、今回は多少なりとも壱くんのやりたいことに対してお手伝いできたんじゃないかなと思うので、これからもこういう関係で色々な挑戦をしていきたいです」(隼人)

メイキング映像が特典となった『META歌舞伎 Genji Memories』のアーカイブ配信は2月2日(水)22:22よりスタート!

また、壱太郎さん、隼人さんが出演する「三月花形歌舞伎」は2022年3月2日(水)~13日(日)まで南座にて上演いたします!

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