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色気立ち昇る阿部寛の挑戦 『夕霧花園』 「きもの de シネマ」vol.3

銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。連載3回目は、幻想的かつミステリアスに歴史と恋を描いたマレーシア映画『夕霧花園』をご紹介します。

庭園、刺青、折鶴に宿る美学

ごきげんよう。
先日、オンラインツアーの案内役として祇園祭を存分に愉しんできた、映画大好きのんべぇライター椿屋です。今年は技術継承を目的とした山鉾建てが行われ、前後合わせて33基中18基の山鉾が勇壮かつ絢爛な姿を見せてくださいました。

浴衣で祇園祭へ

ところで、祇園祭期間中、京つけもの「西利」さんの祇園店4階ぎゃらりぃでは「祇園祭つれづれ展-祇園祭ここにあり-」が開催されているのをご存知でしょうか。今年で8回目を迎える特別展で、全山鉾の粽や歴代の稚児扇、山鉾のミニチュアなどを間近で見ることができます。また紋章工芸士の方が在廊し、名入れ祇園うちわの実演販売も行っておられます。(写真のうちわは昨年購入したもの)

さて、本題でございます。

今回ご紹介する映画は、大阪アジアン映画祭のオープニングを飾り、上映後には拍手が鳴り響いたという話題作『夕霧花園』。あまり語られてこなかった第二次世界大戦下におけるマレーシアの歴史をベースに、3つの時間軸で描かれる恋物語です。

ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
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ここで少しばかり歴史のお勉強を。

マレー半島南部に位置する現在のマレーシアとシンガポールは、第二次世界大戦中イギリス領でマラヤと呼ばれた植民地でした。1942年、マラヤを日本軍が占領すると、英国軍は退却。降伏した1945年まで日本の支配下に置かれていました。数万人の華人を虐殺し、礼拝堂までをも慰安所にして若い娘たちに労働を強要したのです。その後、英国人に再度占領され、独立運動が立ち上がるのですが……。そんな日本軍に占領されていた時代に、作庭と彫り物を介した歪な主従関係にあった一組の男女の密な関係を浮き彫りにしていきます。

ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
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運命に翻弄された主人公ユンリン(リー・シンジエ/シルヴィア・チャン)の生き様がヒリヒリと生々しく、事情はあったにせよ、蛮行を繰り返す日本兵の描写は胸に迫るものがあります。
目を背けることは許されない歴史に埋もれた真実が次々と突き付けられる中、ひと際、観客の目を奪う存在感を放っているのが、阿部寛さん。彼が演じた役どころは、物語のキーパーソンとなる日本人庭師・中村有朋です。

ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
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ファンの方は承知の上でしょうが、彼にとっては『チョコレート・ファイター』(2008タイ)、『メモリーズ・コーナー』(2012フランス・カナダ合作)、『空海』(2017日中合作)に続く海外作品4本目。
国内の映画やドラマでは、コミカルだったり重厚だったりといった役が目立ちますが、今作は珍しく繊細かつ幻想的な男性で、それは最初の登場シーンのシャープな面影からも強く感じられます。

庭師であり彫り師でもある芸術家肌でありながら、終戦時に日本軍が埋めたといわれる埋蔵金「山下財宝」にまつわる秘密を握るという独特な佇まいのキャラクター(要はスパイ容疑をかけられた人物)を演じることで、新たな魅力がスクリーンに滲み出ています。

キモノを透けて届く、妖艶な色気

ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
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戦中という時代背景も相まって、阿部寛さんの着流し姿が何度も登場します。
胡坐をかいたり、庭仕事をしたり、筆で主人公の背中に絵を描いたり。こんなに縦縞のキモノが似合う粋な男前、なかなかいません。雰囲気が恰好いいって、最強です。
何をしていても画になるのですが、最大の見どころは着衣のまま浴槽に身を沈め、ヒロインと抱き合うシーン。いやぁ、エロティシズムの極致でございました。

歴史背景についてはドキュメンタリーや本などを通して色々リサーチされた阿部寛さん。
実際に庭師や彫り師、さらには茶道家にも直接指導を仰いで徹底した役作りを行ったというだけあって、一見ミステリアスに見えるものの、武士道のような「美学」を秘めた、ある意味とても日本男児らしい存在感あるキャラクターを演じ切っています。

余談ですが……、阿部寛さんの着姿を堪能するのであれば『HOKUSAI』(全国順次公開中)もおすすめでございます。若き日の葛飾北斎を見出して育てた蔦屋重三郎という役柄で、カリスマ性の光る切れ者を演じてらっしゃいます。

ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
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さらに、注目してほしいのが、ユンリンと有朋の言葉でのふれあいです。

たとえば、「芸術に境界はない」という有朋に、「芸術は文化に根差す。文化には境界がある」と即座に返すユンリンの日本への嫌悪が垣間見られるシーン。庭には様々なタイプがあるが、どの庭園にも通じるものは何か?と彼に問われ、「自然の制御」と答えた彼女に、ではなぜコントロールしなければいけないのか?と更に問う有朋。制御は調和のためであり、バランスを取るためには理解が必要だと彼は説きます。

また、完成した刺青を見ながら、「空白を残しておくこと。人生に完結はないということ」と説明するシーンでは、その「完成」と「完結」をどちらも「フィニッシュ」と言っていることに気づかれることでしょう。

ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
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作中の端々に、こうした目を見張る妙なる訳がちりばめられているのも、この作品の魅力のひとつだといえます。日本語字幕の川喜多綾子さんと、字幕監修をされている山本博之氏(京都大学東南アジア地域研究研究所准教授)のセンスに感服でございます。

加えて劇中では、家屋や調度品はもちろんのこと、衣装・ヘアメイクや小物に至るまでそれはもう見事なほど事細かくつくり込まれており、「金馬奨」(中華圏で最も権威ある映画賞)にて最優秀スタイリングデザイン賞に輝いているのも見逃せません。

当時のマレーシアを知らずとも、気づけばそこに居るかのよう。その再現の素晴らしさは、ぜひとも劇場でご覧くださいませ。

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