◆新古品・中古品は現品限りですので売り切れ次第終了となります。
◆中古品として仕入れてまいりましたが、大切に保存されていたのでしょう、美品でございます!
お手元で現品を確認の上、お値打ちに御召くださいませ!
王家のための高貴な衣。
首里花織―。
そしてその第一人者、人間国宝、宮平初子。
近頃滅多と見かける事のなくなった氏の作品が、
奇跡的にお仕立て上がりにて入荷致しました!
残念ながら証紙等はございませんが、
目利きによるお値打ち価格でご紹介致しますのでお目に留まりましたら是非お見逃しなく!
戦後、柳宗悦さんらによって見出された、天才的なまでの織への才能と情熱。
高度な首里織の七技法を伝承する稀有な存在。
琉球王朝の格調高い織物であった首里織の復興と後継者の育成に力をつくしてきた、織物への愛情。
現在、首里織のみならず、多くの染織作家や職人が神様のように畏敬の念を抱いている人物でもあります。
宮平初子さんに導かれ、染織の世界に魅入られた人間がなんと多いことでしょう。
宮平初子氏は、大正11年、古き良き王府時代の風情が残る首里に生まれました。
幼少時より、織物に関わることに大変興味を持ち、好奇心旺盛で蚕と間違えて桑の葉で虫を育てて遊んでいたというエピソードも。
「首里の着倒れ」といわれた首里人気質なのか、子供ながらも着物はこの世で一番大切なものと考えていたそうです。
初子氏の母親も祖母も、機織りや糸紡ぎを行っておりましたので、
機織りの様子や織り上がった布を見、自然に首里の織物がどのようなものか身についたようです。
その後、首里の女性の最高のたしなみとされた織物を学ぼうと県立女子工芸学校に進学し、
卒業後、沖縄の工芸調査に訪れた柳宗悦・柳悦孝氏らの縁により、研修に赴いた日本民藝館で多くの方々から技術や心構えを学びました。
戦時中でさえ、廃墟の中からパラシュートを拾って紐をほどきネクタイを織るほど、寸暇を惜しんで機織りをつづける情熱。
また、模様に込められた想いや、織り上がった喜びを琉歌に詠んで楽しまれている姿は、
技術だけではなく、お召しになられる方の幸福を願って織るという、宮平初子氏の「織の心」が感じられます。
そうした功績により、昭和49年には、「首里花織(ハナウイ)・道屯(ロートン)織・花倉織・ムルドゥッチリ・手縞(てじま)・煮綛(ニーガシ)芭蕉・花織手巾(ティサジ)」の7つの技法で、故大城志津子氏と共に沖縄県指定無形文化財保持者の認定を受けます。
次いで平成10年、国指定重要無形文化財「首里の織物」保持者(人間国宝)に認定されました。
琉球の王家の格式を誇る花織。
高度な技を要する織りものですので、一度手にとって見ていただければ、その素晴らしさを一目見て感じとれることと思います。
素材の質感豊かでありながらも、さらりとした手触りの帯地。
優しく穏やかな帯地には、丁寧な絣模様と彩り豊かな花織が配されております。
厳密な計算によって考えられる図案の美しさもさることながら、
複雑な花綜絖を完全に自分のものとしなければ絶対に織り上げられない手技の確かさが光る逸品です。
紬を専門にされている業者さんでさえ、ほとんど見たことがないと言われる逸品。
織り手の巧みの技と、その織物だけが持つ独特の尊さや気高さ、美しさを存分にお楽しみください。
是非、このご機会を大切に、末永くご愛顧していただける方に、
京都室町より心を込めてお届けできればと願っております。
【 宮平初子 略年譜 】
大正11年 沖縄県に生まれる
昭和14年 (財)日本民館、柳悦孝染織研究所へ入所
16年 沖縄県立女子工業学校で教鞭をとる
33年 琉球政府経済局中央農業研究指導所教師
38年 琉球工業研究指導所勤務、主に植物染料研究に従事
40年 沖展会員(~現在)
44年 国画会会員(~現在)・第43回国展国画賞受賞(「蘇枋地手縞」)
45年 昭和45年度日本民芸館展日本民芸館賞受賞(「手縞着尺」他)
48年 第7回沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞
49年 沖縄県指定無形文化財「本場首里の織物」保持者に認定
50年 労働大臣表彰(卓越技能章)
51年 那覇伝統織物協同組合理事長に就任
56年 黄綬褒章を受賞
59年 第4回伝統文化ポーラ特賞(首里の織物の復興)
平成 4年 ダイヤモンドレディ賞受賞
5年 「現代の染色ー素材と技の美ー」(福島県立美術館)招待出品
10年 国の重要無形文化財「首里の織物」の保持者(人間国宝)に認定される
絹100% 長さ約3.65m
柄付け:お太鼓柄
◆最適な着用時期 10月~翌年5月の袷頃、
◆店長おすすめ着用年齢 ご着用年齢は問いません
◆着用シーン 音楽鑑賞、観劇、女子会、街着など
◆あわせる着物 色無地、小紋、織のお着物など
※仕立て上がった状態で保管されておりましたので、折りたたみシワがついております。この点をご了解くださいませ。