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宜蘭で出会った日本の染織の心 「きもので歩く台北 2022」vol.6

宜蘭で出会った日本の染織の心 「きもので歩く台北 2022」vol.6

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きもので旅に出る、旅にきものを持参する、そう考えただけでワクワクしませんか?どんな街に、どんなシーンに、どんなきもので?日本から飛行機で約3時間の台湾・台北。人気の観光地やおすすめのスポットを、ふらりきものでご紹介するシリーズの第6回、あなたならどんな装いで愉しみますか?

2022.08.14

よみもの

郷愁を誘う定番観光地・九份「きもので歩く台北 2022」vol.5

きもので旅に出る、旅にきものを持参する、そう考えただけでワクワクしませんか?

どんな街に、どんなシーンに、どんなきもので?

日本から飛行機で約3時間の台湾・台北。

人気の観光地やおすすめのスポットを、ふらりきものでご紹介するシリーズの第6回目!
あなたならどんな装いで愉しみますか?

きもので旅に出る

風光明媚な思い出の地、宜蘭へ

先月に続き、今回も台北から少し離れた場所へ…。

宜蘭(イーラン)は台湾の東北の角にあり、台北からは台鉄にて約1時間ほど、羅東駅には1時間半で行くことが出来ます。

自家用車や長距離バスでは、かつて「北宜公路」または「濱海公路」で2時間半以上かかったそうですが、今から10年前に雪山隧道が出来たため、台北からなら1時間。

温泉あり海あり、日本統治時代の歴史的建造物ありと、週末の家族旅行の定番地となっています。

宜蘭に土地を買い、民宿経営をするのがブームにもなったそうで、田んぼの中に洋館のような建物が突如現れたりします。

思い出の中興文創区での日々

紙的進化論

私がタイから台湾に拠点を移すことになったきっかけとなったのは、2018年に宜蘭市文化庁が開催したART展『紙的進化論』でした。

9名の芸術家

各国から選ばれた9名の芸術家の中に夫が入り、それまで一度も訪れたことのなかった台湾で、展示の機会に恵まれました。

ちゃっかりパートナーとして私まで招待を受け、会期前に宜蘭に入り、民泊施設のようなところから作品制作のために毎日通った場所、それが「中興文創区」でした。

台湾に拠点を移して3年半、実に4年ぶりの再訪。

4年ぶりの再訪でした。

過去の出来事が現在に繋がっているリアルを目の当たりにし、右も左も分からない中、タイから大きな荷物を持ってたどり着いた日のことを思い出し、何を見ても懐かしさで涙腺が緩みました。

日本統治時代、大きな製紙工場だったというその敷地には、いい感じの廃墟と煙突があります。

新たに手を加え、リノベーションした施設と、ノスタルジックな煉瓦造りの商業施設に野外ステージや無造作に配置されたオブジェなど、見どころも満載ですが、写真を撮るのにぴったりな、映えスポットです。

陳さん

今回もともに旅に出た陳さん

この日運転し、同伴してくれた陳さんのはからいで、当時お世話になった民宿のオーナーさんのところへも顔を出すことができました。

お世話になった民宿のオーナーさん

かつてお世話になった民宿のオーナーさん

陶芸家で、カフェが併設された陶芸教室も健在。

夫のアート作品のことをよく覚えてくださっていて、台北での次の展示での再会を約束し、目的の地へと先を急ぎました。

4年前に撮影した写真

藍染めののれんに書かれた「一生一色」

きもの通のみなさまならきっとご存知でしょう。

志村ふくみさんといえば、日本の染織家であり「紬織」の重要無形文化財指定技術保持者(人間国宝)。

草木染めの糸を使用した紬織の作品で知られ、1986年には紫綬褒章を受章、1990年には人間国宝となるなど、その功績は広く知られています。自然界の色への愛と、一生をかけて染織を追求する姿勢。また随筆家でもあり、出会った人との関わりを織物のように丁寧に紡ぐ文章には、彼女の繊細さと強さがひしひしと感じ取れます。

「一色一生」の暖簾

『一色一生』といえば、その志村ふくみさんのご著書の題名ですが…

鮮やかな藍で染められた「一生一色」の暖簾を目にしたのも、ここ宜蘭の中興文創区内でした。

何故その題名を逆さまにした文字がここにあるのだろう?

最初はよくある「日本のものが好き」な外国人の、特に意味のない、客寄せ用の日本語表記だと思いました。タイでも台湾でも「日本語が書いてある=品質が良い」イメージを出せる時代があったのです。

4年前、私は台湾のこともきもののこともまだ今ほどわかっていなかったので、気にはなりながらもそのお店に長く滞在はせず、「日本で染織を学んだ」という林さんと名刺交換だけをしてタイに戻ったのでした。

林さんの運命を変えたもの

林秀春さんとの再会。それが今回の旅の目的でした。

林秀春さんと

林秀春さんと

お会いするのは2回目。じっくりお話を伺うために、アポをとって訪れました。

藍色ののれんをくぐると、志村ふくみさんに染織を学んだ台湾人、林さんが穏やかな飾らない笑顔をたたえ、出迎えて下さいました。

10年前に転機が訪れました。

台湾でIT業界に勤め、仕事に忙殺されるような毎日を送っていた林さんに転機が訪れたのは10年前。

偶然目にしたのは、志村ふくみさんが出演されたNHKの番組でした。そしてそれが、林さんの人生を動かしたのだそう。

林秀春さんと

自然の色も、空の色さえも忘れるほどの多忙な日々。
織りと染めを人生そのものだと、大自然に対する畏敬の思いを耳にし、感動し、そういう人生に憧れたのだ、と彼女は話してくれました。

番組の最後に学校のお知らせが出た時には彼女の心は決まっていたそうです。
それまでのキャリアや生活を捨て、すぐに申し込みをした、というのにはさすがに驚きました。

林さんが通われたというのは日本、京都にある『アルスシムラ』。志村ふくみさんが、娘の志村洋子さんとともに設立された「染織世界を芸術体験を通して学ぶ場」です。

「不安はなかった、人間の生き方として正しいと思った」

力強い林さんのその言葉に、心の奥が震えるのを感じました。

糸染の糸

学校で最初に学んだのは、糸染め。いろいろな植物から絹糸に色を移します。発見しながら学ぶ、主に実践の場だったそうです。

学校には1年通われ、彼女は工房に残りたかったそうですが、残念ながらそれは狭き門…2013年、志村ふくみさんは林さんの手を握り「あなたの使命は台湾にある」とおっしゃられたといいます。

先生との約束を果たすために…

台湾に戻った時にはそれまでの貯金を使い切っていた林さん。先生との約束を果たすため、そこから4年間はIT関係の仕事でお金を貯めたそう。

林さんの工房で織体験

そしてここ中興文創区が2017年に「体験型」のお店を公募した際に、林さんの中にあった志村ふくみさんの言葉が蘇り、迷わず応募したのだそうです。

学校では染めと織りを学んだ林さん、絞りは独学で習得しました。

大きな織り機

工房に入り、すぐに目をひく大きな機(はた)は日本から船便で送られたもの。

台湾には染めの技術はすでにありましたが、彼女が広め、やりたかったのは「織り」だったそう。

ミニチュアの織り機

友人の大工さんに船便で送られてきたこの日本の機を見てもらい、何度も試行錯誤を重ねた末に、これらのミニチュア織り機が完成しました。

早速、私と陳さんも織りに挑戦することに…初体験です。

林さんの染めた糸から好きな色を選びます。

林さんが染めた糸
織り機に糸をかけます。

織り機に糸をかけ、規則的に動かしていきます。

みるみるうちに織りあがってくる模様は意図したものや、想像を超えていました。

これで、あのきものの模様を織り出すのだと考えたら、気が遠くなるどころか、その場で石になってしまいそう(笑)聞くと見るは違うと言いますが、見るとやるの間にも大きな、大きな差があることをまざまざと感じさせられる体験となりました。

20分ほどで完成!
出来上がり!

自称不器用な陳さんと私でも、林さんがついていて下されば、20分ほどで完成させることができました。私たちはキーホルダーでしたが、ブレスレットやコースターなどを織り上げることもできます。

お子様連れでもカップルでも、もちろん女子旅でも、良い思い出と自身へのお土産をゲットできますので、ぜひ体験してみていただきたいと思います。

染糸で織ったキーホルダー

「一色一生」と「一生一色」

最後に林さんに、台湾ならではの草木染で1番好きなものは何か、をお聞きしました。

「落羽松」で染めたストール

「落羽松」という黄色やオレンジの葉が印象的な樹木だそうです。その葉を煮出して染めると、なんとオリーブカラーになるのです。

志村ふくみさんの有名な「桜の花の色」が、花の咲く前の黒くゴツゴツした樹皮や枝から作られる話を思い出しますね。

自然から、色をいただく。

私も天然の草木染の大島紬や漢方染の紬を所有していますが、あらためてその光沢や色味の深さに思いを馳せ、またそこに人生を重ねてみますと、さらに愛着が深まるのを感じずにはいられません。

林さんの生活は、IT関係のお仕事に就いていた時より慎ましくなったといいます。

台湾で、染めたり織りあげた作品を購入される方はまだわずか、少しずつリピートされるお客様や体験に来られる方に支えられているとのことです。

それでも、林さんは今後の夢を「織り続けたい」と語ります。

今後の夢は「織り続けたい」
力強く語る林さん。

志村ふくみさんの『一色一生』、林さんの『一生一色』。

「私は先生の色を一生追いかけるから、『一生一色』をのれんに染めあげました」

力強く、また嬉しそうにその言葉を語った林さんの、ひたむきで純粋な姿がいつまでも心に残っています。

原点に帰る

なぜ私は台湾に居るのだろう。

不思議な縁に導かれ、流れるようにたどり着いた場所を拠点に生活をしている自分を振り返る旅でもありました。

日本を離れた時、きものはまだ今ほどわたしの身近にはなく、この10年の間に、私を表現するものの一部として、欠かせない存在になりました。

台湾に居ることだけは確かなことなのです。

この先、どこにたどり着くのかまだわからない。

不安定ではあるけれど、林さんのように心が動いた瞬間があり、衝動に駆られてきたのだと思いました。

アーティストである夫の作品を世界に広めるという、大きすぎる夢への道はまだ半ば。
ですが、台湾のここ宜蘭に呼ばれたことから、今、私たち夫婦は台湾に居る。これだけは確かなことなのです。

展覧会

今夏には、台湾の南、高雄市政府文化局が主催する、アジアのアーティストを集めた展覧会
『墨相萬仟-2022泛亞洲當代藝術風貌』(8月12日〜8月23日)へのお誘いがありました。

商業的なアートフェアや個展の機会もうれしいですが、芸術的文化的な側面を重視した展覧会に呼ばれるのは別の意味でうれしく、光栄なことです。

夫の横に立つ私にとって、公の場でのきものはこれまで、常に勝負服のような存在でした。

が、今回の高雄の展示ではまさかの「ゆかた」でのオープニング参加。

いつもなら夏の訪問着に袋帯をチョイスするシーンですが、主催者はじめみなさまがラフな服装でしたので「ゆかた」は大正解でした。

式典では格や季節のルールを守る、とか、相手への敬意をあらわす、など、人前できものを纏うときには結構気を使いますが…「周りとの調和」というのも大切だとあらためて感じた日でした。

「ゆかた」でオープニングに参加

人に恵まれ、導かれ、国をまたぎながら、まだ当分私たち夫婦の人生の旅は続きそうです。

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