着物・和・京都に関する情報ならきものと

大正浪漫に想い馳せ…文化のみち二葉館・橦木館へ。「きもので巡る名古屋」vol.2

大正浪漫に想い馳せ…文化のみち二葉館・橦木館へ。「きもので巡る名古屋」vol.2

記事を共有する

「セルフ和髪のすすめ」も大好評、すーこさんの新連載vol.2!名古屋近辺のお気に入りスポットをきもので巡っていただきます。美しい和髪とコーディネートにもご注目。毎号、読者プレゼントもお届け予定です!

セルフ和髪

せっかく着物を着るんですもの、少しでも着慣れてみられたいのが女心。仰々しくなく、かといって地味すぎず、どんな着物にも合う自然な髪が結えたら…私が自分で和髪を結おうと思ったのも、こんな理由からでした。和髪の基本構造から、「セルフ和髪」を丁寧に解説いたします!

早くも7月、あっという間に一年の半年が過ぎゆきます。
梅雨さなかで雨天の多いこのごろ。たまの晴れの日には夕方となってもなかなか日が落ちることなく、明るさを保つ空に少しばかりうれしさを感じるのは私だけでしょうか。

先日久しぶりに雨ゴートに袖を通しました。
祖母から受け継いだそれは現代のポリエステル製などではなく、正絹に撥水加工を施したもの。
いくら雨ゴートとはいえ、吹きすさぶ雨風に晒すのはどことなく気がひけつつ、贅沢なことをしているものだと少々悪戯な気分にもなりました。

今回の訪問先は、名古屋市東区白壁界隈にそびえたつ「文化のみち二葉館」そして「橦木館」です。

文化のみち二葉館

静謐な高級住宅街として有名な白壁地区ですが、老舗の料亭や結婚式場、古民家を生かしたリストランテなどが入り混じり…

上質な古さと新しさが同居する中に、その洋館はあります。

二葉館入口

川上貞奴と福沢桃介の旧居にアンティーク帯で

二葉館は、日本初の女優である川上貞奴と、福沢諭吉の養子であり電力王と謳われた福沢桃介の旧居。
大正9年に創建され、さながらお城のような洋館部分と日本家屋が融合している和洋折衷の屋敷になっています。
もとは現在の場所より少し北にありましたが、平成12年から5年の月日をかけて現在の地に移築復元、一般へ公開されました。

和洋折衷の屋敷

着物好きの方にとって、大正時代といえば特別な価値観を持つ時代ですね。
約100年も前に作られたアンティーク着物、アンティーク帯…現代の着物にはない配色や構図、意匠。
もれなく私自身もアンティーク着物に魅せられているひとりです。
当時の雰囲気が色濃くのこるこの二葉館に、アンティーク着物を身につけて訪れることは、まさに大正浪漫に浸るのにぴったり。

色無地の着物にアンティーク帯

今回は、毎週更新している私のインスタグラムでも定番の、「色無地の着物にアンティーク帯を締めるコーディネート」にしました。

色無地の着物にアンティーク帯

髪は以前のコラム「セルフ和髪のいろは~一髪二化粧三衣装~vol.4」でご紹介したスタイル。

簪はアンティークの銀の平打ち簪に小ぶりなビラビラ簪の二本を挿しました。
耳の後ろにビラビラ簪を挿すのは私のささやかなお気に入りで、特に夏、私だけにシャラシャラ鳴る音が聞こえて涼やかな気分にしてくれます。

アンティークの銀の平打ち簪に小ぶりなビラビラ簪

アンティーク着物が好きなのに、私自身はあまりアンティークの長着を着ません。
その理由はというと…
簡単にあげればサイズや状態が良いものが少ないことも当然あるのですが、「もっとシンプルにアンティークを着たかったから」というのが主な理由です。

アンティーク着物は、着物の中でも群を抜いて派手な部類になると思います。
華美なものは特別な時にとっておきたいタイプなもので、それを中和するためにはどうしたらよいか…
「対極にある無地の着物でバランスを取る」というのが私なりのアンサーでした。

日本初の女優、川上貞奴

二葉館を入ってすぐ左手に、らせん階段と大きなステンドグラスが印象的な大広間があります。
かつて人の手に渡ってしまった際、この部分は大きく改修されてしまったそうですが、残っている資料を基に復元されています。

半円にせり出したところからステンドグラスのところまで、ななめに床の色が変わっています。
濃い色の部分が当時の部材、明るい色の部分が復元だそうです。

ステンドグラスが印象的な大広間

そして、この目を惹く大きなステンドグラス!庭に面して観音開きの扉になっています。
向かって右端の部分、ピンクの花が咲いているところは、復元の際に本物がなかったため資料を基に進められたそうですが、のちに発見され現在はその当時のものが嵌められています。

配布されている二葉館のパンフレットの表紙は、本物が見つかる前のもの。
見比べてみると確かに違う…!とても興味深い見どころのひとつです。

二葉館のパンフレット

日本初の女優といわれる川上貞奴。
それまで、歌舞伎をはじめ女性が演劇に出ることは半ばタブー視されていた時代に、一座を率いて日本の演劇界の下支えを確立した功績はいかほどのものであったか。
ファッションシーンにも影響を与え、海外の上流婦人にも着物を模した「ヤッコドレス」を流行らせたとか。

日本初の女優といわれる川上貞奴
貞奴本人が着ていた着物類の展示

屋敷内の日本家屋部分には、貞奴本人が着ていた着物類の展示もあります。

この時の展示は「素描きの燕(ツバメ)の帯と絽に蛍の刺繡の着物」でした。ステキ!

素描の燕の帯
蛍の色留袖

洋館部分のほぼ中央にあるらせん階段のランプ。

外構に使うようなランプを室内に設えるところが、この館が社交の場、魅せる場であったことを物語っています。

外構に使うようなランプ
らせん階段
ステンドグラスの扉

福沢桃介にとって川上貞奴はビジネスパートナーでありました。
電力王の名にふさわしく、館には当時にしては大変めずらしかったであろう電気配線が張り巡らされています。
いたるところにあるボタンひとつで使用人を呼び寄せることができたそうです。

毎日やってくる大勢の客を忙しく饗したであろう貞奴。
夜闇に煌々と電気のきらめく小高い丘に建つ御殿は、さながら不夜城のようであったことでしょう。

井元為三郎の旧居、橦木館へ

ところかわって、次に伺ったのは橦木館。二葉館から徒歩で行けるご近所にあります。
こちらも大正期に建てられた、陶磁器の加工問屋として財を成した井元為三郎の旧居。二葉館と同じように洋館と日本家屋が結合した作りになっている屋敷です。

橦木館
昔ながらの田の字型の間取り

橦木館の日本家屋部分は、昔ながらの田の字型の間取り。

赤い絨毯が張られた廊下を進むと、キュッキュッと、床板から特徴的な音が。

赤い絨毯が張られた廊下

そういえば洋館部分の廊下からすでに同じ音がしていました。

聞くと「民家では珍しい鶯張りになっています」とのこと。
目には見えない贅沢とはまさにこのこと!と、修学旅行で行った京都の二条城の廊下を思い出しました。

日本家屋側から洋館側

日本家屋側から洋館側。

洋館側から日本家屋側。

洋館側から日本家屋側

そしてこの、庭に面したガラス戸の面のゆらぎ…
お分かりいただけますでしょうか。

庭に面したガラス戸の面のゆらぎ

当時は「一枚ガラス」を作るのには大変な技術を要したそう。
そのガラスをふんだんに使用されていることからも、この屋敷がいかに贅を尽くした作りであるかがわかります。

橦木館には、入ってすぐの場所にカフェも併設されています。
ロマンチックなテラス席もあるので、晴れた日に、紅茶を飲みながら本を片手に大正浪漫に想いを馳せる…なんて過ごし方もステキですね。

ふるってご応募ください。

◆ 読者プレゼント ◆

大正期の着こなしや斬新な発想が伺える私のお気に入りの図書『アンティーク着物万華鏡』を2名様にプレゼントいたします。
奮ってご応募ください。

下記リンクより、お使いのSNS経由にてご応募くださいませ。

◆Facebook
https://www.facebook.com/kimonoichiba/
◆インスタグラム
https://www.instagram.com/kimonoichiba/
◆Twitter
https://twitter.com/Kimono_ichiba/

※応募期間:2021年7月15日(木)まで

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する