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小糸染芸 5代目当主・小糸太郎さん

小糸染芸 5代目当主・小糸太郎さん

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190cmの長身におしゃれな着こなし、ダンディな佇まいの奥にのぞく優しい笑顔。創業明治元年の老舗染屋「小糸染芸」5代目当主・小糸太郎さんは、着物に豊かな自己表現の可能性を見出します。個々人がもつストーリーがスタイルになる…そんな着物の魅力を伺いました。

190cmの長身にすらりとブルーデニムをはきこなす

晴れわたる秋晴れの空のもと、稲穂の実りも美しい大自然に囲まれた小糸染芸へ伺いました。
出迎えてくださったのは、5代目当主である小糸太郎さん。
190cmの長身にすらりとブルーデニムをはきこなし、ギンガムチェックのシャツにトムフォードのメガネをあわせたのは、気負いない、いつものスタイル。

「おしゃれのストーリーを描ける人が増えてほしい」

そうおっしゃる太郎さんに、着物が持つおしゃれの可能性について伺いました。

祖父の膝上で「跡継ぎやで」と言われ育った幼少期

明治元年創業の小糸染芸

現在、山科を拠点に染屋を営む老舗「小糸染芸」。
明治元年に加賀前田藩の小糸重助の手によって創業された小糸染芸では、京友禅のなかでも型を使って絹地に文様を染めていく“型友禅”という伝統的な染め方を代々継承しています。

初代・小糸重助、2代目・小糸梅太郎、3代目・小糸啓介、4代目・小糸敏夫。連綿と続く染屋家系に長男として生まれたのが、現5代目当主・小糸太郎さん。
幼い頃から祖父の膝上で「おまえは長男やで、跡継ぎなんやで」と言われ育ったそう。それは何か特別なことではなく、自然な流れとして受け入れていたといいます。

小糸染芸 初代・小糸重助さん

朝から晩まで懸命に働く職人さんとともに暮らし、食事をともにする。
職住一体の日常に違和感はなく、遊びといえば、芯木(反物を巻く際に芯として用いる木の棒)を刀に見立てたチャンバラごっこや、反物を入れる箱に紐をつけて遊ぶ電車ごっこなど。
高校を出てからは美大の染色学科に入学し、卒業後は、沖縄の紅型と京友禅を融合させた「和染紅型」で有名な『栗山工房』で修行されます。

「職人気質な母から『他人の釜の飯を食べないうちは、うちの敷居は跨がせへんで』と言われたのを今でも覚えています。ある意味、今の生き方にたどり着く上で良い流れが整備されていたと思いますね」

一級技能士・伝統工芸士に認定

平成7年には、染色一級技能士および伝統工芸士に認定。
平成23年には事業を継承するとともに、”伝統産業の活性化と次世代を牽引する人材の育成”を目的に京都市が新たに創設した「未来の名匠」の初代認定を受けます。
その他、京都友禅競技会にて『通産省近畿生活局長賞』『京都府知事賞』など、多数受賞。なかでも、女性のみが審査を行うことができる『私の好きなきもの賞』を何度も受賞していることは一番うれしい、と語ります。

そしてさらに、太郎さんの挑戦は続きます。
令和・新時代のスタートとなった昨年には、”その分野における技能検定制度の特級もしくは一級に合格、かつ20年以上の実務経験および活動実績を持ち、後進の育成・技能の伝承に熱心な技能士”にしか与えられない「技能士マイスター」にも認定。

「もう後は、60歳を超えるまで何もありません」

そんな太郎さんも、今や3人の子どもを持つ父親です。
すでに東京でプロダクトデザイナーとして働く長男とは、ともにお酒を飲み語り合う大人の男同士の関係性。
小糸染芸の創業150周年記念展を催した際には、息子さんが東京から戻りカメラマンを務めてくれました。
北は北海道から南は九州まで、たくさんの方々が集まった記念展。
斜陽産業であるにもかかわらず遠方はるばる訪れ、キラキラとした瞳で作品をみつめる女性たちを見て、息子さんはなんとも不思議な感情を抱かれたのだそう。

「長い歴史があって、代々受け継がれているものを根絶やしたらあかんで」

記念展をきっかけに息子さんは、そんなふうにおっしゃるようにもなりました。

長い歴史を受け継ぐ小糸染芸
小糸染芸の伝統を絶やしてはならない

「世界のマーケットを相手にしているクリエイターの息子は、よく消費者や市場の動向を教えてくれます。彼に刺激を受けて、年々小さくなっていく我々の市場はどういった発信をしていけば良いのかと考えさせられる。視野が広がったのは、息子の影響が大きいですね」

「自分でいうのもなんですけど、最高の親子関係かなと思てます」

「30年封印していた趣味のバイクも、彼の『一緒にツーリング行こうや』のひと言でリターンライダーとなりました(笑)」

=息子さんのひとことでリターンライダーに

「これでないといけない」というのはない

いつもダンディな佇まいをお持ちの小糸太郎さん

太郎さんといえば、パナソニックのメンズシェーバー「ラムダッシュ」のCMに起用されるなど、いつもダンディな佇まいをお持ちです。着物を着こなされる姿もステキですが、日常的には創作のため、着物を着ることは少ないそう。
染め職人はいつも動きやすい服装で仕事をする。だからこそ、展示会などに入る際もチノパンと作務衣の上からシェフエプロンをかけるだけ。不自然になる着物は身につけません。

長身の着物姿がハッと注目を集める

そんな太郎さんが”自ら”着物を着るのは、異業種の会などが催される時などあえて和服の人が少ないシーン。画一的なスーツ姿が並ぶなか、長身の着物姿はハッと注目を集めます。

「男の場合はやっぱり、スーツ感覚で着るのが一番かっこいいん違うかな、と。無地のスーツというよりもちょっとチェックとかストライプの入ったセットアップのように思っています」

男性の着物と言えば、フォーマルシーンを除いて無地の紬や御召が一般的。
紬は生地にハリがあるため男性らしい印象を与えることができる一方、染めものは“やわらかもの(垂れもの)”と呼ばれるように絹地のとろみが肩の流れをやわらかく見せ、どちらかといえば女性向き。男性が選択することは少ないですが、太郎さんは線引きなくチョイスされます。

「柄はわりと細かいものを選びます。それでいて鮫小紋的ではないような。そこに無地の羽織を羽織り、信玄袋のかわりはトートバック。”男性が男性らしく”という昔の感覚ではなく、”艶っぽい男性”という意味では垂れものを着ても逆にかっこいいやん、という自分の創造性があります」

この日の装いは、軽やかなライトグレーの羽織に秋の気配を感じさせるライトベージュの着物姿。チャコールグレーの帯が印象的で、極細の型を用いたペーズリー柄が染め入れられています。

「着物もペーズリー柄なんですよ」

言われてじっと見てみれば、地色に溶け込むようにペーズリー柄が遊びます。
”究極のおしゃれ”とおっしゃる「柄on柄」のスタイルながらも抜け感のある着こなしが、太郎さんならではのスタイル。羽織紐も自作のものだそう。

「おしゃれには、これでないといけない、というのはありません。自社の”柄もの”も着るし、たまに西陣の御召なんかも着させてもうてます」

秋の気配を感じさせる小糸太郎さんの和姿

まず「どんな風に着物でおしゃれをしたいですか?」と問いかける

ユーザーのストーリーを大切にする小糸太郎さん

太郎さんが大切にしているのは、人がどういう場面で着物を身につけ、誰とどんな場所で過ごすのか。そしてどんな時にドキドキワクワクした気持ちになるのかという、ユーザーの”ストーリー”。

「現代の人にとっての感覚は、着物=着ているだけで自分を好きになれるような勝負服やと思うんです」

フォーマルとカジュアル、着物では?

小糸染芸はいわゆる”カジュアル”と呼ばれる小紋を扱っていますが、そもそも人は”フォーマル”と”カジュアル”をどのように使い分けているのか…太郎さんはこう語ります。

「カジュアルは、自分の身につけたいもの、それを着て出かけたい場所を想像した上で身につけるもの。想像力やひらめきで選択するいわゆる右脳の世界です。逆にフォーマルは、計算力を司る左脳の判断で身につけるもの。例えば、緊張感のある場面でピシッとTPOに応じた着物を着るとか、洋服でいうところの“衣装”に近いものだと思っています」

右脳の世界と左脳の世界
どんなふうに着物でおしゃれをしたいですか

出会ってすぐの方に着物を提案する際には、まず必ず、「どんな風に着物でおしゃれをしたいですか?」と聞く太郎さん。

そうしてお話しをするなかで見えてくるのがその方の”ストーリー”であり、「みなが自分だけの”ストーリー”を描ける」と言います。
街中でステキだな、と感じるような着物姿には必ずストーリーがある。ストーリーのある着こなしの方が増えれば、必ず「あんなふうになりたいな」と着物への興味が湧く。

「おしゃれの”ストーリー”を描ける人が増えてほしいな、と思てます」

お話しするなかで見えてくるストーリー

想像力がふくらむ着物を「創造」する

想像力がふくらむ着物を創造する

そもそも現代日本においては「所有」の価値が薄れ、モノからコトへと移行しつつあります。
そんななか、人はどのような場面でモノを所有するのかー

「これからは特別感のあるものだけが所有される時代になると思います。特別な場面にふさわしい自分を演出する手段として着物を着る。着物がおしゃれの選択肢のひとつになれば、クローゼットの中に着物があるという状態があたりまえの未来が来ると思います」

「そのためには、想像力がふくらむ着物を”創造”することが重要です」

着てほしい場面を創造して

デートの時、会食の時、勝負したい時…
創造する側も、着てほしい場面を”想像”する。
太郎さんは自身のインスタグラム・ブログ等を通じて積極的に発信されています。

「きちんとした情報を消費者に伝え、着物を身につけた自分が立つステージをイメージしていただき、納得した上で購入してほしい」

納得した上で購入してほしい

着物が売れたら、“お嫁に行った”と表現する太郎さん。
手塩にかけた娘がもしお嫁に行ったら、おでかけする時にお留守番させられるのではなく、お姑さんにいつも一緒に連れ出してもらいたい。丹精込めた着物もタンスにしまいっぱなしではなく、気に入っていつも着てもらえるのが親として最高の喜びなのだといいます。

「僕は自分の引退は65歳くらいかなと予想しているんですが、その頃にはまだ『この着物がかっこいいよ』『こういうシーンにおすすめです」と素敵な提案ができるような自分でありたい。そうすれば、自信を持って次世代にバトンを渡せられると思うんです」

優しい笑顔がステキな小糸太郎さん

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